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やがて真っ黒なスーツを着た男が僕らの元にやってきて、佐藤を連れて行った。最初、僕の方に来て「あなたが佐藤さんですか?」と聞いたので、僕は隣の男を指差しながら「こいつです」と言った。佐藤は軽く手を上げた。
黒いスーツの男は通常、「使者」と呼ばれていて、言ってみれば冥界への水先案内人という風だった。仕事に割り切っている、という風らしく余計な口は聞かなかった。使者は、佐藤の前に立って「では、時間ですので」と言った。佐藤は立ち上がった。彼は使者に軽く手で制するようなポーズをしてから僕の前に立った。
「俺のが先だったな」
「らしいな」
僕は言って、立ち上がった。佐藤が手を差し出してきたので、僕は握手をした。その手が汗ばんでいて、僕はそこから佐藤の心の内を想像した。手を離すと、ニコッと笑って「じゃあ、行くよ」と言った。「おう」と僕は言った。
使者は、そういう「別れ」には慣れているのか、無言で(早くしろ)という感じで待っていた。多分、そういう愁嘆場も飽きるほど見てきたのだろう。何事も仕事になると、技巧的な態度になっていく。僕は横目で使者の事もそんな風に少し考えた。
佐藤は使者と共に去っていった。彼はもう振り向かずに、言わば明るい未来に向かっていくような足取りで歩いていった。使者は佐藤の後ろを文字通り、影のように連れ添っていった。僕は一人、取り残された。
そこで僕が感じたのは(ああ、助かった)という感情だった。これについては嘘は言えない。僕は、自分でも向こうに行くのを望んだ癖に、先に佐藤が選ばれた事に心底、安堵した。(助かった。命がある) そう思った時、僕の頭に佐藤の姿はなかった。つまり僕は…とことん利己的な人間なのだ。
佐藤が去って、空き缶がベンチの上に残されたままになった。僕は空き缶を取り上げ、自動販売機の横のゴミ箱に捨てた。ついで僕の飲みかけのジュースも捨ててしまう。
カラン。空虚な音がして、空き缶はゴミ箱に吸い込まれた。あと…残っているのは、あいつが残していったグラブとボールだけだった。もっとも、それは大学の部室から取ってきたものだから、あいつのものではない。僕はなんとなく、自分のグラブとボールだけを取って、グラウンドに出た。今度は一人だ。今度は一人。全ては乾いた空気の中、暖かい春の日差しに守られて、まるで死後の世界のようだった。