第2話 冒険者ギルドはお約束
「私ですか?」
冒険者ギルドで子供の姿をしているのは私だけだった。
「そうだ。ここは冒険者ギルドでお前のようなガキが来るような場所じゃないんだ!」
「うへへ、それとも俺たちと一緒に遊ばないかぁ?」
私に声をかけてきた奴とは違う男が下品な顔で笑いかけてくる。
「ちょっ、あなたたち! この人は――」
「別にいいわよ?」
ソフィアさんが止めようとするのを手で遮って返事をする。
私の見た目は中学生くらいなので絡まれることはたまにあるのだ。
それに冒険者ギルドで絡まれるのはお約束だしね。
「それなら腕相撲なんかはどうかしら?」
「はぁ!? 遊ぶの意味が違うだろうがよっ!」
「それじゃあなたたちが勝ったらひとつ何でも言うことを聞くわよ?」
私がそう言うと下品な男の笑顔がさらに下品に歪む。
「……その言葉、今さら冗談だと言わせねえぞ? ジャコ、ここは俺にやらせてくれ。大人に逆らったらどうなるのか俺たちで躾けてやる」
「ああ、お前に任せる。こんなガキでも夜の相手くらいできるだろ」
間違いなくそういう意味だと思ったよ。
これでも異世界に来る前は20代だったしね。
「その前に私が勝ったらどうするの?」
「そうだな、お前が勝ったら金貨10枚やるよ」
私の姿を見て完全に舐められてるよね?
金貨10枚あれば家族が慎ましく生活して4ヶ月は暮らせる大金なんだけれど私の貞操が金貨10枚だと考えると少し複雑だよ。
「あなたたちにそんな大金、本当に出せるの?」
私の言葉が気に食わなかったのかジャコと呼ばれた大柄な男が懐から金貨10枚を取り出して私の前に置く。
「これでもBランク冒険者だ。舐めるなよクソガキが!」
「へぇ、あなたたちってBランクの冒険者なんだ?」
Bランクともなれば街の冒険者ギルドだけでなく上流階級の貴族から直接指名で依頼が来ることもあるとか。
こんな奴らが?と思ったら「貴族の後ろ盾があったみたいですけどね」とソフィアさんが耳打ちで教えてくれた。
「おい、ガキ! さっさと準備をしろ!」
「はいはい」
席について腕を出すと下品男がにやにやしながら私の手を握るが気持ち悪いったらない。
「きれいな手をしてるじゃねぇか。今夜が楽しみになってきたぜぇ?」
妄想するのは個人の自由だから別に止めるつもりはないけれど、きっとそこに登場してエッチなことをさせられてるのは私なんだろうなぁと思うと寒気がしてくる。
「あなたが勝てばお好きにどうぞ」
「よしよし、調子に乗ったガキがどんな顔で泣き叫ぶのか見てやる」
「判定は俺がやってやろう」
ジャコが開始の合図をすると下品男は一気に仕掛けてくるが私の腕はピクリともしない。
一瞬で終わると思っていたジャコたちも目を見開いて驚いている。
「おいっ、こんなクソガキと何を遊んでるんだっ!?」
「……いや、ジャコ、わかっているんだが動かねぇんだよ!」
勝負が始まって1分ほど経つと下品男の顔は真っ赤になり汗が流れてテーブルに染みを作る。
「ねえ、ちゃんと力を入れてるの? Bランクなんでしょ?」
「……クソガキ、何をしやがった? まさか魔法術士か!?」
「別に何もしてないわよ!」
そもそも何か小細工をする必要すら感じないしね。
「おいおい、Bランクなんだろ? 頑張れよー」
いつの間にか私たちの周囲にはギルド内にいた冒険者たちが勝負を見ていて下品男を小馬鹿にするように囃し立てる。
「えーっ、相手の応援なの? それじゃ私のパンは売ってあげないよ?」
「クリムちゃん、それは困る! うちのカミさんに殺されちまう!」
腕相撲をしながら冒険者と雑談する余裕がある私とは対照的にダラダラと脂汗を流しながら力を入れる下品男。
「うぐぐ……、ほんとに強いってもんじゃねぇ! デカい木を相手にしてるみたいだ……」
「そろそろいいかな。いくわよ?」
そう言って力を込めることもなく下品男の腕をテーブルに付けた。
本当は派手にひっくり返してもよかったんだけれど相手が怪我をして難癖つけられても面倒だしね。
「し、勝者、ガキだ……」
ジャコが私を睨みながら勝利宣言をする。
「こんなの認めねぇぞ! クソガキが何をしやがったんだ!?」
「だから何もしてないって言ってるでしょ?」
「いや、お前みたいなクソガキに俺が負ける訳ねぇんだよ! この試合は無効で金貨もなしだ!」
私みたいな少女に負けたのがよっぽど悔しいのか大声で喚く下品男。
「あなたたちBランク冒険者なんでしょ? 私に負けたからって約束を反故にする気なの? それともBランクって口だけとか?」
「うぐっ、クソガキがぁ!」
下品男は腰の剣に手を伸ばそうとするがジャコがそれを止める。
「……お前が何をしたのかわからんが今回は俺たちの負けを認めてやる。次は容赦しねえから覚えておけよ? いくぞ、お前らっ!」
ジャコは金貨10枚を私に投げて寄こすと冒険者ギルドを出て行く。
「クリムさん、大丈夫でしたか? あまり無茶はしないで下さいね」
「ごめんなさい、ソフィアさん」
「最初に仕掛けたのは向こうですし、実のところ私も気分がスッとしましたよ」
ソフィアさんにそう言ってもらえて私も助かったかな。
それにBランク冒険者の力量を知れる良い機会だったしね。
聞けば最近この街に来た冒険者らしいけれど素行の悪さに苦情が後を絶たずに冒険者ギルドでも問題視されてるらしい。
ただBランクの実力は本物だから冒険者ギルドでも難しい依頼を頼むためになかなか強くは言えないとか。
タルコットのような小さな街では最高でもCランクの冒険者しかいないから彼らのように高ランクの冒険者は助かるのだ。
「やっぱりクリムちゃんは強いな!」
「早く冒険者のランク試験を受ければいいのに」
「そんな、私はただの職人だからそういったのは冒険者のみなさんにお任せしますよ」
一応、パンの素材を取りに行ったり他の街へ行くのに冒険者カードは身分証明になるから作ってあるだけだしね。
「それじゃ次は商業ギルドへ向かいますね。また当店をご贔屓に!」
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