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35.もう一度、愛する貴女と戦う為に。

 魔導帝国レフト、その帝都であるレフティリアの街をユニコーンの馬車で巡りながら、アタシはアルレシア王国の女王であるターニャちゃんから、今までの話を聞いた。


(大活躍じゃん、アタシ……え? なんでその記憶がないの?)


 日本からこの世界、テスラ・クラクトに異世界召喚されたアタシは、アルレシア王国の危機を救ったらしい。

 ターニャのお父さん、つまりアルレシアの前王は魔族に支配されてしまっていて、私利私欲に目が眩んだ悪の宰相に国政も壟断されていた。

 そこに勇者の生まれ変わりとして召喚されたアタシが、見事に前王に憑りついた魔族を退け、悪の宰相の正体も暴いたという。


(そこ! 見せ場じゃん! なんでカットされちゃうわけ??)


 そしてアタシはターニャを女王の座に押し上げ、悪の宰相を影から操っていた疑いのある魔導帝国レフトに、女王とともに乗り込んだという筋書き(ストーリー)だった。


「それで、なんでアタシはその記憶がないの?」


 アタシは横に座るターニャに尋ねる。


「わかりません。けれど」


 ターニャは小さく首を傾げてから、続けた。


「今のカナエ様は、勇者の力が抑えられているご様子です。もしかすると、この魔導帝国でなんらかの魔法が発動して、勇者の力と記憶が一時的に封印されているのかもしれません」


 確かに。

 腰に差してるこの綺麗な白い鞘の剣——勇者の証である宝剣レーヴァテインっていうらしい——、さっき急に熱くなって装備できなくなった。

 今は何ともないけど、どうやら今は勇者の力とやらを自在に使うことはできないみたいだ。


(ま、問題ないか。アタシには剣道があるし)


 ターニャから聞く分には、この世界はマジで異世界王道の剣と魔法の世界らしい。

 面白い。

 ネットから文庫、アニメまであらゆる異世界ファンタジーの知識を得ているこのアタシが、剣道インターハイ準優勝の実力をもってして、この世界で無双してくれよう。


(……準優勝)


 アタシの胸に、チクリと痛みが走った。


「カナエ様?」


 アタシの腕にそっと手を乗せて、ターニャが顔を覗き込んでくる。


「ん? 何、ターニャちゃん」

「いえ……カナエ様が一瞬、今までお見掛けしたことのない表情をされたものですから」

「え、そう?」


 アタシはこの世界に一人で召喚されたらしい。

 つまり、ターニャが教えてくれたアルレシア王国を救ったエピソードも、アタシの横には『彼女』はいなかったということだ。

 ……そんなに、長く、彼女と離れたのは初めてだった。


「カナエ様ッ!?」


 パタパタ、と馬車の床に雫が落ちた。

 ターニャがアタシの手を握って心配そうに見つめている。

 アタシは泣いていた。


「ごめん、聞いてくれる? ターニャちゃん」

「もちろんです!」

「アタシね、日々華に、酷いことをしたんだ」

「ヒビカさ……んにですか? カナエ様が?」


 夢の異世界ではあるけれど、隣に日々華がいない不安。

 もう二度と会えないかもしれない。

 その思いが、ずっと誰にも話すつもりがなかったことを、目の前の優し気な少女を前にして漏らしてしまう。


「アタシは日々華が大好きなんだ。小さい頃からずっといっしょに剣道をやってきて、ライバルだった。ライバルだったんだけど」

「はい」

「試合になると、アタシはいつも日々華を相手に、本気を出せなかった」

「それは……命がけの勝負なら、想いのある方に本気を出せないのは、当然ではないのですか?」


 アタシは首を横に振る。


「アタシの世界の剣道はね。竹で作られた竹刀で防具の上から決められた場所を打つ、安全な競技なんだ。本気でやっても、命の危険なんてないんだよ」

「えっ……それでもあんなに、お強いんですか……」


 驚くターニャちゃん。

 そうか、記憶を失くす前のアタシは、ターニャちゃんの前で剣道で戦ってたのか。


「まあ、アタシは日々華と一緒に古流でガチの殺人剣も少しだけ齧ったから。多少はそれもあると思うけど」


 思い出す、日々華と竹刀を交えた日々。


「それはともかく。剣道なら、命の心配もなく本気で試合ができるはずなんだ。それなのに、アタシは」


 とうとう、最後と決めたあのインターハイの決勝でも、実力を出すことができなかった。


「どうしても、本当の実力を出せなかった。日々華と戦うと熱くなりすぎて、アタシは我を忘れる。分かるんだ、アタシは」


 自分の掌を見つめて、断言できる。


「本気を出せば、アタシは日々華よりも強い」

「……」


 ターニャちゃんは黙って聞いている。

 女王様にとっては会ったこともない人のことを話しているわけだから、何も言えないのも仕方がないだろう。

 でもアタシは、続けてしまう。


「ああ……あの決勝戦、あれが本当に最後になるんだったら、アタシは、日々華の親友なら、恋心を捨てて剣士として向き合わなくっちゃいけなかったんだ」


 もちろんそのつもりで、決勝の試合に臨んだ。

 あの試合を最後に、竹刀を置く覚悟で。

 でも結局、落ち着いて実力を出し切ることはできなかった。


「ごめん……日々華……剣士として、貴女にアタシは酷いことを……ごめん……」

「カナエ様ッ!」


 ターニャちゃんが、アタシが顔を覆った手を引っ張ってギュッと握った。


「大丈夫です、ヒビカ様には必ず、また会えます!」

「……ターニャちゃん?」

「お二人は強い絆で結ばれています。運命が、お二人の袂を分かつことなどありえません!」

「……どうして?」


 真剣な表情で力説したターニャちゃんは、アタシの問いに一瞬戸惑ってから。


「それは……分かるのです、ワタクシには」

「なんで?」

「見てきたからです。おふた……お、お二人を見てはいないですが、カナエ様、貴女を見てきましたから!」


 よく分からない理屈だ。

 けど、いいかげんに勢いだけで話しているようには、見えなかった。

 少なくともターニャちゃんが、本気でそう思ってくれていることは伝わった。


「……ありがとう」

「とんでもありません。カナエ様、ごめんなさい」

「? どうして謝るの?」

「それは……ええと、あっ! カナエ様! 着きましたよ!」


 ターニャちゃんは誤魔化すように声を上げて、馬車の窓の外を指さした。

 そこにそびえ立っていたのは。


「げっ……なに、この気持ち悪いお城……」


 山と見間違うくらいの巨大建築物。

 それはファンタジー漫画でよく見るような、西洋のお城。

 けどなんていうか、人外の生物を象ったようなおどろおどろしい装飾や、濁った泥水を湛えたような暗い光が蠢く宝玉、刺々しいデザインがあちこちで主張している、見上げているだけで不快な気分になってくるような城だった。


「魔導帝国レフト、その皇帝の居城レフティリア・パレスです」

「……そっか。ターニャちゃん、というかアタシも、この国の皇帝に会いに来たんだっけ」


 新女王即位の礼の名目で、アルレシアの内政に干渉したその真偽を質しにきたということだった。


「はい。そして皇帝は、帝国内部の出来事を魔導の力で、ほぼすべて把握しているという話です。ですから皇帝に聞けば、ヒビカ様がこの世界に来ているかどうか、手掛かりが得られるかもしれません」

「……!」


 その言葉を聞いて、アタシは気合を入れ直す。

 そうだ、諦めるな。

 きっと日々華も、この世界に来ている。

 必ず、再会するんだ。

 もう一度、愛する貴女と戦う為に。


 ***


「……って、すぐに城に入るもんだと思ってたよ」

「さすがに、ワタクシも一国の女王なので。皇帝と面会するのに、なんの段取りもなくすぐにというわけには参りません」


 出迎えられた帝国兵たちに案内されたのは、城から少し離れた場所に立っていた迎賓館だった。

 豪華な作りの立派な建物だったけど……城と同じく、こちらもやっぱり、趣味が悪い。

 案内された一室で、アタシとターニャちゃんは一息ついた。

 時刻はもう夕刻だ。


「今日はもう、皇帝には会えない感じ?」

「そうですね。精霊国ラフィンと違い、先触れを出しておりませんでしたから。もちろん先方はこちらの動きなどとっくに察知していたでしょうが、建前として早急な会談には応じないでしょう」

「……アタシだけでも先に、殴り込んでいい? 早く日々華の情報を集めたいし。レフトの皇帝って、アルレシア王国にちょっかい出してきた悪いヤツなんでしょ」

「お気持ちは分かりますが、自重して下さい。彼らの狙いは魔お……勇者であるカナエ様なのですから」

「マオ? いま勇者の前になんて言ったの?」

「な、なんでもありません」


 ターニャちゃんは横を向いて、「ワタクシだってこんなの、得意なわけじゃ……」とかブツブツ言ってる。

 どうしたんだろ、緊張してるのかな?


「とにかく、今晩は旅の疲れを癒しましょう。湯浴みの用意をして下さっているようです。先にカナエ様からどうぞ」

「え、湯浴みってお風呂でしょ? 大丈夫なの? ここ敵地みたいなものでしょう?」


 アルレシア女王ターニャちゃんは、もちろんアタシと二人だけで帝国に来ていたわけじゃない。

 ユニコーンの馬車の御者を始め、護衛の騎士たちとあの後すぐに合流していた。

 その騎士たちも今、この部屋の周囲を守っている。

 でも騎士たちは見た感じ、本気出したアタシでも勝てそうな程度の実力だ。

 王国に悪意があるかもしれない帝国の中で、油断をするわけにはいかないだろう。


「ここは帝国の公式な迎賓館です。さすがにこの建物の中でワタクシの身に何かあれば、帝国の沽券に関わります。問題はないと思いますわ」

「そういうもん?」

「はい」

「ならターニャちゃん。お風呂、一緒に入る?」

「ひぃええっ!?」


 ボッと顔を真っ赤にして、ターニャちゃんは黄色い声を上げた。


「お、お、おふっ、おふ」


 可愛いなあ。


「おお風呂に、一緒に入るって、だだ誰とですか?」

「アタシと」

「誰がですか??」

「ターニャちゃんが」

「なんでですか???」

「んー、護衛の為?」

「なんで疑問形なんですかっ!」


 だって後付けだもん。


「だいたい、いい、一緒にお風呂なんて、みみ、見えてしまうではないですかっ!」

「なにが?」

「はは、はだ、はだ、」

「裸?」

「っ……! 肌がです!」

「そりゃあね。服着てお風呂は入らないよね」

「恥ずかしいですッ」

「気にすること無いよ女同士じゃん」

「そ、それでも」

「意識するなんて、ターニャちゃんたら、えっちぃ」

「そそそそ、そんなつもりは」

「あはは、もう可愛いなあ」

「からかわないで下さいッ、カナエさん!」

「本気だよ?」

「だ、だいたい! 一緒に服を脱いで入ったら、護衛になりません!」

「大丈夫だよ、レーヴァテイン持ってくから。さっそく行こうッ! 裸の付き合いだー!」


 アタシは真っ赤になってアワアワしている可愛い女王様の手を握る。

 そして傍らに立てかけていた、宝剣レーヴァテインを手に取った。


「うわっっちゃああああああ!!! 熱いよぉぉぉぉおおおおお!!」


 ***


「楽しんでるねぇぇぇ、香苗ぇぇぇ?」

「お姉様……さすがのウチも、庇いきれへん……」

「ねえミュエル、今あの部屋に敵の影が見えた気がするんだ。閃光裂断覇ブチ込むね」

「落ち着けぇジブン! 計画全部パァにする気ぃか!?」

「やだなあ。敵を殲滅するだけだよ」

「お姉様は、陛下を妹みたいに可愛がってるだけや! 分かっとるやろ!」

「何の話ぃ? じゃあいくよ、閃光ぉ」

「究極奥義を嫉妬で使うたらアカンって!!」

「嫉妬……嫉妬なのかな、これ」

「? ヒビカさん?」

「……」

「もしかして、昼間のお姉様の話が引っかかってるんか? お姉様はヒビカさんとの勝負はいつも本気じゃなくて、本当は自分の方が強いって思ってるって」

「……」

「だから、イライラして」

「知ってたよ」

「え?」

「香苗がそんな風に考えていることは、なんとなく分かってた」

「そうなん?」

「実際に……今は、香苗の方が私よりも強い。だから」

「だから?」

「これからは、私の方が強くなる」

「……ヒビカさん」

「そうすれば、香苗はもっと必死になる。私に必死になる。本気を出してくれる。そして。そんな香苗を更に、私が上回るんだ。そしたら、きっと、きっと……あははははっ」

「ヒビカさん」

「!? ……私、今、笑ってた?」

「思いっきり」

「怖ぁ」

「自分で言うなや」

「私、メンヘラじゃん……」

「なんや、メンヘラって」

「私の世界の言葉でね、心が——ちょっと待って」

「!」

「ミュエル、あれ見て」

「ああ。間違いあらへんな」

「釣れた、ってことでいいのかな」

「どうやろな。罠の可能性はあるで」

「どうする」

「まずはお姉様にまかせて、様子見や」

「でも香苗は記憶がないから、魔王の力が使えない。危険じゃ」

「それはもう話したやろ」

「けど」

「それくらいで、どうにかなるお姉様やない」

「……うん」

「まずはアチラさんの出方を……ああ!」

「何?」

「お姉様、ターニャ陛下と一緒に浴場に行ったで」

「……」

「……」

「閃光ぉぉ!」

「やめえええええ!!」


 ***


 ん? なんか妙な気配がする。

 レーヴァテインを置いてきたの、マズかったかな……?

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