破滅の札は切られる
「感染病を患って両親から隔離された子供の様な気分だったんですよもう……」
不吉な曇り空の元を飛翔するサンティはまだ涙目だ……。玩具を取られた子供の様だな……。
「孤独にさせて悪かったと言っているだろ……」
同じく飛翔する私は謝罪する……。サンティ私が《人間処理場》との戦闘中ずっと孤独に苛まれていたらしい……。
「別に許していない訳ではないですよ……。でも貴方が側に居てくれない所為で哀痛だったんですよ……」
「それも承知している……。でも、あの時は酷く陰湿な作戦に出ざるを得ない状況だった……。その作戦をお前に見せる訳にはいかなかったんだよ……。要は仕方がなかったんだ……」
説得するとサンティは暫く沈黙し、
「……そうですか。……じゃあもう孤独についてくどく文句は言いません」
「それは嬉しい……。偉いな……」
「私そんなに子供じゃないですからね」
サンティは目に溜まった悲哀を下の草原に振り落とした……。
「ただ、これから暇さえあればネメジスさんに構ってもらう事にします。そうすれば孤独になった時にネメジスさんとの会話を沢山思い出せて孤独を埋めれる気がするんです」
サンティの性格の全容が見えてきたな……。サンティは孤独が大の苦手で人に構って貰う事が好きみたいだ……。それなら断ったりは出来ないな……。
「私なんかでよければ構ってやる……」
「やった!」
ずたずたの荒野と化したサンティの心に恵の雨が降った様だ……。あどけない笑顔だな……。私にはこんな顔出来ない……。
「じゃあまず質問です。《審判者の聖眼》で読み取れる情報の範囲ってどれくらいなんですか?」
「分かる範囲は位置、使える魔法、物理戦闘力、戦績などの情報だな……。あと、分析対象が使い魔の場合は召喚者は誰かも分析範囲だ……」
「なるほど……。性格、容姿などは分析出来ないんですね。次の質問です。私達が最終目的地としている町はどんな場所なんですか?」
「隣国の首都だ……。壮麗な城、繊細な教会、様々な店が並ぶ商店街など観光地が集結した様な町だ……」
「へえ……!もしこの世界が滅ぶ前に生を享けられたらそこに住みたかったなあ」
確かに魅力的な場所だ……。それにあの町にはサンティにとっての朗報が待っているんだよな……。
「実は、その目的地としている町からは人が観測出来る……。それも大勢だ……」
「ほんと……!?じゃあ人と沢山お話し出来そうです……!」
「良かったな……。はは……」
これは私としても嬉しい……。あの町で最後の審判が行われてた後も元気にやっていける筈だ……。
ただ、何故生存者が沢山いるのかは謎だな……。あの町に向かった悪魔が失敗しとたという所か……?
「あ、次の目的地は?さっき聖眼を使っていましたが、どんな悪魔が居るんですか……?」
サンティは顔に憂いを浮かべている……。
「闘技場だ……。闘技場に住う悪魔は《運命破滅の札》と呼ばれる悪魔だ……。物理戦の能力はどれも低いな……。
しかし、予測不能な上明らかに自分が有利になる状況を作り出す魔法が使えるみたいだ……。
それは《破滅遊戯の強制》という魔法だ……。効果は指定した相手との命を賭けた賭博が強制的に始まるというものだ……。
賭博相手に選ばれた者と自身は賭博専用の異空間に飛ばされるらしい……。その空間では基本的に賭博相手の肉体に攻撃を仕掛ける事は出来ないみたいだ……。尚、賭博ルールの決定権は悪魔にある……」
「何それ……!ネメジスさんに勝ち目の無いルールで賭博を挑まれてネメジスさん死んじゃいますよ……」
「大丈夫、そこまで卑怯な魔法ではない……。幸いな事に片方に勝ち目がないルールには設定出来ないみたいだ……。
例えば片方は1しか出ない賽を使わされるルールとかな……」
「なら安心していいんですかね……?」
怯懦な小動物の様なの目だ……。安心していいとは言えないな……。完全運任せのルールの遊戯に運命がベッドされる可能性だってある……。
つまり運次第では敗北も大いにありえる……。また、片方が得意なルール、片方が必勝法を知っているルールなどは設定禁止の対象ではないからな……。だが、
「安心していい……。どんな悪魔だろうと処刑台に立たせてやる……。それが運命なんだ……」
恐怖に染まった彼女の瞳は見たくない……。大言だろうが言ってやる……。
「分かりました。ネメジスさんを信じます」
それでいい……。ただ、今回もサンティは闘技場から少し離れた場所で待機ささる事になりそうだな……。まだ幼いサンティに賭博が挑まれたら敗北するに決まっていると言っても過言ではない……。
だからサンティを悪魔に近づけてはならないのだ……。だが、サンティ天涯孤独にしたりはしない……。必ずサンティの元に戻り構ってあげるんだ……。まだ時間はある……。
闘技場が近くに迫ってきた……。
「誰だい君は?僕のティータイムに混ぜて欲しいという事か?」
古びた円形の闘技場……。その観客席で執事服の青年が優雅に紅茶を嗜む様は絵画の様だ……。
「違う……。私はネメジス……。天界という場所からこの世界に跋扈する悪魔を殺しに来た者だ……」
悪魔の眼前で覚悟を決める私はそう告げる……。
「ああ、天界か。あの場所は傾国の美女が沢山居るよね。自慢の七三分けを気に入ってくれる方も多くて良い場所だったなあ」
寛ぎ虚言をぬかす様子に虫唾が走るな……。
「天界に訪れた悪魔なんて居るはずがない……」
「はは。嘘ってバレた?で、僕を殺しに来たってご冗談かな?冗談でないのなら君は現実が見えていない。まるで胴元に搾取され続ける賭博中毒だ」
別にお前にどう思われようがお前を殺そうという意思は揺るがないな……。
「ただ、賭博中毒とは大きく異なる点もあるね。君は使い魔を召喚する事も出来るんだろう?
なのに使い魔ではなく自分自身が正々堂々と赴いた。不正をしたくない意思が感じられるね」
「使い魔を向かわせても、お前の魔法《道化師の狂眼》で本体が別に居るとばれてしまい無意味だろ……」
そう、観客席で上品な趣きを出すこの悪魔も敵の情報を見透かす魔法が使えるのだ……。だから捨て駒の使い魔を派遣するやり方は出来なかった……。
「ある意味現実を見ているね。じゃあ君の望み通り賭博を開始していいかな?」
「構わない……。だが、約束してほしい事がある……。運任せの賭博で私と運命のやり取りをするのは辞めてほしいんだ……。お前としても運が悪かったから死亡なんて最期は嫌だろ……」
建前だがな……。私には敗北が許されない理由がある……。なのに運任せの賭博を開始されたら確実に勝利を目指せなくなる……!だから運任せのルールなど論外だ……!
「はは。最初から運任せの賭博をする気なんて毛頭ないよ……!戦略という鎌を持ち賭博をしてきたからここに勝率10割の死神が居るんだよ……!では始めよう。《破滅遊戯の強制》……!」
盲目になった様に世界が真っ暗になった……。賭博専用空間に向かっているのか……。賽は投げられたのだな……。
舞踏会にでも来たのか……?私は広々とした城の大広間の様な場所を一つ上の階から見下ろしていた……。
カーペット、絵画、沢山の扉、まさに私が憧れた光景だ……。いや、私なんかが憧れなんて持っていいのだろうか……?
「何考えこんでいるんだい?」
声が聞こえた右側に目をやると、そこには眼帯を付け、鎌を持った道化師が微笑んでいた……。なるほどな……。
「それがお前の真の姿か……」
「ああ。この姿を表すと色魔と化してしまうんだよね。はは。閑話は辞めてルールを説明しようか」
途端、大広間に女性貴族達が数十人出現した……。共通点は皆少し肥満気味だな……。また、恐らく全員20代だ……。何か意味はあるのか……?
「始まろうとしているのは広間に集められた30人の女性達の中から妊婦を当てるゲームだ。流れはまずどちらか片方が別室に移動。そして残った方は妊婦と思わしい方を探し指定していく。
指定をすると、指定された方のお腹が裂かれその方は妊婦かどうかチェックが行われる。チェックの結果、妊婦だった場合、得点加算という感じだ。
指定出来る回数は10回までだね。10回の指定が終わったら広間はゲーム開始時の状態にリセットされ、別室に移動していた片方がここに戻って来る。
で、片方も10回指名をやり、得点が高かった方が敗者の命を狩るんだ。
注意点は、あの中に紛れ込んだ妊婦達は自分が妊婦であると気付く事が出来ない。
加えて、人のお腹を触り妊婦かどうか確かめようもしても誰が妊婦か気付く事は不可能だ。他にも、妊婦達が居る下の階に降りる、使い魔を降りさせる行為は禁則事項だ」
つまり自分の観察力以外の要素は介入出来ないという事か……?
「何か質問はあるかな?」
ゲームに使われる道具の情報を把握しておいた方がいいな……。
「あの女性達の設定を教えてくれ……。用意するのは変哲の無い女性達でもよかったのにお前は民達の上に立つ様な服装の女性達を用意した……。何か設定があるんだろ?」
「設定ならあるよ。彼女達は当国の貴族だ。彼女達は清興を親しみヴァイオリンの音色が似合う様な暮らしをしていた……。
だが、僕の降臨により賭博廃人となり破滅……。そして自殺した……。という事実を元にした設定だよ」
哀歌を歌う様に説明した……。そういえば、この悪魔は周囲の人間を貪欲かつ先の事を考えない性格にする魔法、《哀れなる下等生物》が使用出来るんだったな……。それはそうと、今語られた設定は何か攻略の糸口になるだろうか……?
「そうだ、言い忘れていたが、チェックの過程は別に重要ではない。チェックをせずとも指定対象が妊婦と証明出来れば得点は加算されるからね。
まあ、僕は別室で雅味に満ちた時間を過ごすからせいぜい頑張ってね」
道化師は私から背を向け別室へ向かった……。というか『チェックをせずとも指定対象が妊婦と証明出来れば得点は加算される』だと……?
チェックなしで指定対象が妊婦であると証明する事なんて不可能では……?自分が下の階に降りて検査をする事は禁止な訳だし……。
……いや、自分が検査するのではなく、妊婦達に検査をさせ合う事なら可能かもしれない……。腹に触れる以外の何らかの方法でだ……。
……!!私の元に悪魔が召喚され最悪の知識が吹き込まれた様だ……。思い浮かんでしまった……。検査方でありこのゲームの攻略方が……!
最悪だが後退は許されていない……!私はどんな手を使ってでも悪魔との戦いに勝利しなくてはならないと定められている……!
では嘘を考えよう……。この検査方を実行させるには妊婦達を騙さなければならないしな……。
嘘の論理を武装し、気持ちの整理が完了した私は下の階への落下防止の手すりの前に立った……。演説開始だ……。
「困惑させてすまなかった……!お前達に今の状況を説明する……!」
女性達の方へ視線をやり腹から声を出す……。応じて女性達の不安、恐怖、苛立ちなどの大量の視線が突き刺さる……。
「お前達は選択を迫られている……!罪深き破壊神の母体となり、屍の山を築く元凶となるか、破壊神の誕生を阻止した聖女となるかだ……!」
恐怖に染まる女性達を見て私は何をしているんだと罪悪感に仮借される……。無辜の女性達を恐怖という感情の傀儡にしようとしているのだしな……。だが、私は感情の糸には吊られない……!
「具体的に述べよう……。まずお前達は破壊神の事は知っているな?ここに集められた30人の中に破壊神の母体となった者が10人紛れ込んでいる……」
育ちが良いからか凄惨な話には耐性がないみたいだな……。口にハンカチを当てたり皆酷く気分を害している様だ……。
「このままだと破壊神の子孫達は生まれる……。そして破壊神は子孫達を自らの魔法で発見した異世界に連れて行く予定だそうだ……。
子孫達と共にその異世界で破壊の亭楽を得る事が目的だろうな……。
つまりはこのままだと異世界で再び人間達の命が小蟻の様にぐちゃぐちゃと踏みにじられる事態になる……!」
悪への義憤に満ちた真っ直ぐな声色だ……。演技だがな……。だが、演技にやりがいはある……。女性達は皆私の方を直視し、恐々しながらも話を清聴している……。真剣な演技が心を掴んでいるのだ……。
「しかし、運命の分岐点が出来た……!破壊神が生んだ賭博狂の悪魔が突拍子もない暴挙に出たのだ……。破壊神の母体達を強奪し、母体達を使った賭博を私に挑んできた……。
異常な話だと思うが、悪魔達の異常性はお前達が一番分かっている筈だ……!信じて欲しい……」
私は話を戻しゲームのルール、注意点を女性達に話した……。チェックの事、女性達は皆誰が妊婦か手触りで検査を出来ない事、私は下に降りる事が出来ない事などだ……。話は続く……。
「勝利すればこのゲームに使われた破壊神の赤子達、賭博を挑んできた悪魔は死ぬ……。だが、敗北すれば悪魔の赤子は生まれる……!
そしてその更なる混沌の種達は破壊神に渡される……!また、悪魔はお前達のせいで新たなる悲劇は生まれたと吹聴するそうだ……!」
悲しみを目から溢れさせる者も出始めた……。
「だが、私はこのゲームの攻略法を見つけた……!このゲーム、私が下階に降りる事は禁止だが、お前達に私の所持品を与える事は禁止されていない……。
また、『チェックをせずとも指定対象が妊婦と証明出来れば得点は加算される』そうだ……。
つまりはだ……。私がお前達に剣を渡すからその剣でお前達は互いに腹を裂き合う……。腹を裂いて誰が母体か検査し合えばルール上のチェックをせずとも得点が加算される……!これが攻略法だ……!
世界の為に腹を裂き合ってくれないか……!?」
…………。彼女達に腹を裂かせ合う為の虚偽演説は終わり静謐が訪れる……。覚悟が決まった様な面持ちの者は僅かだ……。話は飲み込んだが覚悟が決まらない者が多そうだな……。
だが、私には切り札がある……。彼女達に決断をさせる切り札がな……!