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僕は佐藤と大学のグラウンドでキャッチボールをしていた。それ以外にする事はなかった。僕達は名前を呼ばれるのを待っていた。どちらかが先に呼ばれるはずだ。いずれ誰かが僕達を見つけて、呼びに来るはずだった。
僕達は共に二十歳だった。それは生の終わりを意味していた。僕達は違う時間、違う次元に入っていこうとしていた。大学、学業はただのお飾りだった。一応大学生だったけれど。二十歳。それが世界が決めた定めの年だった。
「山田、お前も無理に付き合わなくていいんだぜ」
佐藤が言った。ポーンとボールが飛んできた。山なりの緩い球だ。
「なんで?」
僕は聞く。ボールを返す。ボールは少し逸れて頭の方へ行ったが、佐藤はうまくキャッチした。
「だって、お前の家だったら、まだ行かなくてもいいはずだろ? 二年は待ってくれるって話じゃん」
「三年だよ」
またボールが来た。佐藤のボールはピタリと胸のあたりに来た。
「三年? …まあ、どっちでもいいや。とにかく、まだ先に伸ばせるんだろ? だったら伸ばしてもいいんじゃないか?…俺に無理に付き合う必要はないぜ」
「いや…どっちにしろ行かなくちゃ行けないのなら同じだろ。だったら早い方がいいし」
僕はボールを返した。速い球。足のあたりに行ったが、佐藤は逆手でうまくキャッチした。佐藤は昔、少年野球に入っていたらしい。
「ボールだな。今のは。……ま、お前が後悔がないならいいよ。ただ俺に気を遣っての事だったら嫌だしさ」
佐藤が球を返してきた。少し逸れて、頭のあたり。グラブから零れ落ちそうになったが、なんとかキャッチした。「気にする事ないさ」 僕は小さく言う。もう一度、ちゃんと言った。ボールを返しながら。
「気にする事はないよ。どうせ…もうどうだっていいんだから」
ボールはバスンと音を立てて佐藤のグラブに綺麗に収まった。「ストライク」と佐藤は言った。彼は笑っていた。彼の笑顔はなんだか眩しかった。外の陽、春の心地よい日差しはグラウンド全体を支配していて、キャッチボールをするには絶好の日だった。ただ、僕らが待っていたのは死の使者であって、その事を考えるとこの太陽の日差しも、どこか死を暗示した暗いもののように感じるのだった。