29.召喚! 華麗なるエリザベスちゃん①
「ジョーカーが作られたきっかけは“比呂田笛吹き男事件”だ」
“比呂田笛吹き男事件”……?
「“比呂田笛吹き男事件”って、あの有名な“比呂田笛吹き男事件”か? 子供が集団で行方不明になったっていう……」
えっ? 龍司、知ってるの?
「ああ、その事件で間違いない。ゲコ。有名だから、お前でも知っているだろう? ゲコ」
「まぁ、知ってるっちゃあ知ってるが……。それで? あの事件がジョーカーとどう関係しているんだ?」
「ジョーカーは“比呂田笛吹き男事件”がきっかけとなって作られることになったのだ。ゲコ」
「それはさっきも聞いた。だからどう関係しているのかって聞いてんだろ?」
“早く言え”と龍司がせかす。
しかし……
「以上だ」
秋舘のそっけない返事。
「あん?」
「お前にやれる情報は以上だ。ゲコ」
「おい、ちょっと待て」
龍司の目が険しいものになる。
「なんだ? ゲコ」
「なんだ、じゃねぇ!」
龍司が秋舘の前にある机に激しく拳を叩きつける。
「てめぇ、ふざけんなよ! 俺が知りたいのはジョーカーが作られた理由と目的だ。これだけじゃ何にもわからねぇだろうが」
「吾輩は支払われた情報に見合った情報を売っている。ゲコ。お前が売ったのは“スターレンジャーの正体につながる情報”だ。ゲコゲコ。ならば、吾輩が提供するのも“ジョーカーが作られた理由と目的につながる情報”になる。どうだ? ピッタリあっているだろう? ゲーコ」
「ああ? てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ」
龍司が怒鳴りつける。
今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「ふざけてなどない。ゲコ。これはお前の売った情報が曖昧だったせいだ。どうせスターレンジャーの正体もわかってないんだろう? ゲコ」
「……」
「安心しろ。ちゃんと調べれば、必ずジョーカーが作られた理由に辿り着く。ゲコ。そしてジョーカーが作られた理由がわかれば、おのずとその目的もわかるはずだ。ゲコゲコ」
相変わらず、抑揚のない声。
動じないわね、コイツも……。
「本当だろうな?」
龍司が秋舘に鋭い視線を向ける。
「吾輩は情報に嘘はつかない」
「……」
龍司はしばらく秋舘を睨んでいたが、やがてあきらめたように言った。
「チッ、嫌な野郎だな、相変わらず」
「ゲーコゲコゲコゲコ」
秋舘が高笑いをする。
……腹立つわね。でも、これ以上秋舘から情報を引き出すのは無理ね。
龍司もそれがわかっているから、引いたのだろう。
「仕方ねぇ。綾、お前の用事をさっさと済ませろ」
「わかったわ」
いよいよ、私の番ね!
「スパイダーレディ、お前の用事は何だ?」
秋舘が興味なさそうに私を見る。
テンション低いわねー。さっきとは大違い。
「私の用事は情報のやり取りじゃないの。私はあんたに抗議をしにきたのよ」
「抗議? 何のことゲコ?」
「これよ、これ」
こっそり秋舘のオフィスから持ち出したプライデーの原稿を見せる。そこには“大幹部特集”と書かれている。
「原稿を盗むのは犯罪だ。ゲコ。わかっているのか?」
「盗んだんじゃないわ。ちょっと借りただけよ」
「……まぁ、いい。それで? それがどうしたんだ? ゲコ」
バン! 左手で思いっきり机を叩きつける。
「“どうしたんだゲコ”じゃないでしょ! デタラメだらけじゃない! 名誉毀損で訴えるわよ!」
私が三股かけてるってどういうことよ!
「デタラメだなんてひどい言いようだな。ゲコ。全て入念な取材に基づいて書かれた記事だ」
「なんですって!」
コ、コイツ!
「綾、ちょっと見せてみろ」
龍司が私の手から原稿をひったくる。
「あっ、ダメ!」
その記事には私の個人情報が!
「返してよ!」
龍司から記事を取り返そうとするが、ヒョイとかわされる。
「なになに。ああ? 大幹部特集だぁ」
返してってば!
私の手をかわしながら、龍司が原稿を読む。次第に彼の顔が険しくなっていく。
「おい、こら! 秋舘、なんだこの記事は!」
「先程も言っただろう。ゲコ。入念な取材に基づいて書いた記事だと」
やれやれと、秋舘がため息をつく。
……む、むかつく!
ドカッ!
凄まじい音にビクリと身を縮める。
龍司が机を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
「なめたこと言ってんじゃねぇぞ、カエル野郎! 誰が“ロリコン”だ。ああ?」
あっ、自分の記事読んだんだ。龍司の記事もひどかったものね。
“光源氏症候群”なんて書かれてたし。
でもこれはチャンス!
プッツンしている龍司の隙をついて、原稿を取り上げる。
……ふぅ。
「なんて野蛮な……! ゲコ。真実を受け入れないとは……!」
「どこが真実よ。歪みまくってんじゃない!」
カマキリソルジャーの執務室に行っただけで、密会なんて言われたらたまったもんじゃないわ。
「嘘は書いていない! 嘘は!」
「……死にてぇらしいな」
龍司がポキポキと指の関節を鳴らす。
もはや、殺る気満々である。
やっちゃえ、やっちゃえ!
普段ならそう言うところだけど……
「龍司、待って」
「あん?」
「ここは私に任せてちょうだい!」
「任せる? お前に?」
「そうよ」
力強く頷く。
こういったときのために、強力な助っ人を呼んでおいたの。
「エリザベスちゃん、カモーン!」
パチンと指を鳴らす。
カサカサカサ。扉から巨大なクモが入ってくる。
胴が人間の頭ぐらいの大きさのクモだ。足の長さも入れると、1メートル近くあるかもしれない。
私の友達、エリザベスちゃんである。
「……エリザベスちゃん?」
龍司が唖然とした顔でつぶやく。
「そうよ! 友達のエリザベスちゃん。ビッグでカワイイでしょ」
黒曜石のように美しく輝く真っ黒なボディ。背中に浮かぶ真っ赤なハート型の模様がチャームポイント!
「か、かわいい……?」
「エリザベスちゃんはねぇ、この辺りのクモのドンなの。カワイイだけじゃなくて強いのよ!」
「……」
龍司は返事をしない。
どうやら、いきなり現れたエリザベスちゃんに戸惑っているみたい。
「ゲーコゲコゲコゲコ」
秋舘が高らかに笑う。
「何が出てくるかと思えば、貧弱なクモ一匹か。そんなんで吾輩に勝てると思うなよ。ゲコ」
「なに勘違いしてるの? 一匹じゃないわよ」
再びパチンと指を鳴らす。
途端、扉から窓から大量のクモがあとからあとから湧いて出る。
エリザベスちゃんのファミリーである。
何を隠そう、エリザベスちゃんは子沢山ママなのだ!
「うぉっ!」
龍司が顔を引きつらせてのけぞる。
秋舘も目を丸くしてクモたちを見た。
「降参するなら今のうちよ?」
「フ、フン。大量のクモがなんだ。ゲコ。吾輩の能力、まさか知らないわけではあるまい」
秋舘が鼻で笑う。
ヤツの皮膚の色が鮮やかな青から黄色に変わっていく。
……コイツ、ヤル気ね!
「もちろん、知っているわ。だからエリザベスちゃんたちを呼んだのよ。エリザベスちゃん、お願い!」
私の言葉を合図に、エリザベスちゃんが糸を出す。他のクモたちもエリザベスちゃんに倣って一斉に糸を出し始めた。
部屋に次々とクモの糸が張り巡らされていく。
「何をするつもりだ! ゲコ」
危ない! 秋舘の巨大な舌が、エリザベスちゃんを襲う。
しかし――
ヒラリ。エリザベスちゃんは素早い動きで身をかわす。
余裕ね! さすがエリザベスちゃん!
「ゲコッ!」
秋舘が今度は私と龍司に向かって大量の唾を吐き出す。
わっ!
即座に後ろに跳んでよける。
ジュッという音を立てて、絨毯が溶けた。
恐っ。相変わらず危険な能力ね。
秋舘の唾は強力な酸であり、毒でもある。それだけじゃない。ヤツは体内で猛毒を生成し、皮膚から分泌することができるのだ。
秋舘と戦う場合は、体に触れないよう注意しなくてはならない。少しでも触れてしまうと猛毒を浴びることになる。肉弾戦などもってのほかだ。
「龍司は下がっていて!」
私が叫ぶと、彼は黙って頷き、部屋の扉の方へと下がった。
そっちがその気なら、こっちも手加減しないわよ!
側にあった本棚に糸を引っかけ――
「そぉれ!」
ハンマー投げよろしく秋舘に向かってぶん投げる。
遠心力で威力を増した棚が秋舘を襲う。
避けられた!
秋舘がその長い脚で大きく跳ぶ。
上から私に向かって唾を吐きかけてくる。
やだっ!
とっさに棚を盾する。棚から湯気が上がった。
「ゲコゲコ!」
秋舘が舌で追撃してくる。
これも棚で防ぐ、が――
やばっ、棚が壊れる!
秋舘の唾に溶かされ、棚はもうボロボロだ。
どうする? 退くか?
迷ったその瞬間――背後から何かが飛んできた。
「ガッ!」
クリーンヒット!
秋舘の顔に思いっきりぶつかる。
あっ、灰皿。
「綾! しっかりしろ!」
龍司!
どうやら後ろから灰皿を投げて、当ててくれたらしい。
秋舘がひるんでいる。
チャンス!
すぐに糸をヤツに向かって放つ。
「ゲコッ!」
秋舘がその長い舌を電灯に巻き付け、方向転換して糸を避ける。
しかし、秋舘が逃げた方向にはエリザベスちゃんがいる。
彼女は秋舘の背後をとると、大量の糸を一気に放った。
秋舘が避けようとする――が、間に合わない!
糸を浴びた秋舘はバランスを崩し、そのまま床へと落下する。
「ゲッ!」
床を覆う大量のクモの糸。
振り払おうと必死でもがく秋舘。
獲物を見つけたクモたちが、わらわらと秋舘にたかっていく。
「クッ」
秋舘も唾を吐き、応戦するが、多勢に無勢。
あっという間に、クモが出す無数の糸に覆われ、姿が見えなくなった。
よし!
思わずガッツポーズ。
そしてエリザベスちゃんを見る。
「さすがよ、エリザベスちゃん!」
私がほめると、彼女はまるでそれに答えるように牙をカチカチと鳴らした。
うんうん、チームワークの勝利ね!
エリザベスちゃんに笑顔を向ける。彼女が人間ならハイタッチをしているところだ。
残念ながら、彼女はクモだからしゃべれないし、手もないけど。
さてと……。
秋舘の方をチラリと見やる。
コイツ、どうしようかな?
次回、日曜日に更新。
「召喚! 華麗なるエリザベスちゃん②」