23.違います、誤解です。
「ティーターン、いいかげんにせぇッ!」
エルフの隊長の叫びに、ようやく精霊は応えた。
彼女、そして仲間たちの手足を拘束していた鎖は解かれ、元の鎧や武器の形に戻る。
「!? ……よ、よかっ……みんな無事やろな?」
折れた精霊剣が手元に戻ったエルフは、部下達に声をかける。
「は、はい、なんとか」
「しかし隊長、俺たちなんで生きてるんですか……」
「アイツの仕業や」
エルフの隊長はそう言って、アタシを睨んだ。
「爆発の直前に、アイツがウチらを転移させたんや」
「えっ?」
「あっ!」
そこでエルフの部下の男達はようやく、自分達の居場所が今までいた王城の地下牢ではない事に気がついた。
城から少しだけ離れた、城下町のなんかでかい屋敷の屋根の上だ。
「……なんのつもりや」
「それが命の恩人に対する態度かな?」
敵意を向けてくる美人エルフに、アタシはにっこりと笑ってやる。
それでも彼女の厳しい表情は変わらない。
笑ったらもっと可愛いと思うんやけどなあ。
あ、怪しい関西弁うつった。
「ウチらを助け出して、おたくの仲間らは放っといてええんか?」
「ご心配なく。あの程度の爆発でどうにかなるほど、柔じゃないから」
実際、日々華はレーヴァテインの光のマナを使って結界を張っていた。
アタシの魔障防壁を弾き飛ばしての所業ですよ。
その刹那でニッとアタシに笑ってみせた日々華の真意は、「もう守る必要なんかないからね」だろう。
アタシの〈魔障防壁〉はもう、日々華に通じない。
〈絶対魔障防壁〉でなければ意味ないだろう。
(ロウナーはもちろん、城の兵士達にも被害が出ないようにしてたからね、日々華。宝剣を使いこなしてるなあ……)
さて。
あちらは勇者日々華に任せて、アタシはこっちだ。
「ウチらに何の用や……?」
「そもそも用があったの、そっちでしょ」
無詠唱、魔法陣なしの空間転移なんてやってしまった以上、もうアタシの実力を隠しても意味はない。
なら、エルフちゃん他この連中の正体を突き止めて、元を断つしかない。
「アルレシアに、いやアタシ達に何の用? 貴女達、どこの国の命令で動いてるの?」
「そんなん、正直に喋ると思うか?」
「そりゃ、難しいと思うけどさ」
アタシはニコニコと笑い続ける。
「あの自爆した兵士。あれは貴女達の本国が、口封じをしようとしたんじゃない? そんな国に義理立てする必要、ないと思うなぁ」
「……あれは自爆じゃあらへんで」
エルフちゃんは、煙が上がっている王城の方に視線を向ける。
「情報を引き出す為やろうけど、それでもウチらを助けてくれた礼に、教えたるわ。あれは命を代償にした召喚魔法。この国を壊滅できる災厄級の魔物を呼び出したんや」
「またそのパターンか……」
アタシはもう飽きたぁ、と思わず口に出してしまう。
「……は?」
期待した反応と違ったのか、エルフちゃんは怪訝な顔をする。
「ハッタリだと思ってんのか? ならよく見てみい!」
ギュオオーン!!
タイミング良く、その魔物の咆哮が響いた。
そして王城の地下から一匹の巨大な蛇の魔物が、鎌首をもたげる。
あれは、邪龍ニーズホッグ君じゃないか!
あいつは正確には魔族じゃなくて、竜族でもなくて龍族。何言ってるか分かんないかもしれないけど、とにかくアタシの仲間達とは若干ジャンルが違うんだよね。
だから魔王の言うこと聞いてくんない。ラセツみたいな呪紋があれば別だけどね。
さて、ヤツはラセツ絡みか否か……
「いくらあの宝剣使いの露出狂ねーちゃんでも、簡単な相手じゃあらへんで! おたくも行った方がええんちゃうか!?」
……は?
「今、なんて言った?」
アタシの問いかけに、エルフの小娘の顔色が真っ青になった。
殺気がだだ漏れ?
知るか。
「隊長ッ! 逃げて下さい!」
「コイツはヤバい!」
小娘の部下達が、隊長を守ろうと前に飛び出してきた。
何人かが呪文の詠唱を始める。
「焼き尽くせ、〈フレイム——」
「邪魔だよ」
うざい。
アタシが威圧をかけた直後。
「ひぅッ」
「あヒィ!?」
何人かはその場で卒倒し、残りは腰を抜かしてへたり込んだ。
あ、一人屋根から落ちた。
死んでないといいね、どうでもいいけど。
「ひ、ひっ……」
エルフの小娘も、その場でペタンと座り込む。あ、失禁した。
「……今アンタは、アタシの前で絶対に侮辱してはならない人を侮辱した」
アタシはエルフの濡れた足元にも構わず歩み寄り、襟首を掴んで持ち上げる。
「身の程を教えてあげるよ。森人相手でも容赦はしな」
「穿ち貫けぇティーターン! 〈アイロン・ランス〉!!」
エルフの手にしていた折れた精霊剣、そして纏っていたアーマープレートが円錐状の鋼鉄のキリと化して、アタシの身体を貫いた。
「や、やった! どうや、ウチの精霊術舐めんッ……!?」
「気が済んだ?」
女子高生の可憐な身体を串刺しにしてくれて、償うことになる罪をどんどん積み重ねていると、このエルフは気づいているのか?
「な、な、なんで、生きて」
「アタシの威圧を受けても反撃した森人、初めてだよ。けど、まだまだ精霊のお嬢ちゃんの使い方わかってない。ねえ、〈ティーターン〉?」
〈デモンズ・ワード〉を発動させる。
アタシの身体を貫いていた円錐状の鉄塊はスライムのように変化し、形を変えながらエルフに襲い掛かった。
「ま、またウチの精霊が!? あううっ!」
倒れている部下の兵士たちの装備から、街の建物から、地下から、鉱物が次々と集まってきて形を変える。
そしてエルフを拘束して、そのまま空高く持ち上げていった。
それは細く高い磔台、オブジェのようにエルフの戦士を頂点に掲げた鉄塔だ。
「あ、ああっ……!」
「ふふふ、いい格好だねえ」
「ひ!?」
〈浮遊〉で宙に浮んで、アタシはエルフの後ろから耳元で囁く。
エルフの鎧はもう影も形もなく、下に着ていた服も破けまくって肌が露出していた。
「誰が露出狂ねーちゃんだって? 人族に踊らされ、異国に攻め入って身の程知らずにアタシ達に挑んで敗れて、裸体を晒してお空に掲げられてるアナタの事かな?」
「う、ううっ……」
「それでも。仲間を守るため、恐怖で漏らしながらアタシに反撃したアナタの勇気に免じて、見せてあげよう」
ギュオオーン!
離れた王城の方で、巨大な邪龍ニーズホッグ君がまた咆哮する。
その開かれた顎門に、集中する闇の魔力。
準備も無しに龍族のブレスを防ぐ手段を、王城の魔術師達は持っていないだろう。
けど。
「あの人が、真の力に目覚めた渡瀬日々華がどれほどの存在かを、その目で確かめなさい」
邪龍のブレスが放たれる直前、可視化される程の光のマナが噴き上がって収束した。
そして。
(これが本当の、閃光裂断覇……!)
エルフや人族相手に手加減されたものでも、デュラ坊相手に照れ隠しで放ったものでもない。
日々華の放った本気の一閃が、王都の空を走った。
ギュオオッ!?
——パァァァ……ン
邪龍ニーズホッグ君は断末魔を叫ぶことも適わず、縦に両断され、斬り裂かれた身体は破魔の光に焼き尽くされる。
災厄級の魔物は、勇者のたった一振りで退場となった。ばいばーい。
「なっ……はっ……?」
「わかった? アナタが誰を相手にケンカを売ったのか」
あまりの光景に絶句しているエルフに、アタシは淡々と尋ねる。
「身の程を知ったら、とっとと喋ろうか。黒幕はどこの国?」
「……い……い……」
「い?」
「言えへん……」
まだ無駄な抵抗をするか。
「それだけは絶対に言えへんのや! くっ……殺せ! さっさと殺せぇ!!」
あれぇ、エルフのくっころ、もっとそそると思ってたけど。
なんかコレジャナイ感。
「……しかたないな。これは人族とか亜人族に使う術じゃ、ないんだけど」
アタシは魔力と術式を、舌に乗せる。
「廃人にしたらごめんね。〈デモンズワード〉」
ビクン! と身を震わせるエルフ。
耳から入ったアタシの声が、精神の奥深くまで届いたんだ。
「アナタの名前は?」
「……ミュエル・ウル・ラフィン」
ロイヤルネーム持ちか。
あれ? ラフィンって確か。
「出身は?」
「エルフの森……精霊国ラフィンの、第二王女」
やっぱりか。
でもあの国、めっちゃ堅物のエルフ国家だったはず。怪しい関西弁チックな方言なんて、なかったはずだけど。
「ラフィンって、そんな言葉使いの国だった?」
「言葉は……擬装……出身がバレないよう、言語魔法で変えている……」
翻訳魔法の一種か。
気づかなかったなんて、アタシもうっかりさんだな。
「で、ラフィンの王女様がなんでこんな真似を? どこの国の命令?」
ガクガクと、身体を震わせるミュエル。
え、デモンズワードに抵抗してるの?
やめようよ、そんなことしたらアナタの精神が……
「……姉を、人質に取られて……でも、テスラ・クラクトの平和の為、だから……」
身体の痙攣が激しくなる。
やめてミュエル!
「それで黒幕は? 早く喋って、ミュエル! でなきゃ……あっ!」
馬鹿かアタシは!
言語の擬装魔法を見逃してたから、念の為にもっかい解析眼を使ってようやく気づいた!
(監視の呪法がかけられてる!?)
ミュエルが秘密を喋ったら、呪法をかけた奴にバレるヤツだ。
でも、制約をかけられてる訳じゃない。
ミュエルは人質を取られた姉を守る為、自分の精神力だけで〈デモンズワード〉に対抗してたんだっ!
「ティーターン、ストップ!」
鉄塔の縛めが解除され、ミュエルの体が落下する。
もちろんアタシは彼女の体を抱きかかえて、また屋根の上に降り立った。
「あ、あう、う、ウチに命令した、く、国は……あ、あ、う、」
ミュエルは泡を吹き痙攣が激しくなる。
「もういいミュエル、喋らなくていいからッ!」
ダメだ。
いまさら撤回しても、一度デモンズワードで訊いてしまった。
それを拒否した精神ダメージは大きい、このままじゃミュエルの心がもたない!
(くそっ、これしかないか……!)
エルフは特に、魔属性のマナに耐性がない。
すでに〈デモンズワード〉に侵されてるところに、魔王の精神治癒なんて使ったら更に悪化するだろう。
日々華にしたみたいに、人族の魔法で回復するしかない。
でも、ここまでの状態になってしまった相手にはっ……
「しかたないっ、アタシのせいだもんねー!」
痙攣を続けるミュエルを組み敷き押さえつけて。
アタシは彼女の唇に、強引に口づけした。
「むぅっ!?」
エルフの苦手な魔属性をコントロールしながら、粘膜接触で回復魔法の効果アップ!
「ん、んむっ……! ううっ!?」
暴れるなって!
アタシは強引に、ねじ込む。
楽にしてやるから。
なんなら快楽だって与えてやるから。
だから、アタシの魔力を受け入れろ!
「んっ……はむっ……んふぅっ……あふ」
ミュエルの吐息が甘くなってきた。
痙攣が治まってきて、抵抗も弱くなる。
よし、このまま〈デモンズワード〉の汚染から解放するっ!
ぺちゃ……くちゃ……
「ふっ……はうっ……」
くちゃ……くちゃ……
「んあっ……んふっ……はああっ……あああっ!!」
ビクンッ!
よ、よかった!
なんで最後にもっかい体が痙攣したのか分からないけど。
ミュエルの体から〈デモンズワード〉の魔力を吸い出し、精神を回復する〈マインド・リフレッシュ〉に成功した。
よかった~!
「なにを、しているの……香苗」
——!!??
ミュエルの鎧はなく服もボロボロ。
そしてアタシも、ティーターンの精霊魔法の鉄錐を受けてたから、身体は無傷だけど服には大穴、つまり破けまくっている。
つまり、二人とも半裸。
「ねえ……急にいなくなって、何を、しているのかな……?」
押し倒して、無理矢理にキスして、悶えさせてまちた。
なんて言えるはずもなく。
というか王城からここまで一瞬で、どうやって来たの?
「ち、ちちち、違うんだよ。あのね、これは」
アタシはギギギ、と首を回して振り向いて、声の主を見る。
「違う? 何が違うの?」
どうしてレーヴァテインにまた光のマナが収束しているのかな?
アタシが脂汗だらっだらになりながら、言い訳しようとした時だった。
「お姉さま……!」
意識が混濁しているミュエルが、アタシの首に両腕を回して抱きついてきた!
ちょっと待ってぇっ!
「ありがとう、お姉さま……愛してる」
ちょっとぉぉぉぉ!?
人違いだミュエルアタシはアナタのお姉さんじゃないちょっと待って今そんなこと言われたらぁ!
「……ふうん」
「ひ、日々、華?」
見たことのない顔してるよぉ!
「待って、誤解だよ日々華、あのね、このエルフは混乱していて」
「……超級」
「超級いっちゃう?」
ニーズホッグ君を倒したやつより大技、いっちゃうの?
それ魔王バルマリアも倒した技デスヨ……
誤解だよぉぉ、日々華さぁぁん!!
「閃光裂断覇ーッ!!」
うわーん! ぜったいましょうぼうへき〜〜ッ!!