7.やっぱり日々華は強いし綺麗。そしてアタシは、モンスターテイマー!?
「ヤアアァッ!」
「グギャ!?」
愚かにも真っ先に日々華に飛びかかったゴブリンの頭が、一瞬で弾け飛んだ。
神速の面打ち。
アタシが首無し騎士との戦いでやっちゃったのと同じ、剣先が当たった瞬間に振りを止める『冴え』を効かせた剣道の打ち方だ。
だから斬撃としては軽いはず。
でも日々華の面は、魔物の防御力の違いはもちろん大きいけど、同じ『冴え』を効かせていても重さが違った。
相面、つまり同時の面打ちになった場合でも、日々華の打突は相手の竹刀を弾き飛ばす、男子も圧倒する力強さがあった。
その秘密は筋肉に頼らない、インパクトの瞬間に跳ね上がる剣先のトップスピード。
「メェンッ! メンッ! メェェェンッ!!」
また、一撃で倒せる威力さえあれば、冴えを効かせる剣道の打ちでも実戦で利する点がある。
打ち切らない、斬り抜かない分だけ次の連続技に繋げやすいんだ。
まして今の日々華の構えは、攻撃特化型の上段。驚くべき速さで、次々とゴブリン群れを屠っていく。
てか、アタシの上段にまったく引けをとってない……
「キシャアッ!!」
いけない! 日々華が正面の敵に斬り込んだ瞬間を狙って、背後から小型のゴブリンがショートソードで突きかかった!
「コテェッ!」
素早く反転した日々華は、その手首を一瞬で斬り落とす!
なんで反応できるの!?
(……そうか)
剣道の試合は常に一対一。
けど日々華には、強豪校の剣道部でも道場の出稽古でも、大人を含めてアタシ以外に一対一で練習相手になる剣士がいなかった。
そこで部活の顧問が考えたのは、非常識な集中稽古。なんと日々華一人に対して、アタシ以外の部員五人がかりで勝負させるのだ。
それでも、最初こそ後ろから狙われて一本取られていたが、すぐに日々華は負けなくなった。
日々華いわく「ある日突然、後ろに目ができた」という。
「ドォォオオ!!」
抜き胴で上下真っ二つになるゴブリン達。
今、三匹くらいまとめて斬らなかった!?
「グギャ・ゴギャギャ・ギ・ギャ」
ん? なんだあの遠くに離れてる、杖を持ったゴブリン。
杖の先が暗く光って……まさか魔法!?
ゴブリン・シャーマンだ!
「日々華あぶない! 魔法に狙われてる!!」
「ゴギャーギャ!」
ドゥン! と放たれる岩の礫!
「ちぇすとぉッ!!」
カァン!
剣の腹で打ち返したぁっ!!??
「グガァッ」
自分の撃った魔法を真正面から返されて、ゴブリン・シャーマンはもんどうりを打って倒れる。
「知ってたけど……なんつー非常識な……」
もうそこに、異世界召喚されたばかりで黒魔術師の死を目撃し、震えていた可哀想な女子高生はいない。
そこにいるのは本当に……本当に楽しそうに戦う、剣の申し子。
剣神・渡瀬日々華。
「綺麗だ……」
アタシは思わず口に出して呟く。
血飛沫が舞い、魔物の返り血で白い剣道着を赤く染めていく剣神。
長い髪を振り乱し、それでも美しい演舞を踊るが如く戦う少女。
「誰だって惚れてまうやろ、こんなん……」
異世界語でどう喋ってるか分からない怪しい関西弁まで漏らしたところで。
「香苗ッ! ボーッとしてないで!」
「えっ?」
わっ!
日々華を相手にするよりマシと思われたのか、アタシの方に何匹かのゴブリンが迫ってきた。
日々華の方は、ターニャ姫たちを狙っているゴブリンたちを倒していて、こちらに来ることができない。
「香苗!」
キィン!
日々華がゴブリンの手にしていたブロード・ソードを弾いた。
ヒュンヒュンと回転しながらそれは、アタシの方に飛んでくる。
「おっと」
パシッと剣を受け取ると、日々華がまたニッと笑ったのが見えた。
(——日々華め! お姫様たちは守っておいて、アタシには自分でなんとかしろって!?)
分かってる。
それは信頼。
アタシがそうであるように、渡瀬日々華もまた、黒崎香苗を誰より知っているんだ。
まかせとけ、やってやろうじゃん!
「突っきぃィィィ!」
「グギャアッ!?」
からのぉ!
「胴ォォオオオオ!!」
「ギィャアアッ」
どうだ、日々華のお株を奪う連続技!
アタシにだって貴女の技は使える、二撃目の逆胴は二匹まとめてぶった斬ってやったよ!
バキバキバキバキィッ!
「え、えええっ!?」
その後ろの森の木まで一斉に切り倒されちゃったんですけど!?
なんで!?
目撃しちゃったアルレシア王国の皆さんが、また目を丸くしてる。
日々華はゴブリンと戦ってて気づいてない。のか?
パキィン……
げ、こっちの剣も折れた。
そりゃそうだ、これは勇者チェッカーの宝剣でもなければ、刀剣史上最強の斬れ味を誇る日本刀でもない。
ただのゴブリンが使ってたボロ剣を、こんな無茶な使い方したら折れるに決まってるよね。
……でも、ならなんでこの威力?
「ゴギャギャ!」
「グギャギャギャ!」
やべえ、まだまだゴブリンたちがこっちに来る!
武器がない香苗ちゃんピーンチ!
「ゴガァ!!」
ドォン!
派手な土煙が上がる。
迫ってきたゴブリンどもを、巨大な棍棒でまとめて叩き潰したヤツは。
「ゴガゴガァ!」
「オガ助、ナイス!」
アタシは親指をグッと突き出す。
オガ助も応えてサムズアップした。
ん? オガ助?
アタシなんでこのオーガ・ロードのこと、オガ助とか呼んでるんだ?
というかこいつ、アタシがあの白い剣でぶった斬ったはずなんだけど……
「ゴガ?」
オガ助は首を傾げる。
ま、細かいことはいっか!
味方だし!
「キシャアアッ!」
なごんでるアタシらの隙をついて、小型で動きの速いゴブリンたちが束になって襲いかかってきた。
オガ助は足元を狙われて対応できない!
「油断するでない、オガ助」
キンキンキンキンッ!
四条の剣閃が同時に走る。
次の瞬間、小型ゴブリンたちは鮮血を上げてすべてぶっ倒れた。
「おー、かっこいいじゃんボン吉! 剣豪みたい!」
「お戯れを、陛……カ、カナエ……カナエ殿」
四ツ腕の骸骨剣士はアタシを呼び捨てにしようとして諦めて、殿付けで呼んだ。
なんだよ他人行儀だな。ていうか拙者とか殿とか、和風だねボン吉。
……アタシなんで自分を斬った魔物にこんな気安いんだ?
まあいいや味方だし。
「きゃああっ!」
可愛い女の子の悲鳴が上がった。
この声はお姫様、ターニャだ。
見れば、日々華がゴブリン集団の中に突出してしまった隙をついて、別の一団が背後から、ターニャたちアルレシア王国の皆さんに迫っている!
「しまった!」
日々華が焦っている。
仕方がない、いくら一対多数の戦闘でも負けないとはいえ、命のやりとりは今日が初めての日々華だ。
熱くなり過ぎて前に出過ぎてしまったんだろう。
よし、ここはアタシがっ……て、素手でこの距離どうすんの!? くっそ魔法でも使えれば!
「バゥガウウッ!!」
黒い三ツ首の魔獣が、アタシの頭上を飛び越えて駆ける!
よっしゃキミがいた!
いたっけ!?
まあいいや!!
「行けぇッ、ケルちぃー!!」
「ガウウッ!」
ケルベロス・ハウンドのケルちーが、ターニャ姫達を狙った姑息なゴブリンの一団をまとめて蹴散らした。
ロウナーとか白魔術師の皆さん、さらに現れた魔獣に顔面蒼白になったけど、何故か守られて目を白黒させてる。面白い。
ほんとなんで守ってくれるんだろ、ケルちー。
当たり前か、味方だし。
「ヤアアッ!」
その後は日々華の大活躍で、ゴブリンのほとんどが倒され、残りわずかとなった。
「僕、出遅れちゃった……」
アタシの横でぽつんと呟く首無し騎士。
ほんとこいつ、最初とキャラ違うなあ。
「まあまあ。また出番はあるって、デュラ坊」
「うん」
なんでアタシが慰めてんだ。まあいいか味(略)。
「それにしても……」
最後の二、三匹になってもまだ、ゴブリンたちは日々華に向かっていく。
勝てるわけないって、さすがに分かってるだろうに。
「なんで逃げないんだ、アイツら」
「逃げられないんだ、そういう風に命令されてるから」
アタシの独り言にデュラ坊が応える。
そうか、こいつらも操られてたから分かるんだ。
「ディードリヒに?」
「うん、そう」
「酷い奴だなあのクソデブ。魔物の命をなんだと思ってるんだ」
その魔物をばっさり斬り倒したアタシがしれっと怒る。
まあそれはそれ、これはこれ。
そんなアタシをデュラ坊が覗き込んできた。顔はな(略
「なに?」
「そのへんは覚えてるんだね、カナエ」
「は? そりゃそうでしょ。さっきアンタたちが説明してくれたばっかじゃん」
何言ってんだこいつ。
デュラ坊はボン吉に引っ張られて後ろに下がり、何か言われていた。
「デュラ坊! お前、陛下にタメ口など!」
「いいでしょ。敬語やめて、呼び捨てでいいって言われてたし!」
「し、しかしだな!」
何の話だ? とアタシが聞き耳を立てようとしたところで、視界の端にヤツが映った。
「——デュラ坊、出番だよっ!」
「え?」
「あの小デブがいる、捕まえてッ!」
木陰から、こちらの戦闘を覗いていた男をアタシは指差す。
「わかった!」
デュラ坊は鎧をガチャガチャ音立てながら駆け出した。
迫ってくる首無し騎士に小デブは気づき、慌てて逃げ出す。
「あいつが主犯だよね、よしアタシも——」
「香苗」
デュラ坊と一緒に後を追おうとしたその時、背後から慣れ親しんだ綺麗な声が呼び止めた。
「……日々華」
白い宝剣を片手に下げて、上気した頬が赤らんでいる。
残ったゴブリンたちはみんな倒したみたいだ。
「さすが日々華、やっぱり強——」
「香苗ぇっ!」
わぷっ!?
飛びつくみたいにアタシを抱き締めてきた日々華。
ちょ! 死ぬ!
幸せ死にする!
「この……バカ香苗ぇ! バカナエ!!」
「単語になった!」
「私を助ける為に犠牲になるとか! やめてよ!!」
あー……神殿で、怪我を負った日々華を逃す為にボン吉たちの足止めをしたことか。
「だーいじょうぶだって。あれくらい別に」
軽く流そうとしたアタシを、日々華は顔をあげてギッと睨んでくる。
やべ、めっちゃ怒ってる……
そんな顔もめっちゃ可愛い。
「なに笑ってるの!」
「ごめんなさい」
こうなったらもう素直に謝るしかない。
なにせ日々華は、怒らせたら怖いんだ。
「……カナエさん」
「カナエ嬢」
ターニャ姫が可愛らしい声で、ロウナーがハスキーな渋い声で話しかけてきた。
「あ、はい」
落ち着いて見ると、やっぱりお姫様も結構可愛い。
十代前半、アタシらの世界で中学生くらいかな? ゆるふわウェーブの金髪に大きな碧眼でお人形さんみたいな綺麗さに、しっかりした眉毛で意思の強さを感じる。
そしてロウナー。
なんか渋さを感じるお姉さん……!
姉萌え属性はなかったアタシだけど、そのショートヘアの銀髪と、そしてアタシを嬢と呼ぶハスキーボイス。
タイプの違う二人ともちょっと、いや結構クるものがあった。
「……か・な・え?」
「うぃひ!?」
変な声が出た。
痛い。
まだアタシを抱いてる日々華の腕が痛い。
「まずは、お二方とも。助けて下さりありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるお姫様。
うん、王族の権威を笠に着ない素直でいい子だ。
「ところで……カナエ嬢」
ロウナーが視線をアタシの後ろに向け、渋い顔を僅かに引きつらせながら聞いてきた。
「その魔物達は何故、我らを守ったのですか?」
オガ助とケルちー、ボン吉がアタシの後ろで睨みを利かせている。
「ゴガ」
「バウ」
「……」
特にボン吉に至っては、手にした剣をまだ収めてもいなかった。
明らかに人族を、いやアタシに抱きついている日々華を警戒している。
「あー、あのー」
「ヒビカ嬢が倒したはずの魔獣まで蘇り、魔物達はあなたの指示に従っていました。それに先程の戦闘での、あなたの異常な力……。あなたは何者ですか? 我々が退避した後、神殿で何があったのですか?」
ロウナーの鋭い突っ込み。
当たり前か。よく見れば後ろの白魔術師たちも、まったく警戒を解いていない。
アタシの正体はともかく(ともかく? まあいいや)、人族と魔族・魔物たちは天敵同士なんだろう。
「えっと、それは、その」
さて、どう説明したものか。
何せこの魔物達が味方であること、そして小デブに操られてたこと以外、どうしてこうなったのかアタシも全然分かんないんだよね……。