08.歓迎! 街研(まちけん)にようこそ!
今日は早く帰るつもりだった……のだが、なぜか私は街研の部室に向かっている。
運悪く、帰る途中で部長に捕まってしまったのだ。最近の私は、全くもってツイていない。
「いやー、生富君に会えて良かったよ。また帰ろうとしていただろう、キミ?」
街研の部長は、厚底メガネに、ぱっつんと一直線にそろえた前髪、ひょろりとした体型と、一度見たら忘れられない特徴的な容姿をしている。
ここだけの話、舞の記憶にある、学級委員になることに命を燃やす漫画のキャラクターにそっくりだ。
ズバリが口癖だったら完璧だったのになー。
「今日は用事があったのに……」
「ちょっとぐらい平気だろ? せっかく新しい部員が入るんだ。顔見せだけでもしていきたまえ」
ささやかな抵抗を試みるが、部長には全く通じない。この私に物怖じせずに話しかけてくるなんて、相変わらず変わったヤツ。
私は早々に抵抗をあきらめ、街研の部室へと歩いて行く。
星華高校には本館、東館、西館の三つの校舎がある。本館はメインの校舎で、クラスの教室や図書室、職員室などがある。東館は美術室や音楽室などの芸術関係の教室が、西館は視聴覚室や理科室、コンピュータルームなどの技術系の教室が設置されている。
街研の部室は西館にある小さな部屋だ。昔は、小会議室として使われていたらしい。
「もう全員集まっているよ」
そう言って、部長が部室の扉を開ける。
部室の真ん中には大きな机が置かれており、それを囲むようにして、パイプ椅子が設置されている。壁周りには本棚があり、部誌の他にも様々な本が置かれていた。
『比呂田地方の歴史と文化』、『比呂田市、シティマップ』、『すごい!比呂田市100』、『記者式文章術入門』、『お菓子大全』、『検証!都市伝説』、『禁断の黒魔術』……。
ほとんどがここの部員が持ち込んだ本だ。あっ、最後の本は部長のだから。念のため。
さて、どんな子がいるのやら。こんな部活に入るなんて変わり者に違いない。
そんな失礼なことを考えながら、部室を見回す。
新入部員と思われる人物が、私を見て立ち上がった。んん?
「やぁ、生富さん」
「こんにちは」
ぱっとしない部屋に似つかわしくない華やかな雰囲気を纏った二人。輝くばかりのオーラ。アイドルと見紛うばかりの容姿。
「……。どうして、星野君たちがここにいるの?」
「桃がこの部活に入ることになったんだ。俺も興味があって今日は見学」
えっ? スターピンク、こんな部活に入るの? なんで?
私は紅一君の後ろにいる女の子に目を向ける。くりくりとした大きな瞳に、どこか幼さが残る顔立ち。愛くるしい表情。スターピンクこと星野桃。
彼女と話すのは初めてだ。私の緊張を知ってか知らずか、彼女は私にニッコリと笑いかけてきた。
「はじめまして。生富先輩。私、星野桃っていいます。この間は、クッキーありがとうございました」
「星野君の妹さんよね? はじめまして。生富綾です。こちらこそ、この間は迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「そんな、迷惑だなんて。兄のことなら気にしないでください。人助けが趣味みたいなヤツなので。でも、先輩にケガがなくてよかったです」
クルクル変わる表情がなんとも愛らしい。しかし、紅一君は人助けが趣味か。まんまね……。
「ありがとう。でも、ケガがないっていうのも逆に恥ずかしいっていうか。派手に倒れちゃったから……。実は、クッキーは口止め料でもあるの。よければ、あの日のことは忘れてくれない?」
口に人差し指をやりながら冗談めかして言う私に、くすくすと笑いながら、彼女が答える。
「いいですよ。クッキーとっても美味しかったですし、忘れることにします」
「ありがとう! 星野君も忘れてね?」
「ああ。わかったよ」
紅一君も笑いながらうなずく。和やかな空気が流れる。
「……ところで、どうしてこんな部に?」
これ、一番聞きたかった質問。どうしてこの部に入ろうと思ったの?
「それは……」
「あー。自己紹介はあとだ。とりあえず席についてくれたまえ。あと生富君、こんな部とは聞き捨てならないな」
げっ、部長。ここはさらりと流しておこう。
「あっ、部長。私、どこの席に座ればいいですか?」
「私たちはこっちの席だ。それより生富君……」
「こっちですね。わかりました」
部長の言葉を無視して、私はスタスタと扉から向かって右側の席に向かう。新入部員は左側に座るらしい。机を挟んで向かい合わせになる格好だ。
机の上には、紙コップとスナックなどの菓子類が置いてある。
「えーっと、久しぶり」
私は、既に席に座っていた街研の部員――遠崎さくらさんにぎこちなく声をかけて、彼女の横の席に座る。
遠崎さんは、大きな瞳が特徴的な、活発そうな顔立ちをした少女だ。丸っこい顔に短めのマッシュボブがよく似合っている。背が低いことと年齢よりも幼く見える容姿が彼女の悩みらしい。
私がこの部にくるのは、1年ぶりくらい。初めて会うわけでもなく、親しいわけでもない。こういうのが一番気まずい。部長みたいな人だったら、何も考えなくていいんだけど。
「久しぶりだね、生富さん。来てくれると思わなかった」
遠崎さんが少し驚いた顔をする。そうよね。私、そういうキャラじゃないし。
「実は部長に捕まってしまって。無理やり……」
「あはは。それは災難だったね。でも久しぶりに部員がそろって私も嬉しいな。机にあるお菓子は私がチョイスしたのよ。この夏の新作」
屈託のない笑顔で、私に話しかけてくる。
……こんな風に笑いかけられると、困ってしまう。私は人の敵意には慣れているけど、好意には慣れていないのだ。
何か言った方がいいかしら?
思い切って、遠崎さんに話しかけようとしたとき、部長が咳払いをした。
「よし、みな席に着いたな。それでは、我が街研究部の歓迎会を始める」