第6話 勇者その1 魔王と勇者と聖女とパン屋?
クリムがタルコットに移り住む前のお話です。
――約1年ほど前。
「くそっ!」
アヴェハイム帝国に突然、魔王が軍勢を率いて襲い掛かって来た。
騎士団だけでなくアヴェハイムに所属している冒険者たちにも緊急招集がかけられ、もちろん俺も招集に応じて魔王の軍勢と戦う。
グレイ・ゾンターク。
アヴェハイム帝国の最高位Sランク冒険者で勇者の称号を拝命している。
「このままではマズいぞ、グレイ!」
「大丈夫だっ! 雑魚は他の奴らに任せて俺たちは魔王を狙うっ!」
魔王の元へと急ぎたいが思ったより魔族が強く他の冒険者たちは苦戦を強いられていた。
こんな奴らに足を引っ張られてたまるかよ。
人の流れに逆らいながら走っていると背後から声がする。
「グレイさん、敵はどんどん強くなっています! 1度後退して他のみなさんと合流して連携してはどうでしょう?」
「はぁ!? 他のクソみたいな奴らと連携なんかできるかよ! リコット、まさか魔王の姿を見て怖気づいたのか!?」
「……いえ、グレイさんに任せます」
俺はこの国で最高のSランク冒険者で勇者なんだ。
そんな俺が魔王なんかに負けるわけがない。
(リコットの奴、聖女か知らんが最近、俺のやることに意見ばかり出してきやがって……。俺こそが最強なんだ!)
魔族の攻撃は激しさを増してくる。
そこら中から悲鳴が聞こえるが俺の狙いは魔王だけだ。
「おい、他の冒険者や騎士団はどうなってるんだ!?」
「魔王の側近が強いらしくてAランクもそっちへ向かってるんだ」
「グレイさん、やはり先にこの辺りを一掃してから魔王に向かいましょう!」
仲間のリコットが何か言ってるが無視して城へ向かう。
「国王様っ、無事でしたか?」
「お、おおっ、勇者グレイよ!」
魔王は城の玉座の間にいた。
到着すると天井だった場所から空が見える。
『よく来たな、勇者よ』
「よくもアヴェハイムを荒らしてくれたな! 殺してやるっ!」
見た目は殺人熊より少し小さいが体中から溢れる負のオーラが周囲に流れる。
運悪くそのオーラに触れた国王の側近だった男は声をあげる時間もなくその場に倒れてしまった。
『虫けらは地面に這いつくばっておればよい』
魔王はそう言うと巨大な炎の塊をグレイに向かって投げつける。
「そんな物が俺に通用するかよっ!」
その声と共に聖剣で半分に叩き切るグレイ。
切られた炎の塊は2つに分かれグレイの背後にあった建物を吹っ飛ばす。
轟音と共に建物が崩れ、そこにいた人たちの悲鳴が聞こえた。
「ちっ!」
あの炎の塊を切るのはマズい。
魔力には魔力を当てて消すしかない。
「リコット、さっきの攻撃がきたらお前の魔力で消せるか!?」
「わかりませんが、何とかやってみます!」
「いくぞ、魔王っ!」
何度攻撃を繰り返しただろう。
どんな角度からどんな攻撃を当ててもすべて弾き返されてしまう。
奴の顔を見ると余裕そうなのがムカつく!
「ゆ、勇者グレイよ! 早う魔王を倒せ!」
国王の横には魔王の側近が鋭利な爪を首に当てて突っ立っている。
(俺に命令するな、クソジジイが!)
お前の贅沢のせいで俺たち冒険者ギルドに金が回らなくて冒険者のランクが上がらないんだろうが。
列国最強と謳われ軍事に秀でた国だと言われているがAランク冒険者は数えるほどで後はBランク以下のクソみたいな奴らばかりだ。
「はぁ、はぁ……リコット! 俺を回復しろっ!」
「少し待って下さい! 他の仲間の人が大怪我を」
「そんな奴は放っておけばいい! 俺が死んだらどうするんだ!?」
その言葉を聞き、絶句する仲間の1人。
俺が死ねばお前たちだって死ぬんだぞ?
こんな時にこそ勇者である俺の盾になるべきなんだ!
「リコット、お前は聖女だろうがっ! 聖女は勇者のために魔法を使えよっ!」
どいつもこいつもムカついて仕方ない。
本当なら今日は街で女たちと飲み明かす予定だった。
そのために高級な宿屋も準備したってのに……。
「魔王、お前さえ襲って来なけりゃ!」
魔族の苦手とする聖属性魔法で強化した聖剣をグッと握り魔王目掛けて突進する。
――ガシッ!
「……なぜだ?」
最高の攻撃だった俺の剣技を正面から受け止め腕を掴んで目の高さまで持ち上げると打撃を放つのが見えた。
今からだと回避は難しいがアヴェハイムで最高の硬度を誇るオリハルコンの魔法鎧ならば魔王の攻撃も弾き返せるだろう。
そう思ったのに――。
「うぼぉぉっっ!」
ズンという音と共に腹に響く痛み。
あまりの衝撃に視線を下げるとオリハルコンの鎧が少しへこんでいる。
「な、何だと――、ぐぼぉぉっっ!」
魔王の攻撃が同じ場所を捕らえて嘔吐する。
――ズムッ!
そして何度、魔王に攻撃されたのだろう吐く物すらなくなった。
オリハルコンの鎧も攻撃を受け続けた場所に丸い穴が開いている。
これがアヴェハイム最高の鎧なのか?
本当は鉄でできてるんじゃないかと疑ってしまう。
「も、もう許じで……」
『ふん、これが勇者か。くだらん』
魔王が俺を投げ捨てるとリコットに当たって地面へ横たわる。
こんな時に聖者は何をしているんだ?
視線をリコットに向けると尻餅をついたままガクガク震えていた。
近くでは俺の仲間も倒れているがすでに虫の息だ。
『マオウサマ、ユウシャ、コロシマショウ。セイジョ、イケニエダ』
『最近、勇者だと名乗って我らの仲間を倒しているからどんな強い奴かと楽しみに来てみればこの程度とは』
「た、頼む、この国から……出ていぐがら、殺さないで……」
「……そ、そんな」
リコットが唖然としているが関係ない。
俺は死にたくないんだよ!
『もう飽きた。ここで皆殺しにしてやろう』
魔王が腕を上げて炎の塊を作り出す。
そして投げつける瞬間、明後日の方から声が聞こえた。
「ちょっと、そこの魔王さん?」
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