第1話 クビになったドジっ子ポーターは新米冒険者とパーティを組む
趣味まるだしのコメディーファンタジーです。
笑って楽しい気分になって貰えれば嬉しいです。
「お前はクビだ!」
この日、勇者にクビを言い渡されたのは、長年パーティの荷物持ちをしていたエルシーだった。
勇者が勇者と呼ばれる前の新米冒険者のころからの付き合いだったが、とうとう、今日クビを宣告されてしまった。
クビを宣告された理由は簡単。エルシーは生粋のドジっ子なのである。ことあるごとにドジを発動させる。生命力を回復させるポーションを渡そうとすると、転んで頭からかけてしまったり、料理の砂糖と塩を間違えてしまったり、まあ、勇者と一緒にいた十年間で、ありとあらゆるドジをしてしてきた、生粋のドジっ子である。
ただし、エルシーに悪気はない。ドジをしないように気を付けて、別のドジを踏む。
勇者はドジをしては謝るエルシーをずっと許し、フォローしてきた。それは決してエルシーの胸とお尻が大きいからではない。何かあるとすぐ抱きついて、その大きく柔らかい胸を押し付けてくるからではない。決してない!
悪気がなく、頑張り屋のエルシーのことをよく知っているからだ。おそらく……。
しかし、雲行きが怪しくなったのはここ半年。パーティに新しい魔法使いが加わったからだ。
若い女魔法使い。エルシーほど胸が大きくはないが、スタイルは良く、妖艶な雰囲気と服装をしている。色気も露出も少ないエルシーとは真反対のセクシー系女魔法使い。戦えば優秀。目の保養にも抜群。その女魔法使いはドジっ子エルシーのことを快く思わないのは、テンプレである。ことあるごとに勇者にエルシーをこのパーティから外すように、巧みに進言する。
とうとうこの日、その女魔法使いの戦略が見事に成功したのだった。
~*~*~
「だめね。どこも組みたがらないわよ。あなた有名すぎるのよ」
深い緑の髪を肩で真っすぐ切りそろえ、メガネっ子として有名な冒険者ギルド受付のマーヤがため息交じりに、答える。
古い木のカウンターに、ぼさぼさの長い黒髪を広げながら涙をにじませる一人の女性。前髪が長く、その瞳が隠れるほどだった。座っていても背が高いことがわかる。そして背だけでなく、粗末な服の上からでもわかる大きな胸とお尻。むっちり系女子が好きな男なら喜んで口説きそうなプロポーション。
それが勇者パーティをクビになったポーターのエルシーの姿だった。
「冒険者パーティじゃなくてもいいから、お仕事ないの?」
「あなた、うちが何の仕事してるかわかって言ってるの? 冒険者ギルドよ。ぼ・う・け・ん・しゃ! このダンジョン都市ガタリナで一番の冒険者ギルド! 冒険者の斡旋、パーティの派遣、モンスターの討伐や素材調達の依頼の斡旋。それがうちのお・し・ご・と。わかった? 戦闘もできない、魔法も使えないポーター単体に斡旋する仕事はうちでは取り扱ってないの。わかったら、その陰気臭くて、無駄にデカい体をどけてちょうだい。大体、ドジでパーティをクビになっただけでも、ほかで組んでくれないのに、クビになったのがあの勇者パーティなんだから、普通に考えて、どこもパーティを組んでくれないわよ」
「うぎゅ~。マーヤちゃん、冷たいよ~。新人の頃はあんなに初々しかったのに~」
「五年も荒くれもの相手に受付してれば、こうもなります。ポーター探しているパーティがいたら、優先的に推薦しておきますから、もう帰ってください。あ! ドア壊さないで下さいよ」
仕方なく席を立って、ギルドを後にする。
ここガダリナはダンジョン攻略のためにできた都市である。
魔界に続いていると言われる古代のダンジョンが発見され、初めの探索者によって珍しい魔具が発見されてから数十年、ダンジョンで珍しい魔具、財宝の探索、ダンジョンに蔓延るモンスターからとれる素材を求めて、数多くの冒険者が集まるようになった。
人が集まれば、街ができる。元々街道から少し入ったところという立地条件もあって、あっという間に大きな街へと発展した。
エルシーもその冒険者にあこがれて、十年前にこの街へやってきた。
十五歳の時だった。
その時、初めてパーティを組んだのが、ひと月前までパーティを組んでいた勇者だった。
生まれて初めて冒険者パーティを組み、十年間ずっと一緒だった。そのためエルシーは、ほかのパーティがどのような感じなのかよくわからない。その上、十年ポーターしかやっていなかったエルシーには、ほかにできる仕事が思い浮かばなかった。戦闘能力があるわけでなし、魔法が使えるわけでもなし、特殊スキルがあるわけでもない。
「ドジって、スキルに入るのかな?」
ある日、パーティの皆にそう聞いたら、みんなに「それスキルだったら、マイナススキルだから」と笑い飛ばされたのが、今では懐かしく感じる。
そんなことを思い出しながら角を曲がると、胸になにかぶつかる感触があった。
「いたっ! ……くない? なんだこれ?」
胸から男の子の声がすると、そのままムニムニと胸をもまれた。
「きゃ~」
悲鳴を上げて思わず、突き飛ばしてしまう。
「お兄ちゃん、大丈夫? あなた! お兄ちゃんに何するの!?」
男の子が後ろによろけると、その後ろで女の子が支えた。
青い長いサラサラの髪の毛、天使のようなかわいらしい顔の赤い瞳は、怒りで見開いていた。
「え、だって、胸をもまれたから、びっくりして……」
「だ・か・ら、なんで、あたしの大事なお兄ちゃんに、そんな脂肪の塊をもませるのかって言ってるのよ。お兄ちゃんはあたしみたいな、ささやかな胸が好みなんですからね! このデブ!」
え!? おっぱいをもまれた上に、なんでわたしが罵倒されるの? わたしが悪いの?
「まあ、まあ、オル。今のは俺が悪いんだよ。ごめんなさい、お姉さん」
「あ、わたしもびっくりして突き飛ばして、ごめんなさい」
赤い髪を綺麗に短く切りそろえ、妹同様、さわやかでかわいらしい男の子は素直に頭を下げた。
「オルもひどいことを言ったんだ。さあ、謝って」
妹の赤い目と対照的に青い目を持つ男の子は、キッっと妹を見つめる。
「お兄ちゃんがそう言うなら……ひどいことを言ってごめんなさい」
かわいらしくぺこりと頭を下げ、さらりとした長い髪がこぼれ落ちる。
「いいのよ。ぶつかった私もわるいんだから。それより二人は冒険者なの?」
エルシーの胸ほどしか背丈のない男の子だったが、革でできた胸当てと籠手、それにブーツを身に着けている。腰には剣をつけていた。
女の子のほうは紺色の厚手のローブに魔法使いの大杖を持っていた、ふたりとも典型的な新米冒険者の装備。
ああ、初々しいな~。よく見ると二人とも可愛いな~。なんかお姉さんの母性本能くすぐっちゃうな。あ! よだれ出てないよね。
「はい、と言っても。これから冒険者ギルドに行って、登録するのですが……」
エルシーのよこしまな瞳に気が付いたのか、オルと呼ばれた女の子は兄の背中に隠れて睨んでいる。
なんか、拾ってきたのら猫みたいで可愛いな~。
「どの冒険者ギルドに登録するか決めてるの?」
「ええ、この街で一番大きい、『ドラゴンの髭』に登録しようと思ってるのですが……場所がわからなくて」
そう言って、ハニカミながら赤毛の頭を掻く姿が妙にかわいかった。
「いいわよ。お姉さんが案内してあげる」
「本当ですか! ありがとうございます。お姉さん……あ! 俺はトリステンと言います。こっちは妹のオルコットです」
「わたしはエルシーよ。わたしもドラゴンの髭に登録している冒険者なのよ。さあ、こっちよ。あわわわっ」
「危ない!」
そう言って振り向いたとたん、石畳につまづいて、転びそうになったところを、とっさにトリステンが腕を力強く引いてくれたおかげで、顔から石畳に突っ込まなくて済んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう。助かったわ」
小さくても男の子なんだな。力強~い。いやいや、お姉さんとしてしっかり道案内しないと。
歩いて五分としないうちに、先ほど出てきた冒険者ギルドに戻ってきた。
「マーヤちゃん。お客さん連れて来たわよ。新規登録者だって」
「いてぇ!」
勢いよく開けたドアが、ちょうど部屋から出ようとしている男の人にぶつかった。
「ご、ごめんさい」
「てめえ、ふざけるな! 慰謝料出しやがれ!」
冒険者らしい人相の悪い男はエルシーをにらみつける。冒険者と言ってもただのポーターのエルシーが、屈強の男に睨まれると、怯えて震えるしかない。
「ちょっと、待て。勢いよくドアを開けたお姉さんに問題があるかもしれないが、ドアの向こうに人がいるなんて気が付かないじゃないか。ただの事故だよね。おっさんも戦士なら、お姉さんが開けたドアくらい受け止めなよ」
どう見ても、自分よりも強い相手に真っ向から文句を言うトリステン。その後ろでオルコットはいつでも魔法を使えるように準備していた。
「タラスケさん、エルシーさん、ギルド内でのもめごとはご法度ですよ。登録抹消されたくなければ穏便に解決してください」
カウンターの向こうからメガネがきらりと鋭く光る。
「ま、まあ、今回だけは許してやるよ。気をつけな」
冒険者ギルドの登録を取り消されると、再登録を行うか、そのほかの冒険者ギルドに登録するしかない。どちらにしてもランクが下がってしまうため避けたい。
仕方なく男は捨て台詞を残して去っていった。
「はぁ、だから、いつもドアは静かに開けてくださいと言ってるじゃないですか」
「ごめんなさ~い。みんな、助けてくれて、ありがと~」
涙目で頭を下げるも、やり手メガネっ子受付は、またかとため息をつく。
「はいはい、それで君たちは新規登録ね。これに必要事項書いてね」
素直に二人が登録書を記入していると、マーヤがちょいちょいと手を振ってエルシーを呼び寄せた。
「どこで拾ってきたのか知らないけど、チャンスじゃないの? 新米だから大きなクエストはできないでしょうけど、あなたの評判を知らない貴重な冒険者じゃない。一緒にパーティを組んだらどう?」
ああ、全く考えてなかった。二人だけのパーティ。戦士と魔法使い。当然、ポーターは必要になってくるだろう。可愛い男の子と女の子と冒険の旅! 年上のお姉さんとして頼られる、わたし。いい、想像しただけで、ご飯三杯食べられそう。
よだれを垂らしながら、ガシッと握手する。
「よろしくお願いします」
「まかしといて。でも、よだれは拭いといてね」
そんな女同士の密約を知ってか知らずか、登録書を書き終えた二人は受付嬢に声をかける。
「はい、記入漏れはないわね。登録料もいただきました。それでこのギルドのルールについてだけど、初心者講習を受けてもらいます。これは一日講習を受けてもらうんだけど、別料金で一人、十万マルになります」
マルはこの世界の通貨の単位である。ちなみに店で昼食を食べると大体、五百から千マルくらいになる。
「え、二人で二十万マルも!? 登録料だけだと思ってた……」
「どうする? お兄ちゃん」
悲しそうに顔を見合わせるふたり。その顔も可愛い。雨に打たれている子犬みたい。
「初心者講習を免除する方法もありますよ」
二人は雨上がりの空のようにぱっと明るくなる。
「どうすればいいんですか?」
「パーティにギルド歴三年以上の冒険者がいれば、初心者講習は不要です。その人から個人的に講習を受けてください」
「え、でも俺たちこの街に来たばっかりで、一緒にパーティを組んでくれる冒険者なんて……」
「お兄ちゃん……」
オルコットが心配そうに、兄の手をぎゅっと握っている。
「それでは、ご紹介しましょうか? これはギルドからの紹介ではなく、今回は特別にわたくしマーヤの個人的な紹介ですので、紹介料も不要です。冒険者歴十年の大ベテランにして、元勇者パーティの冒険者なんていかがですか?」
目を真ん丸にして驚いているふたりの顔も可愛いな、ってちょっと待ってよ。マーヤちゃん。その紹介、何一つ間違ってないけど、なんかすっごくハードル高くなってない?
「そんな、すごい人が俺たちみたいな初心者冒険者とパーティ組んでくれるんですか?」
「それは本人に聞いてみてください」
「わかりました。それで、その人はどこに?」
エルシーは申し訳なさそうに、手をあげる。
三人はエルシーを見たあと、トリステンは言った。
「それで、その人はどこに?」
なんでトリステン君、同じことを二度聞くの~。ほら、ハードル上がりすぎだって! ただでさえ、体重が重いんだから、そんなハードル越えられないよ~。
「そこの、エルシーさんですよ」
二人のえー! と言う声が胸をえぐる。そうだよね。そうは見えないよね。でも、事実なのよ。
「間違いなく、ギルド歴十年の大ベテランだから、安心してください」
「勇者と一緒のパーティだったって本当ですか? 凄い!」
「勇者って、本当に三首竜を倒したんですか? その時、お姉さんも一緒だったんですか?」
マーヤが説明を続けるより先に、二人の質問がマシンガンのように飛んでくる。
「え、ええ、まあ……ちょっと落ち着いて」
「俺たち勇者に憧れてるんです」
キラキラと目を輝かせて、エルシーを見るふたり。ああ、眩しすぎてお姉さん、逃げ出したい。
それを感知したのか、マーヤがガシッと手首を抑えて、首を横に降る。
メガネが光ってる時のマーヤちゃんは本気だ。逃げられない。覚悟を決めよう。わたしはお姉ちゃんなんだから!
「えへぇ、そうよ。勇者が新米冒険者の頃から十年パーティを組んでたわよ」
声が裏返ったけど、間違ったことは言ってないわよ。
「凄い。そんな人が俺たちのパーティに加わってくれるんですか!?」
あまりにまっすぐ純粋に、エルシーをパーティに誘う姿に同情した別の冒険者が口を挟もうとしたが、マーヤのひと睨みで黙ってしまった。
「すまんな。小僧」
そう、小さく独り言を言って。
「ええ、良いわよ。お姉さんにドンと任せなさい」
「やった!」
ふたりが喜んだ隙に、マーヤがパーティ登録をしてしまう。
「はい。これで三人はパーティよ。パーティ名はどうする?」
「それはもう、決めてるんです。『平和の鐘』」
エルシーとマーヤは驚いた。数多くパーティ名を耳にしたが、平和と言う言葉を使うパーティはいなかった。
どのパーティも他のパーティに舐められないように、勇ましく、カッコいい名前をつけていた。あの勇者パーティも三首竜を倒してから『ドラゴン騎士団』と名乗っている。
「ねえ、トリステン君。どうしてその名前に決めたの?」
「うちの村、結構な田舎なんですよ。日常的にモンスターが出たり、近くで領土争いの小競り合いがあったり……なので、俺たち力をつけて、村を平和に暮らせるようにしたいんです」
え、ええ子や。可愛いだけじゃなくて、夢も思いやりもある、ええ子や。わたし、そんな子たちによだれ垂らしてたの? いけない。この子たちを立派な冒険者にしないと! お姉ちゃん頑張る!
「離して! この肉ダルマ!」
思わず、ふたりを抱きしめていたエルシーは、オルコットの言葉に我に返る。
「よし! お姉ちゃんが、ふたりを一人前の冒険者にしてあげる!」
エルシーは上機嫌で、ふたりを連れてギルドから出て行った。
「大丈夫かな? あのふたり」
エルシーは張り切れば張り切るほど、ドジっ子大爆発になるのを、マーヤは知っていたからだ。
感想お待ちしております。
一言だけでもお願いします。
書くのが面倒なら「面白かった!」でも「ドジっ子サイコー!」でもいいですよ。