18.暴走! スピードスター ドラゴンフライヤー参上!①
どうしよう? なんか変なスイッチ入っちゃってるみたいなんだけど。
「でも、こういうのには関わらない方がいいんじゃ……」
さりげなく彼女を止めようとする。しかし私の常識的な意見は即座に却下された。
「何言ってるのよ。こんな面白そうなこと、見逃す手はないわ」
……。遠崎さんの性格が少しわかってきた気がする。
今度は桃ちゃんの方に同意を試みる。
「桃ちゃんも、危ないからやめといた方がいいと思うわよね?」
「男同士の殴り合いのケンカ。そして芽生える友情。……素敵!」
……。だめだ、こっちもアクセル全開だ。
私の意見がおかしいのだろうか? 段々自分の常識に自信がなくなってくる。
結局、暴走する2人を止めるすべもなく、ケンカを見に行くことになった。騒ぎのする方へと歩いて行く。……どうなってもしらないよ?
マルワンから歩いてすぐの場所、路上で二人の男が殴り合いのケンカをしていた。
殴り合いのケンカといっても、一方的に片方が片方を殴っているだけなので、そういっていいのかは疑問だ。既に勝負はついている。
一人は肩上まで伸ばした金髪を後ろでくくっている20代くらいの青年。ホストのような服を着ている。顔立ちは……よくわからない。というのも、殴られて顔面がボコボコになっているためだ。
もう一人は真っ赤な髪を逆立てた鋭い目つきの青年。端正な顔立ちをしているが、目つきの悪さがそれを台無しにしている。身長は190㎝近くあるだろうか? とにかくでかい。黒を基調とした派手な柄の服とごてごてとしたシルバーアクセサリーを身につけている。
赤髪の男は、ぐったりする金髪頭の胸ぐらを掴み、無理矢理立たせた。
「てめぇ、誰にケンカ売ったと思ってんだ? ああ?」
「うう……」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした? 何とか言えよ」
「す……」
「あ?」
「す……せ……」
「聞こえねぇな?」
「す…ませんで…た」
「はぁ? 何だって?」
「すみ…ません…でした」
「……チッ」
赤髪の男はつまらなそうな顔して、相手の胸ぐらを離す。ドサッと金髪頭はその場に崩れ落ちた。もはやピクリとも動かない。大丈夫かな、あの人。
「……なんだ、てめぇら。見せもんじゃねぇぞ」
赤髪の男は、今度は遠巻きに見ている野次馬たちにガンをつけると、鋭い声で怒鳴りつけた。
周りの人間が蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていく。
「私たちも行こう」
「う、うん」
「そうですね」
遠崎さん達を促して後ろを向く。面倒なことにならないうちに、私も早くこの場を離れなきゃ。
しかし、私の行動は、赤髪の男が発した一言で台無しにされてしまう。
「ん? 綾じゃねぇか。こんなところで何してるんだ?」
ば、ばかっ。せっかく他人のフリをしてたのに。少しは空気を読みなさいよ。
「えっ、生富先輩の知り合い?」
「うそ……」
ほら、二人がびっくりした顔でこっちを見ている。どうしてくれるのよ?
「ううん、全然知らない人。さあ、行きましょう」
私はニッコリと微笑んで、強引にその場を去ろうとする。しかし、そんな私に容赦ない言葉がかけられた。
「おい。無視すんなよ、綾。感じ悪ィぞ」
そう言って、赤髪の男がこっちに寄ってくる。
あー、もう!
クルリと男の方を振り向いて睨み付けてやる。
「龍司こそこんなところで何してるのよ。街中でケンカなんて恥ずかしいと思わないの?」
私が噛みつくと、彼は不愉快そうな顔をした。
「俺のせいじゃねぇよ。向こうから絡んできたから仕方なくやっただけだ。ったく、女の前だからってイキりやがって。相手を見てからケンカ売れっつーの」
赤髪の男の名前は、赤池龍司。ジョーカーの大幹部の1人で、怪人名はドラゴンフライヤー。ドラゴンフライ、すなわちトンボの怪人だ。
私とは5年前からの知り合いで、不本意ながらそれなりに長い付き合いだ。今ちょうど20歳だっけ?
仕方なくであそこまでする? 相手が死んじゃったらどうするつもりよ。
あの金髪頭もどうしてこんなのにケンカ売ったんだか。バカじゃないの?
「よく言うわ、ノリノリでケンカしてたくせに……」
金髪頭の方をチラリと見る。さっきから全然動かない。
「あの人、大丈夫なの?」
心配になって聞く。しかし、龍司は気にもしていない様子だ。私の問いに軽い調子で答える。
「大丈夫だろ。ちゃんと手加減したし」
手加減ねぇ。本当かしら……?
そんな私の心配をよそに、龍司がこちらをジロジロ見てくる。……な、何よ?
「お前、今日の服、気合い入ってんなぁ? まさか男とデートか?」
「ち、違うわよ。変なこと言わないでよ」
ちょっと、二人がいる前でなんてこと言うのよ!
「だろうな」
慌てる私に、龍司がしたり顔で笑う。
ムッ。何それ。私がデートなんてあり得ないってこと? わかってて聞いたって? ふざけないでよ。
「ちょっと、それどういう意味よ」
「さぁ? どういう意味だろうな?」
私がにじり寄ると、龍司はわざとらしくすっとぼけた顔をした。
……ムカつく!
一言二言、文句を言ってやろうと口を開きかけたその時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
どうやら誰かが通報したようだ。
「げっ、サツだ。俺もう行くわ。じゃあな、綾」
慌てた様子で龍司がその場を去って行く。
「ちょ、ちょっと」
どうすんのよ、この後。二人になんて説明すればいいのよ。
戸惑っている間にも、サイレンの音が近づいてくる。
ここにいたら、まずい。
私は特大のため息をついた後、この場からすぐに離れるように二人を促すのだった。
◆◇◆◇◆
「ねぇねぇ、あれ誰? 生富さんとどういう関係?」
「名前で呼び合ってましたよね?」
私は遠崎さんたちから質問攻めにあっていた。もちろん、龍司のせいだ。
「えーっと、アイツはなんていうか……」
歯切れの悪い私。
どうしよう? アイツとの関係をどう説明したら……。
「もしかして、生富さんの彼氏? 親密な様子だったものね」
「はぁ? 違うわよ、あんなの彼氏じゃないってば」
なんで、私がアイツと。失礼しちゃうわ!
「じゃあ、どういう関係なのよ?」
遠崎さん、遠慮がないわね……。桃ちゃんもこちらをジーッと見ている。
うっ、これはなんとかごまかさないと。
「ア、アイツは、実は私の恩人なの!」
「えっ、恩人?」
二人が驚いた顔をする。
「そう。私、小学生の頃に変な男に絡まれちゃって。無理矢理どこかに連れて行かれそうになったの。その時、私を助けてくれたのがアイツ、龍司よ」
どうよ、このベタベタな話は。なかなかイイ線いってるんじゃない?
「龍司は、変な男を追っ払ってくれて、泣いている私を家まで送ってくれたの。恐そうに見えて、実は優しいヤツなの。龍司には本当に感謝しているわ。アイツに助けてもらってなかったら、今頃、私どうなってたか……」
ついでに龍司の株を上げておく。龍司が危ないヤツって思われたら、私もそういう人だと思われてしまうもの。
「……」
「……」
二人は沈黙している。あ、あれ? 今の話、ダメだった?
ど、どうしよう? こうなったら、動物を登場させてみる? 子犬がいいかしら……。
「あ、あの……」
「すっごーい! そんな少女漫画みたいな展開、本当にあるんだ」
「素敵! じゃあ、あの人は生富先輩のヒーローなんですね!」
二人が目をキラキラと輝かせて言う。興奮しているようだ。
どうやら、今の話はアリだったらしい。私はホッとする。
でも、ちょっと感心しすぎでは……。
「ヒーローって、それはちょっと大げさ……」
「いいえ、そんなことはありません! 生富先輩のために、危険をかえりみず、危ないヤツに立ち向かったなんて素敵じゃないですか!」
「そうよ、素敵な出会いじゃない。いいなー、私もそんな出会いしてみたい」
桃ちゃんの言葉に、遠崎さんがすぐに同意する。
「そんな憧れるほどのものじゃ……」
素敵も何も、全部嘘なのに……。
それに忘れているようだけど、アイツさっきケンカ相手をボコボコにしてたわよ。それはいいの?
私が戸惑っていると、桃ちゃんが興味津々って目で私を見つめてきた。
な、なに?
「それで、生富先輩は彼のこと、どう思ってるんです?」
「えっ、どうとは?」
私の反応に、遠崎さんがすぐにツッコミを入れる。
「またまたぁ。そんな風に助けられたなら、当然、そこで終わらないわよね。あの人、恐そうだったけど、カッコよかったし。どうなの、好きなの?」
えっ、好き? なんで? どうしてそうなるの?
「好きなわけないでしょ! 変なこと言わないで」
ついつい、声を荒げてしまう。
「むっ、この反応! どう思う? 桃ちゃん」
「これはクロですね! ムキになって否定するところが逆に怪しい……」
「だよね。生富さん、観念して吐いちゃいなさい!」
二人はとても楽しそうだ。ニヤニヤしながら、私に迫ってくる。
こ、こいつら……。
もう! なんなのよ、なんなのよ。この展開は! なぜ私がこんな目に。
「もう、いい加減にして! 龍司とは何にもないってば!」
私は涙目になりながら叫ぶ。
アイツ、今度会ったら絶対タダじゃおかないから!
次回は木曜日に更新。
怪人名:ドラゴンフライヤー、人間名:赤池龍司。
どこまでも空気を読まない男。
彼の発するあまりに失礼な言葉に、綾がブチ切れる!
次回、『暴走! スピードスター ドラゴンフライヤー参上!②』