36.トーク・バイ・H「負けるわけにはいかないんだ」
——思えば、昔からそうだった。
元の世界にいた時から、香苗は可愛い子を見つけてはお節介を焼いて、自分に惚れさせていた。
悪質なのは、彼女にその自覚がまるで無いことだ。
「可愛い子が困ってたら、助けてあげたくなるじゃん」
「だったら香苗、可愛くない子は無視してるってこと?」
「女の子はみーんな可愛いよ~」
中学生の頃。
香苗とある日、教室の片隅で迂闊にもそんな会話をしてしまったことがある。
離れた場所にいたはずの女子グループから「きゃああ!」「かっこいい……」と黄色い声や熱っぽい溜息が漏れ聞こえてきた。
「やば、聞かれてた。キモいって思われたかな?」
「そんなわけないでしょ。香苗は——」
「そりゃ日々華だったら、そんなわけはないよ? 学校イチのモテ女子なんだから。でもね、アタシは違うの。いっつも日々華の傍にいるアタシは、お前は邪魔だって目で見られてるんだからね」
「……」
学校イチのモテ女子。
それが自分だということに、どうしてこの幼馴染はいつまで経っても、気が付かないんだろう。
「アタシ、鈍感系の主人公って嫌いなんだよね。相手を無駄に傷つけてるだけじゃん」
青春系ライトノベルとやらを読んでいた香苗は、そんなことを呟いたこともあった。
正直言って、後ろから張り倒したくなった。
「そんなこと言って。だったら香苗は、人からの好意に敏感なの?」
思わずそんな嫌味みたいなことを口走って、しまったと自分の口を押えた。
香苗にはそのまま鈍感でいてほしい、という気持ちもあったからだ。
そうでなければ、気づかれてしまう。
彼女が多くの人々に愛されていることと、同時に。
私が。
私が、誰よりも——
「ふっふっふ。日々華、もちろんアタシは気づいているよ」
ドクン!
正面から私を見つめる、香苗の深い深淵を湛えたような、美しい瞳。
そしてその言葉に、私の心臓は破けてしまうかと思った。
「このアタシ、黒崎香苗を愛してくれるような危篤な変人は……日々華ッ!」
止まった。
心臓が止まった。
「幼馴染の日々華しかいないんだよ~! ふええ~ん! 日々華はアタシの事、一生見捨てないでねぇぇ~! あははっ」
笑いながら言って、香苗は猫の手の真似をして私にじゃれついてきたんだった。
「あれ、日々華?」
少しフリーズした後、私は手にしていたノートを丸めて。
「面ッ」
「あいたっ」
香苗の頭を叩いたら、パコンといい音がした。
「隙ありだよ」
「不意打ちなんて卑怯だぞ」
「こっちの台詞だよ。見捨てられたくなかったら、他の子にちょっかい出すのを止めなさいね」
「ええっ? そんなの今まで、一度も出したことないよ!?」
「本気で言ってるんだったら正気を疑うけど。よく考えたら香苗は、最初に会った時から正気じゃなかったよね」
「なにそれ酷くない!?」
「あははっ」
正気だったら。
独りぼっちだった私に声をかけて、身を挺して助けてくれて、友達になってくれたはずがないんだ。
たとえ幼稚園児の時には分かっていなかったとしても。
小学生になり、中学生になり、そして高校生にまでなった今なら。
本当に独りぼっちで厄介な私、っていう実態に気づいて、離れていったはずなんだ。
「あははっ……さ、日々華。道場に行こっか。昨日ネット動画で見た、新技を試したいんだよね。今日こそ一本取ってやる」
香苗。
見捨てないでね、は私の台詞なんだよ。
だから。
「新技なんて、私に披露していいの?」
「えっ、どういう意味?」
「隠れて特訓して、公式試合で使ったら? 私に勝つために」
「言ったね、後悔させてやるんだから」
私は負けない。
貴女が実力を出せなくても、出せたとしても。
ずっと一緒にいる為に、私は負けるわけにはいかないんだ。
今回、ちょっと短めだったので。
次話は1時間後くらいに更新予定です!