10.笑止! 怪人の噂(2)
「常識に縛られ、現実を受け入れられないのは愚かなことだぞ、遠崎君。とにかく、“怪人”は存在する。その“怪人”の謎を解き明かすことが、この部における私の使命なのだ!」
偉そうに部長が断言する。……使命ねぇ。ほどほどにしておかないと、あんた、ジョーカーに消されるわよ。
「はいはい、わかりました。じゃあ、部長の自己紹介はそれくらいでいいですね。次は私が話します」
部長を軽くあしらって、遠崎さんが話し始める。
「2年1組、遠崎さくら。この部では副部長をしているわ。趣味は美味しいお菓子を見つけること。今日のお菓子も私がチョイスしたの。色々なお店のお菓子やお菓子メーカーの新作を逐一チェックしているから、気になる人は私に聞いてね。」
涼やかな声で、はきはきと自己紹介をする。
「私はレビューを書くのが好きで、街研では自分の好きなお店やお菓子のことをよく書いているの。街研に入った理由は、先輩の書いていた記事に興味をひかれたから。私も同じように書いてみたくなっちゃって。今後も皆が楽しめるような記事を書きたいと思っているわ」
ちなみに、遠崎さんの記事は皆に好評だ。部長の記事は……まぁ、お察しの通り。ただ、一部熱狂的なファンがいるみたいだけど。どこにでもいるのよね、物好きなヤツらは。
「星野さんたちも、わからないことがあったら、何でも聞いてね。一緒にいい記事を作りましょう! あっ、それから大事なことを一つ。部長が暴走して困ったときは私に言ってね」
これからよろしくね、と言って遠崎さんは椅子に座る。
ぱちぱちぱち。先程の部長の自己紹介と比べると非常にまともだ。もう遠崎さんが部長でいいんじゃない?
次は私の番だ。……自己紹介、苦手なのよね。気が進まないけど、パスするわけにもいかないので、立ち上がる。
「2年3組、生富綾。この部には在籍しているけど、ほとんど参加していません。恥ずかしいけど、いわゆる幽霊部員ってやつなの。しかも、今後も参加できるかどうかわからないの。皆には申し訳ないけど…」
思った通り、何も言うことがない。活動してないんだから当たり前だ。どうしよう……。私が困っていると、紅一君が助け船を出してきた。
「生富さんが、この部に入ったきっかけは何だったんだい?」
「この部に入ったきっかけ?」
確か……。
「私、どこにも入部していないことを先生に注意されちゃって。どうしようか困っていたときに、たまたま街研の記事が目についたの。それで、この部活に入部したのよ」
「あら、それは初めて聞いたわ。どんな記事だったの?」
意外そうな顔を遠崎さんがする。
「それがあまり覚えていないの。前の部長の記事だったと思うけど」
本当は覚えている。“怪人”に関する記事だった。自分たちのことが書かれているから、気になって入部したのだ。まぁ、放置しても問題なさそうだったから、すぐに行かなくなったんだけど。
「生富さんが惹かれた記事か。ちょっと興味あるな。また思い出したら教えて」
紅一君が私を見て言う。……“怪人蜘蛛女”の記事ですが、知りたい?
「ええ、わかったわ」
私は軽く微笑むと、その後、“仲良くしてね”とかなんとか言って、その場に座った。
ふぅ、終わった。もうやりたくない。
続いて、桃ちゃんがちょこんと立ち上がる。
「1年3組、星野桃です。先日この学校に転入してきました。趣味はお城巡り。この街にも比呂田城がありますよね? 私、比呂田城の魅力を皆に伝えたいと思っているんです」
ふーん、お城が好きなんだ。城ガールってやつ? でも、比呂田城ってなにもないよ? 私も行ったことあるけどさ。
「比呂田城かぁ。あそこなにも残ってないから、がっかりしちゃうかもよ」
遠崎さんも同じことを思ったらしい。
「大丈夫です。城跡は残ってなくても、色々想像で書けますから!」
やけに自信ありげに言い切る。記事を想像で書くのは、一番ダメな行為では……。気のせいだろうか? 今一瞬、彼女から部長と同じ匂いを感じた。
「想像で? 例えばどんな想像?」
「えーっと、比呂田城を立てた保志田藩の当主と大工頭の水無月又左衛門の熱い友情物語とか、六代目景義と敵将太田陽次郎の戦場での熱いやりとりとか……、やろうと思えば、いくらでも。うふふ」
遠崎さんの質問に対して、なにやらわけのわからないことを言う彼女。……大丈夫かしら、この子?
「ほ、星野さん?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっとトリップしちゃいました。」
てへへと、笑う。その様子は、文句なく可愛らしい。
「自分たちの住む町の魅力を伝えるって素敵な活動だと思います。私も、先輩方と一緒にこの街の魅力を発信していけたら嬉しいです。あっ、それからお兄ちゃんとまぎらわしいと思うので、私のことは桃って呼んでくださいね。どうぞこれからよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をして座る彼女。ぱちぱちぱち。皆が拍手をする。最後はいい感じでまとめたけど、うーん……。
さて、次はいよいよ紅一君の番だ。彼は拍手がやむと、颯爽と立ち上がった。
「2年3組、星野紅一。知っているだろうけど、桃とは兄妹で、先日この学校に転入してきた。生富さんとは同じクラスだね」
紅一君が私に向かって爽やかに微笑む。
「この部活にきた理由だけど、俺も部長と同じで、比呂田市の噂が気になっているんだ。ほら、この街、面白い噂が多いだろう? “怪人”とか“白の組織”とか。ただ、放課後が忙しくってね。入部は難しいんだ。たまに部の活動に参加させてもらえれば嬉しいんだけど、どうかな?」
紅一君の発言を聞いて、委員長がガバッと立ち上がる。
やばい! 目に見えて興奮している。
「おおおおお! 星野君、君も“怪人”の噂が気になるのかい?」
「ああ。火のない所に煙は立たないっていうし。噂になるって事は、案外、真実が隠されているかもしれないだろ?」
部長のテンションがMAXになる。こうなると、もう誰にも止められない。
「星野君! 今日から君は私のことをムラムラと呼びたまえ。特別に許可しよう」
「あはは、ありがとう。ムラムラも、俺のことを紅一って呼んでくれよ」
「いいとも。入部のことは気にしないでくれ。好きなときにこの部にくるといい。さぁ、私と一緒に“怪人”のことを語り明かそう!」
「ああ、よろしく!」
ガシッ! 二人は固く握手をしている。うーん……。
「どういうこと?」
「さぁ……」
腑に落ちないって顔をする遠崎さんに、私は適当に相槌をうつ。
でも、部長が“怪人”に興味があるというのと、紅一君が“怪人”に興味があるというのとでは、重みが全然違うんだけど……。どこまで考えての発言なんだろう?
私は、何ともいえない不安な気持ちになるのだった。
◆◇◆◇◆
はぁー、疲れた!
私は家に帰って着替えると、バタンとベッドの上に倒れ込む。
部活に行っただけなのに、こんなに疲れるなんて……。明らかに星野兄妹のせいね。まさか同じ部活に入ってくるとは夢にも思わなかった。
でも、よく考えたら、これはチャンスよ、チャンス! 仲良くなって、できるだけ、情報を引き出さなきゃ。
ベッドの上で、今後のことを考えていると、スマホが鳴った。
ん? 何かしら。
スマホの画面を見る。……あれ? B・Bからだ。
“綾ちゃん、今度の任務よろしくね”
スマホの画面に表示されていたのは、同じジョーカーの大幹部の一人、B・BからのRINEのメッセージ。彼と私は仲が良いって程でもないけど、一応RINEを交換する程度の付き合いはある。
そういえば、今日、任務の指令がきてたんだった。今度の任務は、B・Bとの合同任務なのね。わざわざRINEしてくるなんて、B・Bってば、律儀。
どんな内容かしら?
私は、ジョーカー専用の端末(見た目はどっからどう見ても普通のスマホ!)をカバンから取り出して、確認する。
えーっと、今度の任務は……っと。 はぁ? アメリカぁ?