9.ちょっとブチ切れてもいいですか。
「まず膝をつけ。頭を垂れよ。王の御前であるぞ」
玉座に座った王。その横に並び立つ大臣っぽい連中のうちの一人が、アタシ達に尊大に言い放った。
「……香苗」
「ダメだよ~、日々華」
「でも」
「でもじゃないの。まだ我慢、我慢だよ」
こいつらに身の程を教えるのは確定だけど、もうちょい確認しときたいことがある。
アタシは逸る日々華を落ち着かせながら、自分の力について、ほんの少しだけ思い出すことにした。
「おい、聞こえなかったのか! 控えよと言っている!」
こんな拘束も衛兵たちも、アタシには何の障害にもならない。
けど日々華は違う。
今はちょっと非常識なくらい剣道が強いだけの、ただの女子高生だ。
万一があったらいけない。
「無視をするな! ……衛兵!」
「ハッ!」
アタシと日々華、それぞれの横に立っていた衛兵二人が、長槍の柄を首の後ろに押し当ててきた。
力ずくで膝をつかせるつもりだ。
(……あ)
日々華が一瞬アタシを見て、その手に力が篭ったのが分かった。
ダメだこりゃ、仕方がない。
「……触るな」
アタシは低い声で呟くと、対象を限定した威圧を放った。
二人の衛兵は慌てて飛び下がり、長槍を構え直す。
可哀想に二人の衛兵は顔面蒼白、膝がガクガクと震え始めた。
「ど、どうした?」
「何をしている!?」
なぜ急に衛兵が怯え出したのか理解できない大臣ズ。
アタシは日々華の一歩前へと出る。
「さすが、王城を守る衛兵。日々華の……勇者の力を感じ取ったんだね」
「なに?」
「勇者の生まれ変わり、渡瀬日々華に対して無礼なのはそっちでしょ? 控えるのはあなたたちの方」
「……香苗?」
怪訝な顔を向ける日々華を一旦無視して、アタシは話を続ける。
「日々華は間違いなく、あなたがたに召喚された勇者。ターニャ姫とロウナーさんも見た通り、勇者にしか抜けない宝剣を抜いたでしょ?」
アタシは横にいるターニャに問いかける。
「そ、そうです! ヒビカさんは神殿で、魔物に襲われたワタクシ達を助けるために、父上が今、手にされているレーヴァテインを抜いて、戦って下さったのです!」
「黙れターニャ。お前の発言など許可していない」
テンプレートな外見の国王は冷たく吐き捨て、ターニャはぐっと顔を歪ませた。
なんだコイツ!?
お前は王様でターニャはお姫様だろ?
つまり父娘だろ?
それなのになんだその態度!
「香苗」
「う……ま、まだ、駄目」
切れかけてる日々華と同じくらい、アタシだって我慢は限界に近い。
さっさと聞くべきことを聞いてしまおう。
「ねえ。アタシたちロウナーさんに、先にそっちの事情を聞かせてもらう約束だったんだけど。この異世界召喚について」
テンプレ国王に向かって言ったんだけど、王は無視して答えない。
下賤の者ときく口は持たないってか。どこまでもムカつく。
代わりにさっきのお大臣の一人が口を開いた。
「事情も何もあるか。勇者は我が国の対魔族用決戦兵士。死して異世界に転生したようだが、必要になったからまた呼び寄せた。それだけだ」
は? 何その汎用人型決戦兵器みたいな言い方。
日々華は紫色の巨人じゃないっつの。
何? 勇者ってこの世界でそんな扱い?
「気が済んだか。ではこちらの番だ」
「ちょ、待っ」
「仮に、そこの長い髪の小娘はサリアの生まれ変わり候補だとして。では貴様はなんなのだ」
「……はっ、おっさんに貴様呼ばわりされる筋合いないんだけど」
お大臣の問いを、アタシは鼻であしらう。
「さっきからその態度……小娘、魔物を使役しておったそうだな。やはり魔族なのだな!」
「なんで態度悪いと魔族になるわけ? この国じゃ、お大臣や王様に媚びへつらわなきゃ、魔族ってこと?」
「その通りだ! 人族ならば、王国に平伏するのは当然であろう!」
「まさかの肯定……ターニャ、あなたとんでもない国のお姫様に生まれちゃったね」
ターニャはアタシの軽口に下を向いたまま。だけど小さーい声で呟いた言葉が、アタシにははっきり聞こえた。
『お恥ずかしいです』
うん。アタシの中で敵味方がハッキリしてきた。
「答えよ、カナエとやら! 貴様は何者だ、何故、魔物を使役できるのだ!」
がなるお大臣。
まあ、ざっくりだけどこの国のスタンスが分かった。
取り囲んでる衛兵たちのレベルもだいたい分かったし、もういいか。
「アタシは人間。日々華の幼馴染で、ただの女子高生」
「ジョシコウセイ? 学生のことか。それが何故、魔物を——」
「同時に日々華の、勇者サリアの分体だよ」
アタシは、横の日々華の眼を見つめながら答えた。
いきなりの戯言に、日々華は一瞬目を丸くする。けど、アタシの視線の意図を汲んでくれ、口を開くことはなかった。
さすが親友。
「ぶ……分体、だと?」
「そう。勇者サリアは死んだ後、地球という世界の日本という国に生まれ変わった。でもその魂は、原因は分からないけど二つに割れちゃったんだ。渡瀬日々華とアタシ、黒崎香苗に」
アタシは日々華を見てにっこりと笑う。
「バカな、魂が割れただと?」
「そんなことがありえるのか? ロウナーよ!」
大臣たちは騒めき、ロウナーに問いかける。
なるほど、ロウナーは魔法の顧問みたいな立場なのかな。
「い、いや……私は聞いたことはありませんが」
ないのか。まあいいや。
「でも現実に、こうして割れてるんだって。ほら、あなたたちが『勇者召喚』をしたら、日々華とアタシ二人が一緒に喚ばれたのが、その証拠」
「ぬう……」
「日々華が、宝剣レーヴァテインを鞘から抜けたのに宝珠が光らなかったのは、魂が半分だから。魂の力が足りなくて、半端なコトになったんだ」
アタシはここに来るまでに考えた嘘八百を、ベラベラ喋る。
伊達に異世界ラノベ、読み漁ってないぜ。
「……そうなのか、ロウナー」
また大臣に聞かれるお姉さん。
つーかその辺の知識、ロウナーしか持ってないの?
「分かりませんが……辻褄は合います」
「ハッキリせんな。まったく、ディードリヒ閣下は何処に行かれたのだ? あの方がいらっしゃれば、ロウナーなどに聞かずに済むものを!」
「……知恵が及ばず、申し訳ありません」
あの小デブがそんな大層なもんか!
二人で出てきたから勇者じゃないとか、そんな根拠で即否定してたぞ。
ロウナーさん、そんな頭を下げる必要ないって!
「とにかく。アタシはその勇者の分体の力でもって、魔物達を倒して、それから無理矢理に従わせたってわけ! 以上、説明終わり。分かったらさっさと槍を降ろして、あとコレ外して」
アタシは両手の拘束をジャランと振り上げた。
「……はて。おかしいな、カナエとやら」
急に王が、やたらと鋭い眼光を向けながら口を開く。なんだ?
「勇者に魔物を従える力などない。むしろ絶対に共存できぬ天敵同士だ。滅ぼすことしかできぬ。そういうように、かの魂は遥か古代に創られておる」
……共存できない?
何を言ってるんだこいつは。
「支配であれ、従属であれ、並び立ち存在することは絶対に適わぬのだ。貴様が一時的であれ魔物と敵対しなかった以上、その魂が勇者であることは、ありえぬ」
何を言っているんだ、コイツは!!
アタシは王の言葉に、自分でも理解できない激しい怒りに震える。
王は玉座の肘掛けに頰杖をつきながら、冷徹に言い放った。
「確定だ。長い髪の方はともかく、短い髪の娘は魔族もしくはその眷属である。捕らえ解体し、魔法院での研究材料としろ」
「はっ! 衛兵!」
王の命令に応え、大臣の一人が指示を出した。
威圧を受けた二人を除いた衛兵達が、一斉にアタシを取り押さえ——
「なっ!?」
ガチャァン!
全身鎧で完全武装の衛兵の一人が、ぶん投げられた。
突然のことに他の衛兵達も動きが止まる。
「香苗」
「やってよし」
日々華は続けて、別の衛兵が構えている長槍の柄をグイッと掴んだ。
「くっ!」
咄嗟に槍を引こうとする衛兵。
その力に合わせて日々華は、反動をつけて押し倒す。
そのまま足をかけて、跳ね飛ばした!
「おわぁっ!」
ガチャァン!
日々華が使ったのは「古流剣術」。
古流には剣を失った時でも戦える「組み打ち」がある。
飽くなき剣道の探求者だった日々華は、古流にまで手を伸ばし、極めていたんだ。
「香苗に手を出すやつは……」
日々華は倒れた衛兵の腰から剣を引き抜いて、叫ぶ。
「私が絶対に許さない!」
抱いて!
って今はそれどころじゃない!
「その娘も捕らえろ! 殺しても構わん! 魔族の仲間は魔族、勇者ではない!」
王が叫んだ。
同時に隣室から、鎧兜で完全武装した多くの兵士達がなだれ込んでくる。
「——イヤアァァアッ!」
日々華が機先を制し、鍛え上げた気迫を発した!
女と、高校生と、侮るなかれ。
彼女の気勢は常在戦場の剣道場師範、範士八段の先生方にだって虚を生じさせる!
「なっ!?」
「ひっ!?」
気迫に当てられ一瞬怯む、突入してきた兵士たち。
その隙に日々華は特攻をかける!
先頭の衛兵が手にした槍を避け、鎧の上から当て身を加え、体制を崩したところで、相手が腰の鞘に差していた剣を引き抜いた!
「香苗ッ!」
そしてこちらに向かって、奪った得物を放り投げる!
っておい~ッ!
アタシのことはいいから、剣を奪ったんなら自分で使えって!
それにアタシは手足拘束されてるから——ってまあ、関係ないけどね。
「よっ」
両手を伸ばして、飛んできたブロードソードの柄をアタシは掴む。
アタシの拘束、両手首、両手足をそれぞれ鎖で繋いであるけど、少しだけゆとりがある。
もちろん鎖に満足に動ける長さはないけど、アタシの技にはこれで充分だ。
「死ねっ! 魔族が!」
いち早く日々華の気迫から我を取り戻した兵士の一人が、剣を手にしたアタシの胸に向かって槍を突き出す。
対してアタシは、中段からやや剣を斜めに傾けた平正眼と呼ばれる構えで、槍の穂先を剣に沿って滑らせ、最小限の動きで突きを捌いた。
「何!?」
そのまま剣道独特の歩法、すり足で相手に対し半円を描くように体を横に捌く。
そして槍先だけでなく兵士の突進を交わすと、無防備になったその後頭部に。
「兜割りィ!」
ゴォン!!
高校の部活剣道じゃあ絶対にやっちゃいけない、冴えも何も利かせない殺人剣を打ち落とした!
「ごはッ」
どうだ、古流剣術を齧ったのは日々華だけじゃないんだよッ!
もちろん、華奢で非力で可憐な女子高生(アタシのことだ!)の力で、いかに真剣でも本当に兜が割れるはずもない。
けど内部に伝わった衝撃は、脳震盪を起こさせるに十分だった。
「ハァッ!」
そして、アタシが一人倒している間に日々華は、次の相手との間合いを一瞬で詰め懐に入っている!
「りゃっ!」
「うぉあっ!?」
武器を持った兵士の手を両手で挟み込んで、相手の腕ごとねじり倒した!
柳生新陰流、無刀取りだぁっ!
……ナンデソンナ技マデ、使エルノ? 日々華サン……
「よしっ!」
そして難なく自分用の剣も奪ってゲットする日々華。
ほんとこの子は剣道バカ……じゃない、天才だな。
アタシ達を一筋縄ではいかない相手と理解した兵士たちは、警戒して距離を取り、ぐるりと囲む。
「な、な、何を手間取っておる!」
「そんな小娘ども、早く殺せ! 殺してしまえ!」
喚く大臣ズ。
うっさいバーカ。
今のやりとりを見てもまだ、アタシ達を『そんな小娘』呼ばわりするような無能が上司で、ここの兵士たちは可哀そうだなあ。
……変だな。アルレシア王国ってテスラ・クラクトでもそこそこの軍事国家って話じゃなかった?
宰相ディードリヒにしてもそうだけど、そんな国の大臣ズがこのレベル?
「まあまあ皆さん、落ち着いて下さいっ」
その時響いた、人をムカつかせるこの声は……
「おお、宰相閣下!」
「ディードリヒ殿! よくぞ戻られたっ」
謁見の間の入り口から、腹の脂肪を揺らして小デブの男が現れた。
アタシの大事な仲間を操ってくれた、ディードリヒだ……!
「やはり、その小娘どもが騒ぎを起こしたのですな。ですが王よ、ご安心下さい。このディードリヒが帰還いたしましたっ」
なんでだ。
この小デブは一人で逃げたはず。
追っていったデュラ坊を、こんな無能が一人でどうにかできたはずがない。
「香苗」
横目で心配そうな目で見つめる日々華に気づかなかったアタシは。
「……そこの裏切り者っ!」
後のことも考えずに叫んでしまう。
「誰のことかな?」
兵士が囲んでいれば安心とでも思っているのか、ディードリヒは余裕の笑みで応じる。
「お前に決まってるでしょ。ターニャたちを囮に逃げた小デブ以外に、まだ裏切り者と呼ばれるヤツがいるっつーの?」
「……ワシはデブではない。恰幅が良いのだ! それに裏切り者などではない、何を根拠に!」
裏切りより先にデブを否定するのか。
何を根拠にって、ずいぶんな余裕だなクソが。
「へえ。あんたが裏切り者である根拠、ここで言っていいわけ?」
「誰も魔族の小娘の言葉など、信じぬよ」
「……あんたを追っていった、首無し鎧の魔物はどうした?」
一人で逃げた戦闘力ゼロの小デブ。
この国の黒魔術師たちをものともしない実力のデュラ坊が追ったのに、無傷で帰って来れたということは。
「妖精が宿し鎧、デュラハーンを相手に、どうやって戻ってこれたワケ!?」
「ふっ……やはりな。カナエとやら、キサマが魔物の首魁か」
ディードリヒは呟くと、さっと片手を挙げた。
それを合図にまた謁見の間の入り口から、それは投げ入れられた。
ガッシャァァァンッ!
「!! デュラぼ——」
「香苗ッ」
反射的に、グシャグシャにひしゃげた鎧の残骸に飛びつきそうになったアタシを、日々華が咄嗟に抑えた。
抑えてくれた。
(落ち着いて香苗、今はダメ)
(でも、デュラ坊が、デュラ坊がっ)
小声で話すアタシ達を、ディードリヒは笑う。
「ふはははははっ! どうした、自称勇者の片割れよ! こんな雑魚の魔物一匹を見て取り乱すとは!」
「——このクソが」
「香苗!!」
ブチ切れ、全てを薙ぎ払おうとしたアタシの腕を、日々華がギュッと握った。
(ダメだよ香苗! いくら私たちが強くても、この世界で周り全部敵に回したら、生きていけないっ)
(大丈夫、日々華だけは帰すから。アタシはどうなっても、デュラ坊を侮辱したコイツだけは——)
「本気で言ってるなら、怒るよ香苗」
抑えた声で話していたけど、日々華は声を大きくしてピシャリと言った。
その強い意志を宿した瞳に射抜かれて、アタシは冷水を浴びせられたかのように、我に返る。
「……そうだった。ごめん、日々華」
落ち着けアタシ。
たかが人族の小物を相手に、頭に血を登らせてどうする。
クールダウンできたアタシには、色々見えてきた。
「そうか。デュラハーンを倒したのは、お前か」
アタシは、デュラ坊の身体が投げ入れられた謁見の間の入り口を見る。
少しの間があってから。
「……ふぅん、オレの気配に気づくとは、中々やるじゃないか」
男のくせに妙に甲高い声を上げて、銀の鎧を身に纏った一人の青年が、謁見の間に入ってきた。
「陛下、略式の礼ですんませんね」
青年は王に向かって、まるで親戚のおじさんにするがごとき気安さで会釈する。
王は構わぬと、僅かに首を振って応じた。
そして、ターニャ姫に視線を移してニイ、と笑った。
ターニャは首を竦ませおぞましい害虫でも見てしまったかのような表情で、視線を逸らす。
「おお! ガルパ殿!」
「騎士団長殿!」
「そうか、貴公がお父上の護衛を!」
大臣ズがやかましく囀る。
……お父上? こいつ、ディードリヒの息子か。
まだターニャ姫を見てニタニタといやらしく笑っている男を、アタシは観察した。
囲んでいる近衛兵たちの誰よりも長身で、がっしりとした体躯。
いや、がっしりというか、メタボってる? 顎のあたりの贅肉ダブダブじゃねえか。
髪は金髪で天然っぽいパーマ。変に肩まで伸ばしてて、それはオシャレのつもりなのか?
顔は確かに、ディードリヒの小デブの息子と言われればそうだろうという、ねちっこい印象の清潔感をまるで感じないツラだ。
……んなこと、どーでもいい。
なんでアタシが男のツラをつぶさに描写しなきゃいけないのよ。
気になったのは、男の着ている銀の鎧だった。
(アレって、たしか)
表面に奇妙な文様が描かれている。
何故か分からないけれど、アタシにはそれが、装着者の身体能力を上昇させる魔術文字であることが分かった。
(……いかにも聖なる鎧でございますって偽装されてるけど、あの装備は……)
アタシの中で半分眠ってる彼女の記憶で、その姑息な呪法には心当たりがった。
なるほど。そんな鎧が相手だったら、デュラ坊がたかが人族に負けても仕方がない。
「陛下ぁ、ご報告申し上げまぁす!」
ディードリヒが、ブヒィと声を張り上げた。
「ターニャ姫が執り行った勇者召喚の儀は、失敗しました! 魔法陣から現れたのはそこの小娘二人。そのうちの一人は、魔物を使役する魔族です! 直後に我々は、デュラハーン、オーガ、ケルベロス、ボーンナイトら高位の魔物たちに襲撃されました!」
「なっ……ディードリヒ様!」
ロウナーが声を上げて、前に出る。
「姫の失態であるような物言いはお止めください! 儀式の全権は貴方にあると、そう言ったのはほかでもない、ディードリヒ様ご自身で——」
「黙れロウナー。お前の発言も許可していない」
王が、抗議するロウナーの発言を直々に遮った。
「……はっ、申し訳ございません」
ロウナーは顔をしかめ、しかし王国の最高権力者には逆らえず、膝をつき首を垂れる。
「続けろ、ディードリヒ」
「はいっ!」
小デブは愉快そうに、ロウナーが唇を咬んで膝をつく姿を見下ろしてから、再び口を開いた。
「そこのカナエなる魔族の使役する魔物たちは、非常に強く、黒魔術師たちはほぼ全滅。その窮地を救ったのが、神殿の近くに控えておりました我が息子、王国騎士団長のガルパであります!」
おお……! と大臣ズが感嘆の声を上げた。
「我が息子は、神殿に侵入してきた魔物たちをすべて倒しました。英雄です! 勇者など必要ない、息子さえいれば魔物はすべて駆逐される。この王国は安泰なのです!」
父親の称賛に、誇らしそうに胸を張る銀鎧のメタボ騎士。
拍手する大臣ズ
なんだこの茶番。
「……ロウナー、それにターニャよ。神殿での経緯、そなた達の報告とだいぶ違うようだが?」
王は冷たい視線で、自分の娘を射抜いた。
ターニャは震えながらも、拳を握り、顔を上げる。
「真実は、ワタクシとロウナーがお伝えした通りです」
そして侮蔑的に見下してくる父である王を、正面から見つめ返した。
「魔物たちの脅威からワタクシ達を守って下さったのは、ヒビカさんとカナエさんです。宰相ディードリヒは逃げ出し、ガルパ様はお姿も見かけませんでしたわ」
アタシは、そしてたぶん日々華も。
心は決まった。
「オイオイ、ターニャ様ぁ。拗ねちゃってまあ、婚約者であるオレの関心を買いたいからってさぁ」
メタボ騎士のブタ息子ガルパが、ニタニタ顔でブヒブヒ喚く。
「王様の前で嘘は良くないなぁ。後でちゃんとオレが可愛がってやるから、本当のことを言お——」
「あのさ」
もういい。
アタシはブタの言葉を遮る。
「もう、ヘイト溜めるのは充分なんだよ。肝心のアタシらを放っておいて、何盛り上がってんの?」
衛兵たちが突きつける槍の穂先も意に介さず、アタシは歩み出る。
「それ以上続けるんなら、読者も呆れてブラバするっつの。アタシの物語にそんな展開は必要ないんだよね」
「何言ってるか1ミリも分からないけど、百パー同意するよ香苗」
日々華も同様に前に出て、アタシの横に立った。
「オイオイ、何イキッってんの? 小汚い魔族の小娘ちゃん達はぁ」
ブタ息子ガルパが、そんなアタシ達に向かって下卑た笑いを浮かべる。
「お前らもオレが退治して、実験室で解体してやるからさ。おとなしく——」
バキィン!!
その笑いは凍りついた。
アタシが手足の拘束を軽く引き千切ったからだ。
「退治? あんたが? アタシ達を? 面白い」
さすがに日々華も驚いて目を丸くしている。
怒りの馬鹿力が出たと納得してもらおう。
アタシは手首を回して、コキコキと骨を鳴らす。
「相手してあげる。それで、この国に教えてあげるよ。本当の人族の敵が誰なのかを」
「香苗、そうやって骨鳴らすと手首太くなるよ」
「今そーゆーこと言わないでっ」
日々華のツッコミに多少がっくりきながら、アタシはターニャに向かって優しく微笑みかける。
「というわけだからさ。ターニャ、どこか暴れても大丈夫な広い場所に、案内してくれないかな。ここで戦ったらお姫様とロウナーも危険だからさ」
「で、でも、カナエさん‥…」
不安そうに瞳を潤ませるターニャ姫、可愛いなあ!
アタシは安心させるように、もっと精一杯の笑顔を姫に向ける。
「大丈夫、ちゃんと証明するよ。ターニャは使命を果たしたこと。そして、そこの英雄気取りは大嘘つきだってこと。アタシ達にまかせて」
そう言って、勢いでウインクしたら。
可愛らしいターニャ姫の頬がボッと朱に染まった。
風邪でもひいたのかな。
……痛い痛い、なんでつねるの日々華!?