18.勝負! 白鳥 VS スターピンク
「スターレンジャー、本当に現れるのかしらん?」
「さぁ……。でも待つしかないわ」
白鳥にはそう答えつつも、私自身も心配でたまらない。
私たち二人は怪人の姿になっている。つまり、私はスパイダーレディの姿、白鳥は怪人オクトパス子の姿ね。
オクトパス子はタコの怪人。背中から四つの触手が生えており、皮膚は赤色。頭部はタコそのものだけど、体は人間の女性らしい体つき。黒のレオタードを身につけている。オクトパス子は私たち昆虫の怪人みたいに固い皮膚には覆われていない。彼女は、体の柔らかさが売りなの。
スターレンジャーをおびきよせるために、目の前ではジョーカーの構成員たちがダミーの取引をしている。黒い服にサングラス、手には大きなアタッシュケース。……こうして見ると、あからさまに怪しい。誰かに見られたら、通報されてしまうレベル。
もっとも、こんなビルには誰も入ってこないだろうけど。
壁は塗装が剥がれてボロボロ、鉄筋がむき出しになっているし、窓ガラスもない。廃棄されてかなりの年月が経っているのがわかる。
このビル、呪われているんだって。
昔、このビルの持ち主が借金を苦にここで自殺したらしい。それ以来、夜な夜なその幽霊が現れ、生きた人間を冥府に引きずり込むのだそう。
そういわれれば、確かに不気味な雰囲気を放っている……。幽霊が出たらどうしよう?
なーんてね。実はこういうの、もう慣れっこなの。
ジョーカーは、人目を避けるため、わざといわくつきの場所を取引に使う。そのせいで、私たちはよく心霊スポットに行かされるのだ。
任務で次々と心霊スポットを回らされることを、 怪人たちは“巡霊”と呼んでいる。心霊度に応じて、面白おかしく取引場所にランクを付けてたりもする。ちなみにこのビルはDランク。下から二番目。完全に見かけ倒しだ。
そんなわけで、皆心霊スポットにはやたらと詳しい。初対面の怪人同士でも、心霊スポットの話をすれば会話が弾む。困ったときは心霊の話! “ジョーカーあるある”なのだ。
構成員がアタッシュケースを開いて、取引相手(こっちもジョーカーの構成員だ)に見せる。白い粉を包んだ小さな袋が山ほど入っている。
袋の中身は、薬じゃなくて小麦粉。アタッシュケースには発信機を取り付けてある。スターレンジャーたちが持って帰ったら場所がわかるように。
「戦いなんて久しぶりねん」
取引の様子を見ながら、そっと白鳥がつぶやく。
「私たち偵察部隊は、あまりこういうのないものね」
本来、取引の護衛は格闘部隊が担当するものだから。
「トミー、緊張してるのん?」
「……少しだけ」
白鳥は平気そうね。
そういえば私、白鳥が緊張しているとこ見たことない。いつもマイペースだし。
どんな状況でも冷静でいられるなんて、うらやましいヤツ……。
じっと白鳥を見る。彼女は私の視線に気付いて軽く笑う。まるで“大丈夫よん”と言っているみたいに。
彼女の様子に、少し緊張がほぐれる。
こう見えて白鳥は強いの。だからきっと大丈夫。うまくやれるわ。今回は、戦って勝つことが目的じゃないんだし。
そもそもスターレンジャーが現れるかどうかもわからない。ダミーの取引は他の場所でもやっており、全部で4カ所ある。だから、現れるとしても、4分の1の確率だ。
でも、やっぱりドキドキする。
テレビで見たあのスターレンジャー。本当にいるんだろうか? 紅一君たちが存在しているんだし、怪人たちの噂も聞く。だけど、実際にこの目で見ていないからイマイチ実感がわかない。
スターレンジャーって、どうやって登場してたっけ? 確か……
「そこまでよ! 悪党ども」
聞き覚えのある声がビルに響き渡る。
こ、これはまさか……!
「なに! どこだ? どこにいる?」
「あっ、あそこだ! 階段のところ」
構成員が叫んだとおり、2階へ続く階段のところに5人の人影が見える。
間違いない、スターレンジャーだ!
やっぱり、本当にいたんだ!
「覚悟なさい! お前達の悪事は全てお見通しよ!」
ビシッ! スターピンクがこちらを指さし、高らかに叫ぶ。
「なぁにぃ! ふざけるな!」
「お前達、一体何者だ!」
「名を名乗れ!」
芝居がかった口調で、構成員たちが応戦する。
……なんかノリノリじゃない。うちの構成員って、こんなんだっけ? もっと真面目だと思ってた。
「悪の陰にジョーカーあり。正義の星にはスターレンジャーあり!」
このセリフ、舞の弟が叫んでたヤツだ!
「情熱の赤き星、スターレッド!」
「知性の青き星、スターブルー!」
「愛情のピンクの星、スターピンク!」
「輝きの黄色の星、スターイエロー!」
「癒やしの緑の星、スターグリーン……」
一人一人が名乗りを上げ、ポーズを取っていく。
そして――
『5人そろって、スターレンジャー!』
爆発!
5色の煙が舞い上がり、周囲にたちこめる。
火薬の臭いつきで。
「……」
誰も何も言わない。
私も、白鳥も、意外とノリのいい構成員たちも。
どう反応したらいいのかわからない。
きっとみんなそんな感じなのだろう。
どうしよう? ここは大幹部の私が率先して何かしゃべった方がいいのかしら?
テレビではどうだったっけ? ダメだ、頭がついていかない。
「星の裁きを受けてみよ!」
こちらが呆気にとられている間にも、スターレンジャーは次々と1階に飛び降りててくる。
く、来るっ!
「あなたたちは、下がってなさい」
「わかりました、スパイダーレディ様」
私の命令を受けて、構成員がアタッシュケースを持って退却していく。それを見て、スターピンクが慌てた。
「あっ、ちょっとなんで逃げるのよ」
そりゃ逃げるでしょ。出口塞いでないんだから。
なんで2階から現れたのかしら? 一体どっから入ってきたの?
「スターイエロー、追ってくれ」
「わかったー!」
元気よく返事をすると、スターイエローはそばの窓から外へと出て行く。
どうやら逃げていった構成員を追うつもりのようだ。
……大丈夫かしら? 構成員のヤツら。上手くやってくれるといいけど。
「あなたたちがスターレンジャーね。噂は聞いてるわ。ジョーカーにたてつく愚か者がいるって」
口元に笑みを浮かべて、精一杯、余裕ぶったしゃべりをする。
どう? 私のこのセリフ。それっぽいかしら?
「誰が愚か者よ。それはあんたたちでしょ」
「あら、ひどい。私、あなたたちに会えるのを楽しみにしてたのに」
スターピンクの言葉に、わざとらしく残念がってみせる私。
こういうのは、自分のペースを作るのが大事なのだ。
「それは光栄だな。で? 君たちは一体何者なんだ?」
スターレッドがどこか面白がっているような口調で問う。
「私はジョーカーの大幹部の一人、スパイダーレディ」
「そして私は、ジョーカー1のいい女、オクトパス子よん」
「大幹部……!」
「ジョーカー1のいい女……!」
スターブルーとスターグリーンがつぶやく。
「怪人を倒し回って、いい気になっているようだけど、それもここまで」
「最近凝ってることは占いよん。恋愛占いが得意よん」
「私たちは今までの怪人のようにはいかないわ」
「スリーサイズは上から84、58、86㎝よん」
「84㎝……!」
スターグリーンがゴクリと喉を鳴らす。
……無視よ、無視。気にしたら負けよ。
自分のペースを保つの。
「ジョーカーの恐ろしさ、思い知るがいい」
「ちなみにスパイダーレディのスリーサイズは上から8「わあああああ」
たまらず叫ぶ私。白鳥を怒鳴りつける。
「ちょっと、何考えてるのよ!」
「あら、スパイダーレディ、怒っちゃダメよん」
白鳥がおちゃらけて言う。
コ、コイツ……!
「ふざけてんじゃないわよ! どうしてあんたが私のスリーサイズを知ってるのよ!」
「なんでって、プライデーの原稿読んだからよん」
あっさりと白鳥が白状する。
「プライデーの原稿……?」
「知らないのん? 今度、プライデーでは大幹部特集をするのよん。その原稿を見せてもらったんだけど、そこにスパイダーレディのスリーサイズが載ってたのよん」
プライデーに私のスリーサイズが……。
一体どうして……? 私だって、自分のスリーサイズなんて把握してないのに。
いや、そんなことはどうでもいい。
殺す! 帰ったら秋舘のヤツ、絶対殺してやる!
「ふん、何よ。少し大きいからって自慢しちゃって」
私と白鳥のやり取りを見ていたスターピンクが不満げにつぶやいた。
そして、ビシッとこちらを指さす。
「言っとくけど、胸は大きさじゃないわ、形よ!」
「プフフ。負け惜しみねん」
「なんですって!」
白鳥の勝ち誇ったような笑いに、スターピンクが色めき立つ。
「本当はうらやましいんでしょ」
「誰が……! 大きい方がいいと思ったら大間違いよ!」
「そう? プフフフフ」
「こ、殺す!」
白鳥とスターピンクがギャアギャア言い争っている。
……私? もういいの。自分のペースを保つのはあきらめたわ。
ちなみに、男連中は傍観を決め込んでいる。賢明な判断ね。
それにしても……
目の前では、白鳥とスターピンクの不毛な争いが続いている。
いつ終わるのかしら? これ。
場の空気がだれてきた頃、白鳥が動いた。
彼女はギラッと目を光らせると
「いいわよん。そこまで言うなら、聞いてみるのよん。そこのあなた!」
ターゲットを定め、指さす。
果たして、彼女が指名した相手は――
「えっ、お、俺?」
スターブルーだった。
次回、木曜日に更新。
「決着! 綾&白鳥 VS スターレンジャー」