表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/67

30.召喚! 華麗なるエリザベスちゃん②

「さて、記事を撤回してもらうわよ」


 秋舘を見ながら私が言う。


 彼はミノムシのようにクモの糸によって、天井から逆さ吊りにされている。


 もちろん、私がやったんだけど。


「我々ジャーナリストは、権力には屈しない。記事を撤回するくらいなら死を選ぶ。それが我らの誇りだ」


 秋舘が大きなその目で、私を睨み付ける。


 我らの誇りって……。

 そもそも、嘘の記事をでっち上げた自分が悪いんでしょ。


「そう、くだらない信念ために命を捨てるのね。美しいこと」


 まるで獲物をなぶるような、猫なで声を出す私。

 気分はさながら悪の女幹部である。


 そっちがその気なら、私も容赦しないもんね。

 でも、どうしようかなー。

 生半可な脅しだとコイツは言うこと聞かないだろうし。

 怪人だから丈夫だしなー。


 私がどうしようかあれこれ悩んでいると、エリザベスちゃんが糸をつたって秋舘に近づいていくのが見えた。


「エリザベスちゃん、あまり近づくと危ないわよ!」


 秋舘は毒をもっているのだ。

 今、あいつの口の部分は糸で覆っていないし、不用意に近づくのは危険である。


 しかし、エリザベスちゃんは秋舘のすぐ側まで行くと、その牙を秋舘の体に突き立てた。


「あっ、ダメよ!」


 ど、どどどどうしよう?


 秋舘の皮膚は毒なのだ。

 そんなものに触れたら大変なことになる。


「エ、エリザベスちゃん、変なモノかじっちゃダメ! ベッしなさい! ベッ!」

「……拾い食いしたガキかよ」


 龍司が何やら横でつぶやいているが、それどころではない。


 エリザベスちゃんが死んじゃったらどうしよう?


 しかし、いつまで経ってもエリザベスちゃんは平気そうだ。

 むしろ呻き声を上げたのは、秋舘の方だった。


「グッ……」


 カチカチカチ。

 エリザベスちゃんが牙を鳴らす。


 すると、次から次へと彼女の子グモたちが糸をつたい、秋舘にたかりだした。


「や、やめろ。やめてくれぇ!」


 秋舘が甲高い悲鳴をあげ、じたばたともがく。

 しかし必死の抵抗もむなしく、あっという間に大量のクモたちに覆われ、彼の姿は見えなくなる。

 断続的に続く悲鳴。それも次第に弱いものになっていく。


「お、おい! あいつら、秋舘を食ってるんじゃねぇだろうな」


 龍司が焦りの声をあげる。

 えっ、いや、さすがにそんなことは……。


「エ、エリザベスちゃん。殺しちゃダメよ。手加減してあげて」


 私が声をかけると、エリザベスちゃんが牙を鳴らし始めた。

 カチカチカチ。


 子グモが秋舘から離れ始める。


 すぐに、秋舘の様子をうかがう。

 ……大丈夫、生きている。とっても苦しそうだけど。


「なにをやったんだ?」


 龍司が私に尋ねる。


「……どうやら秋舘を噛んだみたいね。エリザベスちゃんも秋舘と同じように猛毒をもっているの。秋舘が苦しそうなのは、エリザベスちゃんの毒のせいね」


 逆に秋舘の毒はエリザベスちゃんに効いていないみたい。


 きっと同じ猛毒をもつ者同士、競い合ってみたくなったんだわ。さすがエリザベスちゃん、向上心の塊!


 秋舘は苦しそうだけど、たぶん大丈夫。アイツ、毒には異常に強いもの。普段から毒物をわざと食べているぐらいだし。

 でも、その秋舘があんなに苦しそうなんて、エリザベスちゃんの毒はかなりキツいのね。知らなかったわ……。


 私は、苦しそうな顔をしている秋舘に向かって言い放つ。


「早いとこ降参しないと、またエリザベスちゃんにお願いするわよ!」


 カチカチカチ。

 エリザベスちゃんが牙を鳴らす。


 わさわさわさ。

 クモたちが動き出す。


「ひぃっ!」


 秋舘が小さく悲鳴を上げる。


 勝利は目前ね。

 ふっふっふっ。

 勝ち誇ったように笑う私。


 その様子を見ていた龍司が、ポツリとつぶやいた。


「えぐい……」


◆◇◆◇◆


「意外と強情だったわね」


 エリザベスちゃんたちによる拷問の末、見事記事を撤回させた私は、勝利の余韻に浸りながら、ソフトクリームをペロッとなめる。


 んー、おいしい! やっぱり、マダムハニーのソフトクリームは最高ね。


「お前、やりすぎじゃねぇの? 少しは加減しろよ」


 龍司はあきれ顔だ。


「バカ言わないで。そんなことしたらなめられるでしょ。なんせ相手はあの秋舘なんだから」


 秋舘は懲りない男なのだ。今までも散々怪人たちに訴えられているにもかかわらず、同じ事を何度も繰り返している。ああいうヤツには、きちんとわからせる必要がある。


「毒は大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。アイツ、毒には異常に強いもの」


 秋舘はそのまま床に転がしてきた。

 “吾輩のプライドにかけて毒に打ち勝つ”などとつぶやいていたから、大丈夫だろう。たぶん。


「それにしてもあのクモ、一体、なんなんだ?」

「エリザベスちゃんのこと?」

「ああ。普通の大きさじゃなかったし、お前の言っていることを理解しているようだった」


 そうでしょ、そうでしょ。エリザベスちゃんはすごいのだ。


「エリザベスちゃんはね、私が育てたのよ!」


 ちょっと得意げに言う私。

 だって、本当のことだし。


「どう育てたらああなるんだよ?」

「それはねぇ、実はここのお店が関係しているの」

「ここのお店って、今いる“ハニーズトラップ”のことか?」

「そうよ」


 今、私と龍司はバグズシティにある、とあるスイーツ店にいる。


 ミツバチの怪人マダムハニーのお店、“ハニーズトラップ”。この店は、はちみつを使った美味しいスイーツが並ぶ人気店なのだ。


 確かここの広告があったはず。


 ・。☆・゜・。・。☆・゜・。・。☆・゜・。・。


 ~ハニーズトラップ はちみつ通信~


 今┃月┃の┃お┃ス┃ス┃メ┃☆┃ 


 ◎大人気! ハニーソフト(夏季限定) 

 お好きなはちみつが選べます!

 ・フルーティーな味  ベリー

 ・優しい味      クローバー

 ・甘酸っぱくさわやか オレンジ など


 ◎恋するハニータルト

 はちみつを練り込んだサクサク生地に

 チーズとはちみつのプディングをのせて

 こんがりと焼き上げました

 とろける美味しさ ぜひお試しあれ!


 ◎幻のローヤルゼリー(不定期販売)

 女性に大人気! 今月も販売いたします


 ・。☆・゜・。・。☆・゜・。・。☆・゜・。・。


 バグズシティには怪人が経営する飲食店がたくさんあるけど、ここ“ハニーズトラップ”はその中でもトップ5に入る人気店。


 特に女性からの支持が圧倒的! 

 マダムハニーのはちみつは、美味しい上に美容にもいいって評判なのだ。


「この店とお前のクモがどう関係があるんだよ?」

「この店で売ってるローヤルゼリーを食べさせたら、ああなったのよ」

「ローヤルゼリー?」

「ローヤルゼリーっていうのは、女王蜂と女王蜂になる幼虫だけが食べれる餌のこと。働き蜂が作るらしいわ。このローヤルゼリーを食べ続けることで、女王蜂は普通の蜂と比べて体が2・3倍、寿命は30~40倍になるのよ」


 全部この店の受け売りだけどね。もとは同じ幼虫なのに、食べ物でここまで変わるなんて、蜂って不思議。


「それはペットの餌用に売ってるのか?」

「まさか。ここのローヤルゼリーは人間(怪人)用で、化粧品や健康食品として売っているの。食べるとキレイになるって評判なんだから。私もずっと買ってるわ」

「なるほど。そのせいでお前の体が2・3倍に膨れ上がったわけだな」

「ちょっと! 誰が体が膨れてるっていうのよ」


 龍司をジロリと睨み付ける。彼はいたずらっぽく笑った。


「冗談だ、冗談。それで? なんでそんなもん、クモに食べさせたんだ? でかくするつもりだったのか?」

「ううん、そうじゃなくて、遭難ごっこして食べさせてただけなの」

「遭難ごっこ? なんだそりゃ」

「子どもの頃に私がハマってた遊びよ。遭難者になりきりつつ、皆でローヤルゼリーをわけわけして食べるの」


 アニメで見て、どうしてもやりたくなったのよね。


 遭難ごっこは、いかに遭難者になりきるかがポイントね。

 “これが最後の食料か……” とか “諦めちゃダメ! 明日になったら助けはくるわ” とか言いながら、一つのものを皆でわけわけして食べるの。


 残念ながら、クモたちはしゃべらないので、私が一人でセリフをしゃべり続けることになるんだけど。


 別にローヤルゼリーじゃなくてもよかったんだけど、できれば使いたかったの。だって、一人で食べるのがつらかったんだもん。

 ローヤルゼリーって美味しくないの。はっきり言って、すっぱくてまずい。だからクモたちにあげたのよ。“苦しみを分かち合う”、それこそが遭難ごっこの神髄だもの。


「……ごっこ遊び。クモとか?」

「そうだけど?」


 なにかしら? 龍司が憐れみを込めた目でこちらを見てくるんだけど……。


「エリザベスちゃんたちがあまりにも喜んで食べるから、あげるのが習慣になっちゃったの。そうやって食べさせ続けたら、すくすく育って、今の大きさになったってわけ」


 ちなみにエリザベスちゃん以外にも、同じようにローヤルゼリーを食べたクモがいる。ビクトリア、キャサリン、マリアの三匹だ。こちらも他のクモと比べて異様な大きさであり、いまもすくすく成長中である。


 クモの寿命ってどれくらいなんだろう? もう何年も一緒にいるけど。


「……大丈夫なのか? そのローヤルゼリーってやつは。お前、本当に膨れ上がるんじゃねぇだろうな?」

「大丈夫よ。私以外にも食べている怪人はたくさんいるんだから」


 口ではそう言いつつも、自信はない。


 クモたちがあまりに成長するので、私もちょっぴり気になってはいるのだ。でも、効果抜群だから、今さらやめられない。


 ……体が2・3倍に膨れ上がったらどうしよう?


「そんなことよりも、今は秋舘が言ってた“比呂田笛吹き男事件”でしょ」

「そうだな」


 秋舘が言うには、この事件がジョーカー設立のきっかけになったらしい。


「当時の新聞記事がネットに載っているわね。有名な事件みたい」


 私がスマホを見ながら言うと、龍司が相槌を打つ。


「ああ。当時すごく騒がれたからな。俺もガキの頃、テレビで見た覚えがあるぜ」

「それにしてもすごくおどろおどろしい事件ね、これ」


 私は、ネットの記事に目を通す。

 そこには“比呂田笛吹き男事件”の概要が書いてあった。

次回、木曜日に更新。

「奇怪! 比呂田笛吹き男事件」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ