表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

第26話 駆け出し冒険者は新商品の試食をする

 この日、受けていた依頼はコボルトの牙十二個。

 コボルトは一言で言えば人間に戻れない狼男。子供くらいの知能と狼の身体能力。二本歩行をして、両手で武器を器用に扱う。何よりも怖いのはその生命力。ほかのモンスターでは致命傷でも、コボルトはしばらく襲いかかってくる。

 そんな特徴をエルシーから説明を受けた平和の鐘のメンバーは、今、ダンジョン内で戦闘状態だった。


「ウァオーーーン!!!」

「仲間を呼んでるわ。オルちゃん、阻止して!」


 平和の鐘の三人を相手にしている二匹のコボルト。その後ろにいる一匹が遠吠えをする。


「ボイス!」

「みんな、耳ふさいで!」


 エルシーの言葉に一瞬、耳をふさぐ。


「ウァオーーーン!!!」

「おにいちゃんんん! だいすきーーーーーー!!!!」


 仲間を呼ぶ遠吠えは、オルコットの大音量にかき消される。

 その声はダンジョンの中を反響し、人間の数倍聴力の良いコボルトたちは混乱状態になる。


「今よ! トリ君、奥! マリーちゃん、右!」


 トリステンはコボルトの脇をすり抜けながら首を切りつけ、奥のコボルトの胸を切り裂く。

 正確に心臓を切り裂き、血が吹き出る。それでも襲いかかろうとする手負いのコボルトを蹴り飛ばす。


「オルちゃん。挟み撃ち!」


 トリステンは即座に振り返り、先ほど首を切ったコボルトに向かう。首を切られながらもオルコットに襲いかかろうとしている。それを迎撃しようとオルコットは、肩まである杖を振り上げる。

 トリステンはその後ろから滑り込むように、両足の腱を切り裂く。


「えい!」


 倒れ込んだコボルトの頭をオルコットが叩いて止めを刺す。

 即座に立ち上がったトリステンは最後の一匹を見ると、体にマリアーヌの投げナイフが何本も刺さっていた。そして鼻を抑えて苦しんでいる。

 どうやら、エルシーが(くさ)い袋を投げて援護していたようだ。

 その後ろからマリアーヌが突きに特化した細身の剣で心臓を突きさすと、コボルトは剣を落とす。

 終わった、と気を抜くマリー。それを見てエルシーが叫ぶ!


「スティーブンさん!」


 マリーヌの細い首筋に、決死の噛み付きしようとするコボルト。

 その首は一撃で切り落とされた。


「怪我はない? マリーちゃん」

「ええ、大丈夫ですわ。すみません。せっかく事前に教えていただいていたのに」

「怪我がなければ良かったわ。さっさと採取して、移動しましょう。さっきのオルちゃんの声で、別のモンスターがやってくるかも知れないわ」


 エルシーは仲間の怪我等がない手早く確認すると、コボルトの牙を切り取る。そしてほかに金目の物を見つけると、その大きなバッグに放り込む。


「あ、鍵付き財布」


 オルコットが目ざとく見つける。そのころ、ダンジョンの奥から多くの足音が聞こえてくる。ゆっくりしている暇はない。

 

「後でね。それよりも移動するわよ」


 オルコットは腕輪を触り、早く魔具を使ってみたくてしょうがないようだ。

 とりあえず、その場を離れ、安全そうな場所に移動して、オルコットに鍵付き財布を渡す。

 開けてみようとしても当然のことながら鍵がかかっていた。


「開錠の魔法は焦る必要がないから、落ち着いてね」

「うん、分かった。解析!」


 鑑定屋から聞いた開錠の魔法の使用方法は、段階を踏んで行う。

 それは「解析」、「開方」、「開錠」の三段階だ。

 種類や構造を「解析」する。

 開け方、解除の確認「開方」。この段階で物理的に開けることも可能な場合もある。

 魔法で鍵を開ける「開錠」によって、開錠、罠の解除が完了する。


「単純な構造ね。おそらくここ……」

「まって、オルちゃん。初めてなんだから、ちゃんと段階通り開錠してみよう」

「……うん。開方!」


 オルコットは財布を手に解除方法を確認する。


「間違いないわ。開錠!」


 鍵が開く、カチッと小さな音がした。

 中には千マルコイン数個と小さな宝石が一個。収入としては大したことがない。しかし、オルコットが開錠の魔法を使えたことに大きな意味があった。


「どう、オルちゃん。魔力消費量は」

「大丈夫、負担になるほどじゃないわ」

「じゃあ、これでどんどん宝箱が開けられるな」

「そうね、でも過信は禁物よ。オルちゃん、手間はかかっても、ちゃんと手順は踏んでね」


 エルシーの言葉を守りながら、ダンジョンを探索した平和の鐘のメンバーは街に戻ってきた。


~*~*~


 街はすっかりお祭りムードだった。

 夏祭り。別名、星風鈴まつり。暑い夏を乗り越えるためのお祭り。

 明後日の夜、領主による開始の挨拶の後、街中でダンスパーティが始まる。

 土曜日は水かけまつり。

 最終日の日曜日の夜は、みんな楽しみにしている花火大会。

 お祭りの期間、街には屋台が出たり、大道芸が見られたりする。そして、その間はダンジョンは閉められる。


「エルシー、今日の仕事はもう終わりかい?」


 ダンジョンからギルドに行く途中、店のおばちゃんから声をかけられる。


「今日はおしま~い。今年もおばちゃんはお祭りに屋台出すの?」

「出すよ。今年は新商品だよ。試食してみるかい」

「ありがとう、おばちゃん」


 見た目は厚手のクレープ。ウィンナーを巻いてある。

 一口食べて見ると、ソースの味がひろがる。生地の中には刻まれた野菜が入っていた。

 ウインナー入りはしまき。


「美味しい。これ、美味しいよ、おばちゃん」

「えー、エル姉ちゃんだけ、ずるい!」

「はい、どうぞ」


 オルコットはエルシーが差し出した食べかけにかぶりつく。


「おいしいね。これ」

「そんなに美味しいのですか? それ」


 うらやましそうにオルコットを見るマリアーヌは、思わずそう言ってしまった。まるで、エルシーの食べかけを自分も欲しがるような、はしたない言葉を。


「そっちのお嬢さんも、ひとつどうぞ」


 見かねたおばちゃんがマリアーヌにもひとつ渡してくれる。


「あ、おいくらですか?」

「いいよ、いいよ。試作品だからね。おいしかったら、お祭りが始まったら友達でも連れてきておくれ」

「はい、わかりました」


 マリアーヌは満面の笑みで答える。祭りには来られないと思っている。しかしそれをここで言ってもしょうがない。表面上、好意には好意で返す。貴族のたしなみの一つ。


「そっちの子もどうだい?」

「俺はいいです。今、お腹すいてないし、オルたちの顔を見たら、おいしいのは分かるよ。お祭りの時に買いに来るまで、楽しみにしときます」


 正直、トリステンも食べてみたかった。でも、マリアーヌの言葉を聞いて、無償の好意に自分まで乗っかるのは違う気がした。ただの意地なのかもしれない。でも、トリステンはその小さな意地を通したかった。


「あら、そうかい。じゃあ、お祭り楽しみにしてるよ」

「おばちゃん、これマヨネーズが欲しいかな」

「ウインナーがないバージョンもいいかも。あたし、そんなに食べる方じゃないから、他で食べてると、これだと多いかな」


 エルシーとオルコットは試食役の役目を果たす。

 おばちゃんは二人の意見を聞きながら、ウインナーの代わりに卵を入れるバージョンや、ピリ辛ソースなど、新商品の意見を出し合う。


「ありがとね。参考になったわ。さすが、食いしん坊のエルシーだね」

「も~う、これでも嫁入り前の乙女なんだからね」

「そうだったね。いい人ができたらうちに連れておいで、サービスするから。そっちのお嬢ちゃんたちもだよ」


 おばちゃんはそう言って立ち去るエルシーたちに楽しそうに手を振った。


「良い人ですね」

「お祭りでみんな浮かれているって言うのもあるけど、この街のみんな、良い人よ。マリーちゃんのお父さんがちゃんと治めてくれているから、みんな元気に働けるのよ」

「お姉さま……」


 マリアーヌは冒険者になってから、ギルドをはじめ街の人々と触れ合う機会が多くなった。

 楽しそうに行き交う人々、遊ぶ小さな子供たち。

 家ではただ、漠然と領民を守れと教えられていた。理解していたつもりだが、感じていなかった。自分が守るべき対象を。


「いいお祭りになるといいですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] トリ君はイケメンだな! 若いのに気遣いの出来る男だ! オルちゃんの「お兄ちゃんだいすき!」は可愛い! [一言] やっぱ面白い(๑>◡<๑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ