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8.記憶にございません。

「よしっ! 説明は任せた、ボン吉!」

「陛ッ……カナエ殿??」


 面白いな。

 骸骨剣士の髑髏、マンガみたいに胴体から飛び跳ねたよ。


「『ヘイ! 香苗殿!』なんてノリノリだね。よろしく頼んだよっ」


 すまんボン吉、少し考えをまとめる時間が欲しいんだ。


「違いますよ! どうして貴女はいつもそんな無茶振り……」

「いつも?」


 ボン吉のぼやきに反問したのはロウナー。

 ターニャを庇うように前に立って、ボン吉を睨みつけた。


「どういうことだ魔物よ。異世界から召喚されたこの少女達を、キサマは以前から知っていたというのか?」

「……気安く拙者に話しかけるな、卑小なる人族よ」


 唐突に、ボン吉の闇の気配が膨れ上がる。


「其方たちなど、カナエ殿の温情がなければ、いつでもなます斬りにしてやってよいのだぞ?」


 背筋を凍らせる声でロウナーに応じる酷薄さは、さすがに死霊の剣士だ。だけど。


 スパァン!


「あ痛ァ!」

「脅かすんじゃないボン吉! 皆さんには、これから何かとお世話にならなきゃいけないんだよ!? 失礼な態度とるんじゃないっ!」

「こ、これは申し訳ございません……!」


 ボン吉はアタシの一撃で外れかかった髑髏を抑えながら、頭を下げた。

 アルレシアの皆さんは目を丸くして見ている。


「ああ、すみません皆さん。この子たち、根は悪いやつらじゃないんです」

「この子たち……?」

「悪いやつらじゃないって、魔物だぞ……」


 白魔術師たちがボソボソと囁き合う。

 その目からは助けられた感謝は薄れ、猜疑心が満ちていくのが分かった。

 まずいなこれ。


(本当だよ、こいつらは操られてたんだ。宰相ディードリヒに)


 このタイミングで証拠も無しに言ったところで、誰も信じないだろう。

 立場が逆ならアタシも信じない。


「……香苗」


 いや。

 信じきって、心配そうにアタシを見ている二つの眼が、すぐ近くにあった。

 それだけでアタシには充分だ。


「ターニャ姫、ロウナーさん」


 アタシは真顔になって、二人を正面から見つめる。


「ちゃんと説明します。だから貴方がたも、説明してもらえますか? どうしてアタシたちをこの世界に召喚したのか」

「……そうでした。まずはこちらの都合で貴女たちを呼び寄せた、ワタクシ達が先に説明をするべきでしたね」


 ペコリとまた頭を下げるターニャ。

 うんうん、可愛いお姫様。大丈夫あなたは悪くないよ。

 そうして前に出て来ようとするターニャだったけど、ロウナーがスッと止めた。


「姫、お待ち下さい」

「ロウナー、カナエさんの言う通りです。順番が違います」

「しかし、少なくともカナエ嬢の正体がはっきりするまでは危険です。魔族かもしれません」


 ロウナーの指摘はこの状況で至極真っ当、アタシは特に腹も立たない。

 けど、彼女は違った。


「もう一回、言ってくれますか」


 ゆらり、と日々華がアタシの前に立つ。

 手には抜き身の宝剣をぶら下げて。


「誰のこと魔族って言ったの? まさか身を挺して私たちを逃してくれた、香苗のことじゃないよね!?」

「ひ、日々華? 落ち着いて?」

「だとしたら、私は許さない」


 剣先をロウナーに向けようと日々華の腕が上がるのを、アタシは飛びついて止めた。


「待って待って! 日々華ちゃん、大丈夫だよぉ~、アタシは怒ってないよぉ~」

「そんなの関係ない。私が怒ってるのよ」


 ああダメだ、もし日々華まで人族との敵対を疑われたらマズすぎる。


「ターニャ! いやえーと、お姫様! 鞘、剣の鞘を貸して!」

「えっ? あ、はい」


 ターニャは神殿から退避する時にアタシが返した宝剣の鞘を、素直にまた渡してくれた。


「はい日々華、怖いから剣ナイナイしようね~」

「茶化さないでよ香苗っ」


 それでも日々華は、アタシに促されるまま宝剣を引っ込めた。

 ガチャンとロックがかかるような音がして、豪奢な文様が刻まれた鞘に宝剣は納まる。


「はい。じゃあもう一回、剣を抜いて?」

「えっ?」


 ガチャン、スラリ。


「はい、納めて」


 スラリ、ガチャン。


「香苗、なにこれ。なにをやらせてるの?」


 意味不明な動作をさせられ毒気を抜かれた日々華だったけど、ロウナー達にはその意味は充分伝わったみたいだ。

 後ろの白魔術師たちも含めて、改めて目を見開いている。


「ご覧の通り。アタシの親友、渡瀬日々華はこの勇者チェッカーの宝剣……ええと、レーヴァテインだっけ。を抜くことができた。皆さんが望んだ『勇者』に間違いないですね?」


 アタシのことはどうでもいい。

 ここは少なくとも日々華の立場をハッキリさせなくちゃいけないんだ。


「……だが宝珠は光らなかった」


 ロウナーが慎重に応える。

 うん。あっさり信用するような浅慮な人間でもそれはそれで心配だから、それぐらいの反応でいい。


「そうだね。でも少なくとも人族に敵対する存在に、この剣が抜けると思う?」

「思いませんわ、カナエさん」


 ロウナーより先にターニャが答えた。


「……それ以前に。ワタクシは宝剣レーヴァテインが認める認めないに関係なく、異世界より召喚されてすぐの混乱の中、ワタクシ達を助けて下さったお二人を信じると、もう決めています」


 その素直さと純真さは、評価に値するものだ。

 けど一方で、トップがこの純朴さでは直属の配下は苦労するだろう。

 アタシは思わず、若干の同情も込めてロウナーを見てしまった。

 その視線の意味を感じたのか、ハスキーボイスの銀髪お姉さんはため息をついた。


「どうやら、ヒビカ嬢については信じるより他ないようですね。……それでは、ヒビカ嬢」

「なんですか」


 まだ怒りを残したトーンで、日々華はロウナーに応じる。


「あなたから見て、このカナエ嬢は信用できますか?」

「できるに決まってます」

「魔物を引き連れ、異常な力を発揮した者でも?」

「香苗はもともと強い剣士です。魔物についてだって、その魔物に私たちは助けられたでしょう?」

「ゴガ」

「バウ」


 オガ助とケルちーが腕と前足を上げた。


「……しかし、ゴブリンどもと組んでの策略だったかもしれません。我らを信用させる為の」

「何のために、そんなことを?」


 日々華とロウナーの論争を、アタシはハラハラしながら見ている。

 疑われているアタシが口を出しても説得力がないからだ。

 ここは日々華に任せるしかないんだけど、異世界ラノベとか読んだこともない日々華、大丈夫かな……


「……ロウナーさん。皆さんは私を、私たちを勇者と望んで召喚したんですよね。敵は魔族とやらですか? だったら魔族の目的は私を殺すことでしょう」


 アタシの心配をよそに、日々華は迷いなく言葉を紡ぐ。


「さっきの神殿でも、今の化け物……ゴブリンとの戦いでも。香苗が助けてくれなければ、私は殺されてました。万が一、億が一にもありませんが、もし香苗が敵だったら、こんな真似する必要はありません。だから香苗は、皆さんにとっても敵ではありません」


 さすが日々華!

 高い順応性に理知的な態度!

 そこに痺れる憧れる焦がれる惚れるぅ!

 アニメもマンガもラノベも興味なかったのに、今の今でそこまで理解してるなんて!


「……分かりました。お二方とも、我らの敵ではない前提で話を進めましょう」


 ロウナーはそう言うと、ザッと片膝をついて頭を下げた。


「呼びつけておいてのこの無礼、すべてこのロウナーに非があります。他の者たち、特にターニャ姫に責はありませんのでどうかご容赦を」

「あ……えと、すみません。私も年上の方に、生意気を言いました」


 日々華も我に返ったかのように、謙虚に頭を下げた。

 うんうん。良かったなんとか凌げた!

 ロウナーは顔を上げる。


「では早速、お互いに説明を……と言いたいところですが、ここでは落ち着いて話もし難い。聖域の結界に穴もあるようですし、また魔物の襲撃があるかもしれません。一度、安全な王城へ帰還したいのですが」

「あ、ちょっと待って!」


 アタシは、逃げた小デブを追ってデュラ坊が駆けて行った方角を見る。

 魔物たちの状況を説明するには、証拠が必要だ。

 犯人のディードリヒを捕らえて吐かせればいいんだけど、追っていったデュラ坊が戻ってこない。


(単独で行かせたの、マズったかな……)


 とはいえこの状況で、アタシが日々華と別行動を取るのは不自然すぎる。

 仕方がないか。


「ボン吉、オガ助、デュラ坊を追って。例のアイツを捕まえたら待機。後で連絡するから」

「分かりました」

「ゴガ!」


 ロウナーがやっぱり不審な目でアタシを見ている。

 本当は内緒で指示を出したかったんだけど、コソコソ話をする方がよっぽど怪しまれるだろう。


「カナエ嬢。例のアイツとは誰ですか?」

「……それもちゃんと、王城で説明しますよ」

「分かりました」


 うん、ロウナー姉さん。全然信用なんかしてないね。


「では急ぎましょう。王都まで少し距離があります、今からでは日が落ちるまでに着くのも難しい」

「オッケー。じゃあ、ケルちー」

「バウッ!」


 ケルベロス・ハウンドはその巨体を低くして、アタシの前で「伏せ」の姿勢になった。


「えっ」

「どうぞ乗って。歩いていくより早いでしょ? ターニャ姫とロウナーさん、日々華、それにアタシの四人くらいなら乗れますよ」


 他の白魔術師の皆さんは、悪いけど歩いてもらおう。


「いや、それは……」


 ロウナーは道中の味方が少なくなることに躊躇したけど。


「では、失礼しますわ」

「姫っ……」

「わー、ワタクシ魔獣に乗るのは初めてです。意外と毛並みは良いんですね」

「そうだね。私が斬っちゃった時には、かなり硬かったと思ったけど」


 遅かったね、ロウナーさん。

 ターニャ姫、この天真爛漫で純真無垢なお姫様がさっさとケルちーの背に乗ってしまい、その後に日々華も素早く続いたのだ。

 これでは今からロウナーが騎乗を拒否すると、また角が立つ。

 ……ん?

 ターニャがロウナーに背を向けて、いたずらっぽく小さく舌を出したことに気がついたんだ。

 なるほど、確信犯か。

 このお姫様も、ただの良い人ではないっぽい。

 ……ますます好みだなあ。


「乗らないの? 香苗」


 乗ります乗ります。

 うん?

 なんだか日々華、アタシからターニャ姫をガードするみたいな位置取りだな。

 気のせいだよね。

 アタシはしっかり日々華に抱きつ……掴まれるし問題なしと。


「で、では、失礼する」


 咳払いをしてロウナーも、アタシの後ろに乗ってきた。

 おっと。


「大丈夫か?」


 後ろにバランスを崩したアタシは、ロウナーの体に支えられた。

 ふおお!

 ローブ越しに感じるおっきなおっぱい!

 お姉さん着痩せするタイプ?

 それに耳元で囁かれるハスキーボイス。

 ふむ、今まで守備範囲外だったけど、お姉さんタイプもなかなか悪くなうわっとぉ!?


「大丈夫、香苗? しっかり掴まってよ?」


 グイッと日々華に腕を前に引っ張られた。

 どしたんだろ?

 まあいいか、うひひ日々華の背中ッ。ほっぺくっつけちゃお。


「よし、じゃあ白魔術師の皆さんはまた後で! お姫様、王都まで道案内できる?」

「おまかせ下さい!」

「オッケ! ケルちー、出発!」

「バウワウッ!」


 魔獣ケルベロス・ハウンドに乗って、アタシたちはアルレシア王都に向かって移動を開始した。


 ***


 そりゃまあ、こうなるよね。


「なんで香苗だけこんなっ……! 騙したんですか!?」


 日々華が抗議の声を上げるけど、ロウナーは答えなかった。


(やられたぁ……ロウナー姉さん、流石だね)


 王都の城門のやや手前で、アタシたちはケルちーを降りて森に逃がした。

 魔獣に乗ったまま王都に入れば、大混乱になるだろうからだ。

 先に行って門兵たちに話をつけてくると、ロウナーを一人で行かせたのが間違いだった。

 何せお姉さん、初めて魔獣の背に乗って揺られに揺られて、すっかり乗り物酔いしてヘロヘロだったのだ。きゃあきゃあ喜びはしゃいでいたターニャとは正反対に。

 話をつけたと言ってすぐ戻ってきたし、こんな短時間で対応を取っていたとは思わなかった。

 迂闊といえば迂闊だったね。


「……ロウナー! 話が違います、今すぐカナエさんの拘束を解いて下さい!」

「承服しかねます、殿下。これは国王の許可も得ています。ヒビカ嬢、カナエ嬢も、なにとぞご容赦を」


 ターニャ姫の抗議も通じず、ロウナーは毅然と対応する。

 乗り物酔いも演技だったみたいだ。

 でもお姉さん、苦虫を噛み潰したみたいな顔してる。

 きっと自分でも不本意な行動なんだろう。


「申し訳ない、カナエ嬢。せめて魔物を使役できる理由を聞かせてもらえるまでは、どうかそのまま」

「……分かりました、ロウナーさん」


 アタシは両腕、両足を鎖で繋いだ拘束具をチャリッと鳴らした。


 ケルちーは近くの森に控えさせていた。

 アタシ達は徒歩で立派な城門を通り、割と栄えて活気のある城下町を抜け、そして王城に入ったところで、「ここから先は衛兵以外の武装は禁止です」と日々華は宝剣を取り上げられたんだ。

 そして、完全武装の騎士団に囲まれた。

 流石の日々華も、素手で無数の長槍ランスに取り囲まれて簡単には逆らえない。

 アタシは半ば予想していたこの事態に、とりあえず拘束するのはアタシだけという条件を呑んだ。

 日々華にまでこの辱めを与えるようなら、ただで済ませるつもりはなかった。でも魔物を使役したアタシ自身については、手足の一、二本は折られてから尋問されるくらい覚悟してたので、良しとしよう。


「お控え下さい。王がお出でになられます」


 連れてこられたこの場所は、王族との謁見の間。

 ロウナーが宣言すると、アタシ達に槍を向けている衛兵以外の臨席していた連中が、一斉に片膝をついて頭を垂れた。

 ターニャも悔しそうな顔で、同じようにしている。

 アタシと日々華は、立ったまま。

 当然だ、頭を下げる理由がない。


「お前たちが、儀式で現れた異世界人か」


 ご立派な扉が開いて現れたのは、王冠を被り豪華なマントを纏った壮年の男だ。

 王城の入り口で取り上げられた、宝剣レーヴァテインを手にしていた。

 それにしても、外見は絵に描いたような「王様」のテンプレートみたいな人物。


「ぶはっ」


 アタシは思わず噴き出してしまった。


「小娘、何を笑う!?」

「無礼であろう!」

「身の程を弁えろ、下賤の者どもの分際で!」

「そのような薄汚れた格好で、どこの程度の低い世界から来たのか!」


 どこの何大臣たちだか知らないけど、一緒に入室してきた王様の取り巻きどもが一斉に唾を飛ばして喚いてきた。

 血に汚れた剣道着、確かに連中から見たらみすぼらしく見えるのかもしれない。

 けど、お前ら。

 アタシはともかく日々華にまで、下賤とか言った?

 この世界を救う勇者に取る態度が、それでいいわけ?

 仮にそんなの抜きにしても、ロウナーみたく申し訳なさがるならともかく、その姿勢は許しがたい。

 召喚した側の態度が尊大ってのもテンプレのひとつだけどさ。

 わかってる?

 そういうのは主人公にコテンパンにされるってのもまた、定番だからね。


「……誰が、下賤だって……?」


 アタシの隣の主人公が、可視化できそうなくらいに殺気を放ちながら、ボソッと呟いた。


「香苗の侮辱は、許さない」


 ひ、日々華さん? やり過ぎないでよ?

 アタシもちょっとだけ思い出して(・・・・・)軽ーくコイツらをシメるのは同意するけど。

 でもやり過ぎないでよ??

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