11.乙女? パワーファイター B・B 登場!
グランドキャニオンにナイアガラの滝、ラスベガス、ハリウッド、そしてブロードウェイ……。そう、ここは自由の国アメリカ。でも私に自由はない。
今日もジョーカーの任務のため、アメリカを訪れている。どこに行っても、任務、任務、任務……。はぁ、仕事中毒のサラリーマンって、こんな感じかしら?
ちなみに、今回の任務は私一人じゃなくて、大幹部の一人である、B・Bと一緒に行うことになっている。
B・Bとは愛称で、ビッグビートルが正式な怪人名。ビートル、すなわちカブトムシの怪人ね。
B・Bの特徴は、なんといってもそのとてつもない怪力と、固い外殻。その拳は岩をも砕き、その体は銃弾をもはじき返す。戦闘力ならジョーカーの中でもピカイチ。
大幹部なんだから、強いのは当然といえば当然なんだけど。
あっ、大幹部っていうのは怪人のトップにあたる役職のこと。ここで少し、ジョーカーの組織構造について説明しておくね。
ジョーカーは、首領を頂点としたピラミッド型の組織になっている。
具体的には、こんな感じ。
首領(組織のトップ、正体不明)
→元老院 :7人(人間。いけ好かないヤツら)
→大幹部 :5人(私やB・Bね!)
→中幹部 :30人(人間の姿あり)
→小幹部 :100人(怪人の中ではマトモな方)
→末端怪人 :1,000人(とっても凶暴!)
→末端戦闘員:100,000人(イーッ!)
上が下に命令を下すトップダウン式の構造。
首領の正体がわからないため、私たちへの命令は元老院が行っている。元老院は、7人の老人で構成されているんだけど、とにかくいけ好かないヤツらだ。まぁ、そいつらの話はおいおい……。
怪人の話に戻るね。怪人のほとんどは人間の姿をもたない。人間と怪人、両方の姿をあわせもつのは、中幹部以上だけ。
これは、ジョーカーの改造人間技術が不完全だったことが原因なの。
改造手術を施した人間のほとんどは「イーッ」としかしゃべらない、思考力をもたない人形になってしまった。これが末端戦闘員と呼ばれるもの。
末端戦闘員は、全身黒タイツ姿に白色の覆面といった奇妙な格好をしている。あの独特の衣装は、醜すぎる姿を隠し、人間のように見せるためのものらしいけど、なんとも不気味。
雑用など幅広い業務をさせられているけど、命令しないと自分では動くことができない。まるでロボットのようなヤツら。
次に末端怪人ね。こいつらはある程度手術が成功した改造人間。末端戦闘員みたいにものを考えられないわけじゃないけど、精神は安定せず、常に凶暴。
暴走することも多いから、重要な任務はとても任せられない。正直まともな状態じゃないわ。元の人間の姿に戻ることはできず、ずっと怪人の姿のまま。
続いて、小幹部。末端怪人の中で、比較的精神が安定しているものが小幹部になるの。ただ末端怪人よりもマシってレベルで、やはり短絡的な行動が目立つ。もちろん人間の姿になることはできない。
ね、ここまできたら、改造人間手術がどれだけひどいものかわかったでしょ?
なんせ、手術を受けて人間の姿を保てたのは、全体の0.1%にも満たないんだから。
こんな手術を100,000人以上もの人間に実施するなんて、どうかしている。しかも、攫ってきた人間を無理矢理手術にかけているんだから、救いようのない話よね。
最後に大幹部と中幹部の説明ね。この二つの役職にある者は、能力的には大きな違いはないの。ただ、改造人間手術の適合レベルが違うというだけ。
どういう意味かって? つまり、大幹部と中幹部では、人間の姿を保てる時間が違うの。
中幹部は、短時間しか人間の姿になることができない。普段は怪人の姿をしている。
大幹部はその逆。普段は人間として生活しており、必要がある時に怪人に変わる。
つまり、ベースとして残っているのが人間か怪人か。それが大幹部と中幹部の違いってわけ。
一応、ジョーカーでは、大幹部が改造人間手術の唯一の成功例と言われている。でも、その大幹部でさえ薬を飲まないと死んでしまうの。
前にも言ったと思うけど、ジョーカーの怪人は皆、薬を飲んでいる。薬を飲まないと昆虫化が進み、心と体が壊れてしまうからだ。
以前、完全に昆虫化した怪人を見たことがあるけど、人間の姿は失われ、ただばかでかい虫へと成り果てていた。残っているのは本能のみ。正直、ゾッとする。薬を飲まないと、私もそうなるのね……。
ジョーカーでは、改造人間手術の適合レベルに応じて、地位が高くなっている。だから、純粋な戦闘力でいったら、中幹部が大幹部よりも強いってこともありえるの。
けれど、“上の命令には絶対服従“というルールがあるので、中幹部は大幹部の命令に従わなければならない。あいつら中幹部は、このことをどう思っているのやら。
今回の任務は大幹部2人に命令するくらいだから、上はこの任務をかなり重要視しているみたい。相変わらず、ろくでもない任務のようだけど。あー、日本に帰りたい……。
◆◇◆◇◆
さて、目的のホテルに到着。パッと手続きをすませる。もう、慣れたものだ。
私たちの部屋は604号室。あっ、ここね。
部屋のベルをならすと、ガチャッと扉があき、一人の男が私を出迎えた。B・Bだ。
短く刈り込んだダークブラウンの髪に、日本人離れした彫りの深い精悍な顔立ち。額には大きな傷がある。身長は180㎝ぐらいで、年齢は30代半ばってとこ。鍛え上げられた筋肉は服の下からでも圧倒的な存在感を放っている。
ほら、ハリウッド映画で、なぜか半裸で武器もって暴れ回っている主人公っているじゃない? 筋肉モリモリの。B・Bはそんな見た目をしている。パッと見、軍人のようにも見えるけど……。
「久しぶりね、綾ちゃん。元気にしてたぁ?」
……これだよ。B・Bはオネェなのだ。しゃべり方だけでなく、身振りから素振りに至るまで全てオネェ。服装は普通だけど。
見た目が筋肉マッチョだから、ものすっごい違和感。
ほら、ス○ローンやシュワル○ネッガーみたいなごつい男がクネクネしながら女言葉をしゃべっている様子を想像してみてよ。微妙な気持ちになるでしょ。
「……久しぶり」
テンション低めで答える。任務中の私は、いつもこんな感じ。
「どうぞ、中に入って」
B・Bが手招きする。私は部屋の中に入った。
「今日の任務、わかってるわよね?」
「……。マルカトラズ連邦刑務所でしょ?」
マルカトラズ連邦刑務所。それはアメリカ合衆国にある世界一有名な刑務所だ。
監獄島ともいわれる小島、マルカトラズ島にあるその刑務所は、ギャングのボスや悪名高き殺人犯など、第一級犯罪者と呼ばれる凶悪犯を収容している。
マルカトラズ連邦刑務所は、脱獄の難しさでも有名だ。数々の囚人が脱獄に失敗し死んでいることから、その島は“脱獄不可能の監獄島”と呼ばれ、犯罪者から恐れられている。
そのマルカトラズ連邦刑務所から“ある人物”を脱獄させること、それが今回の任務だ。
しかし、そんな面倒な場所に入る前に、なんとかできなかったのかしら?
「早速作戦を説明したいんだけど、いいかしら?」
B・Bがマルカトラズ連邦刑務所の図面を机の上に広げながら言う。
私は、椅子に腰掛けながら、こくりと頷く。
「まず、夜にボートでマルカトラズ島まで向かう。刑務所に入るための門は、正面にしかなく、四方は高い壁に囲まれているわ。当たり前だけど、正面の門は警備が厳しく、そこから入ることは難しい。だから、私たちは正面ではなくその真裏の場所にボートを止めることになるわ」
B・Bは、図面にあるボートを止める場所を指さす。
「……壁しかないけど、やっぱり登るの?」
「その通りよ。私と綾ちゃんなら、壁を登るくらい簡単でしょ?」
「まぁね。で、それからどうするの?」
「壁を登り切ったら、刑務所の窓を目指す。ターゲットが収容されている場所はここだから、近くのこの窓から中に入るわ」
B・Bが指さした場所は、私たちが登る壁からはかなり離れた位置にある窓だった。距離にして300mはあるだろうか? その窓は、建物のとても高い位置にあった。
「ふーん。まぁ、誰もこの窓から入ってくるとは思わないでしょうね」
「でしょ? ただ、中には、監視カメラが設置されているから注意が必要よ。これについては、綾ちゃんに任せるわ。警備員が異常に気付いて駆けつけてくるまでには時間があるでしょうから、素早くターゲットに接触し、脱出を図るわ」
「帰りはどうするの?」
「来たところと同じところから帰ることになるわ。警備員は皆正面の門に集まるでしょうから、裏は手薄になるはず」
「なるほど。最後は最初のボートに乗って、帰るわけね」
「その通りよ。帰りは潮の流れにのるつもりよ。だからその時間に合わせて作戦を開始したいの。現地時間の23時にマルカトラズ島に向かうわ。いいわね?」
「了解。ならそれまでは待機ね」
「ええ。これが、マルカトラズ刑務所の図面と情報。読んでおいてちょうだい」
「わかったわ」
B・Bから資料を受け取る。げっ、分厚い。
いつも思うんだけど、資料細かすぎなのよね。刑務所の歴史とか要る? 誰が作っているのか知らないけど、必要な情報だけをのせて欲しいわ、全く。
「私は、少し出てくるわ。2・3時間したら戻ってくるから」
そう言って、B・Bは部屋の外へでていった。私はそれを見送った後、自分の荷物を整理する。
一つ言っていいかしら?
……。
……。
……。
……ホテルの部屋が男女同室ってどうよ?
……。
……。
……。
あー、もう! ムカつく! B・Bがオネェだからってわけじゃないの。普通の男でも同室なのよ。
以前、このことについてさんざん上に抗議したんだけど、経費の無駄だと言って取り合ってもらえなかった。嫌なら自分で他の部屋を取れって。しかもお金は自分もち。
まったくこの組織ときたら信じらんない! 相手にその気がないから大丈夫だとか、そういう問題じゃないの。単純に、男との同室が嫌だって言ってるの!
舞だって、家族とはいえ父や兄との同室は嫌がってた。当然よ、年頃の女の子なんだから! 怪人が男ばかりだからか、この組織は女性に対するデリカシーに欠けている。ホントありえないったら!
考え出すと、イライラが止まらない。私はプリプリしながら、シャワーを浴びる準備をする。B・Bが帰ってくる前に、すませちゃわなきゃ。寝床もつくらなくちゃいけないし。
そう! 私は蜘蛛の巣を部屋の天井に張って、巣で寝ているの。野宿の時に仕方なく始めた方法なんだけど、これが下手したらベッドより寝心地がいいのよね。敵のこともすぐに察知できるし。
以前これをやったら、“……お前、それはねーわ”って、同じ大幹部のドラゴンフライヤーにどん引きされた。蜘蛛の巣ってそんなに不気味かしら。機能的なのに。あいつ、全然わかってないわね。
私はシャワーを浴びた後、いつものようにせっせと部屋に蜘蛛の巣を張るのだった。
次回、任務成功なるか?
「脱獄! マルカトラズ連邦刑務所」