19.暴走! スピードスター ドラゴンフライヤー参上!②
満月の美しい夜。
都心から離れた小高い丘の上。
遠くから黒い影が迫ってくる。周囲のもの全てを吹き飛ばすかのような勢いだ。ピタリ――突然止まる。そして、フワリと地面に降り立った。
龍司――いや、怪人ドラゴンフライヤーだ。
黒い鎧のような外殻に、所々入った黄色の縞模様。その色合いは、ベースとなったオニヤンマそのもの。背中にはトンボのような細長く透明な4枚の羽がついている。
エメラルドグリーンの大きく尖った眼が油断なく辺りを窺う。
彼の眼はかなり広い範囲を見渡すことができる。真後ろ以外ならほぼ見えると言っていた。動体視力も抜群で、大抵のものが止まって見えるらしい。
もちろん、トンボの怪人だけあって、一番の特徴はその飛行能力の高さ。本気で飛べばジェット機のスピードを軽く超えると自慢していたけど、本当かしら?
ジョーカーの任務では、その飛行能力を生かしたものが多い。運び屋や偵察任務を請け負っている。
今回の任務でも、私が盗んできたこの権利書を、ある場所まで運ぶのが彼の仕事だ。
「よう、綾。ちゃんと例のモノはとってきたか?」
「ええ、バッチリよ」
今日の戦利品をかかげて見せ、書類を渡す。龍司はチラッとそれを確認すると、指の上でクルクルと回して遊びだした。
「ちょ、ちょっと、雑に扱わないでよ。苦労したんだから、それ」
「わかってるって」
そう言うと、回していた書類を指で跳ね上げ、キャッチする。
……ちっともわかってない。
まぁ、いい。それよりも……。
「ねぇ、私との約束、ちゃんと覚えてる?」
「約束? なんだそれ?」
龍司が不思議そうな顔をする。
コ、コイツ……。
「もう! ご飯おごってくれるって話だったじゃない」
忘れもしない、遠崎さんたちとマルワンに行った日。
私は、コイツのせいで、ひどい目にあったのだ。
龍司との出会い(嘘)を語ったところ、なぜか私がコイツに恋心を抱いていることにされてしまった。しかも私の一方的な片思い。……何なの、それ。納得いかない。
腹の虫がおさまらない私は、すぐに龍司に電話し、怒りをぶつけまくった。それはもう、一時間ぐらい? 龍司が、“俺が悪かった。何かおごるからもう勘弁してくれ”と言い出すまでね。
「ああ、あれか……」
龍司が遠い目をする。
「そう、あれよ」
何よその目。自分が悪いんでしょ。
「ただ声かけただけだろ? そんなに怒ることか?」
「あんな状況で話しかけるからでしょ。あの後、私、質問攻めにされて大変だったんだから」
「それは悪かったけどよ。お前に連れがいるとは思わなかったんだから、仕方ねぇだろ」
思いっきり隣にいたじゃない。目はいいくせに、周りは見えてないんだから。
「それに、何とかなったんだろ?」
「……それはそうだけど」
「なら、いいじゃねぇか」
「だめよ! あのせいで、私、とんでもない誤解をされているんだから」
「なんだよ、誤解って?」
「……知らない」
思わず目を逸らす私。龍司が訝しげな顔をする。
「どうでもいいでしょ、そんなこと。とにかく、大変だったんだから責任取ってよね」
そう言ってにじり寄る。
龍司は両手を上げて降参のポーズを取った。
「わかった、わかった、俺が悪かったよ。約束通りおごる。それでいいだろ?」
「もちろん、それでいいわよ」
「後からグチグチ言うなよ」
「そんなことしないもん」
「で、俺は何をおごらされるんだ?」
龍司が身構える。
……そんなに警戒しなくても、誰も龍司にたかろうなんて思っちゃいないわ。どうせお金持ってないだろうし。
コイツは大半の金を、酒とバイクにつぎ込んでいるのだ。常に金欠気味。どうなの、それ?
「……ラーメン」
「……は?」
「私、美味しいラーメンが食べたい」
そう! 何を隠そう、私はラーメンが大好物なのだ。
一人で色々な店に行き、美味しいラーメンの研究をしている。
でも、残念ながら世間の目は冷たい。私のような女子高生が一人でラーメン屋に行くと、変な顔をされてしまう。どうも目立つみたいなのよね。女の子一人ってのがダメなのかしら?
特に、オジサン達が通うような古い店構えのラーメン屋だと、間違いなく、“えっ?”って顔される。他に女性もいないし。でも、そういう店こそ隠れた名店だったりするから、困るの。
一緒に行く友達がいればいいんだけど、もちろんそんな友達、私にはいない。
今日も今日とて、私は一人でラーメン屋に行く。……いいでしょ、別に。
龍司と一緒だったら、普段入れない店にも気兼ねなく行けるもんね。我ながら名案!
「ラーメンねぇ……」
ん? 何? その反応。
「何よ?」
「別にいいけどよ。色気のねぇ食いもんだと思ってな」
はぁ? 色気?
「食べ物に色気も何にもないでしょ」
「だって、お前、一応女子高生だろ。なら、もっと他にあんだろ、他に。ラーメンって、オッサンかよ?」
むっ! 一応ってとこ、やけに強調したわね。
それに、誰がオッサンよ、誰が。
「そんなんだから、高校生になっても恋人ができないんだぜ?」
は、はぁーー!?
今、コイツなんて言った?
「ふざけないで!」
目の前の失礼な男を思いっきり睨み付ける。
「勘違いしてるようだから言うけど、私の場合は恋人ができないんじゃなくて、つくらないの! つくろうと思えばいつでもつくれるんだから! 男なんてよりどりみどりよ、よりどりみどり」
「よりどりみどりねぇ……」
何よ、その疑いの目は。
「俺はお前を心配して言ってやってるんだぜ?」
そう言って、憐れみを込めた視線を送ってくる。
ホントにコイツは――!
「余計なお世話よ! それにラーメンだって、龍司のためを思ってのチョイスでしょ。甘いもの苦手なくせに。それとも、何。女の子ばかりのファンシーなお店に行く? 高級フレンチでもいいけど?」
どうなの? できるの?
「それは無理だ」
即答である。……この、甲斐性なし!
「なら、黙って頷いてよ」
「……おごってもらうっていうのにいちいち偉そうだよな、お前は」
ふんだ。龍司が失礼なこと言うからでしょ。
ラーメンって言っただけで、どうして色気がないって話になるのよ。
「まぁ、いい。どこに行きたいか決まってんのか?」
「んー、それはまだ未定。龍司、美味しい店知らない?」
色々候補がありすぎて、一人じゃ決められないのよね。龍司の好みもあるだろうし。
「それなら、中華料理屋のラーメンはどうだ? ダチの家が中華料理やってんだが、結構美味いんだぜ?」
「龍司の友達のおうち? なんて店?」
「中華料理店大河だ」
タイガー? 聞いたことない。
「なら、そこでいい」
「ラーメン屋のラーメンとは違うが、いいか?」
「大丈夫、私中華料理屋のラーメンも好きだもん」
ラーメン屋のラーメンとは別物だけど、たまにはそういうのもアリだ。
「じゃあ、決まりだな」
「うん! ねぇ、いつ行く?」
わぁい、龍司のおごりでラーメン! 中華料理屋だったら、ラーメン以外も山ほど頼んじゃおう。
「それはまた連絡する。それよりもお前……」
ん、何?
「その足どうかしたのか?」
龍司が、包帯が巻かれた私の足を指さして言う。
ああ、これね。実は、さっき、任務中にケガをしてしまったのよね。
いきなり撃ってくるんだから、ホント、ヤクザって野蛮ね。
弾はかすっただけなので、大したことはない。応急処置として、自分の糸で包帯を作って巻いておいた。
「ああ、これ? ちょっとヘマしちゃった」
肩をすくめてわざと軽い声を出す。
「……。歩けるのか?」
「全然平気。しばらくしたら治るもの」
改造人間の私は、ケガの治りも通常の人間より早い。この程度のケガなら、安静にしていればすぐによくなる。
「お前、もうちょっと気をつけろよ。怪人のくせに、鈍くせぇな」
龍司が顔をしかめる。
「失礼ね! 私は鈍くさくなんかないわ」
私は鈍くさくなんかないわ。人よりもちょっぴり運動が苦手なだけよ。
怪人だから、身体能力も高いしね。あまり生かせてないけど……。
「もっと真面目に訓練した方がいいんじゃねぇの?」
「嫌よ。あんなの意味ないし」
ジョーカー内部には、訓練所があり、怪人達はそこで自分たちの技能を高める。
年に1回そこでテストを受けさせられ、身体能力のチェックをされるのだ。
私の成績はというと……、思い出したくもない。
別にいいの。私の能力は特殊型なんだから。戦闘ができなくてもオールOK!
「……ったく、仕方ねぇな」
龍司がやれやれといった様子でつぶやく。
「おまえ、俺が戻るまでここにいろ」
「はぁ? なんで?」
「いいから。すぐに戻るから動くんじゃねぇぞ」
龍司が念を押すように言う。
何なの? 意味わかんない。
「ちょっと。どういうこと?」
私の質問に答えもせず、龍司は飛び立とうとしている。
「ねぇ、何なの? ねぇってば」
必死で後ろから声をかけるが、振り向きもしない。そのまま飛んで行ってしまった。
アイツ……。相変わらずちっとも人の話を聞かないんだから。
私はあきらめのため息をつくと、龍司が帰ってくるのを気長に待つことにした。
訓練所のテストの結果発表日、綾の成績を見て、龍司は絶句する。(……想像以上にひでぇな。こいつ、本当に怪人かよ。) 綾:……(無表情)
次回は日曜日に更新。
次回、綾、空を飛ぶ。
『暴走! スピードスター ドラゴンフライヤー参上!③』