2.異世界の初バトルはこんな感じで始まりました。
「白魔術師隊、防御陣展開ッ! 黒魔術師隊、魔物どもを焼き払え! 近づけさせるな!」
お姫様の横に控えていたお付きの美女が、フードの男達に指示を出した。お姉さんかっこいい、ただのお付きじゃないっぽい!
見れば服装も黒と白が混ざったモノトーンのドレス。戦闘には不向きだろうけど位は高そう。
「……異世界の方々!」
一方、恐怖に身を竦め動けなかったアタシたちに、お姫様がディードリヒを突き飛ばして、駆け寄ってきた。
行動力あるなあ、やっぱタイプ。
ん? 何その手に持ってる綺麗な白い剣。豪華な模様の入った鞘に納められてて、柄のところに大きな宝石が埋め込まれてる。
「貴女、これを持ってみて下さい!」
「え、何これ……」
「早く!」
お姫様は迷うことなく、日々華の手を取って剣を持たせた。
「……光らない!?」
お姫様は蒼白になる。
話の流れからいって、その剣って勇者チェッカー的な何か?
それを迷わずアタシじゃなく日々華に持たせたってのは、うん。見る目あるよお姫様。
え、泣いてないよ?
でも、あれ? ……だとしたらマズい。
「ほ……ほれみろぉ! その者どもは勇者ではない! さっさと処分――」
ドォン!
ディードリヒのすぐ横に、頑強なオーガ(だと思う。角と牙が生えてるゴツいマッチョ)が、床を割って着地した。
「ひぃぃっ!」
ディードリヒは泡を喰って逃げ出す。
アタシ達はともかく、お姫様の方すら一顧だにせずに。
さすがにそれはどうなのよ……ん?
オーガは逃げるディードリヒを見送ってから、アタシらの方を唸り声を上げて睨みつけてきた。
(……こいつ、あのクソ宰相をワザと見逃した?)
違和感を感じる。
けど、大人の身長を超える程のバカでっかい棍棒を持って、ドシンドシンと近づいてくるオーガを前に、そんなことのんびり考えている暇はなかった。
「フレイム・ボルトぉっ!」
その時、オーガの横っ面に火球が直撃して、黒煙に包まれた。
見れば黒いフードの魔術師が一人、杖の先を向けている。
おおっ! 今のが本物の魔法!? すごいすごい、さすが異世界!
その魔術師は続けて叫ぶ。
「ターニャ姫! 今のうちにお逃げを……何ぃ!?」
煙が晴れると、オーガはなんてことない顔でポリポリと顔を掻いていた。
「ゴガ?」
「バカな無傷だと!?」
魔法……スゴクナイ……
「ゴガァアッ!!」
仕返しとばかりに、オーガは足元の砕けた石畳の欠片を拾い上げ、その魔術師に投げつけた。
ばぐぅっ!
「……え」
「あ……あ」
頭が真っ白になる。
飛礫の直撃を受けた魔術師は、その上半身を爆散させた。
バシャッって、ただの血袋か何かが弾けるように。
簡単に、あっけなく。
魔術師は原型をとどめているのは下半身だけになって、その下半身もぱちゃんと自分が生み出した血だまりに倒れる。
あまりにも現実感がない中で、生まれて初めて人が殺される瞬間を目撃した。
「か……かか、香苗……」
白い剣を抱いた反対の方の手で、アタシの腕を強く掴む日々華。
震えるその手が、彼女の恐怖心をこの上なく伝えてくる。
アタシも怖い。
逃げたい。
今すぐ帰りたい。
異世界召喚なんかどうでもいい。
今すぐ元の平和な日本に帰って、ゲームとアニメとラノベとマンガの、他人事の冒険譚に埋もれた生活を――
「だ……大丈夫、だよ、香苗……死ぬときは、一緒だから……」
(!! ――アタシは今、何を考えた?)
日々華の絞り出された声と強く掴まれる痛みに、アタシの震えは止まった。
どうでもいいわけないだろう。
現実に日々華が異世界召喚に巻き込まれ、横で震えてる。
その日々華をおいて、逃げたい? 帰りたい?
そんな覚悟で、今まで日々華を愛してきたわけじゃないだろ? 黒崎香苗!!
「――黒魔術師の皆さん!!」
アタシは叫ぶ。
見当違いでもなんでもいい。ゲームの、アニメの、ラノベの知識を総動員して、今はこの状況を切り抜けるんだ!
「ターニャ姫の危機です! 今はこのオーガに全火力を集中して! 白魔術師の皆さんは魔法陣の中まで後退! 密集隊形で防御陣を集中させて下さい!」
「あ、あなた……?」
突然仕切りだしたアタシに、お姫様……ターニャ姫は目を白黒させる。
アタシは構わずに、異世界召喚されてから得た情報で推測した事を、叫び続けた。
「早く! 既に宰相ディードリヒは逃げ出しました、咎める者はもういません! アタシ達はともかく、ターニャ姫と勇者の剣、失っては終わりじゃないんですか!!」
一瞬の沈黙の後。魔物の襲撃を受け最初に指示を出したお付きの美女が、叫んだ。
「皆の者! 異世界少女の指示に従え! 宰相閣下が逃げ出した今、責任はこのロウナーが引き受ける!」
『……おおっ!』
バラバラに魔物を迎撃していたフードの男達は、ロウナーと名乗った美女の声に応えて動き出した。
ありがてえ! ロウナーさんただのお付きじゃない、頼れるお姉さんキャラじゃんか!
「ゴカアアッ!」
ヤバい、そうこうしている間にさっきのオーガがドシンドシンとまた距離を詰めてきた。
「フレイム・ボルト!」
「フレイム・ボルトぉ!」
どかんどかんと、黒魔術師たちの火球がオーガに命中する。
けど大したダメージは与えられてない、オーガの歩みは止まらない!
アタシは叫んだ。
「足元を狙って下さいッ!」
オーガの足元に隙間が見える。ここ地下があるんじゃないのか!?
「巌よ、礫となりて撃ち貫け! ストーン・バレット!」
わお、ターニャ姫! アタシの指示に誰より早く反応して、魔法を撃ってくれた!
魔法も使える戦うお姫様、かっくいい!
いかんいかん、アタシは日々華一筋だ。
バゴォン!
「ゴガァッ!?」
よっしゃラッキー! オーガは足元に開いた大穴に落ち込んで、崩れた瓦礫に埋もれる。
これで倒せたとは思えないけど、時間は稼げる!
そうしている内にさっきのお姉さん、ロウナーを中心に白フードの男たちが集まってきた。
円陣が組まれ、素早く魔法を詠唱。半球状に輝く壁が展開する。
この人たち、指示さえあれば動きが早い!
「ワォウ!!」
三ツ頭のでっかい魔獣が、黒魔術師の魔法を突破して防御陣に飛び込んできた。
バリバリバリっと光の壁に稲妻が走って、その突撃は止められる。
怖ぁ! なんつー迫力、去年に日々華と行ったUSJとか比較にならない。
「ガウ、ガアア!!」
え……少しずつ魔獣の牙が、防御陣を破って食い込んできてる。
これすぐに突破されんじゃないの!?
「く、黒魔術師の皆さんっ!」
早く外側から、このケルベロスもどきを倒してもらわないと!
だけどアタシの声に返してきたのは。
「無駄だ、か弱き人族ども」
「其方らの命運は、ここで尽きる」
背筋に冷たいものが走った。心臓を氷の手で掴まれたような感覚。冥府からの声。
ケルベロスもどきの向こうで、漆黒の剣を四本持った四つ腕骸骨の化け物が、黒魔術師たちを虐殺していた。
そして、首のない西洋甲冑の騎士もまた、一刀のもとに複数の黒魔術師を両断する。
「愚かなり。魔術師だけで我らの相手が敵うものか」
「どっ……どうして前衛の戦士はいないんですか!」
アタシの叫びに、ロウナーが申し訳なさそうに首を振る。
「この神殿は、魔法の神に祝福された者しか入ることを許されない。例外もあるのだが、ディードリヒ閣下がお許しにならなかった」
あの小デブ! なんなんだ!
気づけばほとんどの黒魔術師が、あの四ツ腕骸骨と首無し甲冑騎士に倒されていた。
「ガウ! ガウウ!」
バリバリバリ、とケルベロスもどきの爪が、牙が、防御陣に食い込んでくる。
「ターニャ姫、内側から魔法を……!」
「ごめんなさい。ワタクシは召喚の儀式で魔力をほとんど使い果たして……さっきのストーン・バレットで、もう空っぽなんです」
それじゃあ、もう攻撃手段がないってことじゃないか!
これで、ここから脱出できる見込みはなくなった。アタシは絶望する。
……とでも思ったか?
「日々華。その剣をアタシに」
「渡さないよ」
アタシは振り返る。
そこには、恐怖に震えてアタシの腕にしがみついている女子高生はいなかった。
そこにいたのは、公式戦無敗の怪物。
インターハイ三連覇、彼女から一本取ったのはアタシ以外に誰もいない、最強の天才剣士。
「たとえ私が、『勇者』ではなくても……」
スラリ、と美しい所作で、日々華は白い剣を鞘から抜いた。
ロウナーとターニャ姫が目を見張る。
「れ、レーヴァテインを抜いた!?」
「宝珠は光らなかったのに!?」
どうやら勇者チェッカーの条件は、宝珠とやらが光るだけではなかったらしい。
ふう良かった。かっこつけてアタシが剣を手に取って、鞘から抜けなかったら目も当てられない。ってそういう問題じゃない!
「日々華、無理しないで。ここはアタシが」
「それ、私のこと誰より知ってる香苗が言う?」
そう言って笑う日々華に、アタシは両手を上げて降参のポーズ。
殺気を漲らせている目の前の天才に、アタシがとやかくいえる隙はなかった。
今の彼女は、剣神だ。
日々華は頷く。
「ごめんね香苗、目が覚めた。怖くて震えてるだけなんて、私のキャラじゃないよね」
「そんな日々華も可愛かったけどね」
「お姫様にも目がいってたくせに」
「おうぇえ!?」
変な声が出た。
日々華は鞘をアタシに放り投げて、白い剣をケルベロスもどきに向けて中段に構える。
「ヤアアアアッ!」
裂帛の気合。空気がビリビリと振動する。
防御陣にへばりついてバウバウ言っていたケルベロスもどきが、ビクリと動きを止めた。
「む?」
「ほう……」
四ツ腕骸骨と首無し騎士が、興味深そうに日々華を見る。見るっつっても片方は眼球が無いし、もう片方に至っては頭が無いけど。
「……ごめんね。殺したくないけど、あなた達も人を殺した。生きる為に、私も戦うッ!」
日々華の殺気が弾ける、その寸前。
「ま、待て! 防御陣を解かなければ、内側からでも触れたらダメージがっ!」
ロウナーが叫ぶ。お姉さんそれ早く言ってよ!
もう日々華は止まらない!!
「突きィィィッッ!!」
「ギャウウゥウウウ!!」
防御陣を突き破って、日々華の剣がケルベロスもどきの体を貫いた。
閃光の如き突き技。
武道館の決勝戦、三本目で最初に日々華が出した技だ。
ケルベロスもどきは避けようとしたけど、その速さに反応しきれなかった。
「ギャウ! ギャウウゥウウウ!!」
バリバリバリ! 防御陣から発生した稲妻が剣を伝って体内に流れ込み、魔獣は悲鳴をあげる。
だけどその稲妻は、日々華の身体も襲っている!
「日々華ぁぁっ!」
「まだぁッ!!」
日々華の必殺技は、怒涛の二連撃!
決勝戦の三本目。かろうじて突きを捌いたアタシが一本取られたのは、この技――
「胴ォォォォッッ!!」
魔獣から剣を引き抜き、そのまま手首を返して振り抜いた!
「ギャウ……ッ!!」
防御陣は完全に消し飛び、そして魔獣もその三ツ首すべてを斬り飛ばされ 、ドォンと地に倒れ伏した。
「日々華! 日々華ぁぁ!」
「へへ……やったあ……」
そして魔法の稲妻に身体を打たれた日々華もまた、アタシの腕の中に倒れ込んだ。