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01.プロローグ

 神がいるかどうかなんてわからない。だけど、いるとすれば、どうしようもないクソッタレに決まっている。


 斜め前の席であくびをしているクラスメイトの顔を観察しながら、私は小さくため息をつく。憎らしいほど整った顔立ちに強い意志を感じさせる眼、クラスメイトの名前は星野紅一(ほしのこういち)、私はもうすぐ彼に殺される……。


 被害妄想? 頭がおかしいって? とんでもない。だってこれは本当のことなんだから。まず、紅一君の名誉のために言っておくけど、彼は性格異常者でも殺人鬼でもないし、私とは単なるクラスメイトの間柄でそれ以上でも以下でもない。

 爽やかな笑顔が素敵な彼は、明るくて性格もよく、クラスの人気者だ。


 でもそれは彼の一面に過ぎない。実は彼には人には言えない秘密がある。私はその秘密を知っているのだ。つまり、星野紅一が悪と戦う正義のヒーロー、スターレッドだということを。


 漫画やアニメの見すぎなんじゃないかって? 正義のヒーローなんて、子供向けのテレビ番組でしか見たことないって? まぁ、その指摘はある意味正しい。なぜなら、スターレッドこと星野紅一は、子供に大人気の戦隊ものシリーズの一つ『星座戦隊スターレンジャー』の登場人物なのだから。


 そう、理不尽で不可解なことに、私は『星座戦隊スターレンジャー』の世界に生きている。しかも、その中の登場人物の一人、悪の女幹部、スパイダーレディこと生富綾(いくとみあや)として。


◆◇◆◇◆


 うんざりするほど続いた雨の日がやっと終わったと思ったら、今度はバカみたいに太陽の光がふりそそぐ。そんな暑い夏の日に、その二人の転校生はやってきた。


 その日、私は日直だった。ややだるさを感じながらもいつもより早めに家を出た。

 他の生徒が「おはよー、今日も暑いね」とか「宿題やった?」とか、そんなたわいもない会話を交わしながら通学路を歩いている。


 私が通う星華高校(せいかこうこう)は坂の上にあり、皆、最寄りの駅から苦労しながら坂を登っていく。炎天下の中、汗をかきながらゼィゼィ坂を登る生徒とは対照的に、私は涼しい顔をしながら校門に辿り着く。

 私の家から学校までは約20分。ここまでで他人との会話はゼロ。


 さみしいヤツだって? ……そうかもしれない。ただ、その時の私は、そんな指摘をされたら、“それがどうかした?”と言って鼻で笑うぐらいにはイイ性格をしていたし、人に対して興味がなかった。だからその時も、私はいつもどおり誰にも挨拶をせず、校門から一直線に正面玄関に向かった。


 急に後ろがザワザワと騒がしくなる。――なんなの、一体? さっき通ってきた校門の方だ。

「すてき!」とか「誰あの子? 超かわいい」とか意味不明なささやきがそこら中から聞こえてくる。

 どうせまたくだらないことで騒いでるのだろう。ここの連中ときたら、ピーマンみたいに頭がスカスカなんだから。そんなことを考えながら、後ろを振り向く。


 皆の視線の先、校門のすぐそば。いつもなら誰もが素通りするはずのその場所には、光輝くようなオーラを放つ少年と少女が立っていた。


 少年は、鼻筋が通った凜々しい顔立ちをしていて、生き生きとした表情と、強い意志を感じさせる眼が印象的だった。

 少女は、どこか幼さが残る顔立ちをしていて、ふわふわの髪を耳より下の位置で二つにくくっており、よく変わる表情とくりくりとした大きな瞳が愛らしかった。

 二人ともそこらのアイドルに負けないぐらい整った顔立ちをしていた。そんなとてもかっこいい男の子ととても可愛い女の子が校門から入ってきたのだ。周りが騒ぐのも当然だ。


 それでも、普段の私なら、彼らをチラリと見ただけで、特に何の感慨もなく、その場を立ち去っていただろう。“氷の女”と付けられたあだ名は、伊達じゃない。しかし、その日の私はいつもと違った。


 彼らを見た瞬間、雷にでも打たれたかのような激しい衝撃を感じた。そして、バカみたいにポカンと口を開けてその場に固まってしまったのだ。

 ……なんとか衝撃から立ち直った私が取った行動は、これまた普段の自分では考えられないものだった。気がついたら足を踏み出していた、彼らに話しかけるために。理由はわからない。でもとても切羽詰まっていたと思う。


 結論からいうと、私は二人に話しかけることはできなかった。話しかける前に、野球部のボールが頭に当たって倒れてしまったのだ。どうしてこのタイミングで? とツッコまずにはいられない。でも、ある意味、完璧なタイミングだったともいえる。


 だって、そのボールのおかげで、思い出せたから。自分が生富綾ではなく別の少女だったこと。そしてその少女が見ていた『星座戦隊スターレンジャー』というテレビ番組のことを。

 その後はもうパニック。次々と押し寄せる記憶に、私の頭は完全にショートし、その場で意識を失ってしまった。


 目を覚ましたら、保健室のベッドの上だった。先生の話では、倒れた私を、例の男の子が保健室まで運んでくれたとのことだった。野球部にも散々謝られたし、念のため病院に行った方がいいと心配もされたけど、正直それどころじゃなかった。

 その日はケガを理由にそのまま家に帰った。改造人間の私には、たんこぶ一つできていなかったけど。



 今でもたまに考える。

 あの時、日直じゃなかったら? 後ろを振り向かなかったら? ボールが頭に当たらなかったら? 私は何も思い出せないまま、今もあの生富綾(いくとみあや)のまま生きていたのだろうか?

 ただ、幸か不幸かそうはならず、私は今の私になった。だから、私の物語はここから始まるのだ。

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