23.決戦! Dランドのデート②
「じゃあ、私たちアイスを買ってきますね。ほら、お兄ちゃんも」
「ちょっ、引っ張るなよ。じゃあ、生富さん。すぐに買ってくるから、蒼二とそこで待ってて」
ニコッ。爽やかに笑う紅一君。
彼はその笑顔のまま、桃ちゃんにズリズリと引きずられていった。
……何なのかしら、あの兄妹。
蒼二君もあきれ顔で、二人を見送っている。
さっき、“いつもこうなんだ”って言ってたけど、なんとなく蒼二君の苦労が偲ばれるわね。
「とりあえず、そこのベンチにでも座る?」
「そうだね」
私たちはすぐ近くのベンチまで移動し、腰掛けた。
そこで二人が帰ってくるのを待つ。
「……」
「……」
……困った。一体何を話せばいいんだろう?
蒼二君の方をチラリと見る。彼は私と目が合うと、パッと視線を外してしまう。私も気まずくなって目を伏せてしまった。
……いや、違うでしょ! 私は情報収集をしにきたんだってば。なのに、なに恥ずかしがってるの。
つい、場の雰囲気に飲まれてしまった。こういうの慣れてないから……。
「蒼二君は紅一君と桃ちゃんの従兄弟なんだよね。小さい頃から仲良かったの?」
気を取り直して、まずは三人の子供の頃の話を聞いてみる。
蒼二君はこちらを見て、軽く頷いた。
「うん。子供の頃はよく三人で遊んでたよ」
「やっぱりそうなんだ。ねぇ、三人の子供の頃ってどんな感じだったの?」
ヒーローの子供時代って、どんなだったのかしら? 舞の弟みたいにヒーローごっこしてたりして。三人とも可愛かったんだろうな。
「今と大して変わらないな。紅一はイタズラばかりしてたし、桃は子供の頃からしっかりしてた。俺はそんな二人に引っ張られているような子だったよ」
「そうなの?」
そういえば桃ちゃんが言ってた。蒼二君は大人しい子だったって。
「そうなんだ。俺はあまり自己主張できないタイプで、昔は人の顔色ばかりうかがっていたんだ。逆に、桃は自己主張の塊だし、紅一はそういった枠にとらわれないやつだから、うらやましかったな」
蒼二君、人が良さそうだものね。周りに気を遣いすぎなんじゃないかしら? 逆に他の二人は蒼二君を見習うべきでは……。
「……今もそうなの?」
「今はそういうことはないよ。二人と一緒にいると、自分が周りを気にしているのがバカらしくなるんだ。実際、俺ら三人は、周りを気にしてもどうにもならないほど目立っていたし」
そう言って、苦笑する。
その話は前に桃ちゃんから聞いた覚えがある。でも三人ってことは桃ちゃんもそうなのね。桃ちゃんたら、自分のことには全く触れてなかったけど。
「目立つってどんな風に?」
「問題児グループとして教師からマークされてた。まぁ、一番ひどいのは紅一だけど。とにかく、トラブルが絶えないんだ。死にそうな目にあったことも一度や二度じゃない」
「それは……すごいね。一体何があったの?」
蒼二君が困った顔をする。
「何がって言われると、答えにくいけど……。課外授業中に三人で勝手に抜け出して、危険な目に遭うってのはよくあったな。紅一の奴、危険とか禁止とか言われている場所に行くのが好きなんだ。普段授業をサボってるくせに、課外授業になるとそれ目当てで参加したりするんだよ。面白そうだって」
「えっ、紅一君、授業サボったりするの?」
そんなイメージ全くない。私の知る彼は、絵に描いたような優等生なのだ。
「退屈だって言ってよくサボってたよ。今の学校ではそんなことないんだ?」
「もちろん、ちゃんと授業を受けているわ」
「へー。あいつ、思ったより真面目にやってるんだな……」
“意外だ”と蒼二君がつぶやいた。
「でも、そんなにトラブルばかりで大丈夫なの?」
「まぁ、なんとかね。でも、そんな状況にもいつの間にか慣れてしまって、逆に何もないと落ち着かないんだ。人間、一度濃い経験をしてしまうと、もう戻れないのかもしれない……。恐ろしいことに」
“困ったものだね”と言って、苦笑する蒼二君。
でも、そう言う彼の顔は、困るどころか楽しそうだ。
なんだ、そういうこと。
「蒼二君、ホントは楽しいんでしょ?」
からかうように言うと、彼は柔らかい表情を浮かべる。
「そうだろうね。紅一たちといると面白いんだ。人生に退屈しないっていうか。今の俺があるのもあいつらのおかげだし」
ふーん……。本当に仲が良いのね。
「……なんだかうらやましい。私にはそういった友達がいないから」
思わずそうつぶやくと、蒼二君がジッと私を見つめてきた。
「……生富さんは?」
「えっ?」
な、なに? 突然見つめられるとドキッとするんだけど……。
「生富さんは、小さい頃どんな子だった?」
「私? 私は……」
私の小さい頃? それは……。
「……」
どうにも言葉が続かない。
「……生富さん?」
いけない。蒼二君が戸惑っている。何か言わなきゃ。
そう思って口を開きかけたその時、紅一君と桃ちゃんが帰ってきた。
「お待たせしました」
「遅くなってごめん。思ったより混んでてさ」
二人は少し疲れた顔をしている。Dランドはどこも混んでるものね。
「生富先輩、これどうぞ」
「ありがとう」
桃ちゃんからアイスを受け取る。
わぁ! アイスがネズミのキャラクターの形をしている。これはかわいい。
「何の話をしてたんだい?」
紅一君、興味津々ね。
でも、期待するようなことは何もないわよ。
「蒼二君に皆の子供の頃のことを聞いてたの。紅一君、問題児だったんだって?」
冗談めかして言うと、紅一君が“まいったな”って顔をする。
「ひどいな、蒼二。問題児だなんて」
「本当のことだろ」
蒼二君がしれっと受け流す。
「紅一君、子供の頃やんちゃだったの?」
あちこちから不穏な噂を聞くんだけど、どうなの?
「それほどでもないよ。蒼二が大げさに言ってるだけさ。そりゃ、ちょっとは羽目を外したり、かわいらしいイタズラをしたこともあったけどさ」
あはは、と紅一君が軽い調子で笑う。しかし、それを聞いた蒼二君と桃ちゃんは、愕然とした顔をした。
「……ちょっと?」
「……か、かわいらしいイタズラ? あれが?」
なんだろう? この反応。二人とも、恐いんだけど……。
桃ちゃんなんか、手がプルプル震えているし。一体、何があったの?
「そんなことより、生富さん、パレード見に行かない? 東ゲートの方で、もうすぐ始まるみたいだよ」
そんなことよりって……。紅一君ってマイペースよね。でも、パレードか。
「見てみたい。ここのパレード有名なんでしょ」
音楽に合わせて、かわいらしいキャラクターが歌ったり踊ったりしながら園内を行進する華やかなパレードは、このDランドの売りの一つだ。
夏のこの時期は水を使ったパレードを期間限定でするそうで、見たいと思ってたのよね。
「じゃあ、行こう。早くしないと始まってしまうよ」
「そうね。二人もいい?」
「ああ、もちろん」
「私もいいですよ」
蒼二君と桃ちゃんも賛成してくれた。私たちはパレードを見るため、東ゲートの方へと歩き出した。
◆◇◆◇◆
「見て! もう、びしょ濡れ」
「本当。容赦なかったですね」
「ほら、レインコート持ってきて正解だったろ?」
「確かに、これがなかったら大変だったな」
興奮した様子で話す私たち。
かわいいキャラクターが歌って踊るパレードはとっても楽しかった。でも、水がすごかった。ホースでかけてくるんだもん。びっくりしちゃった。紅一君のアドバイスどおり、レインコートを用意していてよかった。
「次、どこに行く?」
レインコートをしまいながら、紅一君が私たちに尋ねる。
「フーさんのアトラクションはどうかしら? ちょうど、ファストパスが使える時間だし」
フーさんというのは、クマのぬいぐるみのキャラクター。
Dランドのキャラクターの中で、トップ3に入るぐらい人気がある。
アトラクションも大人気! ハニーポッド型の乗り物に乗って、フーの森を探検するの。
「賛成! 私も見に行きたい!」
私の提案に、桃ちゃんが勢いよく賛成する。彼女、かわいいものが好きみたい。服装もそうだけど、持ち物も甘い感じのものが多い。基本、ピンク系統で揃えている。さすがスターピンク。
「それなら、ファンタジーランドか。あっちだな」
皆で紅一君のナビについていく。
あっ、見えてきた!
絵本のような形をした建物の前に、人がたくさん並んでいる。
そういえば、こんなんだった……。懐かしい。
「生富さんは、Dランドに来たことがあるんだっけ?」
列に並びつつ、蒼二君が尋ねてくる。
「ええ、昔にね。最後にきたのが4年前だから、最近のアトラクションは知らないわ」
「このアトラクションには乗ったことあるの?」
「もちろん! その時のメインイベントだったの、これ。すごくはしゃいでたのよ」
「へー。今日の桃みたいな感じ?」
「そうそう。あんな感じ」
二人で軽く笑い合う。
桃ちゃん、今日、目に見えてテンションが高いもんね。さっきから嬉しそうに紅一君と話している。
「桃はああいうのが好きなんだよ。これに限らず、Dランドはキャラクターがかわいいから、桃のツボにはまったんだろうな。昨日から騒がしかったし」
「Dランド、初めてだって言ってたもんね。珍しいね。こういうの好きなら、遊びに行ってもよさそうなのに」
「……行く機会がなかったんだ。俺たち、日本にいなかったし」
「えっ、日本にいなかったの?」
じゃあ、海外に住んでたってこと? 俺たちってことは紅一君たちも?
それは初耳。でも、紅一君たちが海外にいたなんて、一度も聞いた覚えがない。おかしいな……。
紅一君たちのことは、念入りに調べたはず。もちろん、クラスメイトとの会話も逐一チェックしている。でも、紅一君たちがどこからやってきたかっていう話については、全く記憶がない。私、なにやってたのかしら?
あれ? なんだか、頭がフワフワする。
――まぁ、いいか。
私は、蒼二君との会話を続けることにした。
次回は日曜日に更新。
ケンカをする紅一と桃を見て、なんだか懐かしい気持ちになる綾。
そうだ、アイツにお土産を買って帰ろう!
次回、『決戦! Dランドのデート③』