第16話 お肉フェスティバル
お肉大好きです。
「ただいまー」
宿へ戻るとパンの匂いが部屋中に漂っている。
テーブルを見るとたくさんのパンが所狭しと並んでいた。
「クリムさん、お帰りなさい」
女将のメイテさんが出迎えてくれる。
私が出た後もずっとパン作りをしていたのか顔も手も真っ白だよ。
「すごいパンの量ですね?」
「クリムさんが出発されてからずっと作っていましたけど難しいです」
確かにテーブルに並んだパンを見ると焼成時間や温度にムラがあるのか焦げたり焼きが甘いみたい。
メイテさんに断って食べてみると味はいまいちだけれど悪くないと思う。
「初日にしては上手だと思いますよ」
「ありがとうございます! クリムさんにいただいたパンには遠く及びませんが家族で食べるには十分かなと」
メイテさんとパンについて話をしていると扉が開いてオーウェンさんとテオが一緒に帰って来た。
「おぉ、クリムちゃん、お帰りなさい」
「お姉ちゃん、帰ってたんだね!」
2人が一緒って珍しい組み合わせだね。
聞けば近くのお店に夕食の食材を買いに行ってたみたい。
「お姉ちゃん、夕食はお肉だよー」
「メイテさんが焼くと安い肉でも美味しくなるんですよ!」
オーウェンさんがメイテさんを褒めると「まぁ!」と言って顔を赤くして横を向くメイテさん。
このリア充め、お幸せに!
テーブルの上にオーウェンさんとテオが買ってきた炒め物とパンが並ぶ。
もちろんパンはメイテさんが焼いたものだよ。
最初はメイテさんに止められたけれどたくさんあるしね。
こんなに美味しくて宿代も安いんだからもっと繁盛してほしいよ。
「そうだ。メイテさん、このお肉も焼いてもらえますか?」
「はい、わかりました」
しばらくするとお肉の焼けたいい匂いがしてくる。
食べると少し弾力はあるけれど獣臭さもなくて凄く美味しい。
目の前の3人を見るとジッと私のお肉を見ている。
オーウェンさん、涎が垂れそうですよ?
「みなさんもどうぞ」
お肉の乗ったお皿をテーブルの中央に置くと全員が手を伸ばす。
最初は恐る恐るだったけれど美味しいのか遠慮がなくなってきた。
「お姉ちゃん、すっごく美味しいよ!」
「ええ、本当に美味しいわ」
大好評みたいでよかったよ。
このままだとすぐに消えそうなので追加で焼いてもらった。
「クリムちゃん、これは何のお肉なんですか?」
「キラーベアですよ。味見したくて少しだけもらってきたんです」
「ブフッ!」
オーウェンさんが吹き出した。
隣ではカチャンとフォークを落として固まっているメイテさん。
テオは……うん、そのままの勢いでバクバク食べてるね。
「キ、キラーベアですか……?」
「はい、そうですよ? あ、魔物のお肉を出したのはマズかったですか?」
「それは大丈夫です。さっきの安い肉も魔物ですから」
何をそんなに驚いているのかを聞くとキラーベアの肉は高級品らしい。
平民が口にするのはだいたい脅威度Dまでの魔物でC以上になると裕福な人たちしか食べないとか。
「わ、私たちがこんな高級なお肉を食べてよかったのでしょうか……」
青い顔をしているメイテさんの隣では勢いも衰えずバクバク食べてるテオの手をメイテさんグッと押さえる。
メイテさん、顔が怖いです!
「みんなと一緒に食べるつもりだったから平気ですよ」
「キラーベアなんて外で食べたら金貨1~2枚はしますよ」
「えっ?」
オーウェンさんが相場を教えてくれる。
まさかそんなに高い肉だったなんて!
この肉でパン100個分……、どこの世界も肉は高いね。
「そうだ、メイテさん。こっちのお肉も焼いてみてもらえませんか?」
キラーベアでこれだけ美味しかったんだから期待してしまう。
厨房からお肉の焼ける匂いが漂ってきたけれど何これ!?
いま夕食を食べ終わったのに、お腹が鳴り止まない。
美味しさの次元が違うというか匂いだけだと我慢できないよ。
「クリムさん、お待たせしました」
持って来たメイテさんだけでなく全員がお肉にくぎ付けだよ。
まずは一口食べてみる。
「……お、美味しいっ!」
とても柔らかくて噛みしめると肉の旨味が口の中に広がっていく。
どこか懐かしい味なんだよね……と記憶を探っていくと思い当たるものが。
「牛肉だ!」
あ、3人のことをつい忘れてた。
私が食べてる姿を見てお肉が気になって仕方ないらしい。
テオなんてすでにフォークを準備してるし。
「みなさんもどうぞ?」
お皿をテーブルの真ん中へ移動させると3本の手が伸びてきた。
「「「……」」」
口の中にお肉を放り込んで無口になる。
本当に美味しいと言葉が出ないってことかな。
「す、すごい……、今まで食べた中で1番美味しいお肉ですよ!」
「お姉ちゃん、すっげーうまいよっ!」
メイテさんとテオが美味しさのあまり感激している。
お皿の上のお肉はすでになくなりそうなので追加で焼いてもらった。
隣のオーウェンさんなんて涙を浮かべながら食べてるし。
しばらく無我夢中で食べてようやくお腹が落ち着いた。
「母ちゃん、もう食べれないよー」
テオのお腹もパンパンに膨らんで幸せそうな顔だね。
「クリムさん、このお肉は何なのでしょう?」
「これですか? ワイバーンですよ」
「……」
あ、やっぱりみんな固まった。
「ワ、ワイバーンってあのワイバーンですか……?」
「どのワイバーンかわからないけど、そのワイバーンです」
メイテさんの質問がよくわからないけれど焦ってるのはわかる。
「そんな超高級品を私たちはバクバクと……、クリムさん本当にごめんなさい!」
「いえ、キラーベアと同じで一緒に食べようと少しだけ持って帰ってきたので大丈夫です」
本当にその通りだし私1人ではさすがに多すぎるしね。
「クリムちゃん、食べてしまった私が言うのもおかしいですが大丈夫でしょうか?」
「オーウェンさん、何がでしょう?」
「このワイバーンってタルコットの冒険者ギルドで倒したのだから勝手に食べたら怒られるんじゃ?」
そう言えば最初の時に間違って伝わった気がする。
「ワイバーンを倒したのはタルコットの冒険者ギルドじゃなくて私ですよ?」
「……えっ?」
訂正するのを忘れてたからやっぱり勘違いしたままでした。
「あの……、クリムさんってパン屋ですよね?」
「正真正銘のパン屋ですよ」
もしかして信じてない?
「やっぱりクリムさんは凄い冒険者のパン屋ですね!」
半分だけ伝わったっぽい。
まあ見習い冒険者なので間違ってはないかな。
「ところでワイバーンの肉っていくらするんですか?」
「年に数回、ギルドに持ち込まれるかどうかの希少な肉なのでこの量でも金貨10枚くらいには……」
あ、メイテさんが倒れた。
「ちなみにギガントカメレオンのお肉の値段ってわかります?」
「肉屋の知り合いに聞けば詳しくわかると思いますけど希少価値も含めて同じ量で金貨15枚は――」
「少しだけお肉を持ってるんですけど食べます?」
あ、オーウェンさんも倒れた。
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