15.相談! ジョーカーを倒すには…③
「もちろん、薬はみんなの分も作るわ」
確かに、全員分の薬を用意するのは大変だろうけど、ジョーカーを倒す時にそのまま施設を乗っ取ればきっと大丈夫よ。
「それに、皆もジョーカーのことは恨んでいるでしょ。こちらに勝ち目があるとわかったら協力してくれるわよ、きっと」
「そうじゃねぇ。なんもわかってねぇな、お前は」
「どういう意味?」
龍司は何を言いたいんだろう?
「ジョーカーなしで怪人たちが生きていけると思ってるのか?」
ジョーカーなしで怪人たちが生きていく……。
あっ……。
「俺らはまだいい、人間の姿になれるからな。だが、そうじゃねぇ怪人たちはどうするんだ? 人前には出れねぇんだぞ。生きていけねぇだろ」
「それは……」
「人間の姿を失った時点で、奴らが人間社会で生きていくのは無理だ。わかるだろ?」
「……」
「お前がジョーカーを裏切ってスターレンジャーにつくってことは、怪人たち全員を敵に回すってことなんだよ。その覚悟がお前にあるのか?」
ジョーカーで人間の姿になれる者はごくわずか。人間の姿になれない怪人の数は、1,000人を超える。ジョーカーがなくなったら、その怪人たち皆が路頭に迷うってこと?
頭がクラクラする。
ど、どうしよう? そんなこと考えてもみなかった。私、なぜか彼らも自分と同じだと思っていた。
怪人たち全員が敵に回る……。
「……龍司も?」
「ん?」
「龍司は私がスターレンジャーの味方をしたら、どうする? 龍司も私の敵になっちゃうの?」
恐る恐る尋ねる。
もしそんなことになったら、私……。
「俺はお前の敵にはならねぇ」
「じゃあ……!」
「だが、なんでもかんでもお前の味方をするつもりもねぇ」
そう…なんだ……。
「俺は部隊の奴らを見捨てるつもりはねぇ。わかるだろ?」
「……」
私のことは……? 私のことは見捨てるの?
「お前はどうなんだ? お前だって大幹部だろ。部隊の奴らをどう思うんだ?」
「……みんなには死んで欲しくない」
「だろ。なら、どうすればいいかわかるよな?」
「……」
どうしよう。泣きそう……。
「綾、バカなことを考えるな。任務がつらいって言うなら、俺からカマキリに言ってやる。あいつがごちゃごちゃ言うようなら、俺がなんとかしてやるから」
「……」
「な? だからもうバカなことを考えるのはやめろ」
「……わかった」
龍司の言葉に、私は弱々しく頷しかなかった。
◆◇◆◇◆
私どうすればいいの? もうわからない。
龍司が帰った後、私はベッドに仰向けに倒れ込み、しばらくぼんやりと天井を見ていた。
何もする気がおきない。頭も心もぐちゃぐちゃだ。
龍司の言葉を思い出すたびに、胸に鈍い痛みが走る。
スターレンジャーの味方をしたら、きっと龍司は私を見捨てる……。
だって、はっきり言ったもの。私の味方をするつもりはないって。
それがつらくてたまらない。
龍司のうそつき。お前は俺が守ってやるって言ったくせに……。
どうしてそんなこと言うの? そこは何があっても俺はお前の味方だって言ってよ……。
ふいに涙がこみ上げてきて、慌てて手で拭う。
バカみたい。こんなことで泣くなんて、私ってホントバカだ。
……わかってる。龍司の言ってることは正しい。
龍司からすれば、スターレンジャーを当てにできないと考えるのは当然のことだ。得体の知れない相手だし、協力する価値もない。だって、龍司は、スターレンジャーがジョーカーを倒せると思っていないんだもの。
そして怪人たちのこと。
ジョーカーがなくなった後のことなんて、私考えてなかった。
スターレンジャーに殺されないようにしなきゃ、ジョーカーから抜け出さなきゃって、そればかり考えて。
怪人たちも、ジョーカーがなくなれば喜ぶと思ってた。だって、みんなジョーカーのこと嫌ったり憎んだりしていたから……。
人間の姿になれない怪人たちが、ジョーカーなしで生きていけるわけない。よく考えたら当たり前のことよね。なんで気付かなかったんだろう……。
自分のバカさ加減にあきれてしまう。こんなんじゃ、龍司に怒られるのも当然だ。
だけど、龍司が知らないこともある。
スターレンジャーの正体。そして、彼らがジョーカーを倒す未来。
舞の記憶どおりなら、ジョーカーはスターレンジャーに倒される。私も半信半疑ではあるけど、このまま放置していいわけがない。何か手を打たないと……。
いっそのこと、スターレンジャーの正体をジョーカーに報告する? そうすれば、きっと簡単に捕らえることができる。彼らも自分たちの正体がバレてるなんて思ってないだろうし。
スターレンジャーを捕獲できれば、ジョーカーが倒されることもない。
でも……。
紅一君たちの顔が頭に浮かぶ。
ジョーカーに捕まったら、彼らはどうなっちゃうんだろう? きっと、殺されてしまうわよね……。私、そんなの平気でいられるの?
無理だ。いくらなんでも紅一君たちを見殺しにするなんてできない。
怪人たちにも紅一君たちにも死んで欲しくない。なら、やっぱり話し合って、協力し合うしかないじゃない……。
ベッドから起き上がる。
そうよ。結局やるしかないんだわ。このままだと、犠牲者が増えるばかりだもの。龍司の言うとおり、バカな考えなのかもしれない。でも、今動かないときっと後悔する。なぜだかそんな気がするの。
それに、スターレンジャーの力を借りれば、何か方法はあるかもしれない。
ベッドの側のクマのぬいぐるみに目をやる。
大丈夫、私一人でもやり遂げてみせる。これでもジョーカーの大幹部だもの。上手くやってみせるわ。
もし失敗して死んじゃったら、枕元に化けて出てやるんだから。あのバカ……。
◆◇◆◇◆
(綾のやつ、大丈夫だろうな?)
彼女の泣きそうな顔を思い出すと、龍司はなんともいえない気持ちになる。
ジョーカーを抜けたいという気持ちはわかる。自分だって今の状況に納得しているわけじゃない。
しかし、だからといって、スターレンジャーと手を組むなどあり得ないことだ。
スターレンジャー。おかしな格好をして正義だなんだと叫んでいる得体の知れない連中。どう考えてもまともじゃない。
そもそも、奴らの目的も正体もわかっていないのだ。協力以前の問題だろう。もし奴らが“白の組織”みたいな連中だったら、一体どうするつもりなのか。
それに――
龍司の顔から表情が消える。
あんな連中にジョーカーを倒せるわけがない。自分だって、いや誰だってできないのに――
綾だけじゃない。龍司もそれを考えたことがある。しかし、実行に移すことはできなかった。成功する見込みがあまりにもなかったからだ。
実際にジョーカーを裏切って、処分された怪人は何人もいる。彼らの最期は悲惨なものだった。普通に死ねればまだいい方だ。薬を与えられず部屋に閉じ込められ、人間としての自我を失い、虫になっていく様はゾッとするものだった。思い出すだけで憂鬱な気分になる。
綾もジョーカーを裏切れば、同じ目に遭うだろう。そんなこと許せるはずもない。
言うことを聞かないのであれば、無理矢理にでも止めるつもりだ。バカなことをしでかす前に。
(しかし、わからねぇ。なんであいつ、急にジョーカーを抜けたいなんて言い出したんだ?)
ジョーカーに命令されるのが嫌だからなど、今さらすぎる理由だ。どうにもならないことだと受け入れていたのではないのか。
何かあったのだろうか。そう思う何かが――。
B・Bの言葉がふと頭をよぎる。“綾ちゃん、好きな人ができたのよ”
(まさか……。いや、綾に限ってそんなことは)
確かに“好きな奴ができたから、ジョーカーを抜けたい”というのは、ありそうな理由ではある。だが、綾に限ってそんなことはないだろう。龍司は彼女のことをよく知っている。
(待てよ。もしかしてあれじゃねぇか?)
龍司は、このところ綾から友達と遊んだという自慢をよく聞かされているのだ。明らかに浮かれた様子でしゃべっていた。部活の話もよくする。どうやら友達ができたのが嬉しくて仕方ないらしい。
(これだな。綾のやつ、友達ができて、普通の生活がうらやましくなったんだ。あいつ単純だから)
昔から綾は影響されやすいところがあった。テレビの映像を見ては“私もここに行きたい!”とか“これ食べたい!”とわがままを言うのはよくあることだった。
ジョーカーの施設内に閉じ込められて鬱屈していたせいか、子どもの頃は頻繁に癇癪を起こし、龍司も相当手を焼かされたのだ。
成長してそういったこともなくなっていったが、今回のはある意味それの延長なのかもしれない。もっとも、今までのわがままとはレベルが違うが……。
どちらにせよ綾を放っておくことはできない。大人しく引き下がる性格でないことは知っている。彼女の行動には目を光らせておかねば。
(スターレンジャーの調査は、偵察部隊でやるんだったな。なら、綾の副官に聞くのが一番か)
そう考えて、龍司は憂鬱な気分になる。
綾の副官はどうも苦手だ。特に速水。彼女とは徹底的にソリがあわない。できれば関わりたくないが、残念ながらそうも言ってはいられない。今回の件は、綾の命に関わってくる。
(まったく、本当に世話が焼ける)
綾の脳天気な顔を思い出しながら、龍司はため息をつく。
もっと頬をキツくつねっておけばよかった。
自分の甘さを自覚しつつも、龍司は綾の副官にコンタクトをとることにした。
次回、日曜日に更新。
「高慢? 女王 “速水まさみ”」