15.運命? 彼が噂のスターブルー①
私はあるビルの前に立っていた。銀色に輝く独特のデザインのビルだ。
扇形の建物に、まるでシリンダーのような円筒型の建物がくっついている。そのシリンダーのてっぺんには大きなロゴマーク“101"の文字が輝く。
この建物の名前は、“HIRODA101”。
通称“マルワン”と呼ばれるこのビルは、若者をターゲットにした店舗が集まるショッピングセンターで、比呂田市のランドマークにもなっている。
かつてはギャルの聖地として一世を風靡したらしいけど、今は路線を変更して様々な層の若者を受け入れている。
さて、なぜ私がこのマルワンにきているかというと……実は街研の女子メンバーとスイーツを食べる約束をしているの。
なんでもマルワンで新しいアジアンスイーツのお店がオープンしたらしく、遠崎さんがそのお店の記事を書きたいんだって。
で、私と桃ちゃんが誘われたってわけ。桃ちゃんへの部活動紹介も兼ねてるみたい。
RINEがきた時はびっくりしたけど、スターピンク(桃ちゃん)が来るなら、参加しないわけにはいかないものね。
しかし、約束の時間までまだかなりある。
別に楽しみってワケじゃないけど、こういうのは最初が肝心だし、色々なケースを想定していたら早く着いてしまったのよね。
二人とも、早く来ないかな……。
……。
……。
……。
……あー、もう! 落ち着かない。さっきからずっとソワソワしている。
だって、同年代の女の子とお出かけなんて初めてだし。どうしたらいいのかよくわからない。
もう一回、服装のチェックでもしてこようかしら……。
何度も鏡を見てきたから大丈夫だと思うけど、ジョーカーの大幹部たる私が一般人に情けない姿をさらすわけにはいかないものね。
マルワンの中にも、きれいなパウダールームがあったはず。待ち合わせの時間まで、まだ十分時間がある。
よし、そうしよう! 私はフワフワした足取りで待ち合わせの場所を移動し、マルワンの中に入っていった。
◆◇◆◇◆
パウダールームでのチェックを終わらし、私は今、マルワンの中にある本屋にいる。
どうしても落ち着かなかったので、本屋でクールダウンしようと思ったのだ。
今時はネットで本を買う人が多いと思うけど、私は直接店に行くことが多い。特に買う本を決めず、あてもなくブラブラ見て回るのが好きなの。
とりあえず、新刊や話題の本など、店の入り口すぐ側に並んでいる本をチェックする。うーん、今日はピンとくるものがない……。
次に、小説を見に行く。文庫本と単行本にそれぞれ棚が分けられている。
文庫本派か単行本派かといったら、私は断然文庫本派だ。ハードカバーもカッコよくていいんだけど、一人暮らしの家では場所を取り過ぎるのよね。
でも、結局すぐに読みたいから、ハードカバーで買ってしまうことが多い。新作も文庫本で出してくれたらいいのに。
あっ、あれは! 以前から欲しかった本! 前見たときは売り切れてたのよね。ラッキー、買って帰ろう。
私は、早速本に手を伸ばす。しかし、高い位置にあるせいで、うまくとれない。
あと少し。あと少しで手が届きそう……。
その時、後ろから手がスッと伸びてきて、私の欲しかった本を取ってしまった。
ああ、私の本! ちょっと、誰よ。横取りしたのは。
後ろを振り返り、本を横取りした人物をキッと睨もうとする。すると、それよりも前に、欲しかった本が私の目の前に差し出された。
「どうぞ」
男の人の声。
なんだ、私のために本を取ってくれたのか。お礼を言おうと顔を上げる。
しかし、本を差し出す人物を見て、私はびっくりしてしまった。
だって、とても整った顔立ちの少年が立っていたから。年の頃は私と同じくらい? 褐色の肌に黒い髪。切れ長の涼やかな目は一見すると冷たそうにも見えるけど、さっき私にかけてくれた声は優しかった。
……最近、やたらと美形に遭遇するけど、この街の顔面偏差値に地殻変動でもあったのかしら?
そんなことを考えながら、私は彼にお礼を言う。外面のよさを十二分に発揮した笑顔を添えて。
「ありがとうございます」
差し出された本を受け取る。やったね、最新刊ゲット!
もう一度きちんとお礼を言おうと彼の方を見ると、彼はなぜかポカンとした顔で固まっていた。
「あの?」
「……」
反応がない。大丈夫かな?
「あの、どうかしました?」
もう一度話かける。
「……あ、ああ。ごめん、何でもないんだ」
ぎこちない様子で彼が言う。少し慌てているようだ。
なんだろう? カッコイイけど変な人。でも、この人どこかで見たような気が……。
私が考え込んでいると、彼が話しかけてきた。
「その本好きなの?」
突然の質問にやや戸惑いながら、私は答える。
「ええ。このシリーズ好きなんです。前回いいところで終わっちゃって、続きが気になってたの。でも、中々買えなくって。今日見つけられて、喜んでいたんです」
「……そう。よかった」
優しく彼が微笑む。そうすると、冷たそうな印象が一転して、柔らかい雰囲気に変わる。
あっ、なんかこの人、かわいい。
「ふふ。最初は本を取られちゃったかと思って、つい睨んじゃいました」
彼の笑顔に気が緩んでしまい、ついつい、そんな冗談を言ってしまう。
しかし、彼は私の予想に反して、申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、ごめん」
……冗談なのに、謝られると困ってしまう。なんというか、クールな見た目と中身が一致しない人だ。
「いえ、謝らないでください。こちらが勘違いしただけですから。あの、本を取っていただいてありがとうございました。とても助かりました」
「いや、別に大したことじゃない」
素っ気ない口調。もしかして、照れてるのかしら?
「大したことあるんです、私にとっては。今日がいい日だって思えるくらい」
何気ない親切が嬉しくって、彼の困った様子がおかしくって、つい私は笑顔になってしまう。
「そうか」
私につられたのか、彼も笑う。その場が、やわらかい空気に包まれた。
♪♪♪ ♪♪♪
その時、店内に10時を知らせるメロディが鳴り響いた。
「あっ、いけない。私、もう行かなきゃ」
しまった、約束の時間だ! 遅刻してしまう。
「それじゃあ、私はこれで。どうもありがとうございました」
私は、彼にペコリとお辞儀をして、慌ててその場を離れた。
◆◇◆◇◆
約束の場所に行くと、遠崎さんと桃ちゃんは既に来ていた。
「ご、ごめんなさい。待たせてしまって」
私は両手を合わせて必死に謝る。
「あっ、気にしないで」
「そうですよ。私たちも今来たところなんですから」
二人はそう言ってくれるけど、私は落ち込んでいた。
待ち合わせに遅刻するなんて……。あんなに早くに来てたのに。張り切ってた分、ダメージが大きい。
あの男の子と和んじゃったのがいけなかった。いや、彼は全然悪くないんだけど。
「あっ!」
その時、ある重大な事実に気付き、私はつい声を上げてしまう。
「えっ?」
「どうかしました?」
二人が驚いて聞いてくる。私は慌てて言った。
「ご、ごめん。何でもないの。気にしないで」
は、恥ずかしい……。私、今日はもうダメかもしれない。
でも、私が気付いた事実は、思わず叫んでしまうほどのことだったのだ。
桃ちゃんの顔を見て思い出した。さっきの男の子、スターブルーだ!
そうだ。どうりで見たことがあると思った。なんでわからなかったんだろう? 私って、バカかも。
しかし、あのスターブルーとこんなところで出会うなんて。
私があのスターブルーと言うのには理由がある。
スパイダーレディとスターブルーには浅からぬ因縁があるのだ。一時期とはいえ、恋人同士でもあったし。
スターブルーは、クールで冷静なキャラクターだ。暴走しがちなスターレッドのストッパー役でもあり、チームの参謀でもある。そんな彼が好きになったのが、生富綾という女性。……私じゃないわよ。舞の見ていたテレビでの話よ、テレビでの。
二人の出会いは、チンピラに絡まれている生富綾をスターブルーこと星野蒼二が助けたことから始まる。
しかし、実は生富綾はスパイダーレディの人間の姿。チンピラもあらかじめスパイダーレディがスターブルーに近づくために用意したものだった。
徐々に仲を深めていく二人。スターブルーは最後の最後まで生富綾の正体に気付くことができなかった。何も知らずにスパイダーレディを倒してしまう。
そう、何を隠そう、スパイダーレディにトドメをさしたのは、スターブルーなの。
そのせいで、彼は心に深い傷を負うことになる……。
舞だった時は、“スターブルー、かわいそう……”なんて、のんきに思ってたけど、今の私はやられる側のスパイダーレディ。
これから自分の身に起こるかもしれないと思うと、なんともいえない気分になる。
私、あの人に殺されるの? いや、でもあの展開は起こりえないと思うけど……。
それに私さえ大人しくしていれば、もう彼と出会うことはないはず。……たぶん。
そう思いつつも、なんだかまたスターブルーと出会いそうな予感がして、私は不安になるのだった。
次回は日曜日に更新。
マルワンでショッピングを楽しむ綾。
一緒にいるスターピンクの言動を見て思う。
……やっぱりこの子、おかしい。
次回、『運命? 彼が噂のスターブルー②』