第9話 クリム、娼婦に間違えられる
「オーウェンさん、ありがとう」
ユーウィンの街へ到着した頃には外は真っ暗になっていた。
「私こそ本当にありがとう。もし何か困ったことがあればいつでも私の店においで。このパンだけど後でいただくよ」
ユーウィンの入り口でオーウェンさんと別れる。
街を見渡すとタルコットより人が多くて賑やかだ。
「さて、オーウェンさんに教えてもらった宿屋を探さなきゃ」
宿屋を探しながら歩いていると後ろから声をかけられる。
振り返ると酒臭い男が2人立っていた。
「何ですか?」
「お姉ちゃん、いくら?」
「……」
これは完全に娼婦と間違われたかな。
面倒なので無視して歩いていると再度声をかけられる。
「おーい、銀貨2枚でどうだー?」
「はぁ!? 安すぎるわよっ!」
いや、そうじゃない。
高くても付いていかないけれど銀貨2枚ってどうよ?
「それじゃ銀貨5枚でどうだー?」
酔っ払いが大声で私を呼ぶから目立つ。
そのせいで近くにいた男にまで声をかけられる始末。
「おい! 胸までガキのくせに無視するなよ!」
カチーン!
その言葉を聞いて男たちのところに戻る。
「おっ、銀貨5枚で抱かれる気になったか? よしよし可愛がって――」
男2人の胸倉を掴んでその辺の木へ思い切りジャンプして適当な枝に引っ掛けておいた。
頭上から「何すんだ」とか「降ろせ」と声が聞こえるが当然無視。
それからも2~3回同じような内容で声をかけられる。
ユーウィンってこんなに治安が悪いのね。
ここを治めてる領主はもっとしっかりしてほしい。
「あのー?」
ため息を付きながら振り返ると10歳前後の子供が私を見ていた。
まさかこんな子供が!?
「お姉ちゃんは旅人さん? まだ宿が決まってないならうちはどう?」
あ、宿屋の客引きかな。
さすがに子供過ぎて私の方が捕まるわ!
「キミ、ごめんね。私は旅人だけど宿屋は決まってるの」
オーウェンさんから教えてもらったのは少し部屋は小さいけれど値段は安くて食事が美味しい隠れ家的な宿屋らしい。
せっかく教えてもらったんだし土地の人の意見を重要視したいよね。
「そうなんだ……」
宿屋が決まっていると聞いて落ち込む子供。
もしオーウェンさんに教えてもらった宿屋が満室だったらこの子の宿屋にしてもいいかな。
「その宿屋の名前を聞いてもいい?」
「えっと『光風の宿』って名前だったかな」
オーウェンさんに教えてもらった宿屋の名前を子供に伝えるとパアッと笑顔になる。
「その宿屋って僕のところだよ!」
「そうなの? ならキミの宿屋まで案内をお願いするね」
「本当っ!? やったぁ!」
こんな偶然もあるんだね。
「私の名前はクリム。キミの名前は?」
「僕はテオだよ」
テオと話をしながら宿屋へ到着した。
宿屋にしては小さいけれど大通りに面して何をするにも便利な感じ。
中へ入って宿泊の手続きをする。
「こんばんは。素泊まり1泊銀貨1枚になります。銅貨5枚追加で朝晩の食事付きもできますよ」
「では3泊食事付きでお願いします」
「はい、ありがとうございます。15分ほどしたらこちらのテーブルにお越しくださいね」
テオに連れられて部屋へ入る。
ベッドのシーツもお日様の匂いがして清潔にされていた。
こんな宿屋が1泊銀貨1枚って安いよね。
タルコットの冒険者ギルドで聞いた話だと素泊まりでも1泊銀貨2枚は取られるらしい。
しばらくして夕食から戻って来る。
「ふぅ、美味しくて食べ過ぎたかなー」
私はパンを作るのは得意だけど料理は苦手なんだよね。
だから美味しい食事を作れる人は尊敬しちゃう。
「明日の準備をして今夜は寝ようっと」
☆☆☆
「さて、今日はユーウィンの冒険者ギルドね」
朝食付きにしてあるから着替えて1階へ移動するとすぐにテオや女将さんと目が合って挨拶をする。
「お姉ちゃん、おはよう! すぐに食事を持って来るね」
テオが私の朝食を持ってテーブルに運んでくれた。
店内を見渡すと食事も美味しいし値段も安いのに宿泊客は私1人。
「ねえ、テオ。今日は宿泊客が少ないの?」
「前はもっと多かったんだけど……」
何か言い難そうにしている。
色々と理由があるんだろうなと余計な詮索はしないことにして食事を再開させると宿屋の扉が乱暴に開いて2人の男たちが宿屋へ入って来る。
「おぅ、メイテ、俺たちは客だ。飯と酒を出せ!」
「は、はい……」
メイテと呼ばれた女将さんは疲れた顔をしながら食事の準備を始める。
「あいつらが来てからお客さんが寄り付かなくなっちゃったんだ……」
テオが悔しそうな顔をしながら私に話してくれる。
3ヶ月ほど前から食事をしに来るようになったらしいけれど酒を飲んで暴れたり他の客に乱暴して徐々にその噂が広まり宿泊客が激減したらしい。
その2人が私の姿を見つけてニヤニヤしている。
何だか嫌な予感がするけれどこんな時の予感って当たるんだよね。
「おい、そこの娘? 俺たちの酒の相手をしろよ」
「ついでにお前の部屋で俺たちの相手をするなら金をやるぜ?」
そう言ってギャハハと下品に笑う男たち。
何で異世界の男たちはこんな奴らが多いんだか。
「そちらの方はお客様です! うちはそんな宿屋ではありませんので食事が終わったら早く帰って下さい!」
「はぁ、何だと!?」
メイテさんが私を庇ってくれる。
テオも今までの我慢が限界を超えたのか男に文句を言う。
「お前たちのせいで他のお客さんが来なくなったんだ!」
「……クソガキがぁ!」
――ガチャーン!
男がテオに蹴りを放つとテーブルやイスごと壁まで吹っ飛んだ。
力を入れていないとは言え大柄な冒険者の男が子供を蹴ればどうなるか目に見えてわかる。
「テオっ!」
すぐにメイテさんが駆け寄ってテオを抱き寄せる。
テオも大きな怪我はないみたいですぐに男たちを睨みつけた。
「その目はなんだっ! もう少し痛めつけないとわからんらしいな」
「ちょっと?」
テオに近づこうとする男の前に立つとそのまま胸倉を掴んで宿屋の外へ引きずる。
本当は男の体を持ち上げたまま移動したいんだけれど身長が全然違うからどうしても相手の足は引きずっちゃうんだよね。
「お、おい、何を――」
私の引きずる力に少し驚いた男が声をかけてくる前に背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
「がはぁっっ!」
反撃があるかもしれないので構えを解かずに男へ近寄るとすでに白目を向いて失神していた。
この程度で私に声をかけてきたのかと思うとため息が出る。
まだ勇者や魔王の方が強かったよ。
宿屋へ戻ると開いたままの扉から見ていた男が慌てて出て行こうとする。
「ちょっと! 食事代金とお店の修理費用を置いていきなさいよ!」
「あ、ああ、出す! これでいいか? すまなかった!」
店の中に金貨数枚を投げ捨てて失神した奴を抱えて逃げ帰る男。
「テオ、メイテさん、大丈夫ですか?」
「……」
「えっとマズかったでしょうか?」
「……お姉ちゃん」
テオがキラキラした目で私を見てる。
「お姉ちゃん、カッコイイっ!」
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