第37話 駆け出し冒険者のもとに勇者パーティが集まる
「おばちゃん! しっかりして!」
子供たちの声が聞こえる。
エルシーたちがその声をする方に、近寄ると屋台の影に座り込む、はしまき屋のおばちゃんがいた。
そのおばちゃんにつきそう男の子。
お祭りでエルシーに水をかけていた男の子の一人だった。
「トム、大丈夫?」
「え、エル姉ちゃん! 僕は大丈夫だけど、ケイトおばちゃんが!」
「大丈夫よ、エルシー。トムを連れて逃げて」
ケイトは苦しそうな声でトムをエルシーに預けようとする。
「おばちゃん、傷を見せて! オルちゃんお願い」
エルシーは熱くなっているケイトの体を確認すると、背中に大きな引っかき傷を見つける。
傷口から広範囲で青紫色に変色していた。ゾンビ毒がかなり回っている。このままでは、すぐにでもゾンビになってしまいそうだった。
それは一緒に見ていたオルコットにもすぐわかった。すぐ傷口に魔法をかけて、ゾンビ毒を中和しようとする。
「オルちゃん、待って! 魔力切れを起こしてるわ」
大粒の汗がまるで雨のように額から流れ、顔色が真っ青のオルコットを止める。
魔力切れの症状。このままではオルコットの方が倒れてしまう。
「でも、早くしないと……」
エルシーの言葉を無視してオルコットは魔法を使う。
そんなオルコットを止めるように、魔力回復薬を差し出す。
「これを飲んで少し休んで! 今、オルちゃんが倒れたら、このさき助けられるはずの何人もの人が犠牲になるのよ」
「でも、でも……」
オルコットは汗を振り払うように頭を横に振る。
「だめ!」
「そうですよ。冒険者はまず、自分が生き残ることを優先するべきです。とくに回復役が倒れるのは一番最後ですよ。何度も教えたでしょう。さあ、ここは僕に任せなさい」
エルシーの言葉に賛同するように、オルコットの肩を掴んで、エルシーの方へ優しくそっと押し出す。
「師匠……」
オルコットには滲んだバードナが見えた。
来てくれた。自分が足元にも及ばない魔法使いにして神父で賢者。師匠が来てくれたなら百人力だ。
オルコットは落ち着いて、エルシーから渡された魔力回復薬を飲み、座り込んで回復を図る。
「エル姉ちゃん。食べ物と水もちょうだい。師匠に無様な姿は見せられないわよ」
「それでこそ、オルちゃん! 保存食だから味は勘弁してね」
オルコットが必死で薬と食べ物を体に入れている間、バードナは治療を終えた。
「エルシー、治療終わったよ」
「おばちゃん、立てる? トムも手伝って」
エルシーはケイトに肩を貸して立ち上がらせる。その反対でトムも体を支える。
小さのトムの体には、ケイトの体は大きかった。
「代わりますわ」
男の子の代わりに、はしまき屋のおばちゃんの体を支えるマリアーヌ。
「お嬢ちゃん、来てくれたんだね」
「約束しましたから、また来ると……さあ、行きますわ」
エルシーの指示で、トムが近くの家のドアを叩く。家の中に人の気配はするが、ドアが開く気配はなかった。
「エマさん! エルシーです。開けてくれませんか!? ケイトおばちゃんが怪我をしたんです」
エルシーの言葉に慎重にドアが開く。
中から、三十過ぎの女性が恐る恐る顔をのぞかせる。
「エルシー! 大丈夫だったの!」
「わたしは大丈夫だけど、おばちゃんをお願いしていいですか? 治療は終わっているので」
「いいわよ。任せて、そっちの子も?」
「ふたりともお願いします」
「わかったわ」
エルシーたちは二人をエマに預けると、みんなのところに戻ってくるとバードナが渋い顔をしていた。
「エルシー、もしかして僕の武器持ってきてる?」
「そりゃあ、持ってきてるけど、なんで?」
「ほら、僕も武器が必要かなと思ってね」
そう言ってバードナが指さした先に、何十体のアンデッドたちがこっちに向かって来ていた。
エルシーは慌てて、バードナが昔使っていた両手持ちの大ハンマーを取り出した。
「バードナ、魔力は回復の方に回せるようにしといて! 市民の救助が最優先よ」
「わかったよ。守りのエルシー」
バードナは懐かしい自分のハンマーの感覚を、取り戻すように軽く振り回す。
「ちょっと危ないから、僕から距離を取っておいてくださいね」
バードナは疲れているトリステンたち三人に注意する。
「さて、久しぶりに暴れますかね」
「大丈夫なんですか? バードナさん」
トリステンは肩で息をしながら魔法使いに問いかける。
「久しぶりですし、数は多いですが……まあ、どうにかなるでしょう」
大ハンマーを持ったゾンビ顔の大男が一歩踏み出したとき、一匹の蝶がアンデッドたちの頭の上を舞った。
道路の左右の建物の壁を、何度も行き来する。
そして、その度にアンデッドたちが次々と倒れていった。
「蝶子先生!」
トリステンは壁から壁に飛びながら、こちらに向かってくる蝶子に声をかける。
「あら、トリステン君こんなところにいたの? あ、ちょうど良かった。バードナ。スケルトンはあんたにまかせたわよ。骨好きでしょう」
ゾンビたちは切り刻まれて、地面でもぞもぞと動いているが、スケルトンは再度組みあがって、立ち上がっていた。
「僕を犬みたいに言わないでくださいよ。ハンマーとスケルトンが相性がいいだけでしょうが。それじゃあ、ゾンビは任せましたよ」
「はい、はい。任せといて」
蝶子とバードナを含めた五人がアンデッドたちを倒していると『神々の雷』のメンバーが合流してきた。
「蝶子さん、速すぎますよ」
アランはパーティの代表として注意をしながら参戦する。
「ごめんなさい。ちょっとこっちに大群が見えたから」
「まあ、いいんですけど……しかし、数が多いですね」
「そうね。終わりが見えないのがね。このまま、個別で動いているとジリ貧じゃないの?」
「そこで、ダンナからの提案なんですがね」
「きゃ!」
そこには神々の雷の女僧侶のお尻を触りながら、盗賊サクヤが急に現れた。
お尻を触られた女僧侶は一瞬悲鳴を上げたが、サクヤの顔を見たとたん、嬉しそうな顔に変わる。
「アルスロッドの提案って?」
「アルスロッドの提案というのは?」
蝶子とバードナの声が重なり、お互い睨みつける。
「はいはい、ふたりとも喧嘩しないの。サクヤ話を聞きましょう」
エルシーの言葉に、サクヤに振り返る。
「ダンナもすぐに来るから、直接聞いてもらったほうがいいかな?」
「ああ、いたいた」
サクヤが言い終わるよりも早く、勇者アルスロッドが現れた。
アンデッドをなぎ倒しながら、合流するアルスロッド。




