第3話 ベルトランド・ル・カウベルス伯爵
「こんにちは、遅くなってごめんなさい!」
冒険者ギルドを出て5分も歩かないうちに次の目的地に到着する。
私が声をかけると部屋の奥から1人の男性がやって来た。
「クリムさん、お待ちしていましたよ」
そう言って笑顔で出迎えてくれたのはライマンさん。
少し頭が寂しいおじさんだけれど商業ギルドのギルド長だ。
「ごめんなさい、冒険者ギルドで少し手間取っちゃって」
「またあのギルドですか……。同じギルドとしてもう少ししっかりやってもらわねば!」
はぁとため息をつき少し嫌そうな顔をするが、すぐに笑顔に戻るライマンさん。
昔から商業ギルドと冒険者ギルドは色々とあって仲が良いという訳ではなく仕事上の付き合い程度らしい。
「まあまあ、ライマンさん。どちらかと言えば私のミスですから。ここは美味しいパンで許して下さいね」
「クリムさんがそう言われるのでしたら……。でも困ったことがあればいつでも頼って下さいね!」
ドンと胸を叩くと少し寂しくなった頭の髪が揺れる。
見た目は小太りなおじさんだけれど私がお店を出す時も色々と教えてくれた優しいおじさんなのだ。
「クリムさん、そろそろあの店では小さくありませんか? もっと大通りに面した大きな店も準備できますよ?」
ライマンさんがそう言うと他の職員さんも数個ずつ私のパンを抱えながらうんうんと頷く。
「ありがとうございます。けれど私1人で切り盛りしてるのであまり大きいと大変で。今くらいが目が行き届いて便利なんですよ」
「人手が足りないのでしたら誰か雇うのも良いと思いますし、奴隷ならお金を持ち逃げしたりクリムさんに被害を出すようなこともありませんよ? もし必要でしたら私から奴隷商に連絡しますが?」
この世界、ロンシスタでは奴隷制度が存在していて一般奴隷、戦闘奴隷、性奴隷、犯罪奴隷の4種類にわかれている。
奴隷というと野蛮なイメージがあったけれど犯罪奴隷以外は国の法により一定の保証がされていて派遣に近い感覚だ。
もちろん奴隷なので色々と制約はあるけれどね。
「うーん、本当に大変になったらその時はライマンさんにお願いするかも」
「ええ、いつでも声をかけて下さいね」
ライマンさんとの話も終わったので商業ギルドを後にする。
「最後はベルトランドさんのところね」
☆☆☆
「こんにちは」
街の中心から少し離れた静かな場所に貴族が住む区域がある。
その中でも大きめの屋敷の門で守衛さんに挨拶をして歩いて行く。
「クリムさん、いらっしゃい。また今度休みの日に店に行くね」
「はい、お待ちしてますねー」
何度も来ているので今では顔パスになり私のお店の常連さんでもあるのだ。
屋敷の扉前まで来るとメイドさんが待っていてくれる。
「クリムさん、お待ちしていました」
「こんにちはー、今日も美味しいパンを持ってきましたよ」
私がそう言うと嬉しそうな顔をするメイドさん。
「ベルトランドさんはいらっしゃいますか?」
「はい、旦那様はいつものお部屋に……っと今はお客様がいらっしゃっていますのでクリムさんは別室でお待ち下さいね。ではご案内します」
別室へと案内してもらうとまずはメイドさん用に準備したパンを渡す。
いつもなら屋敷の主である、ベルトランド・ル・カウベルス伯爵に渡すんだけれどお客と話しているんじゃ仕方ないよね。
「クリムさんのパンは本当に良い匂いですね!」
「今日もたくさん持って来たのでぜひ食べて下さいね。いくつか新作も作ったのでまた感想なんかも聞かせて下さい」
「わぁ、新作もあるのですね! 楽しみです!」
嬉しそうな顔をするとペコリと一礼して部屋を出るメイドさん。
こんなに喜んでもらえると作った私も嬉しいよ。
「さて、待ってる間はヒマだし新作でも考えようかな……ん?」
別の部屋から怒鳴り声が聞こえる。
ベルトランドさんは普段温厚な方だし怒鳴り声なんて初めて聞いた。
少し気になったので部屋を出て声のする方へ向かうと数名のメイドさんたちが扉の前で固まっている。
「どうしたの?」
「あ、クリムさん! 旦那様を訪ねていらっしゃった冒険者様と何か揉めてるようで……」
少し気になることがあるので勝手に入らせてもらおう。
「ベルトランドさん、こんにちはー」
「おぉ、クリムか。もうそんな時間だったか」
ベルトランドさんと挨拶をしながら対面に座っている相手を見ると……。
「ちっ、何でここにクソガキがいるんだ?」
「やっぱりあなたたちだったのね?」
冒険者ギルドで私に絡んできたBランク冒険者のジャコたちだ。
「クリムの知り合いだったのか?」
「ううん、冒険者ギルドで出会ったばかりよ。ところで怒鳴り声が屋敷中に響いてたけれどどうしたの?」
ベルトランドさんに話を聞くとジャコたちは街を守ってやる代わりに金銭を要求しているらしい。
確かに貴族が高ランク冒険者を私的に雇うことはよくある。
「だが金額が高すぎるんだよ」
「ふん。俺たちみたいな高ランク冒険者が守ってやるんだから当然だ」
「住む場所も綺麗な部屋で頼むぜ? あと飯も食い放題で女も忘れるなよ? そこのガキが相手をするなら少し安くしてやるがな! ぎゃーはっはっ!」
下品な声で笑う下品男。
私に腕相撲で負けたのがよっぽど悔しいらしい。
「だが――」
ベルトランドさんが話しだそうとすると部屋の外から慌ただしい音が聞こえる。
門前にいた守衛さんが青い顔をして部屋に入って来た。
「旦那様、大変ですっ! ダカの森でワイバーンが飛来して暴れています!」
ダカの森と言うのはタルコットの近くにある大きな森だ。
比較的弱い魔物が多いにもかかわらず薬草や食材が豊富でタルコットに住む人々にとって大切な森になっている。
「なんだとっ!? すぐにギルドへ向かうぞ!」
タルコットでワイバーンを見ることなんてなかったからベルトランドさんが慌てて冒険者ギルドへ向かう。
「私も行った方がいいよね」
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