第19話 のんびりしたいのに
そろそろ無双の準備をしようと思います。
「いらっしゃいませー」
お店の扉に開店の看板をぶら下げる。
「クリムさん、お帰りなさい!」
「よぉ、クリムが戻って来るのを待ってたぜ」
「クリムちゃんに会えなくて寂しかったよ」
朝早いにもかかわらず今日も大勢の人たちが並んでくれている。
中にはちょっと違う感じの人もいるけれど気にしちゃダメだ。
「みなさん、いつもありがとうございます!」
ユーウィンのことや旅の途中の話をしながらパンを売っていく。
ちなみに今日の目玉はチーズパン。
丸いパン生地の中にチーズを置いて焼き上げたシンプルなパン。
30個ほど準備したけれど開店15分程度で売切れちゃった。
「朝のラッシュも終わったー」
お店の外に出て大きく伸びをする。
そしてご近所さんに挨拶をして次のパンの準備を始める。
今日はベルトランドさんに報告に行かなくちゃね。
「こんにちは」
ベルトランドさんの屋敷へ到着して守衛さんに声をかけると笑顔で玄関まで案内してくれる。
屋敷の中へ入るとベルトランドさんが待ち兼ねたように立ってたよ。
「クリム、待っていたぞ!」
「遅くなってすみません。昨日帰って来ました」
「よいよい。で、どうだったのだ?」
ユーウィンがどんな場所だったかを説明していく。
今回私がユーウィンへ行くにあたって簡単な調査も頼まれたんだよね。
「そうか、やはり治安がよくないのか……」
私が頼まれたのは街の雰囲気や治安のこと。
ユーウィンへ到着したその日に酔った冒険者や男たちから声をかけられたり、空いている時間に街の観光をすると全体の雰囲気が暗かったことを報告した。
しかも街のあちこちで喧嘩を見たけれど取り締まるはずの衛兵すらやって来ない。
たまたま止めに入った人に話を聞くと何かを訴えても領主は何もしてくれないらしく領民は何かを諦めている感じだった。
「ユーウィンは馴染みの領主が治めていたが病気で寝込んでいてな。今は領主代行が街を治めていると聞いたが何か裏があるのかもしれん。少し私の方でも調べてみよう」
難しい話は同じ貴族のベルトランドさんにお任せしよう。
パン屋の私が口を挟む問題じゃないし。
話は変わって。
「今日もパンを持って来ましたよ」
「クリムのパンは屋敷の者たちも待ち焦がれておったぞ」
素直に嬉しいね。
「そうだ。今日はワイバーンとギガントカメレオンのお肉もお土産に持参したので一緒にどうぞ」
「なにっ、ワイバーンの肉だとっ!?」
ベルトランドさんが椅子から立ち上がって聞いてくる。
何かマズかったのかな?
「ワイバーンはダメでしたか?」
「逆だ! 私はあの肉が大好物なのだ! だがタルコットの冒険者ギルドでは扱わないしアヴェハイム帝国で食べたのが最後だった……」
遠い目をしているベルトランドさん。
聞けば家族の誕生日にお祝いとして食べていたみたい。
貴族なんだからもっと普通に食べてると思ったけれど違うんだ。
「たくさんあるので食べて下さいね」
「ありがとう、クリム。その礼に何か必要なものはあるか?」
「大丈夫ですよ。ベルトランドさんにはお世話になってますから」
実際にアヴェハイム帝国でも私が追放されないよう裏で動いてくれたことを後で知って凄く驚いたし感謝してもし足りない。
まあやり過ぎてベルトランドさん自身が帝国に居辛くなったけどね。
「さて、私はそろそろ帰りますね」
「む、もう帰るのか?」
そんなチワワみたいな目をされても困るんだけど。
娘さんに見られたら幻滅されちゃうよ?
屋敷を出て途中の薬屋へ寄って回復薬を補充していく。
今回の旅でもお世話になったしいつ何が起きるかわからないからね。
夕方前に家に戻って片づけをしていると扉を乱暴に叩く音が聞こえる。
タルコットの人ならこんな叩き方はしないはず。
扉を開けて外へ出ると1頭の馬が立っていた……ではなく馬の上に1人の男性が跨っていた。
「何の用でしょうか?」
「娘、ここは『クリムのパン屋』で合っているな。クリムという人物はどこにいる?」
横柄な態度に思わず無視してやろうかと思ったけれど男性の風貌からしてただの郵便配達って感じには見えない。
「私が『クリムのパン屋』の店主でクリムです」
「お前のような小娘が店の主人なのか!? う、くっ……」
私がクリムだと知った途端、凄く面倒そうで嫌そうな顔をしているんだけど?
何か知らないけれどさっさと用事を済ませて帰ってほしい。
周囲のお店の人たちも何事かと覗きに来てるし。
「そら、受け取るがよい!」
投げるように何かを渡してくるので思わず受け取ってしまった。
渡し終えた途端、何も言わずに去って行く男性。
「本当に何なのよ……。これって、手紙?」
裏面を見るとアヴェハイム帝国の名前が書いてあった。
「はぁ、絶対に面倒なことになるよね……」
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