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第7話 勇者その2 荒ぶるパン屋

「ちょっと、そこの魔王さん?」


 俺たちと魔王の間に1人のガキが立っていた。

 冒険者かと思ったが鎧を着ているようには見えない。


『お前は何者だ?』

「私? ただのパン屋だけど、それより街を壊さないでくれる?」


 最初は聞き間違いかと思った。

 だがガキを見ると鎧じゃなく白いエプロンを着けている。


『パンヤ? パンヤトハ、ナンダ?』


 国王の横に立っていた魔王の側近がガキに近寄る。

 もしかしたら逃げるチャンスなんじゃ?

 あのガキには悪いが勇者の俺がここで死ぬわけにはいかない。


(俺の役に立つんだ。あのガキも本望だろう)


 ゆっくり回復薬を使って少し体力を回復させて機会を伺う。


「パン、食べたことないの? これは私が今朝焼いたんだけど」


 そう言って魔王の側近にパンを手渡すと手の中でしばらく回しながら口にする。

 何度か咀嚼(そしゃく)すると急に地面へ吐き出した。


『マズイ』


 手に残ったパンを地面へ投げ捨て足で踏みつける。

 その様子を静かに見ているガキ。


「……」

『コンナモノヨリ、オマエノホウガ、ウマソ――』



 ――ボンッ!



 魔王の側近が最後まで言葉を紡ぐことは無かった。

 何が起きたのかわからないがいつの間にかガキが移動して魔王の側近だった()()は上半身がなくなり黒い霧となって消えていく。


『な、何だとっ!?』

「マズいのは味覚が違うから別にかまわないけど最後の行為は許せない」


 ガキが冷たい表情で魔王に向かって歩みを進める。

 俺には何が起きたのか知らんが時間稼ぎには使えそうだ。


「おい、お前! 目の前にいるのが魔王だ! 俺が回復するまで何とか時間稼ぎをしろっ!」

「グレイ、何てことを!?」


 リコットが俺を睨んでいるが知るもんか。

 もう少し回復したらすぐにこの場から逃げて再起を図る。


「あなた誰なの?」

「……俺を知らないのか?」


 顔を傾けて俺を見ているがわからないらしい。

 この街に住んでいて俺を知らない奴がいるとは思わなかった。


「聞いて驚け! 俺はアヴェハイム帝国の勇者グレイだ! 魔王の攻撃を受けたが回復すればすぐにお前も助けてやるっ!」


 嘘だけどな。

 女なんてイケメンの俺が声をかければ一発だ。

 ただ念のためにスキル<魅了の瞳>でガキを洗脳しておく。

 俺の仲間だった奴もすでに死にそうだし穴埋めにはちょうどいい。


「……」


 俺たちの様子を見ていた魔王が動き出す。


『人間が調子に乗るなよ? さっきの攻撃が我に通用すると思うな』


 魔王が手に魔力を込めて炎の塊をガキに投げつける。

 剣で切っても消えずに被害を出した魔法だ。


(どうするんだ?)


 するとガキは小さなため息をつきながら片手を前に伸ばす。


(魔法術士か?)


 こいつもリコットみたいに魔法で相殺するのかと思ったらそのまま炎の塊を受け止めて一気に握り潰した。


『ほう……』


 もう俺には訳がわからなかった。

 あの炎の塊を正面から受け止めて握り潰すとは……。

 このガキはもしかしたら拾い物かもしれない。


「おいお前っ、この戦いが終われば俺のパーティに入れてやる!」


 俺の仲間に加えれば勇者パーティの底上げにも繋がる。

 よく見れば顔も俺好みだし調教してやれば夜も楽しめそうだしな。


「……別に必要ないよ?」

「……え?」


 俺に返事をするとすぐに魔王の方へ向き直るガキ。


 なぜ断った?

 勇者のパーティに入れるんだぞ?


 まさかリコットのように<魅了の瞳>が効かない?

 いや、リコットは聖女だから仕方ないがこいつはただの愚民だ。


『……人間、お前の名は何だ?』

「私はクリムだよ」

『ふむ、クリムか。貴様は勇者なのか?』

「最初に言ったけどただのパン屋の職人だってば」


 どこまで本気かわからない。

 ただのパン屋がこんな力を持っているわけがないんだ。


『お前の力に免じて我が相手をしてやる。そこの勇者よりマシな戦いになるだろう』

「それよりも早く帰ってくれない? 私もお店を片付けなきゃならなし忙しいんだけど?」

『その必要はない。この国は我が滅ぼす』


 魔王はそう言うと一気に間合いを詰めてクリムと名乗ったガキに殴りかかった。

 俺のオリハルコンの鎧を砕いたあの打撃を正面から受けて体が浮き上がる。


 これで死んだな。

 あの攻撃を受けて勇者の俺がギリギリだったんだ。

 あんなガキが無事なはずがない。

 どうせ死ぬならもっと役に立てばいいものを。



『何だとっ!?』



 魔王の様子がおかしい。

 よく見るとガキが魔王の打撃を片手で受け止めていた。


(まさか魔王の力を上回ったのか!?)


 驚く魔王にガキが言い放つ。


「今、帰ってくれるならこの攻撃は見なかったことにする。けど次に攻撃するなら私も反撃するよ?」

『貴様ァ……』


 魔王が本気になった。

 奴の力が膨れ上がるにつれ空気が震えて肌がビリビリしてくる。


『この国ごと貴様を殺して――』


 魔王が最後まで言い切ることはなかった。

 気付けばガキの拳が魔王の鳩尾(みぞおち)にめり込み体を()()()に曲げて苦悶の表情を浮かべている。

 ガキがその場から離れると支えを無くした魔王は両膝から崩れ落ちて口から何かを吐き出していた。

 その様子を見てリコットや国王、俺すらも呆然とするしかない。


「どうする? まだやるなら次はないよ?」

『……うぐっ』

「ちなみに私はまだ本気じゃないからね?」

『……わかった……この国から手を引く』


 何と言った?

 あの魔王が手を引くだと?


「そう、それならよかった」


 このガキは何を言ってるんだ?

 魔王を逃がせばまた攻めてくるかもしれないんだぞ?


「おい、今すぐ魔王を殺せっ!」

「もう攻めて来ないって言ってるからいいじゃない? それに最初はこの国が攻撃を仕掛けたんでしょ? それに私は争い事は嫌いなのよね」


 そうだ。

 国王が軍備を拡大すべく周囲の反対を押し切って魔王の国を襲ったのが今回の発端だ。

 奴が軍勢を率いて攻めてきたのはその時の報復だろう。


「そこの小娘、余はこの国の王だ! 貴様に命じる、魔王をさっさと殺すのだ! そして余を守れ」

「はぁ? 何で私がそんなことするのよ!?」

「……は?」


 まさか国王の命令を断ると思っていなかったのか返事に詰まる。


「ああ、魔王さん痛めつけてごめんね? これ私が焼いたパンだけどよかったら食べてね。後は私に任せて」

『……すまぬ、クリムよ。我の国に来ることがあれば連絡するがよい』

「ちょっと待て! ガキがよくても俺の気が済まねぇんだよっ!」


 しばらく寝ていたおかげで少しだが回復した。

 魔王もさっきの攻撃でだいぶ弱っているし今なら俺の攻撃でも殺せる!

 聖剣に魔力を流し込み魔王へ斬りかかるがガキに止められた。


 しかも手のひらで聖剣を掴んで。


「あなたも勇者だったらしっかりしなさいよっ!」

「うるせぇ! ガキが俺に口出しするな!」



 ――ボキッ!



 嫌な音が聞こえた。

 そっちを見るとガキの手には真っ二つに折れた聖剣が握られている。


「どうする? 私と戦う?」

「あ、あ……」


 ガキが真っすぐに俺の目を見る。

 よろよろと地面に尻餅をつくと周囲にアンモニアの臭いが広がりツンと鼻をつく。

 その横ではリコットが体を震わせていた。


「お、お姉さまっ!」

「……何だとっ!?」


 まさか目の前のガキはリコットの姉だっていうのか?


「違うわよっ!」


 赤い顔をして抱きつくリコットを払いのけようとするが危害を加える訳でもないため力ずくで出れないらしい。


「もう終わったから行くわね! そこの勇者の人! 私に魅了系のスキルをかけようとしたけど効かないわよ?」

「……なっ!?」

「あとバカっぽい王様の人、今回はあなたの責任なんだから何とかしなさいよね!」


 それだけ言うと目の前から消えていった。

 あのガキは一体何だったんだ?


「お姉さま、リコットはお姉さまをお慕い申し上げます……」




 ☆☆☆




「くそっ!」


 テーブルに拳を打ち付ける音が酒場に響く。

 周囲で飲んでいた客が一瞬、こっちを見るが何事もなかったように会話に戻る。


「グレイ、落ち着けって!」


 仲間の1人が声をかけるがグレイは怒りが収まらないのか大声で捲し立てる。


「俺はこの国で最高のSランク冒険者で勇者なんだぞっ!? それなのにあのクソジジイが称号を剥奪しやがった!」


 今までどれだけ国のために働いてやったと思ってるんだ。

 しかも国外追放でアヴェハイム帝国を追い出されパーティも解散した。

 リコットは国の復旧作業に当たるらしいが今はどうでもいい。


「あの時、あのガキが現れなかったら……」


 本当ならクリムが現れなければグレイは確実に死んでいたがそんなことを考えている余裕すらない。


「覚えてろ……、お前の正体を暴いて必ず殺してやるっ!」


最後までお読みいただきありがとうございます。

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