26.ターニャ・エル・アルレシア。そしてトーク・バイ・???その2。
アタシと日々華は、きちんと着替えてから家の応接間で、ターニャと向かい合った。
ターニャは珍しくロウナーを連れず、最低限の護衛だけを連れて来ていた。
護衛は部屋の外で待機している。
「女王陛下が、こんなとこに一人で来て大丈夫?」
「女王はやめて下さい、カナエ様。どうか今まで通り、ターニャと」
上品な仕草で、ターニャはソファに座ったまま頭を下げる。
「そう? じゃあターニャもアタシ達のことは、呼び捨てで」
「それはいけません。お二人は救国の勇者様です」
「そんなかたっ苦しいこと言わなくても」
「ダメです」
お、頑固だな。
おっとりしてそうで、こういうとこあるよねターニャは。
「城の方は今、ロウナーが頑張ってくれています。私はお二人に、折り入ってご相談が」
さっそく本題に入るターニャ。
ゆっくり話す時間もないんだろうな、こんな時期に急に女王になったんだから。
「うん。なにかな?」
「単刀直入に申し上げます。カナエ様、ヒビカ様、お二人には魔導帝国レフトに行って頂きたいのです」
ずいぶんストレートに言ってきたな。
正攻法はこの子らしい、そういうとこ好きだなあ。。
「それは、悪い国だから滅ぼしてきてくれって意味?」
こちらも真正面から打ち返す日々華。
ターニャは慌てて首を横に振った。
「違います、違います! これから詳しく説明しますわ」
ターニャはこほん、と咽喉を整えてから、口を開いた。
「我が国は近々、諸外国に宣言します。『かつて魔王を倒した勇者サリアは異世界に転生し、そしてアルレシアに帰還した』と」
「うん」
「既にご存知の話も多いと思いますが、聞いて下さい。……十七年前、魔王が勇者と相打ちになってからしばらく平和だったテスラ・クラクトですが、近年ディードリヒの跳梁により魔物の襲撃が増えていました。その黒幕が、判明したのです。彼に魔物を操る術を渡したのは、魔導帝国レフトでした」
ディードリヒへの尋問と、ラフィン第一王女のもたらした情報を擦り合わせた結果だろう。ターニャは断言した。そして。
「ワタクシの父に憑りついた魔族も、帝国による策略でした」
うーん、それはどうかなあ。
昨晩も考えてたけど、あのラセツが人族と手を組むはずない。
人族を利用する、ならあり得るけど。
その相手がレフト、っていうのがなあ……違和感。
「その話、確かなの?」
アタシは口を挟んだ。
「ターニャのお父さんか、ディードリヒが、そう自白したの?」
「はい。父は自分の意志で、ディードリヒは……拷問の末に白状しました」
拷問という言葉を口にした時、ターニャは顔を歪ませた。
こんな世界じゃ、仕方がないだろう。
王国が滅んでもおかしくない事態だったんだから。
「……あのさ。アタシもその二人に会わせてくれないかな? 嘘を言っている可能性もあるでしょ?」
アタシなら、〈デモンズワード〉で偽証不可能な尋問ができる。
なぜ勇者にそんな術が使えるんだ、と疑われるから言い出せなかったけど。
今、ターニャは正直に裏表なく話をしてくれている。
アタシもこの子には、できる範囲で駆け引きなく話をしたいと思った。
「それは……無理です」
けどターニャは、暗い顔で答える。
「昨晩、二人とも暗殺されました。……王城を破壊され、修復で混乱をきたしているところを狙われたのです」
……遅かった。
しかたなかったけれど、昨夜の内に、王城に忍び込むべきだったんだ。
思えば、前王と大臣ズが排斥されてすぐミュエル達が送り込まれた本当の狙いは、これだったんだ。
レフトが裏にいる証拠を、隠滅する隙を作り出す為。
もちろん『勇者』の情報収集もあっただろうけど、結果から見て本命はこちらだ。
くそっ、クソ大臣ズは死霊に喰わせるべきじゃなかった。
アイツらだって証拠になったのに……
「ワタクシが推測するレフトの真の狙いは、『勇者サリア』の独占です」
ターニャは淡々と語る。
その膝の上で、拳を握りしめて。
あっ……
「まずディードリヒを使って魔物に王国を襲わせ、王が勇者召喚の儀を行っても不自然ではない状況を作った。もっともディードリヒは、すぐ勇者を始末して、息子のガルパをその地位につけるつもりだったようですが」
ターニャの手が、震えてる。
当たり前だ。
「そして、召喚されたばかりの勇者が本来の力を発揮できないうちに、奪い去るつもりだったのでしょう。父王に憑りついた霊体の魔族、もしくは大臣が召喚した六つ腕の魔族に、攫わせるつもりだったと考えます」
ターニャは、母親を幼い頃に失った。
そして関係が悪かったとはいえ、今度は父親が、自分が排斥した直後に暗殺されてしまったんだ。
「勇者の誘拐に失敗したので、今度はラフィンの王女を隊長とした傭兵部隊に、王都を襲わせた。目的は勇者の実力を確かめることと、魔導爆弾を仕込んで王城で爆発させること。その混乱の隙に父やディードリヒを殺して、自分たちが関わった証拠を消したのです。ワタクシが不甲斐ないばかりに、まんまとしてやられました」
孤独になったターニャ。
それでも王族である以上、衰退した王国を守らなくてはならない。
ターニャは現代日本でいえば、まだ中学生の年齢だ。
そんな少女が、重責に耐えて気丈に振る舞い、アタシ達の前で一人頑張っていた。
「ですが、カナエ様たちのご活躍がありました。ミュエルが人質を取られ従わざるをえなくなっていた、精霊国ラフィンの王女を確保することができたのです。ラフィンに濡れ衣を着せるつもりだったのでしょうが、これで帝国が黒幕であることがハッキリしました」
泣きたいだろう。
叫びたいだろう。
でもターニャは泣かず、叫ばず、一国の王女として、『勇者』であるアタシ達に向き合っている。
「けれど、ラフィンの王女の証言があったとしても、帝国はそう簡単に自分たちの行いを認めないでしょう。そこでワタクシは考えました。テスラ・クラクト全土に『勇者サリア』の存在を、公式に宣言するんです。それが一番、魔導帝国への牽制となるはずです。そして」
ターニャはガタッと立ち上がる。
アタシにはそれが、弱気になるまいと自分を鼓舞する為のように見えた。
「お二人には魔導帝国レフトに、ワタクシと一緒に来てほしいんです! 新たに女王となった者は、近隣の国へ戴冠の挨拶を行う慣わしがあります。勇者を伴った女王の公式訪問。これが実現すれば、今後帝国は他国の手前、そう簡単に勇者に手出しできなくなるでしょう」
最後まで話し切ったターニャは、じっとアタシと日々華を見つめる。
「ダメ……でしょうか。もちろん悪意ある国の本拠地に向かうのですから、危険はあります。ですがこれが、お二人を『勇者の力』を狙う諸外国から守るための、最善策であるとワタクシは——」
「ターニャ」
アタシは立ち上がった。
一瞬、ビクッと身を竦ませるターニャ。
その小さな身体を、アタシは優しく抱きしめた。
「か、カナエ様っ……?」
「ありがとう」
「え、な、なんで、お礼なんて……だって、ワタクシの方が、助けられてばかりで」
「そんなことないよ。仮にそうだったとしても、ターニャが大変な時に、一生懸命アタシたちのことも考えてくれたことが、嬉しいんだ」
「ち、ちが……違うんです」
堪えきれなくなったターニャ。
その瞳から零れた涙が、アタシの服を濡らした。
「すみません、嘘をつきました……お二人の為じゃないんです。軍事力が著しく低下したアルレシアは、もうお二人に頼るしかないんです。他国に、勇者を奪われるわけにはいかない……これは、ワタクシのエゴなんです」
「ターニャ」
アタシは抱きしめた腕を緩めて、幼い女王の顔を見下ろした。
そして。
「むにゅー」
「みゅううっ!?」
ターニャのほっぺたを両手で挟んで、むにゅってした。
「リラックスして、ターニャ! アタシはこの国を……ううん、ターニャを見捨てたりなんて、絶対にしない。日々華は?」
「私もだよ、女王様。……ううん、ターニャ。安心して」
きっとアタシと同じことを感じていた日々華も、優しい声で同意してくれた。
「ふぁ、ふぁなえふぁま……ふぃふぃふぁふぁま……」
「あはは、今なんて言ったの? あははっ」
名前を呼ばれたことを分かってて、アタシは明るく笑った。
顔から手を離してあげると、ターニャは可愛らしくむくれる。
「ひどいです、カナエ様」
「ごめんごめん。ターニャのほっぺ、プニプニで可愛かったからさ」
「……ひどい、です……」
そしてアタシに抱きついて、胸に顔を埋めた。
「こんなタイミングで、優しくするなんて……ひどいです……」
「ごめんね。今は、今だけは。いっぱい泣いていいんだよ、ターニャ」
「う……、うう、うわああーっ」
子どものように。
ううん。
歳相応の少女のように、ターニャはアタシの胸で大声で泣いた。
「……一緒に行くよターニャ、魔導帝国レフトに」
少女の髪を優しく撫でながら、アタシは言う。
「お父さんの仇を討とう。レフトから王国を守って、二度と手出しできないようにすることでさ」
「……はい……!」
ごめんターニャ。
アタシも嘘を、いや大事なことを言っていない。
ターニャの推測には、決定的な穴がある。
もちろん、ラセツのことだ。
アイツが、魔王バルマリアを捕まえる為にレフトを利用していたとしたら。
アルレシアの受難は全部、アタシのせいだ。
決着をつけないといけない。
魔導帝国レフト。
あの国に行けば、きっとアイツに会えるだろうから。
***
ねえ、どんな気持ち?
「なにが?」
香苗が、エルフの女を助ける為にキスをして。
ターニャ女王を慰める為に、抱きしめて。
ねえ、どんな気持ち?
「……斬られたいの?」
怖いな、そんなに怒らないでよ。
だって、本当に知りたかったから。
どんな気持ちなのかなって。
「教えない」
そう、残念。
知りたかったんだけどな。
嫉妬と不安と独占欲に支配されてさ。香苗が寝ているのをいいことに、自分の胸をまさぐらせるくらいの感情って、どれくらいのものか知りたかったなあ。
「黙って」
気に障ったのなら、ごめんね。
ここから出ていこうか?
出ていったら、あなたはまた戦えなくなるけど。
香苗に守られるだけの存在に、また戻るけど。
「……ここにいて」
わかったよ。
でも、覚えておいてね。
あなたが思い出しさえすれば、一人でだって充分に戦えるんだからね。
「わかってる……」
本当かなあ。
でも、いいよ。
あなたがその気になるまで、力を貸し続けてあげる。
それが、〈……〉の望みだから。




