第12話 賢者バードナは初めて女性の弟子をとる
「助力、感謝します。私はパーティのリーダーのタラスケと申します」
冒険者のリーダーらしき男が、バードナに礼を言う。
きちんと頭を下げて、礼を尽くす。
「いえ、僕はこの教会を守っただけですよ。それよりも貴方がたが礼を言うのは、あちらですよ」
そう言ってバードナは、ほかの冒険者と一緒にゴブリンの死体を片付けているトリステンを示した。
タラスケはトリステンとバードナを見比べる。実力、年齢、倒したゴブリンの数ともに圧倒的にバードナが上だった。
「あなたは、このパーティのリーダーじゃないんですか? あれだけの実力があって」
「僕はただの神父ですよ。元冒険者だったというだけで……彼があのパーティのリーダーですよ」
「あんな子供が!?」
「そうですよ。あなた方の助けを求める言葉を聞いて、真っ先に飛び出し、なかなか的確な指示をしていたと思いますがね」
「そうなんですか。分かりました」
バードナに言われて、何とか納得したように返事をする。
タラスケはトリステンの所に行って声をかける。
「助かったよ、坊主」
「誰が、坊主だ!? ……あー! あんた、クエスト奪って行った、おっさんじゃないか!」
「あー、あの時の初心者じゃねえか。礼を言って損しちまったじゃねえか」
「あ、あー! どいて~! ごめんなさい!」
バケツを持ったエルシーは、いつものように小石につまづくと、男の頭からゴブリンの青い血をぶちまける。
「くっくせー、てめえ、何しやがる!」
「すみません。すみません。わざとじゃないんです」
「ふざけるな! キサマら! おまえら、行くぞ!」
男たちはゴブリンの角を十本だけ取ると、さっさと街に戻ってしまった。
「あいつら、俺らが初心者だと思って、なめやがって! エル姉ちゃんのドジもたまには役にたったな」
「いやいや、同じ冒険者なんだから、仲良くしなきゃ……今度、街であったら謝らないと」
トリステンはゴブリンの角を十本数えて袋に詰める。
「よし、これで依頼はクリアだな」
ゴブリンの角が入った袋をエルシーのリュックに詰めると、トリステンたちは教会へと戻った。
「神父様はお強いのですね。ドラゴン騎士団の『悪魔の天使長』と、どちらがお強いのかしら?」
はい、『首切りお蝶』と同様、本人が知らないバードナの二つ名。攻撃魔法、回復魔法の両方を使うバードナーはほかの冒険者パーティより、そう呼ばれていた。この二つ名も本人は知らなかったのだが。そしてこのマリアーヌの言葉も、自分自身の悲鳴でかき消してしまった。
「きゃー! エルシー、助けて!」
先程まで、ゴブリン相手に堂々と魔法を放っていた姿とは、別人のように逃げ回る。
「マリアーヌ様、ちょっと落ち着いてください。バードナが怖がってます。それよりも領主様の病気に一薬草が必要なんですよね」
「ええ、そうでしたわ。でも、先ほどのお話では今の時期、一薬草の花は咲いていないというお話でしたよね」
「そうなんですが……バードナ、あなたストックはないの?」
エルシーは背中に隠れている背の高い神父に問いかける。
「僕のストックは全て、君が持って行ってしまったじゃないか。あの日、僕たちの元から去っていったときに」
「ああ、ちょっとまってて」
エルシーは慌てて、リュックを持ってきて、中から薬草を取り出す。
「それじゃない。小瓶に入っている奴。一薬草のエキスを入れてる小瓶」
「ああ、はいはい、これね。あげちゃっていいのかな?」
手のひらにスッポリ収まる程の小さな小瓶に真っ赤な液体が入っていた。
「ええ、いいですよ。ただし、薄めて使ってください。これだけで一薬草百キロ分ありますからね。医者に渡せば後はやってくれるでしょう」
「だ、そうですよ」
エルシーは、バードナの言葉を聞いている領主の娘に、小瓶を渡す。
「ありがとうございます。これでお父様は助かります。お礼をさせていただきたいのですが、何がよろしいでしょうか?」
マリアーヌは大事に小瓶を受け取ると、嬉しそうに小袋にしまった。
「それなら、バードナ。この教会を直す人と材料をお願いすれば? あなた不器用なんだから、なかなか先に進まないでしょう」
「いいのかい。そうしてもらえると助かるんだが、あと人はすべて男性で」
「はいはい、だそうですよ。マリアーヌ様」
「そんなことで、よろしいのですか? もっと、他にあれば言ってください」
「トリ君、そう言ってるけど、何かある?」
エルシーはリーダーに話を振る。
「俺たち、平和の鐘っていう冒険者パーティなんです。まだまだ駆け出しですけど、何かあったら依頼をください。多く依頼をこなして、早くランクを上げたいんです」
マリアーヌはまじまじと平和の鐘のメンバーを見て、にっこり笑う。
「わかりましたわ。お父様にも今回の件、平和の鐘さんが依頼を達成してくれましたと報告しておきます」
「あ、あたしからお願いがあるんですが……」
それまで、静かに話を聞いていたオルコットが意を決したように、手を上げた。
「何でしょうか?」
「マリアーヌ様に、じゃないんですが……バードナさん、あたしを弟子にしてください。お兄ちゃんと肩を並べられる魔法使いになりたいんです! お願いします!」
オルコットは可愛らしい頭を深々と下げて、ゾンビ顔の賢者にお願いする。その言葉に一番動揺したのはその賢者だった。
「え、あ、えー! エルシーどうにかしちぇー」
そう言って、かつての冒険者仲間に助けを求めるバードナに対し、エルシーは少し考えこんでいた。
「バードナ。あなた、これからここで神父として迷える人々に救いの手を差し伸べるのよね。だったら、そろそろ女性に慣れたほうが良いと思うのよ。オルちゃんはすごく良い子だから、大丈夫よ。私は魔法使いとしてあなた以上の人も知らないし、適正なんじゃない? ちなみにトリ君はお蝶ちゃんの弟子よ。元冒険者仲間とその弟子の妹の頼みを断るほど、あなた薄情だったっけ?」
そう言われて、脂汗をかきながら、もともと青い顔がますます青くなっていっていた。
「師匠! あたしが女性だからダメっていうのなら、胸は包帯で抑えて、男物の服を着ます。髪だってお兄ちゃんのように短く切ります! エル姉ちゃん、ナイフ貸して!」
そう言うと、オルコットはエルシーのリュックの中からナイフを取り出すと、自分の海のように青く長い髪を短く切ろうとする。
「オルちゃん!」
その行動は素早く、エルシーやトリステンは唖然と見守るだけだった。しかし、そのナイフを持つ腕をつかむ、手があった。まるで骨と皮だけのようで節が大きく、長い指。
「やめなさい!」
オルコットとまともに話すことすらできなかったバードナの初めての会話だった。
ナイフを奪うと慌てて、手を放し、また距離を取るバードナ。
「わかりました。わかりました。僕にできる限りのことはします。だから、そんなことはやめてください」
女性恐怖症の賢者バードナが初めて女性の弟子を取った瞬間だった。
教会からの帰り道、トリステンはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、なんでバードナさんは、エル姉ちゃんとだけ普通に話せるの?」
「あら、私だけじゃないわよ。お蝶ちゃんとも普通に話せるわよ」
それを聞いて、トリステンとオルコットはやはり、長い間苦楽を共にしたパーティは通じるものがあるんだと感心していた。
しかし、真相はエルシーも蝶子も性別として女と認識しているが、バードナの中で女性と思っていないだけであった。バードナの女性恐怖症の正体は、女性に対して免疫がなく、女性を前にすると極度にあがってしまい、どうしていいかわからなくなり、最後に悲鳴を上げて逃げてしまうというものであった。
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