23.突撃! スターレンジャーとの交渉①
「こ、これは……!」
スターレンジャーに付着させた糸を追って辿り着いた場所。その場所にあった建物に、私も龍司も戸惑いを隠せない。
「お菓子の家ね……」
「お菓子の家だな……」
それは、まさに童話に出てきそうなお菓子の家だった。
クッキーの壁にはジェリービーンズやカラーチョコなどのお菓子が張り付き、チョコレートの屋根には生クリームがかかっている。煙突はウエハースだろうか? ちょこんと腰掛ける砂糖菓子のサンタがかわいらしい。
もちろん本物のお菓子ではありえない。でも、やたらクオリティーが高い。作った人間は一体何を考えているのだろう?
不気味な樹海に似つかわしくないメルヘンタッチなその家は、一種異様な雰囲気を放っている。はっきり言って怪しさ満点だ。この家にホイホイ入る人間はいないだろう。
「お前の友達、本当に大丈夫か?」
「うーん……」
ダメかもしんない。
「とにかく中に入るわよ」
彼らがここにいるのは間違いないんだから。
「ちょっと待て」
お菓子の家に向かって歩き出そうとする私を、龍司が止める。
「まさかその姿のまま行くつもりじゃないだろうな?」
「そのつもりだけど……」
「アホか! 正体がバレたら、逃げ場がねぇだろうが。お前、何考えてんだ?」
「人間の姿の方が、信用してもらえるかなと思って……。ダメ?」
「ダメに決まってんだろ! 早く怪人になれ」
そう言うと、龍司はドラゴンフライヤーの姿になった。
仕方がない。私もスパイダーレディの姿に変身する。
「いいか。相手が友達だからって油断するなよ。相手はあのスターレンジャーなんだからな」
「わかってるってば。ちゃんと説得するから、任せておいて」
ドンと胸を叩く。
「……本当にわかってんのかよ?」
龍司は不安そうだ。
むっ、失礼ね。私だって、ここにくるまでに何度もシミュレーションしてきてるんだから。もっとも、怪人姿での交渉は予想外だけど。
さて、レーダーがあるなら、私たちの存在にすぐ気づくはず。
ドキドキしながら待つ。
龍司を見る。彼も緊張しているようだ。油断なく辺りをうかがっている。
しばらくして、建物の中から勢いよく人が飛び出してきた。
――スターレッド、ブルー、ピンクの三人だ。
「ジョーカーの大幹部……!?」
「どうしてここが?」
スターピンクとブルーが、驚愕の声を上げる。
臨戦態勢に入ろうとする彼らに慌てて声をかけた。
「待って、私たちはあなたたちと戦うつもりはないわ。話し合いにきたの」
「話し合いだって?」
スターブルーが疑わしげに言う。
「そう、話し合い。だからそんなに身構えないで」
「何が話し合いよ。あんたたちのせいで、スターグリーンは寝込んでいるのよ!」
スターピンクが私に食ってかかる。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
……やっぱりスターグリーンも大変なことになっているのね。
どうりで、いないと思った。スターイエローもいないけど、付き添いかしら?
でも、今の台詞は聞き捨てならない。
「緑の彼が寝込んでいるのは、そっちの赤い彼のせいでしょ。それに、こっちだってオクトパス子がひどい目にあってるんだから、文句を言われる筋合いはないわ」
「そっちが攻撃してこなかったら、ああはならなかったわ!」
「先に手を出したのはそっちでしょ。だいたい味方ごと攻撃するなんて、あなたたちはどうなっているの?」
「そ、そんなことジョーカーの怪人に言われたくないわ!」
「スターピンク、やめるんだ」
スターレッドがスターピンクを制する。
紅一君……。私はあなたの行動を問題にしてるのよ?
「スパイダーレディとドラゴンフライヤーだっけ? 俺らと話し合いたいっていうのは本気なのか?」
「その前にひとついいかしら?」
「何?」
「……この家一体何なの?」
つい、聞いちゃった。
だって、気になって仕方がないんだもの。
「えっ、これ? おかしい?」
「……明らかに浮いてるわ」
よくこんなもの作ったわね。
かわいらしいと禍々しいが両立する建物、初めて見たわ。
「なるほど……」
スターレッドはそうつぶやいたかと思うと、後ろを振り向く。
そして、スターピンクを見てなじるように言った。
「ピンク! お前、やっぱり間違えただろ」
「そんなことないわ! 私、ちゃんと調べたもの。森の中にあるのはお菓子の家か洋館。この二つよ。ねぇ、ブルー」
「俺も調べたけど、ちゃんと普通の家もあったよ」
あっさりとスターブルーが否定する。
スターピンクが色めき立った。
「今さらそんなこと言う? 私がこの家にしようって言ったとき、反対しなかったじゃない!」
「普通の家にしないかって一応提案しただろ? でも、ピンクがかわいい方がいいって言い張るから」
「それで賛成したなら、納得ずくってことでしょ。私だけのせいにしないで!」
「別にピンクのせいにするつもりじゃ……」
困ったようにスターブルーが言う。
「ふん!」
スターピンクがそっぽを向く。
どうやら、完全にへそを曲げてしまったようだ。
なんだろう? このやりとりは……。
「……なぁ、どういう会話だ。これ?」
「さぁ……」
龍司も同じことを思ったようだ。
でも、私に答えられるわけがない。
困惑する私たちを見て、スターレッドが平然と言った。
「気にしないでくれ。つまり、この家はピンクの趣味だ」
「ちょっと! それじゃ、私が変な人みたいじゃない!」
スターピンクの抗議。
しかし、スターレッドは無視して続ける。
「それで? 俺たちと話し合いがしたいってどういうことだい? どうやってここがわかった?」
「ここには、糸を辿ってきたの。あなたたちと戦ったときに、あなたたちの体に私の糸を付着させておいたのよ」
「糸を?」
「うそっ!」
私の言葉を聞いて、スターレンジャーたちが念入りに自分の体を調べる。
ほどなくして、彼らに付けていた糸が断ち切られた。
「やっかいな能力だな。全然気がつかなかった」
スターレッドが感心したように言う。
私は軽く微笑む。
「お褒めいただいて何より。それで話し合いの件だけど……」
ひと呼吸置いてから、慎重に言葉を発する。
「あなたたちと手を組みたいの。ジョーカーを倒すために」
「なっ……!」
スターレンジャーが息をのむ。
「……本気か?」
「ええ、本気よ」
スターレッドの視線を受け止め、ゆっくりと答える。
「騙されちゃダメよ、レッド。ジョーカーの怪人が言うことなんて信用できないわ」
スターピンクが吐き捨てるように言う。
「どうしてジョーカーを倒したいんだ? 君たちはジョーカーの怪人だろ」
スターブルーも不思議そうだ。
「……確かに私たちは怪人だけど、好きでジョーカーに従っているわけではないの。無理矢理従わされているのよ」
「無理矢理? どういうことよ?」
「あなたは、私たち怪人がどうやって作られているか知ってる?」
スターピンクが首をかしげる。
「人間を改造して作っているんでしょ。昆虫の遺伝子を組み込んで」
「そうね。ではその人間はどうやって用意するんだと思う?」
「そりゃあ、組織の中から選抜するかスカウトするんでしょ」
「違うわ。ジョーカーが適当に目星をつけた人間を攫って、無理矢理怪人にしているのよ。望んで怪人になった者などいないわ」
「それは建前でしょ。私たちが何も知らないとでも思っているの?」
建前? スターピンクは何が言いたいのだろう?
「……どういうこと?」
「私たちはジョーカーがどういう組織かわかった上でここにいるの。惑わそうとしてもそうはいかないわ」
「惑わすなんて……。私は本当のことを言っただけよ」
彼女の決めつけたような言い方に、ムッとする。
「スパイダーレディ、ムキになるな。所詮、こいつらに俺らのことがわかるわけねぇんだ」
龍司の冷ややかな声。
「でも……」
ここでわかってもらえなかったら、協力なんて……。
「ちょっと待ってくれないか。君たちの言う通りなら、怪人はジョーカーに忠誠を誓っていないということなのか?」
「その通りよ」
スターブルーの質問に答える私。
ジョーカーには恨みしかない。忠誠なんて誰が誓うものですか。
「バカな。そんなことって……」
「ブルー、惑わされちゃダメよ。そんなことあるわけないでしょ」
やけに疑うわね。
黒田博士から私たち怪人のこと、何も聞いていないのかしら?
スカウトとか志願制とか、あり得ないんだけど。
「……君たちは、ジョーカーの目的を知っているのかい?」
スターレッドが探るように言う。
「ジョーカーの目的?」
「そうだ。ジョーカーが何のために作られ、そして何を目指しているのか? 組織に属しているなら当然知ってるはずだ」
ジョーカーが何のために作られ、何を目指しているのか。
なぜそんなこと聞くのだろう?
「ねぇ、ジョーカーの目的って何なのかわかる?」
龍司にこっそりと尋ねる。
「んなこと、俺が知るかよ。好き勝手やってるだけじゃねぇの?」
「……世界征服とか企んじゃったりしてるのかしら?」
悪の組織の目的としては、定番よね。
「そんな話は聞かねぇな……」
私たちがヒソヒソやっていると、スターレッドが再度尋ねてきた。
「どうなんだ? 答えられるのかい?」
「えっと、世界征服とか?」
確か、テレビ番組ではそうだったような。
「……それ、本気で言ってる?」
スターレッドがあきれたように言う。
「な、なら、不老不死の薬を作っている!」
「……」
これも、違ったみたい。
どうしよう? なんか変な空気になっちゃった。
「ドラゴンフライヤー。黙ってないで、フォローしてよ」
助けを求めるように龍司を見る。
「フォローって……。ったく、仕方ねぇな。おい、そこの赤いお前」
「何だい?」
「さっきから聞いてりゃあ、ジョーカーが作られた理由だの、目的だの、わけのわからねぇこと言いやがって。んなこと俺らが知るわけねぇだろ」
……龍司、それ、偉そうに言うことじゃないわよ。
「第一、お前らは知ってるのかよ? ジョーカーの目的ってやつをよぉ」
そうよね。さっきから、まるでわかったような口ぶりだけど。
「どうなんだ? ああ?」
龍司がすごむ。
……それじゃチンピラよ、龍司。
しかし、スターレッドは全く動じない。そして、事も無げに言い放った。
「もちろん、知っているよ」
次回、日曜日に更新。
「突撃! スターレンジャーとの交渉②」