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炎の記憶 2




「オッサン…冗談だろ…何…倒れてるんだよ…おい!」




 やしろは膝をつき倒れる流を起こす。


 身体の至る所から流れ出る赤い液体は素肌のほとんどを埋め、生暖かい感触が社の手を覆った。




「おお……社か…そこに居る…のか?」




 途切れ途切れに口にする血だらけの男、ながれには、社の姿は既に見えていなかった。


 それもその筈、いつものように口元はにやけては居るが、流の両目は己の血で塞がれていたからだ。




「すまな…いな…課題を出し…たが課題内容を変…更する」




「んなこと言ってる場合じゃないだろ!医者に…〝げんさん〟とこへ連れてくよ!」




 医者である〝源さん〟と呼ぶ男ならばなんとかしてくれる。


 そんな思いでその名を口にしたが、流は静かに首を横に振った。




「無理だ…俺もガタがきてる…源の奴でも無理だ……」




「でも…でも!」




 まとまらない思考、溢れ出す感情は止めどない涙となって零れ落ちる。


 それに対して流は血を吐きながら答えた。



「うるせえ…! ぐふ…!命はいつか…かならず…尽きる…逃げら…れはしないさ…受け入れろ社…死は必ず…訪れる……」




 粘りつく血のせいか、今にも失いそうな命のせいか、流の言葉は途切れ途切れになっていた。



「…鬼となれ…そして屍は捨てろ……そして宿せ…散って逝った者の意志を…!」



 流は血玉を吐きながらも怒鳴るように言葉を続けた。


 社の心に残すように。己の思いもろとも託すように。




「サクは…持って…きてるか?」




 社は涙を拭いながらサクが入った袋を差し出した。


 震える手で受け取ると、おもむろにそれを鷲掴む。




「サクは…その者の記憶の断片を一時的に蘇らせる…」




「オッサン…何言って…」




 サクを握り潰しその花粉を社へ向ける。


 ふわりとした、甘い香りが社の鼻腔へと導かれた。




「遺言代わり知っておけ…お前の全てを…」




 何か虚ろな、そして心地よい感覚が社を包んだ。




───




 サクの花粉に意識を失い社の頭が空白に包まれる。


 その空白の中にまるで映画のような映像が社の目に映った。


 目の前には大量の屍が積まれ、その中には人間ではない悪鬼のような男や妖怪じみた姿も見られた。




(これは…?)




 景色が変わり山のような場所が映る。




(オッサンのいる山じゃ…ないよな?)




 山は燃え、さらに山の中に何人かの人影が見えた。


 中心に座る、巨大な男、泣いている女性、少し若いが流もいた。


 その時だった。


 全身に血のようなものを浴びた男が走ってくるのが見えた。




「大将! もう持ちこたえられません!我等の隊も殆どやられました!」




己八きはちよ…敵はどれくらいか…?」




 中央に座る、巨大な男が重々しい声で答えた。


 重々しくも、それでいて悲しげに。




「少なく見積もっても三万は居ます!」




「そうか……よくやってくれた……」




 大粒の涙を流す大男は若い流に目をやる。




「流…ワシらは戦ったしかし…ここももたぬ……」




夜叉丸やしゃまる…お前まさか……」




「流…お前は生きてくれ…ワシらが退路を造る……」




 巨大な男、夜叉丸は刀を杖に立ち上がる。


 そして静かに視線を横に居る女性へやった。




魅風みかぜ……」




 夜叉丸は泣いている女性を指した。




「社を……」




 魅風は抱いている赤ん坊を夜叉丸へ差し出した。




「お前に全てがかかっておる…我が息子よ……」




 夜叉丸は小太刀を出し刃を手で握る。




「この血は絶やさん……流…社を頼む」




 ぽたり、ぽたり、と赤々しい鮮血が赤子──幼き社の頬へ。


 社に三滴の血を落とし夜叉丸は振り返る。




「魅風…行こう…」




「はい…夜叉丸様…」




 夜叉丸は社を流に託し刀を握る。




「──おおおお! 生きろ息子よ! そして必ず強くなれえ!」




 夜叉丸が天を仰ぐように立つ。


 地鳴りのような音が辺りに拡散した。




─ッ─────!




 天から何本もの柱が降り注ぎ山の周りを叩き潰す。


 砕け、弾け、崩れゆく視界。


 そこで社は現世に返った。




───




「何だよ…これ」




「お前の生い立ちさ…」




「じゃあ何だよ…俺の親父は鬼だったってことかよ…」




「そうさ…悪鬼・響夜叉丸…そして妻・魅風。……お前にも悪鬼の…いや、鬼神の血が流れている……いずれ話すつもりだった……そのためにサクをつませた」




「俺が…鬼の子…」




 社は信じられなかった、ずっと捨て子だと思っていた。


 たまたま人より身体付きが大きく、力も強い…ありふれた捨て子の一人だと。




「生きろ…そして強くなれ…これを…」




「これは?」




 社は流から古びた書物を受け取った。




「空に舞う葉…空葉流くうはりゅう剣術の究極奥義……禁じ手が書かれた書物…遺言のかわりだよ…」




「わかったよ、オッサン…

あんたがこれを渡したってことは…」



 流は頷き懐からボトルを取り出す。


 封が空いたボトルの口元から、つん、と強いアルコールの匂いが漂う。




「ここを出て源のもとへ行け…いいか……必ず生き延びて夜叉丸の無念を…組織を潰せ」




 流はそれだけ言うとボトルを煽り社に向ける。




「杯の代わりだ……奥に組織からせしめた刀がある…それも持っていけ…」




 社は黙って聞いていた。


 もう二度と聞く事が出来ないであろう、師の…〝育ての親代わり〟の男の言葉を逃さないように。




「お前と同じような立場の人間が他にもいる…がんばりな…

…世の中…悪いことばかりじゃあ…」




 それだけ言うとだらり、と力無く流は動かなくなった。


 社はボトルを拾うと思い切り煽る。


 焼けるような感覚が喉を覆い、咳き込みそうになるのを力を入れて飲み込むと社は立ち上がった。




「オッサン…絶対あんたや親父の仇はとるよ……。俺は死なない、あんた課題内容を変更した内容はわかったよ」




 流の骸を小屋の奥に運び布をかける。


 社は二本の刀を手に社は山を降りた。




「最後の課題…オッサンを殺った野郎を…ぶっ殺す…!」




 社には写真のように頭に残っている相手は火を操っていた。




「さて…まずは奥義を身につけなきゃな」




 社は山道を走り抜いた。


 仇は討つ…絶対に…







 そして、現世。今、その火を操るヤツがいると。


 成長したおのこぶしを胸元で握り締め、屋敷は静かに言葉を口にした。




「…オッサン…仇は必ず討つ…いや、討ってみせる!」





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