第21話 新米冒険者はヒップハンターに出会う
「ねえ、マリーちゃんって鑑定できる?」
「わたくし、装飾品としての鑑定スキルは持っていますが、魔具の鑑定スキルはあいにくと持ち合わせていませんの」
「じゃあ、装飾品として見てもらえる?」
渡された腕輪は、銀色の土台に楕円形の大きな赤い宝石が埋め込められ、金色の装飾が施されている。
素人目に見ても安くはない代物のはずだ。
「おそらく、三百万マル以上でしょうね」
「そんなにも! 魔具だったらそれ以上ってことね。みんなでこれから鑑定屋に行ってみましょうか」
四人と一武器は連れ立って、鑑定屋へ向かう。
街はそろそろ、夏祭りの準備を始めており、あちらこちらに星風鈴を吊るす準備を始めていた。
その通りの先から女性の悲鳴が聞こえてきた。それも一人や二人ではない。次々と悲鳴の声がエルシーたちに近づいてくる。
「なんだ?」
「みんな! お尻を隠して! 特にオルちゃん、マリーちゃん!」
トリステンとエルシーの声が重なる。
「え?」
「どういうことですの?」
エルシーの言葉に即座に反応したのたスティーブンだった。
すぐにマリアーヌの背後に立ち、周りを警戒する。
「きゃっ!」
オルコットの悲鳴が上がる。お尻を何者かに触られて。
誰が触ったのか探すが、見当たらない。
「サクヤ!」
エルシーは誰もいない空間に向かって、昔の仲間の名前を叫ぶ。
「あ!? 誰だぁ?」
エルシーが叫んだ方向と全く関係ないところから声が聞こる。
あれ? こっちだった。 まあ、あてずっぽだったし、まあいいか。てへ。
四人が振り返ると、そこには一人の男が立っていた
スラリと背が高く、細身の男。黒を基調にした服。なにより男の特徴は……。
「カッコイイ」
お兄ちゃんラブのオルコットでさえ、つぶやいてしまうほどのイケメン。切れ長の色気のあるタレ目。すっと通った鼻。甘いマスクの中に男らしいさのあるイケメン。
そのイケメンにエルシーは文句を言う。
「誰だ! じゃないわよ。もう忘れたの? わたしよ、エルシーよ。きゃっ!」
四人はその男を見ていた。見ていたはずなのに、男は目の前から消え、いつの間にかエルシーの背後でお尻を触っていた。
「ああ、エルシーか。ちょっと肉が付いたけど確かにエルシーだな」
「あなたね、そうやってお尻で人を判別するくせはやめなさいって言ってるでしょう」
「ノーヒップノーライフ!」
そう言ってニカッと笑う。その内容さえ考えなければ女性はうっとりとしてしまう爽やかな笑顔。
「エ、エル姉ちゃん。この人は?」
トリステンがオルコットをかばいながら尋ねる。
トリステンにはこのイケメンの動きが全く気がつかなかった。
蝶子のような超スピードではない。なにか、見えているのに気がつかない。ふと自分がよそ見をしてしまってのではないかという、不思議な感覚。
「ああ、彼はね。サクヤと言って、お蝶ちゃんやバードナと同じ、昔の仲間よ」
「ウィーっす。で? なんの用だ? オレはこう見えても忙しいんだぞ」
「忙しいって、女の子のお尻触って回ってるだけじゃないの」
エルシーの言葉にサクヤの顔をうっとり見ていた女の子二人は、思い出したかのようにお尻を手で隠す。
サクヤは不思議そうに首をかしげる。
「なあ、エルシー。お前は、道行く人に挨拶しないような冷たい人間だったのか?」
「普通の人は顔も合わせずに尻を触るのを、挨拶とは呼ばないの! アホなの? そのうち刺されるわよ」
「ノーヒップノーライフ!」
「あんた、それ言えばなんでも許されると思ってるでしょう!!」
「ちょっと、エル姉ちゃん。この人、師匠たちと同じ冒険者だったんでしょう。冒険職ってもしかして……」
オルコットはお尻を隠したまま、エルシーとサクヤの言い合いに割り込む。
「ああ、サクヤは盗賊職よ。マスターシーフよ。あ! ちょうどいい。ねえ、誰かいい盗賊職の冒険者知らない?」
「オレ。オレ以上の盗賊職はいないよ」
「そういう意味じゃないのよ。私たちのパーティに参加してくれそうな人はいないかって話よ」
「なあ、エルシーよ。オレは冒険者ギルドじゃないんだぞ。オレは誇り高きヒップハンターだぞ!」
「アホか!」
エルシーがサクヤの頭を叩こうとした瞬間、またみんなの視界から消えた。
「きゃっ!」
エルシーが悲鳴を上げた。
その背後に座り込んでお尻に頬ずりしているサクヤがいた。
「じゃあ、そういうことで、またな。今度会うときはもう少し、引き締めとけよ。そこのお嬢ちゃんはナイスヒップだ!」
「スティーブン! 捕らえなさい!」
「はい、お嬢様!」
スティーブンは華麗なステップで捕縛しようと近づくが、イケメン盗賊職は突風のようにどこかへ行ってしまった。
「お嬢様。申し訳ありません」
「まあ、仕方ありませんね」
無念そうに謝る執事姿の男に声をかけると、エルシーの方を向いて尋ねた。
「お姉さまと先ほどの王子様は、恋仲なのでしょうか?」
「は!?」
「ひ!?」
「ふ!?」
突然の質問に三人はおかしな声を上げる。
「そんなわけなじゃない、いくら顔がよくて腕のいい冒険者だとしても、あんなセクハラ男と付き合うのよ」
「ふぅーそうでしたの。わたくし、安心しましたわ……それであれば私にもチャンスが」
後半は独り言のように小さな声で呟く。
エルシーはその小さなつぶやきを聞き逃さなかった。
まずい、まずいわよ。スティーブンさん。恋に恋する箱入り娘が、見た目だけの変態に恋しちゃったわよ。お目付け役としてちゃんとマリーちゃんを教育しておいてね。
サクヤの奴をマリーちゃんに近づけさせないようにしないと。大事な仲間が変態に騙されるのを見過ごせない。
「マリーちゃん。さっきのことは野良犬に噛まれたと思って忘れるのよ」
「はい、お姉さま」
エルシーはマリアーヌの肩をガシッと掴んで目を見る。
返事は良いが、頬をほんのり赤らめて、恋する乙女の瞳をしていた。
だめだこの子……早く何とかしないと……。
「……マリーちゃん。鑑定屋に行くわよ!」
いい案が浮かばず、話題をそらすことにした。
よく考えたら、恋愛なんてしたことないわたしが、どうにかできるわけが無いよね。任せたわよスティーブンさん。
エルシーたちはヒップハンターの襲来にあいながらも鑑定屋へたどり着いた。
「間違いなく魔具だね。これ以上の鑑定は別料金になるけど、どうするかい?」
「いくら? それと、現状で引取り額は出せるの?」
「鑑定料は今の段階で一万マル、追加で十万マル。うちで引き取るなら鑑定料なしで三百万マルだね」
マリアーヌが鑑定した価格が最低ラインになる。おそらく魔具としての価格は加味されていない。追加の鑑定をどうするか。
「鑑定していただきませんか? 魔具であれば、わたくしどもの力になるのではないでしょうか? いらなければそのまま売ってしまえば、マイナスにはならないのではないのでしょうか?」
「そうね。わたしもマリーちゃんの意見に賛成ね。どうするトリ君」
パーティのことで最終的な判断はトリステンが行う。リーダーとしての権利と責任。
「……鑑定をお願いします」
「よし、わかった。だけど二、三日、時間をもらうよ。あと、鑑定料は前金だ。いいかい?」
「わかりました。よろしくお願いします」
こうして、とりあえず腕輪を鑑定屋に預けて家に戻ることにした。
「マリーちゃんたちも、今日はうちに寄って行ってね」
「はい、わかりました。お姉さま」
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