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25.朝チュンにはまだ早い。

 ミュエルのお姉さんを魔導帝国の工作員から奪還した後。

 家にターニャからの使いが来て、精霊国ラフィンの王女姉妹は王城へと向かった。


「またすぐ、ウチとお会いして下さい。お姉様……」


 ミュエルは本当のお姉さんが横にいるのに、どうしてアタシもそう呼ぶんだろう……

 それはともかく。

 ラフィンは人族に敵対こそしないが、けっして仲間でもないというスタンスの国だ。

 事情があったとはいえ、その第二王女が傭兵となってアルレシア王国にテロ行為を働いた。

 事は高度に政治的な問題となるから、女王ターニャが直々に尋問することになったんだろう。

 もちろん、ミュエルがこの家で一人アタシたちを待っていた間も、しっかりと監視の兵はついていた。


「……私たちも一緒に、行かなくていいのかな」

「本当は来てほしいだろうけどね」


 日々華とアタシはそれぞれ風呂で汗を流してから、着替えてベッドに腰掛ける。

 今日もいろいろあった。もう夜中だ。


「だったらターニャ様、なんで私たちも呼ばなかったんだろう。ええと……魔導帝国レフト? の話だって、香苗から説明した方が良かったんじゃない?」

「そのあたりは、きっとラフィンの第一王女が分かってると思う。ターニャがアタシ達を呼ばないのは、別の心配をしてるんだ」

「どんな?」

「……レフトの狙いは、明らかにアタシ達『勇者』だった。ここまでの事件を起こした以上、このままで終わるとは思えない」

「また、私たちが狙われるってこと?」

「うん。そのアタシ達がついて行ったら、また王城に被害が出るかもしれないからね」


 ディザスター・アーマーと霊体ラセツとの戦い。

 闘神アシュラとの戦い。

 そして邪龍ニーズホッグとの戦い。

 三度の戦闘で、アルレシアの王城はもうボロボロだ。

 国の象徴である城が、これ以上崩壊するのは避けたいところだね。


「だからアタシ達には、街外れのこの家にいてほしいんだと思う」


 その為に、ロウナーは日々華がぶっ壊した家の屋根の早急に直してくれたんだろう。

 なにしろこの場所は周囲が開けていて、兵士たちを配置しやすい立地だ。

 守りやすく、そして攻めやすい。現に今も、息をひそめて一個中隊が家を囲んでいる。

 ターニャは、純粋にアタシ達を守る為に指示してくれたと思う。

 でもロウナーの真意は他にもある。

 苦労人だなあ、あのお姉さん。……立場上、アタシの暴走にも警戒しなきゃいけない。

 仮に暴走なんてしたら、止められるはずがないと分かっていても。


「じゃあ……今夜もまた、敵がくるのかな?」


 日々華はベッドサイドに立てかけていたレーヴァテインを、そっと引き寄せる。

 アタシは曖昧に頷いた。


「かもしれないね。でも、街の方は心配ないよ。ケルちーにデュラ坊、オガ介、それに生き返らせたオク村くんとワン田さん達にも、王都の周囲は警戒してもらってる」


 まあ実際のところ、しばらくはアタシ達に直接仕掛けてくることはないはずだ。

 大臣ズに掛けてた監視魔法で、魔導帝国の名前がアタシ達にバレたことは、向こうも気づいたはず。

 もっと言えば、連中のアジトの館に忍び込んだ時。大臣ズは言うに及ばず、人質だったラフィンの王女まで置いて、レフトの魔導士たちは早々に逃げ出していた。

 見事な引き際だ。

 もしラフィンの王女を連れて逃げたとしたら、アタシはどこまでも追っただろう。

 損切ができるのは、有能な証拠だ。

 実力の差を把握した以上は、無駄に戦闘を仕掛けてくる可能性は低い。

 昔っからあの国は……しゃらくさい連中だ。


「香苗?」


 かつての勇者サリアは優秀な戦士だったけど、魔法の知識に長けてたわけじゃない。

 それなのに、ミュエルの監視魔法や邪龍召喚の痕跡を追って、アジトの場所は暴かれた。

 連中は気づいただろう。

 確かに邪龍ニーズホッグを一撃で屠る力を持つ勇者サリアは、転生してアルレシア王国に再臨した。

 だがもう一つ、別の巨大な力も存在すると。


「香苗ってば」


 それがイコール魔王バルバリアだということも、帝国レフトがラセツと繋がっていれば、気づかれただろう。

 でも、そんなことがありえるか?

 前の大戦でラセツを罠に嵌めたのは、きっと魔導帝国レフトだ。

 そんな国になぜ、ラセツが協力する?

 でもあの巻物スクロール、レフトの術式で召喚されたのは、ラセツの呪紋を魂に埋め込まれたアシュラだった。


「……真面目に考えてる顔も、かっこいいけどさ」


 あーもー、わけわかんない!

 あのディードリヒに呪紋で魔物を支配する方法を教えたのも、レフトだった?

 え、じゃあ霊体ラセツはいつから、前王に憑りついてたの?

 詳しく調べる必要がある。

 たしかディードリヒは、まだ生きて地下牢にいるよね?

 それに前王も、王城に軟禁されてるはず。

 よし、日々華が眠ったら、またこっそり王城に忍び込もう。

 それで……


「でも、無視はやだ。香苗っ!」

「はいっ!?」


 びっくりした。

 急に大きな声を出さないで~。


「ど、どうしたの? 日々華」

「……なんでもない。じゃあどうしよっか。敵がくるかもしれないなら、交代で眠って、一人は見張りをしてようか?」


 名案ですね!


「オッケ、そうしよう。じゃあ日々華は先に眠ってて。アタシが眠くなったら起こすから、そしたら交代して——」

「却下」

「え」


 なぜに?

 ポカンとしてるアタシに、日々華は不敵に笑った。


「あんまり私のこと、甘くみないでね」

「ど、どういうこと、かな」

「私が先に寝たら、前みたいに魔法を使って、朝まで起こさないつもりでしょ」


 ぎくっ。


「それでまた、自分ひとりで動くつもりだね? 敵が攻めてきたら倒しちゃうし、なんなら魔導帝国まで行って滅ぼしてくるつもりかな?」


 その手があったか。

 ってそんなことしないよ!

 魔王か! って魔王だけど!


「そんな日々華、勘繰り過ぎだって。ちゃんとアタシが眠くなったら起こすって——」

「その言葉が罠でしょ」

「わ、わな?」

「そう言っておけば、ウソにはならないって。眠くならなかったから起こさなかったって、言い訳できるって」


 ぎくぎくっ!


「残念でしたー。今夜、眠るのは香苗一人です。今日は大活躍だったんだから、ゆっくり休んでね」

「待って待って! 今日戦ったの、ほとんど日々華じゃんか! ミュエルたち傭兵とも、ニーズホッグとだって!」

「うるさいこと言うのは、この口かっ」


 いいっ!?

 唇に、熱くて柔らかい感触がっ……!

 日々華さん、目覚めた勇者の身体能力を存分に発揮なさって……!


「……ひ、日々華しゃん、どうしてしょんな、積極的なん……」

「ごめんね。全然思い出せないけど、どうやら前世のサリアは相当、情熱的な人だったみたいだね」


 ああ、燃える火みたいに熱い口づけ、アタシは溶けちゃ……

 ……?

 唇が、火みたい熱い?


「日々華ッ!」


 アタシはがっと日々華の身体を抑えて、その額に手を当てた。

 なんで気づかなかったアタシッ!


「またすごい熱がっ……!」

「やば、ばれちった」


 失敗した、と可愛く舌を出されても、ごまかされるか!

 ベッドにぽすんと座った日々華に、アタシは詰め寄ってしまう。


「なんで? いつから!」

「大丈夫だよ、大騒ぎすることじゃないってば」

「そんなわけないでしょう!?」


 解析眼、発動。

 前とまったく同じ、光のマナへの拒絶反応だ。


「あはは……ちょっとね。レーヴァテインの力を使い過ぎると、こうなっちゃうみたい」


 なんで? なんで日々華の身体が、いつまでも光のマナに順応しないの?

 って、ちょっと待って。

 宝剣を使いすぎるとって言ったよね……いつから具合が悪かったんだよっ!?


「なんて顔してんの香苗。心配しないで、戦ってる時とか気を張ってる時は、大丈夫なんだ。気を抜いた時だけ、少しね」

「そんな……」

「それに。さっき香苗にチュウしたら、少し楽になった気がするよ」

「バカっ、そんなわけないでしょ」


 アタシは魔王だ、魔属性に触れたら光のマナは活性化するんだ。

 肉体が光属性のマナと順応さえしたら、魔王のアタシとだって釣り合いが取れて問題ない。

 けど今の状態じゃあ、魔王の力は毒にしかならない……


「……ベッドに横になって、日々華。前みたいにアタシが魔属性を抑えた治癒魔法で、熱を下げるから」

「えー、チュウしてくれたら治るよぅ」

「甘えた声出してもダメですっ!」


 この日。

 一晩ずっと日々華の手を握りながら、治癒魔法を掛け続けて。

 朝になって、ようやく熱は下がった。


 ***


 ターニャ達が訪ねてきたのは、早朝だった。


「失礼します、カナエ様……きゃぁっ! し、失礼しましたっ!!」


 ドアを開けて入ってきたターニャが、顔を真っ赤にして引き返した。

 なんだろう?


「の、ノックもお声掛けもしたのですがっ……! すみません!」


 ドアの向こうで慌ててるターニャ。

なんだどうした。

 あ、アタシ寝ちゃってた?


「ん……? おはよう香苗、どーしたの」

「おはよ日々華。いやターニャが今、家に来て……」


 もにゅ。

 もにゅ?

 なんだこの手のひらに当たる、至福な感触は。


「ふぁ」


 日々華の甘い吐息が聞こえてきて見ればアタシの左手は寝間着が大きくはだけて露わになった彼女の胸元の優しい双丘に触れていて柔らかな感触が落ち着いた体温とともにアタシの手のひらにぃいいいいいあわわわわわわ


「……ふふ。香苗、朝から大胆だねぇ」

「わあああっ! ご、ごごごごめん日々華なんでなんでなんっ……!?」


 ずしゃああっと飛び下がるアタシ。

 あああアタシは確かに日々華の手を、手を握って治癒魔法し続けて、それだけだったはずだよ??。

 まさか魔王の魂が為せる猛る欲望が、寝ている間に勝手に日々華の肉体を貪ったとでもいうの??


(都合の悪い時だけ魔王アタシのせいにするな! 二重人格でもなんでもないっつの)


 久しぶりだなアタシの中のアタシ、んなこと分かってるってば!


「ひ、日々華、その念のために聞くけど……アタシ、何もしてないよね?」

「ん? 治癒魔法をかけてくれてたでしょ? おかげですっきり快調だよ。ありがとう」

「いや、うん。それは良かったんだけど、そういう意味ではなくて」

「えー、眠ってたから分からない。香苗、何かしたの?」


 いたずらっぽく笑って、服を直す日々華。

 何それ何その余裕な顔、夜に何があったか知ってるの??

 ゆうべはお楽しみだったの? 違ったの??

 どーいうことなのぉ!?


「あの、カナエ様、ヒビカ様……」


 ドアの向こうから、おずおずとしたターニャの声が聞こえてくる。


「お楽しみのところ、申し訳ないのですが……大事なお話がありまして、お時間をいただけませんでしょうか」


 ターニャぁ!

 お楽しみとか言わないで……!

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