破壊される神の創作物
私ネメジスと、落書きに協力させた使い魔4人は薄暗い地下倉庫にて人肉処理兵士がここに来るのを待ち伏せしていた……。それにしても哀愁が漂っているなここは……。
絵は入っていない額縁、生身の人間よりひと回り大きい人の彫刻、等の収納品はどれも埃を被っていて全く必要とされていないみたいだ……。
哀愁の他にも緊張感を感じる……。兵士ではなく《人間処理場》本人がここに来る可能性があるからだ……。そうなれば策は破綻する……。少し危険な吊り橋を渡っているのだ……。
とはいえ、無事に吊り橋を渡り切れる確率の方が高い筈だ……。《人間処理場》は自室や、監獄など気に入った場所に篭り外出は最低限しかしない陰気な性格だからな……。
……!ぎぃぃという扉の開く音と外から漏れる光が私の予想的中を告げた……。そう、扉を開けたのは白衣を着た男だった……。これは《人間処理場》本人ではない……!あとは簡単だ……。私の胸は静かだ……。
「貴様等がご主人様の部屋を荒らした大罪だな」
「左様だ……」
「素直だな。じゃあご主人様に報告するか――」
「待て……。お前は私がここにいる事をご主人様に報告してその後はどうしたいのだ……」
「後……?ご主人様の仰せのままにするだろう……」
やはりそうだろうな……。だが、不満を覚えている事は火を見るより明らかだ……。これは完全に付け入る隙だ……。
「お前はそれでいいのか……」
「……よくない。出所の悪さを恨んでいる。あんな子供の言われるがままなど気分悪いしな……」
「ならそんな出所壊してしまえばいい……。私はお前のご主人様を殺しお前を解き放つ事が出来る……!」
「出来るのか……!?」
脱獄寸前の囚人の様に眼差しは期待に満ちている……。悪魔の部屋に大量の落書きをしたし、私が行動力ある者である事は既に実証済みだしな……。
「お前が私に忠誠を誓ってくれれば確実に出来る……。危険も少しあるが私に付いてくれるか……?」
「危険を犯す事は怖くないよ……。私には何かを達成する為なら危険を犯していいと思える理由があるからな。お前に忠誠を誓うよ。何をすればいい?」
やったぞ……!こいつは堕としやすかった……。ただ、『危険を犯してもいいと思える理由』については謎だな……。まあいい、私は白衣の兵士に体内から取り出した手紙と剣を渡し、
「この剣は魔法攻撃をある程度防御出来る効果のある剣だ……。また、この手紙には剣を使うタイミング、これからの指示が記されている……。指示を完了する頃にはお前の君主は死んでいるだろう……」
「了解だ……!」
兵士は光に手を伸ばす様に手紙を受け取った……。
ベッドの上でそわそわしながら待つ事5分。早速兵士からテレパシーが来たなの……!幸先がいいなの……!
『ご主人様、怪しい人物を1名見つけました。地下倉庫の中です』
やったなの!この館の中に隠れているとは間抜けなの……!
『そ、その間抜けを私のいる部屋に拘引しろなの……!』
遠くから心の声で指示を出せるテレパシーは便利なの。
『無理です……!その人物の周りに結界の様な透明な壁が貼られているんです……!近づけません……』
……!これではっきりしたなの。敵はただの人間ではないなの。悪魔の可能性もあるなの。難渋しそうなの……。でも私は私の精神衛生を汚した奴に屈しないなの……!
『えっと……なら私が直々に地下倉庫へ向かい《醜悪なる死》でその壁を破壊するなの……!お、お前は捜索を続行しろなの……!』
『かしこまりました』
鼓動が加速を始めたなの。地下室の奴と戦闘になる可能性もありそうだからなの。緊迫しつつ戦場に向かい自室の扉を開くと――
「はあ……!?」
廊下に白いドレスを着た少女4人が待ち構えていた様に立っていたなの。まさか、こいつ等が犯人なの……?そんな馬鹿な――
「「「「《灰塵と化す愚者》」」」」
……!?少女達は詠唱すると4つの業火が私を飲み込んできたなの……!私の服と身体が炎によって破壊されていくなの……!気が狂いそうな程痛いなの!
何故こんな目に遭っているなの……!?……!まさか、さっきテレパシーを送ってきた兵士は敵に寝返っていた、テレパシーは私を敵が潜伏する部屋の外に誘き出す為の策だったという事なの……?
それでこいつ等は私を騙し討ちしたという事なの……!?激痛を凌駕する程の怒りが湧いてきたなの……!!
「許さないなの!!許さないなの!!!《生命への冒涜》!!」
魔法名を吠えたなの……!生命を侮辱する空気が廊下中に蔓延していくなの……!私を愚弄した下衆共は、体中の穴という穴からぶしゃぶしゃと血を流しカーペットに倒れたなの……!
まるで生命なんて皆、塵みたいなものであると体現してくれたみたいなの……!そして私を悶絶させた炎は消え失せたなの!
「やった……やったなの……私の勝利なの……」
心の沸騰は落ち着き、ぺたんとカーペットに座り込んだなの。勝ったのはいいけれどかなりダメージを喰らったなの……。私の世界は汚されたし服はぼろぼろなの……。
私の心の中の純粋な私は泣き喚いているなの……。そうだ、具現で姿を変えればいいなの。みずぼらしいままは嫌なの。
「具現なの……!」
私の周囲が新月の夜の様に黒く染まっていくなの。そして黒は巨大な紫色の水母に変化したなの。
水母と言っても唯の水母の形ではなく、触手を隠す様に天蓋が垂れていて、体の至る所に青黒いリボンが飾られているなの。毒入りのスイーツの様な私にぴったりなの。
……でも人の姿に戻ったら服は穴だらけのままなの……。気重なの……。
いや、鬱々としていては駄目なの……。私にはやるべき事があるなの。私は私を苦しめた原因の裏切り者にテレパシーを繋いだなの……!
『おい……?き、聞こえてるか……?この謀反野郎……』
「聞こえている」
声を聞くだけで胸糞悪くさせられるなの……!心の中で歯が剥き出しになるなの……!
『お前の反逆はばれているなの!私の自室に来いなの!痛罵と拷問の末に殺してやるなの!来なかったらお前に月単位で拷問をしてやるなの!!屍山血河の町を作った強大な私を甘く見るななの!!』
咆哮は凄まじい威厳を放っているなの……!
『分かった』
何故恐れ慄かないなの……!?何故謝罪しないなの……!?今すぐに拷問してやりたいという本能を抑えるのに必死なの……!
でも怒り狂っていても何も始まらない事は分かるなの……。今にも暴走を始めそうな心の獣を何とか抑え付けるなの……。空中を浮遊し部屋に戻るなの……。
裏切りの剣を持つ返忠である私は戦々恐々としている……。旧ご主人様が待つ部屋の前に到着したのだ……。少女の様な見た目といえど、今の旧ご主人様はまるで暴君だからな……。
だが、私は恐怖に打ち勝ち作戦を成功させてみせる。今のご主人様である彼は砂を噛む様な人生を終わらせてくれるんだ。
私は扉を開け部屋に足を踏み入れた。――すると案の定だな。
「どういう事なの!?な、何故兵士全員がこの部屋に入って来たなの!?異心野郎だけでいいのに……。まさかお前等全員、裏切ったという事なの!?」
そう、彼女の言う通り他の兵士達も旧ご主人様を裏切っていたのだ。皆、旧ご主人様を攻撃する為の剣を持っている事がその証拠だ。
今思ったが、部屋に入る時の表現は『私達は部屋に足を踏み入れた』が正しかったな。
「くそっ!私は敵の策に嵌っているという事なの……!?」
その通り、これが現ご主人様の作戦だ。兵士達を全員味方に付け、全員で衰弱した旧ご主人様にとどめをささせ勝利だ。
これなら旧ご主人様を弑する事が出来る……!現ご主人様に忠誠を誓った判断は大正解だった。
「お前等許さないなの!!今日一日拷問されて死亡か拷問人生の幕開けかどちらがいいなの!?
ぜ、前者がいいなら再び私に付くなの!!」
凶暴な表情だ。狼狂した様に可愛らしい顔は面影を失っているな。というか何だその脅しは……。
恐怖で脅せば簡単に再び自分に味方するとでも思っているのか……。忠誠心を舐めているな……!
「真の忠誠というのは恐怖では堕とす事は出来ないものだ……!高潔な天使の様にあらゆる恐怖の試練に打ち勝つんだよ……!」
「くっ……なの……!」
「それにお前に付けばどの道拷問だろ……!?だが現ご主人様に付けば私達はお前の呪縛から解放される……!天秤がお前に付くべきではないと示している……!」
気迫を出すのは疲れるな……。だが、旧ご主人様はこちらを睨み付けるだけで口をつぐんでいる……。私の強言は功を奏したな……。
「……そうかなの。お前の言う事は最もなの……。しかし、私は《醜悪なる死》でお前達を醜悪な死体に変えてやる事だって出来るなの!
つまり、私に逆らえばお前達は確実に明日を迎える事が出来なくなるという事なの!そこを理解しているなの!?」
「私達が装備している裏切りの証は魔法を防御する効果がある!《醜悪なる死》を発動されても私達の未来は潰えない!」
「……!!だ、だがそれでもお前等は私に付かなければならない理由があるなの……!」
今度は何だ……?
「こ、これは言う必要が無かったから黙っていたが、悪魔と使い魔の意識は連動しているなの……!つまり悪魔が死ねば使い魔も死ぬという事なの……!」
なんだと……?じゃあ現ご主人様は最初から私達を旧ご主人様と同時に殺す気だったとでも……?
いや、『悪魔と使い魔の意識は連動している』発言は私達を惑わす為の策略ではないか?現に空説みたいなものだし策略と考えるのが無難だな。
「まさか、う、嘘と勘ぐっているなの……?嘘ではないなの。信じられないなら具体的に話してやるなの。
えっと……使い魔の意識は召喚者の一部を切り離した意識なの。でも完全に切り離されている訳ではないなの。
召喚者の意識と使い魔の意識は不可視の器官で繋がれているなの。
だ、だからテレパシーという遠く離れた使い魔と連絡を取る事も可能という訳なの」
事実を交えた話だからか僅かに現実味を帯びてきたな……。では再び旧ご主人様に忠義を誓うのか……?違う……!それでは駄目だ……!二回も寝返ったり何がしたいんだよ私は……。
それに恐怖で私達を拘束せんとする旧ご主人様には付きたくない……!
「お前等、具体的に話してやったのにまだ私の話を罠と疑っているなの?だ、だったら私の話が虚妄だという証拠を提示してみろなの」
周りの兵士達は動揺している様に見えるな。私も同じだ……。だって文献を持っている訳でもないし証拠なんて出せないしな……。
だが、私が証拠を出されば流れを変えられる……。どんな方法でもいいんだ……。何か証拠を出す方法はないか……?
……!脳に電撃が走ったみたいだな……!『どんな方法でもいい』か……!ありそうだ……!1つだけ……!
「なあ、お前の理論が本当なら使い魔が気絶した場合、召喚者はどうなるんだ?意識の一部が使えなくなった事になるぞ」
「えっと……その場合、召喚者は軽く気を失うなの。意識の一部との連結が途絶えるだけだから死んだりはしないなの」
「だったら」
私は信じるべき方から受け取った剣を掲げ、
「はあ!?な、何をしているな――」
手首を切り裂いた。
「まさかこいつ私の弁論は嘘と証明する為自殺する気なの!?」
手首から私の命の元が流れ出す。
気がつくと人生の終わりを告げる様な真っ白な世界だった。短かったな……。私は白き世界で立ち尽くしていた。……?誰だ、私の背後に足音を近づけているのは。
「見上げた行動だった……。だが、なに故に手首を切断程の行動に至れた?」
私の信じる道を示した声だった……。走馬灯みたいなものだろうが、貴方が感じられて幸甚だった。
質問に答える為、後ろを向き現ご主人様の瞳を直視した。
「私はあの時、あの情緒不安定な子供に何としてでも屈したくなかったんだ。自分より背丈の低い者の言いなりになるなど屈辱だし、彼女は恐怖で私達を支配しようとしてくる」
「そうだったな……。兵士を恐怖で服従させようとしたあの稚児の自滅でもあると言えるな……」
「そうとも言えるな。あと、理由は他にもある。私は何か目的を達成する為の捨て石となれるなら本望という意思を持っているんだ」
「何故そんな意思を持てるのか気になるな……」
「自分の命を捨て石と思える程の意思がないと世界に変化をもたらす事は出来ないと思うんだ。冒涜の意思こそが腐った神の創造物を変えられるんだよ」
「……そうか……。同感だ……。お前という捨て石があったからこそ悪魔の語りは嘘であると証明出来た……。また、あの腐った創造物を破壊出来たな……。お前の行動は無駄ではなかったぞ……」
兵士達を部屋に向かわせてから10分経った。兵士達の活躍に期待し、『死ね』だらけの怨霊が大量殺人を繰り返していそうな部屋に向かった……。そして一息付いた……。
剣で滅多刺しにされ穴だらけになる巨大な水母の様な悪魔は惨めだった……。
また、悪魔から解放されこれからの事を談笑する兵士達も印象的だった……。
ただ、残念なのは悪魔が作り話を始め、その話は嘘であると証明する為に兵士の一人が自殺した事だ……。とはいえ、勝利の為に命を投げる行為は称賛に値する……。
私は兵士達に自殺した兵士は綺麗な墓に埋めてやれ、あとは自由にしていいと最後の指示を出した……。それで兵士達の誰かが私に付いて行きたいと志願してくる事もあり得ると思っていたがそれはなかった……。
私にはサンティしかいないな……。はは……。