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パロメーターが、から揚げになったので、おつかいクエストに出ることにしました

作者: たかとう

「今日もお疲れさんでしたーっと」

俺は、スーパーで安売りしていた弁当を日々の楽しみにしているしょうもない男だ。

レンチンしながら、買い置きしてある豚汁に入れる湯を沸かす。家に帰ってからのシミュレーションを帰路でしていた。三輪車がぶつかってきた。三輪車といっても、幼子が乗るものではなく、田舎でよく見かけていたタイヤが三つの車だ。

生まれてから虫歯以外健康を害したことがなかった。しかし、この通り、俺の身体は宙を舞い、何かにぶつかった。

弁当、食いたかったな。腹が減ったまま死ぬなんて。

遺言がこれでは、両親も浮かばれない。

「私のから揚げ、どこ? 」

目を開けることが出来た。痛みもない。目の前にいたのは、包丁を片手に持った真っ赤に染まった女の子だった。

俺は、気絶した。

目が覚めた。周りを見渡すと、見知らぬ場所だった。灰色のブロックで出来ている打ちっぱなしの小屋。海外ドラマで見た拷問部屋と似ていた。酸っぱくて苦い臭いと、真っ黒な血しぶきがところどころに散らばっている。何故か、焦げ跡がところどころにある。

出口はない。体も縛られている。

よし、座して死を待つしかない。

しかし、その前に腹が減った。腹が減ったまま死ぬのは、とても悲しい。

「腹、減ったなあ。」

「お腹空きました? 空きましたよね。私もお腹が空きましたよ、から揚げさん」

下から女の子が這い出て来た。見れば、女の子が出てきた場所は、貯蔵庫になっていた。古びた缶詰が入っている。パッケージに描かれている文字は、現実では、見たことのないものだ。

「俺の名前は、から揚げじゃないよ」

「から揚げです。だって、から揚げがあった場所から出て来たんですから」

「どういうこと」

「簡単に言います。魔王さんに献上するはずだったから揚げが、爆発したら、貴方が来ました。どうやら、手順を間違えて、同等の価値があるものと交換されたみたいです」

「待って、爆発? から揚げって爆発するの? 」

「何か爆発しました」

「それから、等価交換で俺、参上したの? 」

「はい。なので、ほら、鏡を見て下さい」

女の子が鏡を渡してきた。額にから揚げ、と文字が浮かんでいた。

「なにこれ、格好悪! 消えないし! 」

「なので、私以外の貴方は、から揚げに見えています」

じっと、女の子を見る。女の子は、片目だけを細めて笑った。

「疑っていますね。では、ケロちゃん、かもーん」

「ぐっひゅるるるる」

情けない鳴き声に反して、この世のすべての邪悪を詰め込んだような頭が三つの犬が表れた。涎を垂らして、牙を見せて、こちらを睨みつけてきている。獲物は、俺。その犬の眼を見れば、俺はから揚げになっている。

「すんません、勘弁してください」

俺は、土下座をした。女の子は慌てて、ケロちゃんと呼ばれた犬を亜空間にしまった。

「プライドが大安売り!! え、私が言えたことではありませんけれど、命乞いを十も離れた子にして、恥ずかしくないんですか! もっと、戦うものかと! 」

「あのバケモンを簡単に出せる次点で、俺の知っている女の子ではない」

「ま、そのほうが都合がいいですが。えへん。では、今からから揚げを作り直します。召喚魔法は失敗したので、普通に料理をしていきます。ただ…」

女の子は、眼を逸らして、唇を鳴らした。

「恥ずかしながら、私、料理がド下手で。お手伝いをして欲しいんです」

「だったら、ほら。俺、から揚げ弁当持ってきたんだ。これじゃあ、駄目か? 」

女の子は、野球選手もびっくりなスライディングをし、片手に持った弁当袋を奪っていった。

「うっひゃほい! ありがとございまーす! これで、貴方も帰れますよ! 」

「喜んでくれて嬉しいよ」

「あ、その前に温めますか」

女の子は、亜空間をまさぐり始める。電子レンジでも出すんだろうか。というか、ここは、どういった文化がある世界だったんだろうか。コンクリートの建物があるから、普通に俺のいた世界だと思った。しかし、あの頭が三つの化け物犬が亜空間から出てきた時点で、俺のいた世界じゃなかった。

まあ、過ぎた話だ。

弁当がなくなったから、飯は、家にある白ご飯をレンチンして、さば缶を、マヨと醤油で適当に解して、ぶっかけるか。それから、教材作って、風呂入って、寝れたら寝るか。

「ファイアー!! 」

叫び声が聞こえたと思ったら、爆音が響いた。地は揺れ、から揚げだったものが、弾き跳び、壁を汚した。白飯が地面にこびりつき、キャベツだったものが離散し、汚い花火になった。遅れて、中身が入っていた容器が溶けて、地を汚した。

可哀想な物しか、残らなかった。

両手を合わせて、ごめんなさい。

「何でいつもこうなんでしょうか。政府の陰謀? 見えない電磁波の仕業としか思えません。そうです。魔王が私を困らせて、笑っているんですね」

女の子は、その小さな身体を大の字にして、天井を指さしている。

「見て下さい。から揚げさん。あの点と点、何だか、お肉の形に見えませんか」

「只の焦げ跡だよ。現実逃避はいいから、材料を揃えよう。そして、俺を帰らせてくれ。子どもたちが待っているんだ」

「子供がいるんですか。じゃあ、現実逃避、辞めます。子供を待たせては、いけません! 」

そう言って、手を使わず、腹の力だけで、起き上がった。腹筋でサイコロステーキが作れるんじゃないのか。

「それでは、クッキング、開始です! 」



<1:魔法の粉を手に入れよう>

「市場です! 」

俺の眼には、近所のスーパーマーケットに見える。

けれど、並んでいる品が見たことない物ばかりだ。マンドラゴラから、ドラゴンの量り売りまでされている。うわあ、血液パックもあった。

女の子は、並んでいる品に目もくれず、何故か従業員入り口へと向かっていく。

「ちょっと、そこ、お店の人のドアなんじゃ」

「少し静かに」

女の子は、リズミカルなノックをした。

『不思議な薬は? 』

ドアの向こうから、質問が投げかけられた。

『良い薬』

女の子は、答えた。扉が僅かに開き、乱暴に一つの麻袋が地面に投げつけられた。

「よし、トイレを探していた振りをしながら、この店を出ていきますよ」

「ねえ、それ、何だ」

「魔法の粉です」

「袋が溶けかけていないか? 」

「あ、ちょっと吸っちゃいました? 後で、トイレ寄って、鼻うがいしてくださいね。すぐに対処すれば、大丈夫ですから」

女の子は、にこやかに笑いながら、溶けているように見える袋を、さりげなく、コートのポケットにしまいこんだ。

「ねえ、それ、何だ? 」

「だから、魔法の粉ですよ。とっても、良い気分になれるものです。最初は」

俺は、急いで便所に駆け込んだ。女の子は、お店の人に何か聞かれていた。怪しまれてはいたんだろう。だけど、女の子が、俺を指さして、離すと、お店の人は、頷き、去っていった。

▽まほうのこなをてにいれた!


<2 鶏肉を手に入れよう! >

「このムピョラポカモチャン占いだと、この辺に鶏人間がいるんですが」

「何なんその占い。ていうか、鶏人間って、なんだ!?」

「知らない? ムピョラポカモチャンを刻んだボンバカバンダイズモモとごま油であえてから、三時の方向に向いて、ナマモンナマモンカッタルゲージンと唱えて、隣人と共にパスカスパルカルビスをモラルカナーナするの」

「そこじゃなくて! 鶏人間だよ! 」

「えー。鶏人間っていうのは、鶏肉が取れる生き物ですよ。から揚げさん、から揚げって、鶏肉から出来ていたんですよ? 知りませんでした? 」

きょとんとした顔で、子供に教えるように、俺に教えてくる女の子。いや、知っているけど!

「あ、そうこうしているうちに、第一鶏人発見」

女の子が指さす方向には、確かに、鶏がいた。

頭が鳥、頭の下は、ムキムキごつごつの人間の身体。簡素な布を巻き、井戸から水を汲もうとしていた。

「好機」

「はい?」

じゃきん。女の子は、いつの間にか物騒な刃物を持っていた。爺ちゃんが持っていた銃だ。それから、腰に下げたるは、鋭い鎌だ。

「私が、あの鶏を後ろから追い回すので、から揚げさんは、さっき家屋に戻したテレポーテーション屠殺小屋へとおびき寄せて下さい。助ける振りをするんです。貴方、見た目は同類に映っていますから。閉じこもったあと、お水でも入れる振りをして、貯蔵庫に閉じこもって下さい。シェルター代わりにもなりますので」

そして、女の子は、見慣れた青いタンクをもう片方の手に持っていた。灯油だ。

「これを家屋の外に撒き、燃やします。仕上げにさっきの魔法の粉をかければ、完・成☆ 私ってば、ちょー賢い!」

「ちょーあくどいよ! ドン引きだよ! 何爽やかに犯行声明あげているんだ! 」

「あ、から揚げさんって、お肉はレアが好みですか。この世界のから揚げは、食中毒も兼ねて、火加減は、しっかりとするんですよ」

「火加減の問題じゃない! 」

「あ、衛生の問題ですか? 確かに、洗わないで、そのまま焼くのは、いけませんよね。でも、燃やしたときに、飛びますから問題ないですよ」

「そこでもなく!」

「あ、臭いですか!大丈夫です。魔法の粉が全て解決してくれます! 」

「どう解決するんだあの粉! マジで怖いんだけど!? ていうか、これ、犯罪じゃないのか!」

「そうですけれど? 」

「そうですけれど!? 」

女の子は、舌打ちをした。舌打ちになりきれていない、かわいらしい音を出した。けれども、顔つきは精悍な狩人のそれだった。

「あのですね。ここでは、食べ物は意志を持っているんですよ。好意的に食われてくれるのなんて、ほんのわずか。それなのに、その少数を魔族に食われている。」

嫌な世界だ。一刻も早く帰りたくなってきた。そして、同情した。そんなんじゃ、草くらいしか食べれるものがないんじゃにか。

「だから、一つを見つけたら、根絶やしにする勢いで、屠る。あいつら、ひとつ逃すと、大量に仲間を引き連れてきて、ひざかっくんしてくるんですから」

「しょっべえ攻撃! 」

「私の友人は、それで死にました」

「どんなひざかっくんだよ! 」

気が付けば、鶏人間たちが、逃げていた。

また、女の子は、舌打ちになりきれていない舌打ちをした。

「まずいですよ。やられる前にやる、と仲間を引き連れて、こちらを潰しにかかりそうです」

作戦も聞かれていたんじゃないか。この流れでいくと、俺達が小屋に閉じ込められて、こんがりミディアムに焼かれる流れでは。

「かくなる上は、こちらも村を襲撃しましょう」

こうして、戦争が起きるんだなあ。

そう、僕は思いました。

そして、村にやってきた。

煉瓦造りで出来た家、モザイクガラスが綺麗な教会に、じいちゃんの家の裏庭にあったものとそっくりな井戸。顔立ちは、鶏だが、身体は人の鶏人間体が健やかに穏やかに過ごしていた。

「井戸に毒を入れたいところですが、食べる物ですからねえ。魔法の粉が解決してはくれないでしょうし。仕方ない。互いに疑うように、仕向けますか」

穏やかじゃないことを隣で呟く、少女が一人。

「よし。から揚げさん。貴方、村に入って、鶏人間のフリをした人間が入って来たぞ! と言って下さい。私は、その間に、あそこで遊んでいるひよこ人間ひとつを、こきゅっ、としますから。気絶しているひよこ人間を見れば、互いに戦い合うでしょう。見た目は、人でも、頭は鶏ですからね、そこを、漁夫の利で

「あの、逐一火種を起こそうとするのは、止めない? 」

「はっ。花の蜜みたいに甘い人ですね。ひとつ奪われたら、あやつら、その穴を埋めるために、仲間を一斉に引き連れて、人を鶏にしようとするんですよ」

「さっき、死んだっていうのは? 」

「人としての死、ですかねえ。ちなみに、ひざかっくんは、隠語ですよ。」

「哲学的な死! 何よ、そのなぞなぞみたいなホラー! じゃあ、もしかして、さっき指指したひよこ人間って」

「はい。私の友達です。ほら、首のところに金色のネックレス。あれ、私があげた物なんですよ」

重い。深夜に食べた揚げ物よりも重い。

せめてもの弔いなんか。そげなこと、知らんかったなあ。ただの非道なテロリストだと思っとった。

「よし、やろう」

覚悟の準備は、出来た。

「ありがとうございます。ですが、もう一つ、手がありました。そちらにしましょう」

「俺の湧き上がった覚悟の行方は? 」

「から揚げさんがから揚げさんだったこと、忘れていました。今から、鶏人間一人、口説きに行って下さい」

「何ゆえ!? 」

「あきねいたあです」

「ネゴシエーターじゃないか?」

「それです。要は、食い物になるよう、説得しに行ってください。はい、ごー」

「お前は、何をやるんだ」

「物陰に連れて行って下されば、後ろから、狙い打ちます」

「これ、テロ行為じゃ」

「何かを得るには、何か犠牲が必要なんですよ。さもなければ、貴方が、最期の晩餐となります」

女の子の口から、ぼとりと、何かが落ちた。脱脂綿だ。涎がだらだらと、女の子の口の端から垂れてきている。

「私、お腹、とても、空いている」

「よし、お父さん、頑張っちゃうぞー! 」

狩らなきゃ、食われる!

「あのー」

「はい? あ、貴方、その身体…魔族の仕業、ですか? 」

「ええ、あ、はい、そうです」

やはり、鶏人間からは、から揚げに見えているらしい。

鳥人間は、一鳴きし、どこを見ているか分からない目になった。

「よく、御無事でした。どうぞ、疲れたでしょう。私でよければ、お話を、聞きますよ」

「え、あ、よく、覚えていなくて」

「記憶を失われるほどに。さぞかし、痛い目に遭ったのですね。おかわいそうに」

鳥人間は、骨ばった両手を組み、祈り始めた。その手つきには、母親のような慈愛を感じた。

「はい、どーん!」

眼の前の鳥人間は、倒れていた。

「よし、これにつられて、鶏が一杯きますね。そこを今から、ダムの水で流すか、火で囲いますから、そのままにして、逃げてきてください」

「慈悲は!? 」

「あのですねえ。貴方は、今、肉になっていますけど、人に戻れば、攻撃してきますよ? 同族だから、優しい種族なんです。ほら」

女の子が顎でしゃっくた先を見れば、鶏人間が、赤子を掲げて、鍋に落とそうとしている像があった。

「やらなきゃ、やられるんですよ。ほら、戻ってきてください」

こうして、鶏人間のいた村が壊滅された。全ては、魔王の胃袋のせいだと、後の伝承で語られた。

しかし、真実は、一人の少女と男による狩りの結果だった。


▽とりにくを てにいれた。


<3.レモンとキャベツ>

「よーし、檸檬とキャベツを手に入れていたぞ」

「雑では」

「だって、賞味期限ってありますから。ほら、鏡を見て下さい」

女の子が渡してきた鏡を見れば、俺の身体は、から揚げの文字が浮かんでいるだけの状態になっていた。

「文字化け!」

「違うと思います」

女の子は、手慣れた様子で、キャベツを切っていく。

『ぎいやああああ! 』

『やめ、やめて、いやああああ! 』

『いたい、いたい、いたいよおお! やだ、やめて、やめてよお! 』

切る度にキャベツから、叫び声が聞こえてくる。

「せん、せん、千切りー! ざっくざくざく切りとことこーん」

そして、叫び声に重なる少女の歌声。地獄のアンサンブル。

それから、俺の目の前に震える檸檬が一つ。

『あ、あ、しぼらないで、しぼらないで』

アメリカンクレイアニメもびっくりな、印象深い見たら忘れられない造形をしていた。

「なあ、これ、逃がしちゃ」

「逃がしたら、仲間を連れて、両目に酸っぱい汁を垂らしてきますよ」

『呼ばない、呼ばないからあ』

「うっそつきはー、刻みまそー。私のぽんちゃん、返してよー、ちゅっくちゅくちゅくちゅー、なあんで、ぽんちゃん、お目目が真っ赤? 何を見てきて、真っ赤なのー」

女の子は歌いながら、キャベツを皿に盛りつけた。叫び声は、聞こえない。

俺は、檸檬を一思いに絞った。

断末魔が響いた。

「よし! ありがとうございます! 添え物は、ばっちりです!」

女の子が、俺のしぼった××汁が入った小皿をキャベツが載せてある皿の横に並べた。

汁で汚れた手を、水で洗い流した。洗っても洗っても、べたついた感じが、取れなかった。

ああ、料理って、何だっけ。

ていうか、これ、料理コメディーアドベンチャーな展開じゃなかったっけ。ホラー映画だっけ。

俺って、何がしたかったんだっけ。

俺は、助かりたいがために、食べ物のステータスを受けながら、仲間を手に掛けたのか。

▽きゃべつと れもんが もりつけられた!

▽おれの ほうそくが みだれはじめた!


<4.ちょうりするよ>

「まっほほーうのこなをーもみもみー」

あまりにも焦燥していた様子だったのか、俺は、休んでいいとのことだった。

「なあ、俺がから揚げになるんじゃ、駄目か。等価交換なら、鶏人間も、戻るだろう。さっきの召喚魔法で」

「駄目だよー。から揚げさんは、から揚げさんじゃないしー、材料調理し始めてから、から揚げステータスが、なくなりつあるから。ていうか、屠った命は、無駄にしちゃ、駄目だからー」

魔法の粉で揉まれた××が、油で揚げられていく。

ぱちぱちぱち。肉が爆ぜる音が、聞こえてきた。香ばしい香りだ。

鍋の下の炎を見て、女の子が一言呟いた。

「火力が、足りない」

「もう爆発オチはやめような。俺が、見ているから」

女の子に代わり、俺が肉を揚げた。手に伝わる肉と油の重みを感じると、頭の端っこに、鶏人間の顔が浮かんだ。

あ。

から揚げは、一度。冷ましてから、また揚げると、油が閉じ込められて美味しくなるんだぞ。

▽いんすたんとにちょうりできた!

▽おめでとう! くえすと くりあ!


<お別れ>

「から揚げも出来たので、お別れですね」

鼻をくすぐる香りと、自然と出てしまった涎。腹が鳴る。

何故か、涙が出てきた。

「ていや」

「むごっ」

口にから揚げを突っ込まれた。自然と噛むことが出来た。飲み込んだ。

「気持ち悪いですか? 」

「いや、旨い」

涙が、引っ込んだ。もう一つ欲しくなるほど、旨い。鳥人間の顔は、浮かばなくなった。

「今まで、巻き込んでしまって、すいませんでした」

女の子は頭を下げた。俺もつられて、下げた。

「いや、食べ物がおいしいこと、思いだせたから、大丈夫だよ」

「というと? 」

「俺、最近、忙しくてさ。味、感じなくなっていたんだ。腹が空くから、腹を埋めるために、入れているだけだったから。久しぶりに、旨いって感じられたよ」

「コメントに困ります」

女の子が小首を傾げて、眉を下げて、笑った。俺もつられて笑った。

「じゃあ、これで、私達、帰れますね」

ん?私達?

「私、魔王を倒したら、元の世界に帰れるんですよ」

「え、マジで。でも、魔王に捧げるって」

「ああ、だから、私、スパイなんですよ」

「え」

「添えて言うなら、魔王専属のシェフです」

「え、え? 」

「魔王の好物は、から揚げだったので、それを最期の晩餐にしようかと」

「え。え、ええ?」

「では、成功して、向こうの世界で会えたなら、最高の晩餐を、貴方に振舞いますよ。飯屋さん? 」

光に包まれていく。俺の意識が遠のき、気づけば、一人、家の前に立っていた。

提げているレジ袋に重みはなく、容器の破片だけが、かさかさと、音を立てて、あったはずの存在を主張していた。


<夢オチなんて、最低です>

後日。

俺は、食育をテーマにした教材を園長にチェックしてもらうようにと、提出した。

「話としては、いいと思う。けどねえ、描写が、えげつないよ。もう少し、歳を重ねたら、いいと思うんだけど。うち、幼稚園だからねえ。エドワードなんたらみたいに、えげつない」

園長は、手にした紙の束を優しく、机の上に置いた。タイトルは『からあげ君になるまで』だ。

「そうですか…俺の見た夢をモチーフにしてみたんですけれど」

「どんな夢を見ているんだ、君は。いや、君、働き者で、真面目さんだからなあ。夢にまで、その影響が出ちゃったか。うん、疲れているねえ。休み、とろっか」

「え、でも、人手が足りないんじゃ」

「うち、バイト入るから、休めるようにはなると思うし。何でも、元々調理師を目指していた子でもあるらしくてね。うちの面接の当日に、風邪? かナニカで駄目になっちゃってね。知り合いの子だったし、うちの保育園で採用してあげようと思ってね。保育士の補助もバイトとして、してくれるみたいで。夜間保育が出来る子って、助かるわあ」

扉が開いた。そこには、見慣れた少女の面影を残した顔があった。

「こんにちは。最高の晩餐を提供致します」

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