04.接触! スターレッド!
今日はスターレッドに初めて会う日。正確に言えば昨日会ってるから二回目だけど、しゃべってもいないので、あれはカウントに入らない。
ちなみに、あの後、ローズのアドバイスどおり、スターレッドに渡すお礼の品を買いにいった。お気に入りのケーキ屋さんで買ったクッキーだ。
地元に古くからあるそのケーキ屋さんは、有名店ではないけど、いかにも手作りって感じのケーキがとても美味しい。クッキーなどの焼き菓子類も充実している。このクッキーを渡して、好感度UP! ……なんて、上手くいけばいいけど。
ちょっぴり緊張しながら教室に入る。スターレッド、いや星野紅一は……っと。いた! 私の斜め前の席に座っている。彼はクラスの女の子達と和やかに談笑していた。
うわー、あの星野紅一が本当にいる。なんかドキドキしちゃう。私ってば、ミーハーなのね。
彼って、他の人とは違うオーラが出ているのよね。ヒーローだから? それともイケメンだから?
あんなにカッコイイのに、 “情熱の赤き星、スターレッド参上!”とか恥ずかしいセリフ言っちゃうんでしょ。あ、だめ。笑ってしまいそう。我慢しなきゃ。
頭の中でアホなことを考えていても、表情には一切出さない。長年の訓練の賜物ね。
もちろん、目的も忘れちゃいない。昨日のお礼を言って仲良くなる。それが今日の最優先事項。
しかし、女の子達が邪魔よねー。話しかけなきゃいけないっていうのに。
星野紅一を囲んでいるのは、クラスでも一際目立つグループの女子だ。とにかく垢抜けていて派手な感じの、舞なら絶対気後れするタイプ。そういった女の子達が、「やだー、紅一君たらぁ」とか「すごぉーい」などといったことを、いつもよりワントーン高い声でしゃべっている。
……頭悪そうな会話。聞いているだけでイライラする。アレに混じらないといけないわけ? 最悪。
そう思っても引くことはできない。人間、やりたくなくてもやらねばならない時があるのだ。
ちなみに今日の作戦だけど、私らしくいくことにした。
そう、友達になろうと思うからダメなのだ。要は星野紅一に好かれればいいのだ。なら話は簡単! 任務の時のように相手をたらしこめばいい。
私はスイッチを切り替えて、星野紅一の席へと向かう。
周りの女子を無視して、当然のように割って入ると(すごい顔で睨まれた)、彼を見ておずおずと尋ねる。
「あの、星野…紅一君だよね? 昨日、私を保健室まで運んでくれた」
彼は、急に現れた私に少し驚いた表情を見せたけど、昨日自分が運んだ女の子だとわかったのだろう。すぐににこやかに話しかけてきた。
「君は昨日の……。ああ、あってるよ。俺の名前は星野紅一。昨日このクラスに転入してきたんだ。君、生富さんだっけ? 大丈夫だった? あれからどうなったのか、心配してたんだ」
そう言って、気遣わしそうな表情をする。
うん、悪くない感触。それなら……。
私が返事をしようとしたその時、周りにいた女の子達が会話に割り込んできた。
「あー、そういえば生富さん、昨日ボールが当たって倒れたんだっけ? 大変だったね」
「私、びっくりしちゃった~。あんな豪快な倒れ方する人初めて見たもの」
「大丈夫? ケガとかしなかった?」
心配そうな声と表情。でも私に対する敵意は隠しきれていない。
……こちらを気遣うフリして明らかにバカにしているわね、これは。
確かにあの倒れ方は自分でもどうかと思うわ。ジョーカーの大幹部が野球部のボールで気絶するなんてマヌケにも程がある。恥よ、恥。こんなこと他の怪人に知られたらどうなるか……。
もう、ホント最悪! 私の今まで築き上げてきた“クールな美少女”のイメージがあんなつまらないことで……。
いや、あの時の私は普通ではなかった。忘れるのよ、綾。今は、目の前のことに集中して!
「ありがとう。私なら大丈夫。あのあと、ちゃんと先生にみてもらったけど、なんともなかったの。あの、星野君も昨日は迷惑かけてしまってごめんなさい」
申し訳なさそうな、それでいて相手の反応が気になって仕方がないといった表情を作る。いつもの私なら絶対にしない顔だ。女の子達が唖然とした顔でこちらを見ている。
「そのことなら謝る必要なんてないよ。俺は当然のことをしただけだから。でも大したことないならよかったよ。妹も心配してたからさ」
どこまでも爽やかな彼。ふーん、当然のことねぇ……。
「妹さんも? そうよね。目の前で人が倒れたらびっくりするよね。でも、星野君たちの方こそ大丈夫だった? 転校の手続きとか、挨拶とか」
恐る恐る聞く私に、“なんだそんなことか”といった様子で彼が笑う。
「ああ、それは大丈夫。生富さんを保健室に運んだ後で、ちゃんとすませたよ」
「……よかった。転校初日って、ただでさえ大変なのに、私のせいでめちゃくちゃになったら申し訳ないもの」
私の心底ホッとしたという態度に、彼がまた軽く笑う。
「あはは、気にしすぎだよ。それに俺も桃もこういうこと慣れてるし」
慣れているね……。
こういうことって、転校? 人が倒れること? ……それとも、怪人が倒れること?
「そう言ってもらえると、ホッとする。ありがとう、星野君」
彼のセリフに引っかかるものを感じながらも、私は微笑む。そして、さりげなく尋ねた。
「あっ、そうだ。星野君って、甘い物大丈夫?」
「甘い物? ああ、普通に食べるよ。どうして?」
彼が不思議そうな顔をする。
「これ、お詫びの品なんだけど、受け取ってくれる?」
私は、鞄から例のクッキーが入った袋を二つ取り出す。ピンク色のリボンで綺麗にラッピングされたものだ。
「えっ、生富さん、そんなことするんだ。意外~」
「いつも私たちにはあまり話してくれないのに」
「星野君に助けられたのがよっぽど嬉しかったのね。すごーい」
さっきまで呆気にとられて見ていた女の子達が一斉に私を攻撃しだした。そのまま呆けていればよかったのに。
ふんだ。どうせ私は性格が悪いわよ。愛想のカケラもないし。でも、今は大事なところなんだから、邪魔しないで。
一方、星野紅一は申し訳なさそうな顔をしている。
「気にしなくてよかったのに……」
「それじゃあ、私の気持ちが収まらないわ。妹さんの分もあるの。受け取って」
そういうのいいから、早く受け取って。私も周りも、限界なんだから。
そんな自分勝手なことを考えながら、顔はあくまでにこやかに、クッキーが入った袋を遠慮する彼の方へ押しやる。
「……わかった。それならありがたくもらうよ。妹も甘い物が好きだから喜ぶと思う。ありがとう、生富さん」
私の思いが通じたのか、彼は少しためらった後、爽やかに微笑んで、クッキーが入った袋を受け取ってくれた。よし!
「よかった。受け取ってもらえて。それでね。できれば、妹さんにも会ってお詫びしたいんだけど。」
そう言って、上目遣いで彼を見る。
……私は何やっているのだろう? なんだか虚しくなってきた。
「桃に? お詫びなんて必要ないと思うけど……。まぁ、桃とは今日一緒に帰る予定だから、その時に生富さんに声をかけようか?」
「そうしてくれたら嬉しい。お願いしてもいい?」
ぜひお願いします。ついでに妹さんに私をいいように紹介して。
「わかったよ。じゃあ、後で」
「うん、ありがとう」
そう言って私はニッコリと微笑み、自分の席に向かった。女の子達からの視線をビシビシ感じたが、無視して椅子に座り、ひと息つく。
はぁー、疲れた……。表情筋が死ぬ。でも、うまくいったんじゃない? 悪い印象は与えなかったはず。
しかし、彼の性格がイマイチつかめない。終始ニコニコしてたけど……。熱血バカって感じはしない。それに、どことなく女慣れしているように思えたんだけど、気のせいかしら? どっちにしろ、あれだけの会話じゃ何もわからない。
とりあえず、目的は達成できたんだから、よしとしなきゃ。次はスターピンクかぁ。はぁ、憂鬱……。
私は放課後のスターピンクとのやりとりをあれこれ考える。その日の授業はちっとも頭に入ってこなかった。