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24.雨降って地固ま……ってるよね?

 男たちは、上機嫌で酒宴に興じていた。

 アルレシア王城に邪龍ニーズホッグ出現、その報が入ったからだろう。


「残念なのはあの小娘、ターニャの泣き叫ぶ姿を見れなかった事ですな」

「女王面をして、数日のうちにこの惨事だからな」

「あの偽善者め、さぞかしいたたまれんだろう」

「まあ良いでしょう。死んでいれば良し、生きていればこの先、復興名目で諸外国と組んで乗り込んだ時に、泣きっ面を拝めるという事だ。ガハハッ!」


 豪奢な館の一室で、男たちは大いに飲み喰らい、上機嫌だった。

 ハゲ散らかした頭に、何の意味があるのかボロボロのカツラを乗せた男が、真っ赤な顔で大声を上げている。


「それにしても、あの勇者とやらも大したことのない連中だったな!」

「ああ。あの方々の策に気づけず、送り込まれた魔導爆弾をまんまと捕らえ、王城地下に送ったらしいな」

「どうせあの髪の短いほう、クロサキカナエがドヤ顔で捕まえて尋問でもしたのだろう。……クソッ、思い出しても忌々しい! あのガキが!」

「まあまあ。勇者など昔から、戦闘力だけが取り柄の低脳だ」

「そうだ。高度な知略をもちいる我々と、あの方のお力があれば、罠に嵌めることなど容易い」

「そう言えば、あの方々は? どこに行かれた?」


 ヅラ男が、キョロキョロと広い部屋を見回す。

 ちょっとした大人数でのパーティもできそうな大きさの部屋だが、室内には酒盛りをしている中年たちの他に、人影はない。

 ……人影は、ね。


「たしか、アルレシア王城への邪龍召喚に成功したと、ご報告頂いてから……お姿が見えないな」


 チッ、首魁は逃したか。

 まあいいや。どうせそいつらも、末端の工作員だろう。

 あのひと(・・・・)を確保できれば、今はそれでいい。


「あの方々は、勤労であられる、今頃は、アルレシア王都に確認に行っているのではないか?」

「確認?」

「異世界の小娘ども、半分に割れた出来損ないの勇者達の骸を、だ」

「ガハハハハッ……! ならばワシは、クロサキカナエの死体を頂きたいな! 見た目だけは悪くなかった。恨みを込めて、嬲りものにしてくれるわ!」

「グハハハ、卿は高尚な趣味をお持ちだ」

「ゲハハハ……ハわッ!?」


 ザシュッ!


 突然に酒と料理が盛られたテーブルが、真っ二つに斬り裂かれる。

 何が起こったのか、理解できていない中年男達は頓狂な声を上げた。


「な、なんだ?」


 これ以上、下賎な連中の下衆い下卑た発言を聞いている意味はない。

 お前らのパーティはここでお開き。

 さあ、ここからは断罪の時間だよ。


「〈不可視魔法インビジブル〉、解除」


 アタシが魔法を解除すると、男どもは驚愕と恐怖に目を見開く。


「なっ……!? な、な、なんで」

「どうして、ここにお前らが……!?」


 宝剣レーヴァテインを抜き身で肩に担いだ日々華と、魔剣ディザスターを鞘に納めたアタシが、唐突に姿を現したからだ。


「失脚したら迷わず売国とはね。畜生はしょせん、自分の欲望しか頭にないんだね〜」

「ぬぅっ……」


 アタシの侮辱に、言葉も返せない元大臣ズ。

 下賎な己を理解しているわけじゃない、単にアタシ達が怖いんだ。

 日々華とアタシの実力を、その目で見ているわけだからね。


「香苗。コイツら、斬るね」

「待って待って! 日々華が手を汚す価値ないから」


 中身がいくらクソでも、さすがに人族を日々華に斬らせるのには抵抗があった。

 その辺の現代日本の倫理観が残っちゃってるあたり。アタシはやっぱり魔王バルマリアでありながら、日本人の黒崎香苗なんだなと痛感する。

 最近は魔王の記憶を忘れておくとか全然してないけど、それでもアタシは、昔のアタシではないんだ。


「でもコイツら……特にアイツは、また香苗を侮辱した」

「ひぃッ!」


 日々華に殺気をぶつけられて、腰を抜かすヅラ元大臣。

 日々華はテーブルをぶった斬った剣をその手に、一歩前に出る。


「……誰を嬲りものにするって? 香苗をそんな下衆な目で見ただけで、万死に値する」


 やだなぁ。そんな事くらいで本気で怒らなくていいよっ、日々華ちゃん!


「ち、近づくな、近づくなァッ!」


 ヅラ元大臣はまた、頭のヅラの中に手を突っ込んだ。

 そして巻物スクロールを取り出して……って。

 飽きた、そのパターン。


とまれ(・・・)


 お前らには容赦しないよ、〈デモンズワード〉だ。

 魔導具で召喚魔法を発動しようとしたヅラの手が、ピタリと止まった。

 ついでに他の元大臣ズも動きが止まる。

 だらだらと噴き出す汗。

 痙攣し始める体。

 開かれる瞳孔。

 くくく……


「ああ……ごめんごめん、動いていいよ。心臓もね(・・・・)

「ぶはァッ!?」

「ガハッ……!」

「ゲホッ、ゲホッ……!」


 あはははははっ。

 みんな床にぶっ倒れてのたうち回ってる。

 強制的に心臓も呼吸も止められた気分はどうだったかな?

 天国逝きそうだったっしょ?

 お前らが行けるわけないか。


「香苗」


 嗤うアタシの肩に、日々華が手を置いた。


「香苗が手を汚す価値なんか、ない」


 さっきアタシが言ったことを、そのまま返されてしまった。

 苦笑いしてしまう。


(ごめん日々華。アタシはいつだって手を汚すよ)


 それは貴女の為じゃなくて。

 貴女には綺麗でいてほしいっていう、アタシのワガママの為に。


「さて」


 アタシはヅラが落とした巻物スクロールを拾い上げた。


「……やっぱり、アシュラを召喚したやつと同じ術式か」


 魔法の術式は、効果は同じでも組んだ魔術師なり魔族なりの癖が出る。

 アタシ程の実力者ともなれば、一目見ただけで術式を組んだ奴の実力も出自も見抜けるんですわ。

 ヅラがアタシ達から身を守る為に使おうとしたこの巻物スクロールも、前のやつも。

 ふたつ見て、アタシは確信する。


(これを書いたのは……ラセツじゃない)


 おかしいと思ったんだ。

 あのクソ真面目で大の人族嫌いのラセツが、大切な部下であるアシュラを呼び出せる召喚魔法を、こんなクズ共に預けるとは思えない。

 いくら異世界に逃げ出したアタシをおびき出して、めっちゃ怒る為だとしてもだ。


(でも、魔物を操る呪紋……あれは確かに、ラセツのものだ)


 どういうことなんだ?


「おい」


 アタシはヅラの頭をゴンと蹴り上げた。

 なぜか日々華がビクッとする。

 最初は貴女が斬ろうとしてたくせに。可愛いなあ。


「答えろ、ヅラ野郎。お前にこの巻物を渡したのは、誰だ?」

「……い、言えな」

誰だ(・・)


 容赦なく悪魔の言葉を使う。

 精神が焼き切れたところで、知ったことか。


「……ディードリヒ閣下だ」

「そのディードリヒは、誰に渡された?」

「知らない」

「何も知らないのか? 心当たりはあるだろう」

「ある。魔導帝国レフトだ」


 やっぱりそうか。

 前の大戦でラセツを足止めしてくれた、卑怯者の集団だ。


「……次の質問。この館にお前らを匿ったのは?」

「レフトだ」

「さっき、お前らが『あの方々』と呼んでいたのは?」

「レフトの魔導士だ」

「ミュエルを、エルフが隊長の傭兵部隊をアルレシアに送り込んだのは?」

「レフトだ」

「最後の質問。魔物たちを操り王国の実権を握ったディードリヒ、その壟断をお前たちは許した。それもレフトの指示か? お前らも魔導帝国に人質でも取られて、やむなく従っていたのか?」

「いや。我らは充分な見返りを受け取っていた。清廉潔白な前女王の時には、甘い汁も吸えなかったからな。進んでディードリヒにも、帝国にも協力していたのだ」

「……それで、自国の民や兵士が犠牲になると分かっていたのか」

「民? 兵士? 国に仕えること、つまり高貴な我らに従うことが役割の者たちが死んだとしても、犠牲と考えたことなどない」

「……よく分かった」


 アタシは手にしていた巻物を、ポンと床に投げた。


「行こう、日々華。ここは貴女のいる場所じゃない」

「えっ? でも、ええと」


 アタシに肩を掴まれ部屋から出されようとして日々華は、後ろを振り返った。


「あのままにして、いいの?」

「クズどもは、アタシの魔法で精神こころをズタズタにされて動けない。それに」


 床に投げ捨てた巻物から、禍々しい気配が溢れて始める。


「あいつら、魔導帝国レフトの秘密を喋ったからね。監視サーベランスの魔法と同期して、セキュリティが発動した」


 巻物から召喚されたのは、無数の死霊レイス

 部屋から出ようとするアタシ達には目もくれず、床に転がっているクソ野郎どもにわらわらと群がっていく。


「自業自得だよ。……身体も精神も魂も、死霊どもに食い尽くされて仲間になるといい」


 アタシは日々華の背を押して部屋を出る。

 そして。


「終わらない苦痛の中で、もがき続けろ」


 パタン、と扉を閉めた。

 後にこの館は、死霊のもがき苦しむ声が響き渡る幽霊屋敷として、吟遊詩人たちに語り継がれることになった。


 ***


「助けに来ました、エルフの王女様」

「あ、あなたは?」

「はい、渡瀬日々華です。こちらは黒崎……」

「お話は後でゆっくりと! こんな陰気な場所、さっさと撤収しましょー!」


 アタシは日々華と、館の地下に閉じ込められていたラフィン王国の第一王女をグッと掴んで転移する。

 ちなみにここは、アルレシア王都から馬で二、三日程の場所にある、廃村に建てられた古い館だ。

 アタシにかかれば大した魔力消費もなく、王都までひとっ飛び。


「ただいまー」


 戻った先は、王都外れのアタシ達が寝泊まりしてた家だ。

 おお、突貫工事で屋根が直ってる。

 仕事が早いなロウナー、王城が大変な時にありがとう。


「いい子にしてたかなぁ? ミュエルちゃん」

「えっ……あ、お姉様!」


 家で待ってたのは、エルフの傭兵隊長ミュエルだ。

 そして何故、アタシを見てお姉さまと呼ぶのかな……違うでしょ。

 横、アタシの横だよ!


「ミュエル……? あなた、ああ、本当に、ミュエルなの……!」

「え、あっ……お姉様!?」

「ミュエル! 夢みたい、また会えるなんて!」

「お姉様ぁっ!」


 美しいエルフの姉妹は抱き合って、再会の喜びに涙を流した。


 ***


 人族の魔力では、あまり遠距離でニーズホッグ君召喚の魔導爆弾や、監視魔法サーベランスを発動できない。

 ミュエルに言うことをきかせる為、必ず人質と一緒に近くまで来ているはずとアタシは踏んだ。

 微かな魔力の痕跡を辿ってみれば、見事に大当たりだったというわけですね。


「ね、日々華。嘘じゃなかったでしょ?」


 と、アタシは姉妹の感動の再会を横にして、必死に日々華に説明する。


「魔法を使って真実を聞き出したら、ミュエルはお姉さんを人質に取られてたんだ! アタシの魔法で悪い影響がでちゃったから、助ける為に仕方なくチュウ……い、いや、粘膜接触が必要だっただけで!」

「……」

「治療だったんだよ? だから誤解だったの、ごめんね日々華! アタシは本当に、日々華だけが……!」

「私だけが?」

「あ、あう……ひ、日々華だけが」


 今度こそ勇気出せ、アタシ。

 日々華には自分からできなかったキスを、ミュエルにはしちゃってた現場を見られたんだ。

 疑いを晴らさなきゃ、アタシはもう生きてけない!


「日々華だけが……だけを……あ、」

「ん?」


 くっそニコニコしてる日々華、可愛いなあ!

 わかってて、からかってるのかな。でもちゃんと言うぞ!


「あ、あ、溢れんばかりに!」

「うん」

「……だ、だ、大事に思ってるんだからぁーー!!」


 言ったぁーーことになるのかコレぇ〜!?


「あはっ、あはははははッ」


 一瞬ポカンとしてから、日々華は楽しそうに笑い出した。

 それから。


「……あはは……わかったよ、香苗」


 ようやく落ち着いてから、日々華はアタシの手を握った。


「私の方こそ、ごめんね。怒っちゃって」

「日々華……」

「大丈夫だよ、信じてるから」

「あ、あ、ありがとう〜日々華ぁ〜」


 アタシは日々華に抱きついて、思わず泣いちゃった。

 日々華も抱きしめ返して、アタシの頭をヨシヨシしてくれる。

 幸せ〜!


 ……だから、アタシは気づかなかったんだ。

 アタシを抱きしめた日々華と、お姉さんに抱きしめられたミュエル。

 その二人の視線がアタシの背中越しにぶつかって、火花を散らしていたことに。

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