4.思い出したら超余裕。アタシ、やっちゃいました?
「刮目せよ。これが人族の火遊びとの違いだっ、フレイム・ボルトぉ~」
ガオォォォォォンッ!!
巨大な炎の竜巻が起こり、数十のグールどもが一気に焼却された。
……って、やばいやばい。
1・刮目する人この場にいない
2・アタシだって今は人族
3・一発で済ませたらウォームアップにならない
反省したアタシは、すぐに魔法効果を霧散させる。
おや?
「わわっ、……なん、なん、なんだ、この頭のおかしい魔力はっ……!」
あそこでジタバタしてる鎧の上と下は、あの坊主じゃないか。
つか失礼な奴だな。「なんだ」って……なんで分からない?
「グルルル……」
「グラァアア……」
焼却を免れたグールどもが、わらわらとアタシに群がってきた。
「えい」
手にしていた剣を軽ぅく一振り。
剣先が音速を超えて衝撃波が巻き起こる。
ドゴォォォン!
やばやばっ、大半のグールと一緒に、神殿を半壊させちゃった!
アタシ、やっちゃいました?
これからこの国に世話させなきゃいけないのに、重要施設を破壊してどうすんだ。
それにしても、サリアの剣は凄いな。アタシの力にも余裕で耐えてる。
むしろ寝起きのアタシに、力を貸してくれてる? んなわきゃないか。
でもこの剣がなかったら、目を覚ます前のアタシはすぐやられてたもんな……
「は、は、はへっ……」
ん? さっきまで腰を抜かしてた骸骨君が立ち上がってる。
そして僅かに生き(?)残ったグールたちが、その骸骨君に集まっていってる。
何する気だろ。
「お、怨霊合魔ッ……!」
おお、グールたちの闇の力を吸収して、自分のステータスをめっちゃ上げた。
相変わらず器用な奴だなぁ。
「うわあアァアアァア!」
そして四ツ腕で剣を振りかざし、アタシに斬りかかってきた!
なにその無理、無茶、無謀。
ギンギンギンギンギンギンギン!!
「ねえ、あのさあ」
「うおお! 死滅・四界八転十六斬!」
ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!!
「どうしちゃったの、マジで」
「あの方の命令の為にィィィィ!!」
ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!!
「あの方って誰」
「死ねぇええぇええ! 異世界の者よぉぉォォ!!」
ギンギンギンギンギンギンギンギ
「人の話を聞けクラァ!!」
片手間に骸骨の斬撃の嵐を弾くのに飽きたアタシは、今度こそ本気で威圧を放った。
アタシの気迫は物理的な衝撃になって、骸骨を襲う。
「グハァッバ!?」
闇の力で結合し動いていた骸骨剣士はバラバラの骨になって、吹き飛ばされる。
そして最後にポトンと、髑髏だけが地面に転がった。
「く……み、見事……異世界の少女よ……その力、貴様が本当の勇者だったの」
「いーかげん気づけボン吉ィ!!」
スコーン! とアタシは喋る髑髏を蹴っ飛ばす。
ゴィン!
「あ痛ァ!」
狙い通りに鎧の坊主、デュラ坊に当たった。
アタシ、ナイッシュー。
***
「……死ね、ボン吉。デュラ坊」
アタシは骸骨剣士の髑髏を踏み砕き、首無し騎士の残った鎧を粉々にすり潰してやった。ククク。
やがて物質を媒介に定着していた魔物の魂が、ふわりと湧き出てくる。
「……うへぇ、呪紋が魂にへばり付いてる。これマジで一度死なないと、外せないなあ……」
アタシは魂そのものを傷つけないように丁寧に呪いを外してから、彼らの肉体とも呼べる骨と鎧を再構築していった。
「これは……めんどくさー……」
正確には違うけど、死からの転生みたいなものだ。
さすがのアタシでも、結構な魔力を消費する。
それでも僅かな時間でアタシは、ボン吉とデュラ坊の再生を終えた。
「あ……」
「……う……? あれ……」
「目ぇ、覚めた?」
死霊の騎士・ボーンウォリアーのボン吉。
妖精が宿りし鎧・デュラハーンのデュラ坊。
起き上がった二体の魔物は何が起きたのか理解が出来ず、キョロキョロと周囲を見回している。その姿が間抜けで可愛い。
やがてはたと、アタシと目が合った。
大サービスでニコリと笑ってやると、二体はアタシに飛びついてきた。
「陛下ぁー!!」
「バルマリア様ぁ!!」
ゴィングリン!
「バカやめろ痛い痛い! 骨と鎧がゴリゴリ当たって痛い!」
無理やり引き剥がしてから、ゲシゲシと足蹴にする。
「加減しろテメエら、今のアタシはただの女子高生だ!!」
「ううう……」
「バルマリア様ぁ」
けどコイツら、半泣きの体でまだアタシに縋りついてきやがる。
「だから魔王に気安く抱きつくなって、この馬鹿ども」
「バルマリア様ぁ、お会いしたかったです~」
「名前を、呼んで頂きとうございました~」
「あー……ったく……」
アタシは深くため息を吐きながら、ポンポンと小僧どもの頭を叩いた。
「悪かったよ……急にいなくなって」
そう。
アタシはあの日、この世界テスラ・クラクトから姿を消した。
十八年前のことだった。
***
「陛下ッ、最後の四天王が倒されました! まもなく勇者がこの玉座の間にッ!!」
「ちっ……ラセツの奴は間に合わないの?」
「無理です! 人族の罠に嵌まりお一人で大軍勢に包囲され、身動きができません!」
あのラセツが?
魔王軍で我に次ぐ強さを誇るアイツが、いくら大軍とはいえ人族に囲まれた程度で……
不審に思うが、今はそれどころではない。
「分かった。ボン吉」
「ハッ!」
「デュラ坊たち親衛隊を連れて、城から離脱しろ」
「そんなっ……バルマリア陛下を残して逃げることなど、できませぬ!」
「……なーに勘違いしてんだ、バーカ!」
我は四ツ腕のキモ可愛い骸骨を、胸に抱いてやる。
「へっ……陛下! おお、お胸がっ!?」
「柔らかくて気持ちいいだろ? 大サービスだ味わっとけ」
カチャカチャと腕四本をジタバタさせるボン吉。
「いいか? この我がポッと出の人族勇者なんぞに負けるわけないだろ? しかも勇者は女だって話じゃないか!」
「……陛下も、女性であらせられます」
「あははっ、我を女扱いするか? 色気づきおってボン吉のクセに!」
「いだだだだ」
我は髑髏のコメカミをグリグリしてやる。
「よいか。そなたらを逃すのは、我が全力を出したいからだ。四天王をこうも容易く倒してくれた、勇者サリア。この魔王が持てる力総てで戦うに相応しい相手が、ようやく現れたのだ。お前らを巻き込む心配しながら戦いたくないだけだよっ……」
「うわっ」
我は用意しておいた転移陣に、ボン吉を放り込む。
「……バルマリア陛下ぁ!」
「デュラ坊たちのところに送ってやる。早く逃げろよ!」
ヒュン! と骸骨の姿が消えて、転移陣も消失した。
「さて……」
迫ってくる強大な気配に、我は玉座の間の大扉に目をやる。
ガォン!
許しのない者の入室を絶対に認めない魔法の扉が、粉々に砕け散った。
「……すいぶんと激しいノックだなあ、勇者よ」
「失礼。あんまり育ちが良くないので」
粉塵が晴れて姿を現した勇者に。
……我は一瞬で目が奪われた。
流れるような美しい金髪。
吸い込まれそうな深い輝きを宿した、切れ長の碧眼。
スッと通った鼻筋に、薄い唇。
小さい顔に、均整のとれた身体。
ささやかな胸の厚みがかえって愛らしい。
長い脚。具足の隙間に見える太ももの透き通るような白さ。
この世の美をすべて体現したかのような容姿だ。
それでいて、魔王たる我を圧し潰すがごとき気迫と、満ち満ちた殺気。
……ヤバい。
「ブハッ!」
「なんでいきなり鼻血!? 私なにかした!?」
何という、どストライク!
初手からこんな精神攻撃。これが人族のやり方か!?
「いや……なんでもない。忘れてくれ」
気をとりなおして我は、魔剣・シュバルツェンレイカーを鞘から引き抜いた。
「さあ、始めようか」
「ええ。遠慮なく行かせてもらうわ、魔王バルマリア。この世界、テスラ・クラクトに平和をもたらす為に!」
勇者もまた、手にしていた白の宝剣・レーヴァテインを構える。
「この私、勇者サリアがあなたを倒してみせるっ!!」
かっこいい!
尊い!
「……あなた病気か何か? まだ鼻血出てるよ」
サリアは呆れて呟いてから、斬りかかってきた。
***
七日間の死闘でも、まだ決着はつかなかった。
戦闘の余波で、魔王城はほぼ全壊。
ああ……我お気に入りのインテリアの数々、木っ端微塵であろうな……
「……超級ッ!」
ヤバい、サリアの奴またあの大技を!
「閃光裂断覇ぁァァッ!!」
放たれた剣閃が、破魔属性を帯びた圧倒的な光の奔流となって我を襲う。
この技は正面から受け止めてはダメだ!
我は魔剣を掲げる。
「絶対魔障防壁!!」
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!
受け流す為に、剣閃に対して斜めに防壁を展開。それでこの威力。まだ油断はできない、この技はここから――
「……双龍回天!!」
自身の放った剣閃の反動を利用した、斬り返しの二段攻撃! 一撃目の光の奔流が収まらない内に、二撃目の光の龍が別の角度から襲いかかってくる。これは正面から受け止めざるをえない!!
「うおおおおおおお!!」
ガガガガガガガガガガガガガガ!!
絶対魔障防壁を張る魔剣シュバルツェンレイカーに、あらん限りの魔力を注ぐ。永遠とも思える時間の後、ようやく激しい光の奔流が収まった。
(ど……どうにか今回も凌ぎきったっ……!)
もはや焦土と化した戦場で、見ればサリアも肩で息をしながら、立っているだけで精一杯という様相だ。
そしてそれは、我も同じだった。
「たっ……タイムだ!」
「はあっ?」
手を挙げて宣言する我に、サリアは呆れたような声を出した。
「そなた、今のでかなり限界だろう? 我もだ! だからどうだ、一時休戦、紳士協定といかないか?」
「……くだらない、そんな罠に引っかかる私では」
「罠ではない。これならどうだ」
ザシュッと我は、地面にシュバルツェンレイカーを突き刺し、両手を挙げた。
「これで信用できるか?」
「あっ……あなた、馬鹿なの? 今、私が攻撃したらどうするつもり!?」
「そなたは、そのような卑劣な真似をしない」
「これはテスラ・クラクトの未来がかかった決戦なのよ!? 手段を選んでなんかいられないわ!」
「それでも、そなたはしない」
「どうして分かるの!」
「剣を交えたからだ。そなたの真正直な剣とこれだけ戦ってくれば、嫌でも分かる」
「……あなた……」
ザシュッ
サリアも宝剣・レーヴァテインを大地に突き刺した。
「分かった。紳士協定、一時休戦ね」
「ああ」
ふぅっ、良かった!
本気でギリギリだったから、受け入れられなければ負けるところだった。
サリアには悪いが、魔族の未来の為。我もここで敗れる訳にはいかない。
「……ふふっ」
サリアが笑った。
「何がおかしい?」
「いいえ。紳士協定って変よね。私たち二人とも女なのに。乙女協定ってことにしましょうか、ふふっ」
なんだそれは可愛い尊い可愛い過ぎる!
「ブハッ!」
「また鼻血!? 私なにも攻撃してないよね!!??」
まずい。本気で我はこの戦いで、死ぬかもしれない。