01.プロローグ
――いよいよか。本当に願いは叶うのだろうか?
彼は祈るような気持ちでその巨大なクリスタルの前に立った。
このクリスタルは、故郷の守り神にして、復活と再生の象徴でもあった。百年に一度、天上から創造神ルーが降りてきてクリスタルに宿り、力を取り戻すと言われている。
その話が真実かどうかはわからない。ただ、眼の前の巨大なクリスタルは、神が宿っても不思議ではないほど、神秘的で美しかった。高さは彼の背丈の倍程、中には金色に輝く五芒星が刻まれている。クリスタルの不思議な輝きは、どこか優しく温かで、見ていると心が安らぐ。
こんな気持ちになるのは何年ぶりだろうか。
彼女が亡くなったあの日から、彼の心は死んでしまった。何を食べても味はせず、何があっても心は動かされない。喜びも悲しみの感情も、彼女と一緒に消えてしまった。今はただ淡々と毎日の仕事をこなすだけ。他には何もない。
心配した友人が気晴らしになればと熱心に遊びに誘ってくれたが、そんな気にもなれなかった。
今日は、クリスタルの力が強まる日だ。このクリスタルには不思議な伝承がある。百年に一度の神在月の日にクリスタルに願えば、何でも願い事が叶うと言われている。
初めてクリスタルを見た日のことを思い出す。幼かった自分は、その巨大な力と自分の使命に何ともいえない高揚感を覚えたものだ。しかし大人になった今は、ただすがるような気持ちでそれを見ている。
ここに入ったことが知れたら、ただではすまない。厳罰に処されるだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。彼女を取り戻すことができたら、他には何もいらない。自分の命でさえも。
彼女の顔を思い浮かべる。かわいいと褒めた時のはにかんだような笑顔、からかった時のかわいらしく怒った顔、落ち込んでしょんぼりとした顔。何年も経った今でも、彼はその生き生きとした表情を鮮明に思い出すことができた。
彼は、彼女のためなら、故郷を捨てることさえためらわなかっただろう。しかし、現実は残酷だった。
――彼女は息を引き取った。彼の腕の中で。
窓から差し込む柔らかな月の光が、薄暗い部屋をぼんやりと明るく照らす。その光はクリスタルへと到着し、美しいその姿を浮かび上がらせた。
時間だ。彼は緊張しつつも、手順通り祈りを捧げる。
クリスタルに願う望みは決まっている。
――彼女に幸せな未来を。
しかし、何も起こらない。やはり、単なる伝承か。彼の心が絶望にのまれそうになったその時、クリスタルが不思議な輝きを放った。チカチカと明滅している。今まで見たことがない輝き方だ。と、同時に彼の体から力が抜けていく。
クリスタルの言い伝えには続きがあった。創造神ルーは願い事を叶える対価として、願った者の命を奪うという。
まるで潮が引いていくように、彼の体からスッと生命が抜け落ちていく。もはや立つこともままならない。彼はその場に崩れ落ちた。クリスタルが輝く。世界が真っ白に染まる。薄れゆく意識の中、彼の頭に浮かんだのはやはり彼女の顔だった。
――もう一度、君に会えたら、俺は……。
そう願いながら、彼は静かにまぶたを閉じた。
短いので、本日は2話投稿。