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 これからどうなるだろう。これからどうなるだろう。僕は考えていた。グラウンドで、一人ボールを高くあげてキャッチする練習をしながら。

 

 そうしながら、どこか、自分を俯瞰で見ている視点を感じる。自分自身の中にある視点なのだろうか。例えば映画の一コマのような…仮にさ、映画の中の主人公が、自分が映画の中の存在でしかないと気づく時があったとしても、きっと何も変わらないだろう。何もする事は変わらないだろう。閉じた世界の中で今までと同じように生きていくだろう。

 

 ボールはポン、ポンと跳ねる。ボールを下に落としてしまったから。僕はフライを取るのが苦手だ。昔から。

 

 佐藤と最初会った時の事を思い出す。今から考えれば、あの時期は失恋した直後だったんだな、と思う。しかし、佐藤はそんな様子は全く見せなかった。それにそんな事どうでもいいではないか。今となっては。

 

 僕はボールを高く上げる練習を続けた。ボールは雲まで……届かない。

 

 これからどうなるだろう。僕は心の中で呟き続けていた。これから、途方も無い苦痛がやってくるだろう。今までは映像の中の出来事でしかなった、血と惨劇、飛び散る肉や苦悩はこれから本物になってゆくだろう。僕は当事者になるだろう。きっと。殺したり殺されたり(大方殺される)、犯したり犯されたりするだろう。全てはこの空のように淡く溶けていくのだ。僕は…。僕は考えた。そうやって一心不乱に考えていると、まるで僕は存在していないようだった。意識と空とが一体になって、まるで空に吸い込まれるようだった。

 

 全ては淡く溶けていった。僕は、幸福の意味について考えていた。これからやってくる苦痛、肉の痛みは、これまでの人生で僕が猶予していたものだ。それがとうとう本物になる。ここから本当の人生が始まるのだ。今の僕にはそれが信じられるような気がした。佐藤は…きっと佐藤の言うように僕らは「幸福」なのだ。そんな気がした。僕もきっと「幸福」になれる。事物と一体になれる。今までのようにあくせく考える必要はなくなる。僕は一人の兵士に、戦士に、行為者になるのだ。臆病な人間であるのはもう終わりだ。モラトリアムの終焉。こうしてボールを高く投げる日ももう来ない……

 

 「あ」

 

 僕は声を上げた。ボールが高く、雲に吸い込まれたのだ。僕はその行方をいつまでも見守っていた。雲の先には佐藤がいるし、みんなもいる。僕の大切な、好きな人もみんなそこにいる。だけどそこに行けずに僕はここにいる。僕は…なんだか幸福を感じていた。僕が僕ではないという幸福を。幸福は二重にも三重にも僕を包んだ。僕は僕が自分自身ではないような気がしていた。そうしてこのままだときっと気が狂うという確信を得た。


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