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5.実はこんな感じで転生してました。

「交剣知愛、って言葉があるの」

「コーケンチアイ? ふん、聞いたこともない。なんだそれは」


 休戦し、互いに体力と魔力を回復しているさなか。サリアはポツリと言った。

 鼻血ブーで魔王の威厳がなくなると危機感を覚えていた我は、わざと無骨な口調で応える。


「私の生まれた村に、古くから伝わる言葉。なんでも百年以上前に異世界から流れ着いた旅人がいて、その人が残したんだって」


 サリアは変わらない調子で訥々と語る。


「剣を交えておしむを知る。剣を通じて互いを理解し合い、自分を高めていきなさいって教え。おしむは『惜しむ』で、大切にして手放さないという意味なんだって。つまり愛よね、愛」


 七日に渡る死闘で血と汗、埃と泥にまみれ汚れているのに。

 それでも、いやだからこそ美しい横顔で、サリアは物憂げに呟いた。

 わざとやってるだろ!?

 それとも魔王の抵抗レジストを上回る魔力で魅了魔法チャームをかけているのか!?


「愛? ……ふん、下らぬ。どうして剣を交えて戦い、愛など覚えねばならぬのだ」

「何を言ってるの? あなたが言ったから思い出したのよ?」

「え」

「剣を交えて、私の真正直な剣と戦ってきたから、私が卑怯な真似をしないと分かったって」

「それは」

「私の愛を、知ってくれたのよね?」

「ばばば馬鹿なことを言うな!」


 我は今、顔が真っ赤になってるんじゃないか!?

 頼むからやめてくれ!


「そ、それはあれだ! 本当に我の魔力は底を尽いてるから、少しでも時間を稼ぐための、ハッタリである! 策略で謀略で老獪な陰謀だ!」

「ふふ、それ、私に言っていいの?」


 コクンと小首を横に傾げて尋ねるサリア。


「あっ!」

「ってことは本当に今がチャンスね。覚悟なさい魔王」

「ま、待て、今のは」

「あはは、じょーだん! あはははっ」

「え……」

「乙女協定の最中でしょ。約束は守るわ、バルマリア」


 勇者と魔王の決戦の最中なのに、サリアは楽しそうに笑う。

 えっと……

 駄目だこれ別の意味で協定破りそうだからもう押し倒していいよなダメかそうか反撃されたら今の我はマジで死ぬもんなくそ舐めてえ愛でてえ襲いてえ。


「そなた……本当に勇者か? 本当に人族の切り札、我ら魔族の宿敵たる勇者なのか?」


 信じられなかった。

 これまで七日間、剣を交え戦ってきた勇者サリアは、確かに勇者の名にふさわしい力と闘志を持った者だった。

 だが、休戦中とはいえこうして話している彼女は、これまで我ら魔族の屍の山を築き上げてきた人族最強の戦士と同一人物とは、とても思えなかった。


「……私は、戦うことしか価値がない女なんだ」


 そう言ってサリアは傍に突き刺された自分の剣を見た。


「幼い頃、アルレシア王国魔法院の人がこの剣を持って、私の村に来たの。子どもだった私が手にした時、剣の宝珠が光った。その日から私は『サリア』じゃなく、『勇者サリア』になった」


 なるほど。宝剣レーヴァテインに潜在能力を認められた者が、勇者になるということか。

 我は勇者の弱点を知ることができればと、サリアの身の上話を聞く。

 断じて、サリアのことをもっともっと知りたい! それでそれで? とドキドキなどしていない。していないったら。


「……村にね、大好きだった幼馴染の男の子がいたんだ。大人になっても、すっごく好きだった」


 バキン。


「ん?」


 たまたま近くの大岩が砕け散ったけど気にしないでくれ。


「……私が勇者になる訓練を受ける為に村を出るとき、 彼は言ってくれたの。いつまでも待ってるって。魔王を倒して帰ってきたら、結婚しようって」

「残念だったな、その男」

「ん?」

「我は絶対に倒されぬ。そなたも村に帰ることはない。男は永遠に待ちぼうけだ! ふはははははははは!!」

「……うん、なんで急にテンション上がった?」

「我はもともとこのテンションだ!」

「そうだっけ……でも彼が村で待ちぼうけ、にはならないよ」

「大した自信だな。なんなら今すぐ勝負を再開するか?」


 今なら我は無限の魔力が沸いてくる気がするぞ!


「だって、もう待ってないもの」

「はっ?」

「ふふっ……今回の戦争が始まる前にね、私は村に寄ったの」

「あ、ああ」

「最後に彼に勇気を貰おうと思って。そしたら彼……もう違う人と結婚してた」


 ……!?


「彼の横には、お腹の大きい奥様がいたわ。剣なんか持ったこともないような、小さくて可愛い奥さん」


 !? ……!?


「あははっ、笑っちゃうよね。普通に考えて待ってるはずないよね。子どもがした約束。しかも別れてから十年だもん」

「人族には、十年経てば約束が無効になる掟でもあるのか」

「掟はないけど……え、なんでバルマリアが怒ってるの?」

「怒ってなどおらん」

「……彼、私になんて言ったと思う?」

「知るか。どうせすまなかったとか、許してくれ、とかだろう」

「はずれ。約束なんかすーっかり忘れて、『俺たちと生まれてくるこの子の為に、必ず魔王を倒してくれ』だって」

「…………」

「ねえ、バルマリア」

「なんだ」

「ありがとう。怒ってくれて」

「だから、怒っていない」


 ただ、その村の名前と場所は聞いておかなくてはならないだろう。

 念入りにすり潰す為にな!!


「でもね。私がショックだったのは、彼が約束を忘れたことじゃないんだ」

「じゃあ、なんだ?」

「私があまりショックじゃなかったこと。ああやっぱりって思っただけだったこと」

「……」

「十年間を勇者になる修行と、魔族との戦いに費やして。私は楽しさを覚えた。正直に言うね。私は……楽しい。魔族を殺すことじゃないよ? 強い相手と戦うこと。そしてどんどん自分が強くなっていくこと。だから彼に、ただの戦争の道具になれって言われても、ああそうだよね。了解、天職です! って思うだけだった」

「……そうとでも思わなければ、生きていけなかったのではないのか」

「うん。私も、そう自分を慰めようとしてるだけだと思ってた。でも違った。本当に違った」

「な、に?」

「私が戦って、戦って、強くなって。そしたらもっと強い相手が現れて。でもそれを超えることができて。すごく、すごく、楽しい。だから……バルマリア、あなたと戦えたこの七日間。本当に楽しかった。人生の中で一番」

「……ほう?」

「こんなに楽しいことが、世界を……幼馴染の彼とその家族を守ることに繋がるなんて、こんなに幸せなことってないよね」


 我は、ここに至るまでのサリアの葛藤を想像した。

 しょせん、魔族と人族。

 根本的に考え方は違うのだろう。

 ……だけど。


「……もう我を超えたつもりでおるか、勇者サリア。随分と舐められたものだな」


 殺気を敏感に感じたサリアが、飛び跳ねて後ろに下がった。そのまま地面に突き刺された宝剣・レーヴァテインを引き抜く。


「……バルマリア」

「我は貴様を倒した後、最初にその村を焼こうか。良い話を聞けた。そなたが愛した男の断末魔は、我にとってさぞかし甘美なものになろう」

「……なら、私は絶対に負けられないね」


 サリアはそう言ってレーヴァテインを構え、笑った。

 それは壮絶な笑顔。

 決意と、諦観と、歓喜と、絶望と、愉悦。

 それらが混沌として揺蕩う、我が魂が生まれ出でてより見た中で、最も美しい笑顔だ。

 ああそうだ。

 勇者と魔王は戦う定め。

 ならばせいぜい、楽しもう。


「もう休息は充分なのかな?」

「ああ。では始めようか、我らにとって最高の時間を」


 我も魔剣シュバルツェンレイカーに手を伸ばそうとした、その時だった。


「何を、している?」


 我に次ぐ魔王軍の強者。

 副王ラセツが、血だらけの姿で現れた。


「バルマリア陛下……なぜ剣を手放して……そうか。人族め、またも卑劣な罠で今度は我が陛下をッ!」


 ラセツは剣を振りかぶり、サリアに特攻を仕掛ける!


「バカッ……!」


 何があったのか知らないが、ラセツは満身創痍で殆ど魔力も残っていない。そんな状態で、この勇者に勝てるはずがない!


「オオオッ!!」


 それでも、いやだからこそか、決死の気迫を放つラセツ。

 お前もしかして、我の為に、命を賭して我が剣を手にする隙を作るつもりか!?

 そんな真似しなくともサリアは、対等に戦う為に必ず剣を手に取らせるのに!!


「……超級ッ!」


 反射的にサリアは、ラセツを迎撃する為にあの奥義のモーションに入る。

あんなものを受けたら、今のラセツは一瞬で消滅する!!


「ラセツッ!!」

「閃光裂断覇!!」


 ギャギャギャギャギャギャギャ!!


「……くっ!?」


 ラセツの前に入った我は、素手で絶対魔障防壁を展開、サリアの技を受け止める。

 しまった、真正面から受けて……!

 魔剣もなしに、これでは二撃目に耐えられない!


「陛下ッ!? 何故!?」

「何故じゃない、この馬鹿!!」

「双龍ッ……!」


 サリアがすでに二撃目のモーションに入っている。

 あれは連続技を前提にした奥義、途中で止められないのだろう。


(終わり、だな)


「ラセツ。魔族の未来、頼んだ」

「陛下!?」


 サリアの二撃目が放たれた!


「回天ーッ!! ……バルマリア!?」


 ガガガガガガガッ……ガォン!!


 二匹の光の龍が、我が闇の防壁を咬み砕いた。

 その瞬間、世界がスローモーションに変わる。

 これ、やばいやつだ。

 技を放ったサリアが焦っているのが見える。

 ああ、こんな決着になって、ごめん。

 でも、楽しかった。


「陛下ぁぁっ!!」


 背中でラセツが叫んでる。

 大丈夫、これくらいのエネルギーなら我の肉体で相殺できる。

 お前は死ぬことはない。


 ドォォン……!!


 光の龍が我に直撃した。


 ***


「陛……下……」

「バルマリア! バルマリア!! ごめんなさい、私は……!」


 倒れている我の横で膝をつくラセツに、我の肩を掴んで叫んでいるサリアが見えた。

 ああ、もう少しだけ時間が残ってるのか。

 サリアめ、手加減したな?

 でも我はもう無理だ。

 張り合いのない魔王ですまなかったな。


「なにを……謝る……勇者が……魔王を討つのは……当たり前だ……」


 破魔の光に身体を侵され、再生もかなわない。喋るのもやっとだ。


「でも私は! 正々堂々あなたと!」

「戦った……だろ……? 少なくとも……我は……満足した……」

「待って! 私は満足してない! お願いバルマリア、もう一度私と」


 ザシュッ!


 ……え?


「あっ……」

「死ね。人族の薄汚い勇者よ」


 ラセツの剣が、サリアの胸をアタシの目の前で貫いていた。


「……カハッ」

「サリ……ア……!!」

 

 サリアの吐いた血が、我にかかる。そのまま折り重なるように、勇者の身体が我の上に倒れた。


「……ラセ、ツ……お前……!」

「やはり卑怯な罠にかかっていましたか、陛下。魔王までも籠絡するとは、人族とは恐ろしい」


 サリアは死んだ。

 心臓を貫かれて、即死だった。

 なんとかしないと!

 なんとかしないと!

 だが我の命も、もうすぐ消える。

 もう、どうにもできない!


「陛下、早く転生して戻ってきて下さい。その暁には、ともに人族を滅ぼしましょう」


 ラセツ、この石頭のクソマジメ魔族っ……

 待て。転生?

 そうか、転生か!


「……陛下?」


 破魔の光に侵されたこの身体は、もうどうにもならない。

 だけど魂なら。

 心臓を貫かれて即死したサリア。

 一緒に……連れて行く!!


「何をしているのですか、陛下!! あなたは……」


 ラセツが何か叫び続けていたけど、すぐに聞こえなくなっていった。

 すまんな、我が盟友よ。

 我は、こうして勇者サリアとともに死んだ。


 ***


 さて、何処へいこうか。

 テスラ・クラクトに戻ってもいいんだけど、それでは何も変わらない気がする。

 サリアの魂は、すごい。

 これだけの力、たとえ封印してもテスラ・クラクトに生まれ戻ったらすぐに見つかってしまうだろう。

 それは我も同じだ。

 戻ったらまた、魔王業を続けていくしかない。また敵対する関係になってしまう。


 ……違う世界に転生しよう。

 魔族の皆には悪いが、ラセツがいれば変なことにはならないだろう。

 何せあいつはバカ真面目だ。

 そういうところは、少しサリアに似ているか?

 さて、どこがいいだろう。

 サリアは戦うこと自体は本当に好きみたいだ。

 だったら平和に、生死をかけなくても真剣勝負ができて、お互いを高められる……そんな事ができる世界がいい。


『交剣知愛』


 ん?

 サリアの声が聞こえた気がする。

 わっ、なんだ、我とサリアの魂が引っ張られる!

 そうか、言魂か。

 サリアが好きな言葉が生まれた世界に呼ばれているのか。

 楽しみだな。

 そうだ、サリアの記憶は厳重に封印しておこう。

 魂の強過ぎる力も、できる範囲で制限してと。でないとまた、余計な宿命を負わせられかねない。

 あと離れ離れにならないよう、二人の魂に命綱もつけとこう。

 最後に我の記憶は……どうするかなあ。

 綺麗さっぱり忘れて、ゼロからやり直すのがいいな。でないとフェアじゃないし。

 でもそうすると、いざという時にサリアを護れないから……深層意識にねじ込んで、蓋しておこう。

 やばい時には思い出すように。

 ……。

 ん?

 あんまり引っ張るな、サリア。

 命綱がこんがらがっちゃうだろ。

 ……。

 よし、準備完了!

 あー楽しみだ!

 我ら二人の新しい旅立ちに、乾杯!


 ***

 

「……で、どうしてまた戻ってきてんだ、アタシ……」


 アタシは昔を思い出して、深いため息を吐いた。


「陛下? どうされました?」

「なんでもない。それで、お前らはどうして操られてたの? 魔族と人族の戦争はどうなった? ラセツは何をやっているの? 詳しく聞かせて」


 ボン吉とデュラ坊は顔を見合わせてから(片方は顔ないけど)、おずおずと話し始めた。

次話のボン吉とデュラ坊の話は、過去編とかやんないでサクッとまとめてるので、ご安心下さい。

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