黒の来訪者
…
「…ふぁ~あ…おせ~な~……」
それから二日、スライはリースに頼まれ、パルクオラの街道に来ていた。
相当時間が経ったようで、退屈な気怠さに苛まれたスライはベンチに寝そべり、大きな欠伸を一つした。
「おまたせ~。ごめ~ん、ちょっと長引いちゃって」
ぱたぱたと足音を立てながらこちらへ向かう、ゆったりとした水色のローブを来た女性は幼なじみであるリースだった。
明るい青の緩いウェーブがかかった、セミロングの髪を揺らしながら、まだあどけなさのある顔でてへへ、と舌を出して遅れた事を誤魔化す。
「おせ~よリース。…ったく、たかが届け物にぬわぁ〜に二時間もかかってんだよ」
「だから謝ってるじゃ~ん」
わざとらしく言葉を強調させたスライの言葉に、ぷくぅと頬を少し膨らませた。
ああ、これ以上はいかんな、そんな言葉がスライの脳裏に過ぎり、さらりと流す事に変更。
これ以上は面倒くさい事になるのは今までの付き合いで知っている。
「はいはい。で、もう用事はもう終わりか?」
ぽりぽりと頭を面倒くさそうに掻きながら、ベンチからスライは身体を起こした。
友人に作ったケーキを届けると言うなんとも乙女な趣味をしている彼女の荷物持ちとして、スライはここに居た。
確かこれで最後だったはず、と思いながらリースへとそう問う。
「うん、これで全部だよ」
短く、彼女はそう答えた。他に買い物とかを危惧していたが……いらぬ心配だったらしい。
「そうか。じゃあ嶐羅に頼んで──」
「おい、テメェ。ちょっと顔貸してくれねぇかな~」
「誰だ? お前ら」
軽薄そうな声がスライの言葉を遮る。
振り返るスライの視線の先には見覚えのある二人組が立っていた。
同じ赤いバンダナを巻いた、柄の悪そうなこの二人は──
「おめぇに前やられたお返しにと思ってねぇ……だが俺等がやる訳じゃねぇ。…社さん…コイツです」
二人組の一人が顎でスライを指し示すと後ろから男が出て来た。
髪を黒く逆立て、左眼には眼帯。そして両の腰元には2本の刀……
ああ、〝コイツは知っている〟ぞ。
「お前は…あの時の……」
「へぇ、俺を知ってんのか。なら話しは早ぇ。あの時の部下の事を謝りたくてねぇ……」
わざとらしそうに、男はそう口にした。
社と呼ばれている男はパルクオラ山で何かをしていた男。
謝りたい、などは嘘に決まっている。何故ならその男の顔には薄ら笑いが浮かんでいたからだ。
「…だが俺達にもメンツってもんがある。血染め朧の頭として……テメェにオトシマエつけてやるぜ!」
そう言い終わった刹那、二本の線が煌めく。
腰の刀を抜き、社は戦う体勢に入った。
「リース! 路地裏にいるリュラに乗って逃げるんだ!こいつらは俺が食い止める!」
「う、うん!」
「逃がさねぇ!」
二人組がリースを捕まえようと脚をそちらへ運ぶ。
だが、それをおめおめと見逃すスライではない。
「はあっ!」
───ッ!
短い衝撃音。片脚の震脚により、罅の入る地面。
スライは震脚で得た推進力で素早く地面を跳躍し、二人組を蹴り飛ばした。
「──ぐはっ!」
「──ッは!」
まさか、と思っていたであろう。
二人の背中に──同時に蹴りが入るとは。
空中で身を翻し、伏せるように着地したスライは叫ぶ。
「リース!今のうちに逃げるんだ!」
その叫びにリースは頷き、路地裏に駆けて行った。
すると、不意に鈍い音が二つ聞こえてくる。
「がはっ!」
「ゲフッ…社さん…何で……」
「──この馬鹿が!俺の目的を潰す気か!!」
鈍いの正体は──〝憤怒の形相〟をした社だった。
仲間であろう二人を蹴り飛ばしていたのである。
「アジトに戻れ」
親指を後ろにやり、二人に命令する。
刀の光りのように…社の目元は鋭かった。
「…分かりました」
二人は腹部を押さえながら消えていった。
どうやらリースに心配は無くなったらしい。
「さぁて、やるか──ッ!!」
「っ!!」
社がそう言い終わるとスライは背後に回り込み、薙刀で一閃した。
言い終わると同時に、神器であり、体内へ収納しておいた薙刀を取り出していたのである。
───ッ!!
閃光が走る。
社はすかさずその一撃を右手の刀で防いでいた。
凄まじい一閃が周りの音を書き消し、火花と太刀音が辺りを包む。
──ィンッ!!
社はもう片方の刃をスライに向け、切り上げる。
スライは薙刀を素早く巧みに使い、その衝撃を吸収するかのようにを宙返りをして攻撃を防ぐ。
「やるね」
スライは華麗に地面に降りて言う。
それに対して社は短く
「どうだか」
と返し、再び無数の閃光がその場に走った。
…
二人の死闘とも言える戦いは数時間も続き、辺りは暗くなって来たがとうとう決着は着かなかった。
「ケッ……しぶてぇ…野郎だ……」
社は刀を地面に突き刺して立ち止まる。
「…それはお互い様だろ」
スライも同じように薙刀に寄り掛かかり、倒れるのを堪えていた。
辺りには無数の刃物による斬撃跡。
スライが寝そべっていたベンチは戦闘の影響で無惨な姿になっていた。もう座る事すら叶わないだろう。
「…戦って分かったが、テメェは仇の野郎とは違うらしいな……」
「仇?」
「俺の師を殺した奴だ。奴は火を使う」
「それで、俺を探してたってわけか……」
社の言葉に合点がいった。通りで執拗に俺を狙って来た訳だと。
刀を静かに鞘へと戻しながら、再び社は口を開く。
「あの長い黒塗りの棒…今でも繊細に覚えている」
「長い黒塗りの棒……まさか──」
スライが何かを言おうとしたその瞬間だった。
思考すら停止する、落雷のような怒号の音──爆発音だ。
その音の方向──火柱がパルクオラ山の麓に立ち上がっていた。
「あの場所は──く! アジトに何かあったみてぇだ!一旦話しはやめだ!オメェも来い!」
「一体どうしたんだ!?」
「わからねぇ…嫌な予感がしやがる……!!」
社とスライはアジトに向かい、暗くなった路地を駆け抜けた。
そこで───何が起こっているのかも知らずに。
…




