表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/67

06.敵意! 気に入らない女

「私の秘密を知ってるって、なんのこと?」


 その少女――生富綾は、普段と変わらぬ様子で尋ねてきた。嫌味なほど整った顔立ち。ニコリともしない無愛想な顔。呼び出されたというのに、全く緊張が感じられない。


 真由は一歩前に出る。どちらが上かをはっきりわからせてやらねば。こういったことは最初が肝心だ。腕を前に組んで、できるだけ威圧的な声を出す。


「あんたさ、どういうつもり?」


 よし、うまくいった! 真由は内心で自分に拍手を送る。声もうわずらなかったし、噛まなかった。怒りも十分に伝わっただろう。

 真由は本番に弱いタイプなのだ。そのせいで、今まで散々苦労してきた。


 しかし、憎らしいことに、生富は怯えた様子もなく、平然とした顔で聞き返してくる。


「どういうつもりって?」

「しらばっくれんな。お前、昨日紅一君に色目使ってただろうが」


 花菜が怒りをあらわにする。

 どうも木村先輩の件が尾を引いているらしい。今日の花菜からは恐ろしいぐらいの気迫を感じる。はっきりいって恐い。


「そういうのやめてくれる~? 目障りだしぃ。第一、紅一君、話しかけられて迷惑そうだったよ~」


 結愛の辛辣な言葉。相変わらず、気に入らない同性には容赦がない。

 しかし、そんな言葉を浴びせられても、生富はケロリとした顔をしている。


 その様子に、真由は苛立ちながら、話を続ける。


「あんたさ、いつも私らのこと小バカにした目で見てるじゃない? クラスにも非協力的だし。それなのに、紅一君がイケメンだからって目の色変えてさぁ。なんなの、あの媚びた態度。恥ずかしくないの?」

「ほ~んと。あそこまであからさまだと逆に笑える~」

「“迷惑かけてごめんね”とか気持ち悪いんだよ」


 三人でよってたかって、彼女を非難する。

 普通の女子なら泣き出してもおかしくないような状況だ。

 だが、彼女は全く反応しない。


 ……なんなのよ、こいつ。


「なんとか言ったらどうなんだよ!」


 我慢の限界とばかりに、花菜が生富を小突く。

 グラリと彼女の体が揺れた。


 さぁ、どうでる? 怒る? それとも泣く?

 真由はドキドキしながら、生富の反応を待つ。


 真由は生富が嫌いだった。

 彼女のすました顔が嫌いだった。

 人を見下した態度が嫌いだった

 そして何より、こちらを見透かしたような眼が嫌いだった。


 ――彼女を前にすると、なぜかひどく惨めな気分になる。


 今回の呼び出しも、彼女に自分の立場を思い知らせてやるためだった。

 紅一君のことは口実にすぎない。


 それなのに――生富はどこまでいっても生富だった。

 彼女はただ笑った。とても楽しげに。

 まるで“こんなことは大したことではない”とでも言わんばかりの様子で――


 真由はザワザワと胸が波立つのを感じた。


 生富は唇に指を当てると、小首を軽くかしげる。

 口元にはうっすら笑みを浮かべて。

 その動作がいちいち色っぽい。


「ねぇ、私の秘密ってなぁに?」


 艶っぽい声。


 ……なぜ、こいつはこんなにも余裕なんだ?


「はぁ? 知らないわよ」


 真由は精一杯強がる。


「そんなの自分で考えれば~?」

「お前、どんだけやましいことあるんだよ?」


 花菜たちも真由に続く。しかし、言葉にさっきまでの勢いがない。生富の態度に押されている。


 このままじゃ、ダメだ。しっかりしなきゃ。じゃないと……


 生富はというと、笑うのをやめ、今度は“()()()()()()()()()()傷ついた”といわんばかりに、その顔を曇らせる。


「やましいことなんて何もないわ、そんな意地悪なこと言わないで。なら、私の秘密なんて何も知らないのね?」


 こちらをうかがうような表情。


「さっきからそう言ってるでしょ。それよりも私たちの質問に答えなさいよ。あんたさ、どういうつもりで紅一君に媚びてるわけ?」


 真由は毅然とした態度を取る。生富はしゅんとした顔をした。


「……ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなかったの。ただ星野君にお礼を言いたくて」

「そんなつもりなかっただぁ? じゃあ、どういうつもりだったんだよ」


 花菜がたたみかける。すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。


 ……花菜、顔が恐いわよ。でも、そうね。さっさとすませてしまおう。早く話を切り上げて帰りたい。

 

 真由は本題に入ることにした。

 

「まぁまぁ、花菜もおさえて。生富さん、あなた、紅一君のことどう思っているの?」

「星野君? 星野君には倒れたところを助けてもらったから、いい人だと思っているけど。それ以上は特に何も…」


 生富の困惑した表情。


 真由はホッとした。一昨日の紅一君への態度を見ていると、彼女がそれを本心で言っているとは思えない。だが、何はともあれ、本人が特別な感情はないといっているのだ。それならこの場をうまく収めることができる。


「そう。なら話は簡単よね。これからは紅一君に関わらないでくれる?」

「あと、男子に媚びをうるのもやめてくれる? 見てて気持ち悪いしぃ~」


 結愛がさらりと条件を追加する。……ちゃっかりしているわね。真由は内心であきれる。


 しかし、生富はすぐに返事をしようとしない。

 何かを考え込んでいる。


 内心ヤキモキしていたら、花菜が声を荒げた。


「早く、返事しろよ」


 ナイス! 真由は花菜のアシストに拍手を送る。


 花菜の一声が効いたのだろうか? 生富は顔を上げて、真っ直ぐに真由を見つめてきた。

 何かを探るような目。


 な、なによ。


 真由はゴクリと喉を鳴らした。


 生富はそんな真由を見てニッコリと微笑むと、きっぱりと言い放つ。


「悪いけど、それはできないわ」


 悪びれる様子もなく、ニコニコとしている。


「……は?」


 えっ、なに? こいつ、もしかして断ったわけ?


 カッと頭に血がのぼる。真由は忌々しげに彼女を睨み付けた。


「はぁ? あんた今の話ちゃんと聞いてた? 立場わかってる?」

「結愛、こんなに物わかりの悪い人、初めて見た~」

「お前、ふざけんなよ」


 二人も我慢ならないといった様子で、真由に続く。当然だ。

 それなのに――。あいつは、生富は、なぜかクスクスと笑い出した。

 まるで、おかしくてたまらないといった様子だ。


「何笑ってるのよ!」


 怒りにまかせて、彼女に掴みかかろうとする。

 だが、軽く避けられてしまう。


「あっ、紅一君!」


 急に驚いた顔をして、生富が真由たちの後ろを指さした。


「えっ!」


 あわてて後ろを振り返る。……誰も居ない。


「何よ、誰もいないじゃない!」


 前に向き直り、生富を睨み付ける。


「一体どういうつもり……」


 文句をいいかけたが、言葉が途中で途切れてしまう。体が重い。頭もクラクラする。体中からどっと汗が噴き出てくる。これは一体?

 前を見ると、生富がニヤニヤと笑っていた。


「気に障ったのなら、謝るわ。ごめんなさい。でも、わかってほしいの。私、悪気はなかったの」


 声が出せない。体は自由に動かせず、頭は霧がかかったようにぼんやりとする。

 ――恐い、恐い、恐い。

 本能的な恐怖が真由の体を支配する。


 生富が一歩前に進み出て、真由の頬に手を当ててきた。

 ――恐い!

 しかし、手を振り払うことはできない。されるがままだ。

 彼女は優しく微笑み、のぞき込むようにして真由の目を見る。


「私、相川(あいかわ)さんに憧れていたのよ。だって、とても強くて素敵なんだもの」

「強い?」

「ええ。でも同時にとても弱くて儚いわ。そこも素敵なの」

「弱い……」


 彼女の言葉を馬鹿みたいに繰り返す。まるで人形にでもなった気分だ。

 そんな真由に、彼女は優しく歌うように語りかける。


「いいのよ。無理に強そうに見せなくても。あなたはありのままが一番美しいのだから」


 ――ありのまま? でもそれでは……。


「どうして周囲の人間は、あなたのことをわからないのかしら? どうしてあなたは、あなた自身のことをわからないのかしら?」


 ――本当にどうしてだろう? 私は頑張っているのに。


「あなたには、あなたの輝きがあるの。自分を偽る必要なんてないのよ?」


 ――でも、みんな言うわ。私はダメな子だって。


「大丈夫。私なら、あなたのことをわかってあげられる。あなたを縛り付ける全てから解放してあげられる」


 ――本当に? ありのままの私を好きになってくれる?


「ねぇ、お友達にならない? 私たちきっと仲良くなれると思うわ」


 ――友達になる、彼女と。


「そうよ。私の言うことを聞けば、きっと何もかもうまくいくわ」


 ――彼女に従う……。そうすれば全てうまくいく……。


 思考が塗りつぶされていく。彼女に何もかも委ねてしまいたい。そんな気持ちになっていく。


 そんな真由を見て、彼女は馬鹿にしたようにクスリと笑った。


 そして、さらに距離を詰めてきたその時――


 バァン!


 突然何かが破裂したような大きな音が聞こえた。彼女の視線が真由から外れる。途端、頭の中がクリアになる。

 体が動く! 真由は精一杯力を振り絞り、彼女の手を振り払った。


「は、離して」


 真由は肩で大きく息をする。息を整えてから、後ろを振り向き、花菜たちに話しかけた。


「二人とも帰ろう」

「えっ、どういうこと?」

「そうよ。話はまだ終わってないでしょ」


 花菜たちが納得できないといった顔をする。しかし、そんなことはどうでもいい。一刻も早くここを離れなければ。


「いいから。今日は帰るわよ。早く」

「あっ、ちょっと待ってよ」

「真由ってば~」


 二人の声を背に受けながら、逃げるようにして真由はその場から離れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ