イレイザーズ
…
「よし、これで大丈夫だ」
彼女の透き通った足に包帯を巻き終わり、スライは包帯の端を結んだ。
大丈夫だとは言ったがこれはあくまで素人による簡素な物。まぁもちろん消毒やら手製の軟膏やらでまともに動けるようにはしてあるが。
「ありがとう」
「俺は治したわけじゃないから無理はするなよ。……そういやまだ名前も聞いてなかったな」
ふとスライはその事に気付く。
とは言え穏やかなカフェでもないあんな状況で気軽に名前を聞く事など到底無理な事なのだが。
「私はアルーラ、近くのギルドで働いてるの」
「へぇ、ギルド員か。俺はスライ、イレイザーズだ。バルロと一緒に働いてる」
「スライとバルロって…イレイザーズランク上位にいるあのスライとバルロ!?」
スライの返事にアルーラと名乗る女性は驚いた。
それもその筈、イレイザーズとは誰でも普通に入れるギルドとは違い、スカウトや推薦でしか入れぬエリート中のエリートが居るギルドの上的な所なのだ。
中でもこのスライと相棒であるバルロはそのランクでも上位に名を連ねる実力者。
そのような人物に助けられたのだ、驚くのは当然だろう。
「……他に誰がいるんだよ」
「まぁまぁ。どうして俺達の名を?」
アルーラの反応にやや呆れた口調でバルロは零すのをスライは抑えた。
「ギルドじゃもっぱらの噂になってるわ。何せ〝特殊な物を貰える〟他に、大概の所を動けるらしいじゃない。うらやましいわ」
「そんなにいいもんじゃないぜ?くっだらねぇ依頼もくるし、時には危険な依頼もくるしな。……まぁその危険な依頼を楽しみにしてたりするんだけどもな」
バルロが彼女の言葉に鼻で笑った。
そう、いくらエリートが多数いる場所でも頼むのは人間、名のある人達が毎回危険な依頼をする訳では無い。その実力者を見たいが為の依頼や、より安心を買いたいが為の下らない依頼もあったりする。
金持ちの余興に使われる事もあるのはイレイザーズでも変わらなかった。もちろん、ギルドよりも破格の依頼料が掛かるのだが。
「ねぇ…その危険な依頼が来たら私も連れてってくれない?」
「ダメだな」
「えぇ~なんで~」
不敵な笑みを浮かべるアルーラに対してぴしゃりとスライは返した。
「第一イレイザーズじゃないし、何よりも危険過ぎる。俺達の足手まといになるだけだ」
「どうしても?」
「ダメだ。もし一緒に行くなんてことがギルドにバレたら俺が大目玉食らっちまう」
頑固一徹、スライの意志は変わる事は無い。そしてその意見はごもっともであった。
はぁ、と諦めたように小さく息を着くと、アルーラはゆっくりと立ち上がる。
「そう…それじゃあ仕方ないか……分かったわ。私…もう行くわね」
「帰りはリュラに送らせるよ。その足じゃ遠くまで行けないだろ」
「ありがとう、それじゃあね」
…
「…別に良かったんじゃないのか?上の奴らぐらい何とかなるだろ?」
バルロが報酬の金を分けながらそうスライに聞いた。
アルーラにはああ言ったが、実の所、スライ達の実力であればギルド員の一人くらいは連れて行ってやっても問題は無かった。
危険な──とは言ってもそれこそ色んな種類がある。
得に護衛などはアルーラ一人くらい連れて行っても問題は無かったのだ。
「…もう〝誰か〟を俺の所為で危険な目に遭わせたくないんだ……」
「…まぁ、お前がそう言うなら別にいいけどよ」
小さくなって行くリュラの姿を見ながらスライは小さく零した。
それに対してバルロは深く追及する事も無く、報酬の金を分ける手を再び進めた。
…
「……」
時刻は夜遅く、右腕を押さえつけるように握り締めてスライはベランダから海を眺め、ある事を思いふけていた。
「どうしたんだ?こんな夜更けに起きてるだなんてお前らしくねぇな?おいせ…あっぶね溢れる」
後ろから声が聞こえる。
晩酌をしていたバルロだった。
からん、と両手に収まる琥珀色の液体が注がれた二つのグラスの氷の塊が心地よい音を鳴らした。
「…ちょっとな」
「また痛むのか?」
「ああ」
「まぁ、これでも飲め」
「ワリィな」
スライはバルロが持って来てくれた酒を受け取るとその重たそうな口を開く。
「…なぁバルロ」
「ん?」
ひとつ返事をすると、その酒を少し口へと含み、味わう。鼻腔へと漂うお気に入りのウイスキーのスモーキーな香りがたまら──
「…俺が師匠やリースを殺そうとしたら…お前はどうする」
「ブっ!?…ゲッホ!ゴホっ!!いきなり何言ってんだ!?」
そのスライの言葉にバルロは盛大に咽せる。お気に入りのウイスキーは霧状に空中へと舞い、香るはずだったそれは風へと拐われた。
そんな相棒に構う事なしに表情は暗いままスライは言葉を続ける。
「最近気付いたんだ。〝アレ〟を埋め込まれてから、自分の力が強力になっていくのをな。見ろよ、大分〝広がってた〟」
ぐい、とスライは自分の腕をまくって見せた。その腕の一部が最早人の肌に有らず───〝黒い鱗状〟になっている。
「ッ…お前! その鱗…!」
「そうだ。お前も知っている通り………【暗黒龍】、ヘルドラゴンの鱗さ」
暗黒龍…ヘルドラゴン。
強大な力を持つ龍族の中でも一際凶悪な存在であり、その咆哮を聞いた者は魂を奪われるという。
性格も獰猛且つ残虐。
が、野生種は一昔前にギルドらによって駆逐され、現存するのは居なくなった筈だった。
そんなモノをスライは過去、捉えられていたあの研究所で埋め込まれていたのだ。
「もし……」
暗い顔のスライにバルロは酒に少し口付けてこう言った。
あくまで普通に、それでいて日常的に。
「もしお前がそういうことになったら全力で止めてやるよ。シケた面で俺のお気に入りの酒飲むんじゃねぇ」
「……ありがとよ、相棒。…ああ、美味いな」
…




