30.召喚! 華麗なるエリザベスちゃん②
「さて、記事を撤回してもらうわよ」
秋舘を見ながら私が言う。
彼はミノムシのようにクモの糸によって、天井から逆さ吊りにされている。
もちろん、私がやったんだけど。
「我々ジャーナリストは、権力には屈しない。記事を撤回するくらいなら死を選ぶ。それが我らの誇りだ」
秋舘が大きなその目で、私を睨み付ける。
我らの誇りって……。
そもそも、嘘の記事をでっち上げた自分が悪いんでしょ。
「そう、くだらない信念ために命を捨てるのね。美しいこと」
まるで獲物をなぶるような、猫なで声を出す私。
気分はさながら悪の女幹部である。
そっちがその気なら、私も容赦しないもんね。
でも、どうしようかなー。
生半可な脅しだとコイツは言うこと聞かないだろうし。
怪人だから丈夫だしなー。
私がどうしようかあれこれ悩んでいると、エリザベスちゃんが糸をつたって秋舘に近づいていくのが見えた。
「エリザベスちゃん、あまり近づくと危ないわよ!」
秋舘は毒をもっているのだ。
今、あいつの口の部分は糸で覆っていないし、不用意に近づくのは危険である。
しかし、エリザベスちゃんは秋舘のすぐ側まで行くと、その牙を秋舘の体に突き立てた。
「あっ、ダメよ!」
ど、どどどどうしよう?
秋舘の皮膚は毒なのだ。
そんなものに触れたら大変なことになる。
「エ、エリザベスちゃん、変なモノかじっちゃダメ! ベッしなさい! ベッ!」
「……拾い食いしたガキかよ」
龍司が何やら横でつぶやいているが、それどころではない。
エリザベスちゃんが死んじゃったらどうしよう?
しかし、いつまで経ってもエリザベスちゃんは平気そうだ。
むしろ呻き声を上げたのは、秋舘の方だった。
「グッ……」
カチカチカチ。
エリザベスちゃんが牙を鳴らす。
すると、次から次へと彼女の子グモたちが糸をつたい、秋舘にたかりだした。
「や、やめろ。やめてくれぇ!」
秋舘が甲高い悲鳴をあげ、じたばたともがく。
しかし必死の抵抗もむなしく、あっという間に大量のクモたちに覆われ、彼の姿は見えなくなる。
断続的に続く悲鳴。それも次第に弱いものになっていく。
「お、おい! あいつら、秋舘を食ってるんじゃねぇだろうな」
龍司が焦りの声をあげる。
えっ、いや、さすがにそんなことは……。
「エ、エリザベスちゃん。殺しちゃダメよ。手加減してあげて」
私が声をかけると、エリザベスちゃんが牙を鳴らし始めた。
カチカチカチ。
子グモが秋舘から離れ始める。
すぐに、秋舘の様子をうかがう。
……大丈夫、生きている。とっても苦しそうだけど。
「なにをやったんだ?」
龍司が私に尋ねる。
「……どうやら秋舘を噛んだみたいね。エリザベスちゃんも秋舘と同じように猛毒をもっているの。秋舘が苦しそうなのは、エリザベスちゃんの毒のせいね」
逆に秋舘の毒はエリザベスちゃんに効いていないみたい。
きっと同じ猛毒をもつ者同士、競い合ってみたくなったんだわ。さすがエリザベスちゃん、向上心の塊!
秋舘は苦しそうだけど、たぶん大丈夫。アイツ、毒には異常に強いもの。普段から毒物をわざと食べているぐらいだし。
でも、その秋舘があんなに苦しそうなんて、エリザベスちゃんの毒はかなりキツいのね。知らなかったわ……。
私は、苦しそうな顔をしている秋舘に向かって言い放つ。
「早いとこ降参しないと、またエリザベスちゃんにお願いするわよ!」
カチカチカチ。
エリザベスちゃんが牙を鳴らす。
わさわさわさ。
クモたちが動き出す。
「ひぃっ!」
秋舘が小さく悲鳴を上げる。
勝利は目前ね。
ふっふっふっ。
勝ち誇ったように笑う私。
その様子を見ていた龍司が、ポツリとつぶやいた。
「えぐい……」
◆◇◆◇◆
「意外と強情だったわね」
エリザベスちゃんたちによる拷問の末、見事記事を撤回させた私は、勝利の余韻に浸りながら、ソフトクリームをペロッとなめる。
んー、おいしい! やっぱり、マダムハニーのソフトクリームは最高ね。
「お前、やりすぎじゃねぇの? 少しは加減しろよ」
龍司はあきれ顔だ。
「バカ言わないで。そんなことしたらなめられるでしょ。なんせ相手はあの秋舘なんだから」
秋舘は懲りない男なのだ。今までも散々怪人たちに訴えられているにもかかわらず、同じ事を何度も繰り返している。ああいうヤツには、きちんとわからせる必要がある。
「毒は大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。アイツ、毒には異常に強いもの」
秋舘はそのまま床に転がしてきた。
“吾輩のプライドにかけて毒に打ち勝つ”などとつぶやいていたから、大丈夫だろう。たぶん。
「それにしてもあのクモ、一体、なんなんだ?」
「エリザベスちゃんのこと?」
「ああ。普通の大きさじゃなかったし、お前の言っていることを理解しているようだった」
そうでしょ、そうでしょ。エリザベスちゃんはすごいのだ。
「エリザベスちゃんはね、私が育てたのよ!」
ちょっと得意げに言う私。
だって、本当のことだし。
「どう育てたらああなるんだよ?」
「それはねぇ、実はここのお店が関係しているの」
「ここのお店って、今いる“ハニーズトラップ”のことか?」
「そうよ」
今、私と龍司はバグズシティにある、とあるスイーツ店にいる。
ミツバチの怪人マダムハニーのお店、“ハニーズトラップ”。この店は、はちみつを使った美味しいスイーツが並ぶ人気店なのだ。
確かここの広告があったはず。
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バグズシティには怪人が経営する飲食店がたくさんあるけど、ここ“ハニーズトラップ”はその中でもトップ5に入る人気店。
特に女性からの支持が圧倒的!
マダムハニーのはちみつは、美味しい上に美容にもいいって評判なのだ。
「この店とお前のクモがどう関係があるんだよ?」
「この店で売ってるローヤルゼリーを食べさせたら、ああなったのよ」
「ローヤルゼリー?」
「ローヤルゼリーっていうのは、女王蜂と女王蜂になる幼虫だけが食べれる餌のこと。働き蜂が作るらしいわ。このローヤルゼリーを食べ続けることで、女王蜂は普通の蜂と比べて体が2・3倍、寿命は30~40倍になるのよ」
全部この店の受け売りだけどね。もとは同じ幼虫なのに、食べ物でここまで変わるなんて、蜂って不思議。
「それはペットの餌用に売ってるのか?」
「まさか。ここのローヤルゼリーは人間(怪人)用で、化粧品や健康食品として売っているの。食べるとキレイになるって評判なんだから。私もずっと買ってるわ」
「なるほど。そのせいでお前の体が2・3倍に膨れ上がったわけだな」
「ちょっと! 誰が体が膨れてるっていうのよ」
龍司をジロリと睨み付ける。彼はいたずらっぽく笑った。
「冗談だ、冗談。それで? なんでそんなもん、クモに食べさせたんだ? でかくするつもりだったのか?」
「ううん、そうじゃなくて、遭難ごっこして食べさせてただけなの」
「遭難ごっこ? なんだそりゃ」
「子どもの頃に私がハマってた遊びよ。遭難者になりきりつつ、皆でローヤルゼリーをわけわけして食べるの」
アニメで見て、どうしてもやりたくなったのよね。
遭難ごっこは、いかに遭難者になりきるかがポイントね。
“これが最後の食料か……” とか “諦めちゃダメ! 明日になったら助けはくるわ” とか言いながら、一つのものを皆でわけわけして食べるの。
残念ながら、クモたちはしゃべらないので、私が一人でセリフをしゃべり続けることになるんだけど。
別にローヤルゼリーじゃなくてもよかったんだけど、できれば使いたかったの。だって、一人で食べるのがつらかったんだもん。
ローヤルゼリーって美味しくないの。はっきり言って、すっぱくてまずい。だからクモたちにあげたのよ。“苦しみを分かち合う”、それこそが遭難ごっこの神髄だもの。
「……ごっこ遊び。クモとか?」
「そうだけど?」
なにかしら? 龍司が憐れみを込めた目でこちらを見てくるんだけど……。
「エリザベスちゃんたちがあまりにも喜んで食べるから、あげるのが習慣になっちゃったの。そうやって食べさせ続けたら、すくすく育って、今の大きさになったってわけ」
ちなみにエリザベスちゃん以外にも、同じようにローヤルゼリーを食べたクモがいる。ビクトリア、キャサリン、マリアの三匹だ。こちらも他のクモと比べて異様な大きさであり、いまもすくすく成長中である。
クモの寿命ってどれくらいなんだろう? もう何年も一緒にいるけど。
「……大丈夫なのか? そのローヤルゼリーってやつは。お前、本当に膨れ上がるんじゃねぇだろうな?」
「大丈夫よ。私以外にも食べている怪人はたくさんいるんだから」
口ではそう言いつつも、自信はない。
クモたちがあまりに成長するので、私もちょっぴり気になってはいるのだ。でも、効果抜群だから、今さらやめられない。
……体が2・3倍に膨れ上がったらどうしよう?
「そんなことよりも、今は秋舘が言ってた“比呂田笛吹き男事件”でしょ」
「そうだな」
秋舘が言うには、この事件がジョーカー設立のきっかけになったらしい。
「当時の新聞記事がネットに載っているわね。有名な事件みたい」
私がスマホを見ながら言うと、龍司が相槌を打つ。
「ああ。当時すごく騒がれたからな。俺もガキの頃、テレビで見た覚えがあるぜ」
「それにしてもすごくおどろおどろしい事件ね、これ」
私は、ネットの記事に目を通す。
そこには“比呂田笛吹き男事件”の概要が書いてあった。
次回、木曜日に更新。
「奇怪! 比呂田笛吹き男事件」