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第24話 駆け出し冒険者は憧れの勇者に会う

「グゥアッ!!」


 殴られる事を覚悟していたエルシーの目の前には、右脇を押さえてうずくまる男がいた。

 その後ろには、たれ目のイケメンがいつのまにか立っていた。


「酒場で暴れちゃいかんよ」


 サクヤはレバーを殴られてうずくまる男の頭をポンポンと叩く。


「ぎさま……何しやがる」


 男は脂肪がたっぷりついた脇腹を押さえながら、サクヤを睨みつける。


「いや、なんかイジメが始まりそうだったんで、止めに来ただけだけど。喧嘩なら酒の肴にするんだが、イジメは良くないな」

「ふざけるな!!」


 男は立ち上がりざまに、殴りかかる。

 男の拳はサクヤのアゴを捉えたように見えた。しかし、拳は空を切り、たたらを踏む。


「てめえ!!」

「おい、やめろ。あいつ、『蜃気楼の暗殺者』じゃねえか!? 俺らの敵う相手じゃねえぞ」


 蜃気楼の暗殺者は言わずと知れたサクヤの二つ名だ。その気配を絶つ技術と動きで、相手を翻弄し、倒してしまう。盗賊であるが、ニンジャに近いサクヤを人はそう呼ぶ。


「その名でオレを呼ぶな! オレにはヒップハンターという誇り高い二つ名があるんだからよ」


 ビシッと言い放つサクヤはカッコよかった。言っている内容以外は。

 男たちは顔を見合わせて、そそくさと酒場を出て行ってしまった。安っぽい捨て台詞を吐いて。


「ありがとう、サクヤ」

「まあ大したことしてないけどな。そもそも、お前たちに気がついたのは、ダンナだからな」


 そう言って指差した先には一人の男が座って、こちらを見ていた。

 ふんわりとした栗毛に優しそうな顔。幼い顔のその男は自分と同じ年だと、エルシーは知っていた。

 彼こそが、エルシーをクビにした張本人。勇者アルスロッドだった。


「ダンナは、お前に合わす顔がないからって、わざわざオレが来たんだよ」

「あら、そう。ありがとう。アルにも挨拶した方がいいのかしら?」

「好きにしたらいいさ。ダンナは話したがっていたがな」


 しかしエルシーがどうするか決める前に、マリアーヌが行動を起こしていた。


「ドラゴン騎士団のリーダーじゃありませんか!?」


 そう言ってテーブルに一人座ってこちらの様子を伺っているアルスロッドへ歩み寄る。


「ドラゴン騎士団のリーダーって言うことは、勇者?」

「そうみたいね、お兄ちゃん!」


 兄妹にとっても憧れの存在が、そこにいたのだ。マリアーヌに続いて、二人も近づいていく。

 そうなってはエルシーも我関せずとソッポを向くわけには行かなかった。


「お久しぶりです。覚えていらっしゃるでしょうか? マリアーヌ・ベンデルフォンでございます」


 マリアーヌはスカートの両端をクイッと持ち上げて頭を下げた。


「ベンデルフォン卿令嬢ではありませんか? なぜこのような場所に?」


 アルスロッドは直ぐに椅子から立ち上がると、酒場の汚れた床に片膝をつき、頭を下げた。


「今はただの冒険者マリーですわ。面を上げてくださいませ」


 そう言われて立ち上がったアルスロッドは、サクヤよりも一回り背が低く、同じように細身だった。普段着用の青いズボンに、ベージュの厚手のシャツを着ているその姿は、ただの気のよさそうな若者だった。


「まさか、貴女がエルシーとパーティを組んでるとは思いませんでした。サクヤからは若い男女と組んでいるとは聞いていたのですが……」

「あなたはお姉様とは、どう言ったご関係なのですか?」

「昔の冒険者仲間よ。バードナや、そこのサクヤと同様にね」


 マリアーヌの背後から、エルシーが説明する。

 マリアーヌはゾンビ神父、もとい賢者バードナを思い出した。

 勇者アルスロッドと同じパーティということは、あのドラゴン騎士団の一員だということ。やっと、バードナこそ、地獄の天使長その人だと理解した。


「え、じゃあ、え!? お姉様はドラゴン騎士団の一員だったんですか? なんで何もおしゃってくださらなかったんですか? リーダーたちは知ってたのですか!?」


 大混乱のマリアーヌ。いつも大人しく淑女たれと育てられたマリアーヌが、ここまで慌てたのを初めて見た。


「うん。だってギルドから最初に元勇者パーティの一員だって、紹介されてたからね。それに俺の師匠はあの首切りお蝶だもん。あ! この名前で呼んだら蝶子先生に怒られる」

「あの武器屋にいた蝶子さん?」

「そうだよ」


 マリアーヌはドラゴン騎士団のメンバーの二つ名は知っているが、顔を知っていたのはアルスロッドだけだった。


「なんだ、坊主。蝶子の弟子か? よくあいつが弟子なんか取ったな? 自分が強くなることしか考えてないような堅物が……」


 サクヤの言う通り、基本的に蝶子は自分が強くなることしか興味がない。あとはナイスミドルな男性くらい。それでもトリステンと修行をする過程で心境の変化があったのではないかと、エルシーは思っている。


「その上、オルちゃんはバードナの弟子よ」


 なぜか、エルシーが自慢気に説明する。


「あの女恐怖症のバードナが!? このナイスヒップを?」

「そうよ。わたしも信じられないけど、事実よ」

「そうするとリーダーとオルちゃんはドラゴン騎士団の人たちの弟子で、お姉様はそのメンバーだったのですか!? みんなそんなすごい人たちだったんですね。わたくしの見る目は間違っていなかったのですね」


 マリアーヌはうっとりとした表情で天井を見上げて、自分の世界に入っていた。


「それで、ダンナ。エルシーは見つけたけど、どうするんだい」

「そうだね。なあ、エル。もう一度僕達とパーティを組む気はないかい?」


 エルシーをクビにしたのはアルスロッドだ。その張本人がクビにした人間を再度、勧誘している。

 普通であれば、何を馬鹿な、と一蹴する話だが、トップ冒険者からの誘いである。その上、エルシーが今いるのは駆け出し冒険者パーティだ。その誘いに乗ってもおかしくない。


「エル姉ちゃん……」


 オルコットは心配そうにエルシーを見ていた。


「うちの大事なメンバーを引き抜くのは、やめていただけないでしょうか!」


 トリステンはいつのまにか、エルシーの腕を握っている。

 その手は震えていた。

 冒険者として、雲の上の存在。そして憧れにして目標。自分たちとの差がどのくらいあるかもわからない。そんな相手に対して、対等に意見を言う。それにどれだけの勇気がいるのか、その手から伝わってくる。


「トリ君……」

「君は?」

「俺は、いや、私は平和の鐘のリーダー、トリステンです。今、エルねぇ、エルシーさんは私たちの大事なメンバーなんです」


 アルスロッドは爽やかな笑顔を見せる。


「そうですか。でも、たかだか、ポーターですよ。彼女はドジばっかりするでしょう。もっとマシなポーターを仲間にした方がいいんじゃないんですか?」

「ふざけるな! エル姉ちゃんのドジくらい、いくらでもカバーできらぁーー!! エル姉ちゃんを馬鹿にするな!!!!」

「そうよ! エル姉ちゃんのドジなんて可愛いものよ!」

「いくらアルスロッド様でも、お姉様を馬鹿にするのは許しませんわ!」


 三者三様アルスロッドに食ってかかる。まるで自分が誰を相手に話しているかを忘れたように。

 それを見たアルスロッドは、深々と頭を下げた。


「先程の言葉を撤回し、謝罪させていただく。エルシーを馬鹿にした発言をして、申し訳ありませんでした」


 トリステンとオルコットは驚いた。仮にも勇者と呼ばれた男が、十以上年が離れた駆け出し冒険者に謝罪した。それもあっさりと。


「エル、安心したよ。良い仲間に出会ってたんだな」

「ええ、わたしもそう思うわ」

「さっきは悪かった。ただ、君をまた、パーティに誘った事は本気だ」

「ダンナはまたドラゴン騎士団を復活させようと考えているのさ」


 蝶子の話から、当時のメンバーはアルスロッドとサクヤしかいないと聞いている。蝶子はすでに別のパーティが決まっているし、バードナは神父として働き始めている。エルシー一人戻ったところで、どうにかなるものでもないはずだ。


「蝶子達にも声をかけたが、断られた。僕自身もスキルが大幅に減ってしまっているから、一から鍛えなおそうと思ってはいるんだよ。ちなみにエルって僕に呪いなんてかけていないよね」


 アルスロッドは知らない。そもそもアルスロッドのスキルは、エルシーのユニークスキル『情けは人の為ならず』によって付加、強化されていたものが多くあったということに。そもそもエルシー自身が知らないのである。


「あなたに呪いがかけられるくらいなら、それを商売にしてるわよ」

「ははは、確かに」


 アルスロッドの瞳は笑っていなかった。


「まさか、わたしに『真偽の瞳』を使うつもりじゃないでしょうね」


 スキル真偽の瞳とは、相手が嘘をついているかどうか判別できるスキルである。レアなスキルで、ドラゴン騎士団の中でも、アルスロッドしか持っていない。


「まさか! エルは間違う事はあっても、嘘はつかないもんな。しかし、そうすると僕のスキルはなんで減っちゃったんだろうな?」

「知らないわよ、そんなの。それよりも、もうみんな帰りましょう。色々あったから、もう遅い時間よ」

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[良い点] エルちゃんにユニークスキル! やっぱりただのドジっ子じゃなかったんだね!
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